ディルクルでヴァレンティオンを止めさせようとする話

去年からなんとなく続いているいつものオスラッテ+α

 ウルダハにもあちらこちらでハート型の装飾がされている。街が賑わうのは良いことだが、この時期になると彼の頭を悩ませてしまうのが申し訳ない。
 日頃の感謝にとチョコレートを送りあう習慣があるヴァレンティオンデーの季節。しかし自分は甘い物を好まない故に、普通の甘いチョコレートは貰ってもあまり食べない。それも彼は分かっているので、自分用にと苦みの強いビターチョコレートを贈ってくれる。その心遣いは嬉しいが、わざわざ手間をかけさせてしまうのは本意ではない。

「だからっていらないと言ったら、アイツは悲しむだろうし。」
 そう言ってからディルはノンシュガーの紅茶を一口飲む。それをテーブルの向かいでディルの奢りで注文したクイックサンド名物のクランペットをほおばりながら聞いている緑髪のララフェル女性のアイフェは、もはやツッコミを放棄して黙々と話を聞いていた。
「この間結託してあいつに変な入れ知恵したのは知ってる。だから余計に心配でな。」
「ふぁれは、ふっふおふぃは、ふぃんふぇふふぃんふぁの!(あれは、ちょっとした、親切心なの!)」
「口に物入れながら喋るなって、詰まらせても知らないぞ?」
 呆れるディルをよそに、アイフェはあっという間にクランペットを完食し嬉しそうにディルに言った。
「あー、ごちそうさま!で、なんて?入れ知恵っていうか、あれはほら、ヴァンスさんが一応言ったほうがいいんじゃないかなーって仰ってたから私も賛同しただけで。あと面白そうだったし。」
「おい、お前絶対後者が理由で協力してるだろう。」
「ふふん、それにヴァンスさんは私にとっても大事なお客様だからねー。孤児院のためにウチから本を沢山買ってくださるもの。」
 アイフェは冒険者稼業とは別に書物商もやっている。実はディルが冒険者として旅に出る前からちょくちょく顔を合わせていたのだ。
「だから、ちょっとしたお手伝いならするよ。それにクルウも贈り物について結構悩んでたし、なら丁度いいやー!って。」
「はあ。」
「大丈夫!今回のことは誰にも言ってないよ!」
 そう言いながらにこやかに笑うアイフェに、ディルは信頼できないとばかりにため息をついた。

「で、相談内容はクルウに手間をかけさせない方法についてでいいのかな。」
「まあ、うん。」
多分、ないかな。」
 アイフェはさくっと答えた。ディルは驚いたのと回答をなげやりにされたのとで思わず頭を抱えた。
「ないって、なんだよそれ。」
「そもそも超真面目な職人でもあるクルウが、自分のパートナーに贈る物に手間かけないわけがないじゃない。むしろ直接言ったらムキになってもっと凄い物作るわよ。ええ、きっとそうよ。」
やっぱりそう思うか?」
「思うよ、なんなら彼の昔話でもする?クルウが職人として駆け出しの頃とかすごかったんだから。」
 クルウの昔話、と聞いてディルは一瞬前のめりになった。しかし彼に黙って聞いてしまってもいいのだろうかと悩んでいると、アイフェはフフフと不敵な笑みを浮かべた。
「そういえば、貴方は贈り物は決めたの?」
「いいや、まだだけど。」
私の話を聞いてくれたら、最近入荷したクルウが欲しがりそうな本を格安で譲ってもいいんだけどなー。どうしよっかなー、ヴァレンティオンデーの贈り物としてすごくいいと思うんだけどなー。ああでも他にも欲しいっていう人がいるかもしれないし。」
「う。」
 ちゃっかり商売道具をちらつかせてくるアイフェにかなり悩みつつも、その場では他に贈り物が思いつかなかったディルは結局条件をのむことにした。

「クルウね、最初に入ったのが錬金術師ギルドだったの。で、あそこのギルドマスターって新人指導に基本的な材料でもある蒸留水の作成を勧めるの。それを『気が済むまでやれ』って言ったみたいなんだけど、クルウったら寝る時間を削ってまで延々と蒸留水を作ってたそうなの。それで2日後くらいにギルドの隅っこで倒れてるのが発見されてね。当時の彼は周りがやりすぎだって言っても聞かなくてずーっと修行してて、なんていうかブレーキがなかったの。その後も色んな職人ギルドに入るたびに何度か倒れてたのよ。」
「なんか、今とそんなに変わってないような。」
「いやー、結構変わったよ。ほら、彼ムーンキーパーだからか夜になってもあんまり寝てなかったし、最低限の睡眠だけとって残り時間をほとんど修行にあててって生活してたのよ。確かに技術の上達は早かったけど、いっつも顔色悪いし寝てる時も物凄く警戒しててさ物音一つしただけでもすぐ起きてたよ。」
 そこまで聞いて、ディルはふと今の生活を思い出す。クルウは時々根を詰めては寝落ちすることはあるが、普段は夜になればちゃんと寝ているし軽く身体を触っても起きたりはしないほど熟睡している。
「ふむ、そんなにアイツって不眠気味だったのか。」
「そうだよー。今はすっかり元気になってるから、きっと毎日よく寝れてるんだろうなーって思ってたけど。で、話を戻すとね。彼にとっては手間暇かけて作った物ほど思い入れもこだわりもあると思うんだ。これだけ今まで頑張って身につけてきた技術を、自分の好きな人のために使えるって幸せなことだと思ってるんじゃないかなー。貴方ならそうだな、赤魔道士の修行を何のためにしてきたかって改めて思い出してごらん?その気持ちときっと同じだと思うよー。」
 そう言ってアイフェはジッとディルを見つめてくる。確かにそうだ。自分が何のために細剣を手にしたのか、その理由は彼と共にあるためだ。彼のためにという気持ちがあるならそれを無下にされたくないし、自分も彼の同じ気持ちを否定したくない。
そうだな。それを止めて欲しいだなんて、ちょっと軽率だったかもしれない。なんとなく分かった。あいつのやりたいようにやってもらって、それを見守ることにするよ。」
「よし!じゃあこの問題解決だねー。」
「あ、いや、待て。アイフェはなんでそんなにクルウの事に詳しいんだ?確かその職人になった頃の話って何年も前の出来事だろう?」
「ん?あー、あのね、さっき言った錬金術師ギルドにクルウを紹介したのは私なのー。」
 その言葉にディルは驚いて思わず尻尾が立ち上がった。アイフェはディルの様子を見て更にニコニコと笑いながら続けた。
「あそこにもたまに本買ってもらったりしてたから、そこそこ付き合いはあってねー。当時はクルウがウルダハに来てそんなに経ってない時でまさに働き口を探してた頃だったし、彼には色々とこっちで事情があったから協力したのよ。」
「事情?」
「うんまあ、私が商売のほうでミスってクルウに迷惑かけちゃって。そのお詫びで詳しくは企業秘密ね。とにかく!話は聞いてもらったし早速本を譲るねー。」
 そう言ってアイフェは椅子から降り、足置きのように置かれていた大きな鞄からいくつかの本を取り出した。それらは錬金薬調合の古い文献から最近書き込まれた鉱石図鑑までありとあらゆるものがあり、ここからディルはアイフェの説明を聞きながら小一時間悩むことになった。
 
 それから数日後、クルウからはチョコが練りこまれたシンプルなパンケーキが渡され、ディルはそのお礼にとあの時に買ったいくつかの本を渡した。更にその夜、ディルは早速寝る前に本を読もうとしたクルウを担いで強制的に自分の寝床に連れて行き、同じ布団の中に入れてしまった。
「え、なに?もしかして今日そうゆう気分?」
「いや、単に抱き枕にして寝ようかと。」
 既にがっちりとクルウを抱きこんでしまったディルは満足そうに頭や耳を撫でている。
「えー、やだよ俺。お前寝てる時にたまに角とか当たるんだもん。」
「大丈夫、今日は朝まで動かずに熟睡できる自信ある。」
「はあ、まあいいや。当たったら明日覚悟してろよ。」
 クルウはディルの胸にもぞもぞと頭をすり寄せてから目を閉じる。ディルが暫く撫ででいると、やがてクルウの静かな寝息が聞こえてくる。安心したように眠る暖かい彼の体温が伝わってくるにつれて、ディルも段々と眠気がやってきた。
 今、こうやって傍にいて眠ってくれるってことは、俺を信頼してくれてるってことだろうか。そうだとしたら、やはりすごく嬉しい。
 ふわふわと穏やかな幸福を感じて、ディルも目を閉じて睡魔に身を任せた。