日が傾き始めたウルダハのマーケットでいつものように食品や日用品を揃え、そろそろゴブレットビュートに帰ろうかと2人で話している最中、クルウの耳に付けていた小さなリンクパールから突然音が鳴った。クルウは両手に抱えていた紙袋をディルに一旦預けて、リンクパールに指を当てて応対を始めた。
「はい、もしもし。ああ、今は大丈夫だがどうした?…うん、そうか、そこまで出来るようになって…えっ?道具を焦がした?…あー、もしかして仕上げの火加減の調整が上手くいかなかったのかもなあ。…角まで黒くなった?髪の毛とか焦げてないよなそれ…。まあ、本人がケアルやエスナを使えるから多分大丈夫…か。」
火とか焦げたとか何だか不穏な単語が聞こえてきているが、会話に割り込むのも良くないとディルは黙って荷物持ちをしていた。数分後になって会話が終わったらしく、クルウがリンクパールから指を離した。
「ごめん、荷物持っててくれてありがと。」
「それはいいんだが、一体何があったんだ?」
不思議そうにディルが問いかけると、少し耳を伏せて困ったような表情になったクルウが苦笑いをしながら話し始めた。
「ああ、いや…今の連絡はホムラからなんだけど。なんか調理師の修行してる奴がトラブってるらしくして。ちょっと今から手助けに行ってあげたいんだ、元々俺が教えてたレシピで起こってるみたいだし。もしかしたら、説明が足りなかったり間違えてるかもしれないし…。」
ホムラとは、ここ最近仲良くなったサンシーカーのミコッテ男性。向こうはアウラ・レンの男性と一緒に行動しているのもあって、最近は気が合って4人でつるむことも増えてきていた。
「んん…、そうか。俺には製作関係の事は分からないし、行っておいで。本当ならアイツらには最近世話になってるし、何かしてやりたいんだが…。」
「その気持ちだけでも充分に嬉しいさ。…あ、それならちょっとお使い頼めるか?ゴブレットビュートにある個人の店で買える物だから、家に荷物置いた後にでも。」
「それくらい構わないぞ。」
「やった、助かる!じゃあ店の場所と欲しい品を…。」
クルウは途端に耳をピンと立てて、先程の買い物内容が書いてあった紙の裏に、いつも持ち歩いている鉛筆でさらさらと文字を書いた。それから自分の財布から幾らかのお金を取り出し、メモと一緒にディルへ渡した。
「代金はこれで足りるはず。これでなんとなく場所とか分かるか?」
「…うん、大丈夫だ。」
「もし分からなくなったらこっちに連絡してくれ。買い終わったらそうだな…、リムサ・ロミンサの冒険者ギルドで合流しよう、その時に迎えに行くから着いたら連絡してくれ。」
そう言いながらクルウはリンクパールの付いた自身の耳をトントンとつつく。それにディルが頷くと、クルウもまた頷いてその場でテレポを唱え、やがて姿が消えた。きっと調理師ギルドのある海都に向かったのだろう。ディルもまた残った荷物をひょいと担いでマーケットから立ち去った。
家に荷物を置いた後、ディルはクルウのメモを頼りにある小さな家の前にたどり着いていた。扉の前には店員らしきララフェル女性がディルを見て軽くお辞儀をした。
「いらっしゃいませ、当店に御用の方でしょうか?」
「ああ、そうだ。えっと…、このメモに書かれた商品が欲しいんだが。」
「拝見しますね。え、あの、これは当店では扱っていないのですが…。」
「あれ…。」
もう一度メモを確認すると、差し出していたのはウルダハのマーケットで買う物のリスト。ディルは慌ててメモの裏を見せた。
「っ、申し訳ない、こっちだった。」
「あ、はい。これならまだ本日分は残っていると思います、では店内にどうぞ。」
女性がドアを開けると少し離れたところに背の低い小さなカウンターが置かれていて、周りにはトレーに敷き詰められた沢山のブレッドが置かれていた。
「いらっしゃいませ、ごゆっくりどうぞー。」
そう言ったのはコック服に身を包んだララフェル男性。店内をトタトタと歩いては商品をチェックしているようだった。ディルの後に続いて入ってきたララフェル女性は、ディルが渡したメモを見ながら、持ち運びができる小さなトレーに種類の違うブレッドを数えながら入れていた。
「私のほうで商品を運んでまいりますので、お客様はこちらで少々お待ちください。」
「分かった、ありがとう。」
言葉に甘えて女性に品物選びを任せ、ディルは欠伸をしながらググっと大きく背伸びをしてから周りを見渡す。すると、隅の方に他のものより多く残っているブレッドがあることに気が付いた。そちらの方へと足を運ぶと、ララフェル男性もまた気が付いてディルのほうへとテテテと寄ってきた。
「あ、それは今日からお試しで出してた新作のパンなんですけど、ちょっと香辛料がききすぎて辛いんですー。」
「ほう…?」
香辛料、と聞いたディルの反応が途端に変わる。ディルはエオルゼア産のポピュラーな物もだが、東方産の「一歩間違えたら鼻がツンと痛くなって悲鳴をあげる」ようなレベルのスパイスが好物である。ちなみに後者は現在クルウに見つからないようにこっそり仕入れて隠している、以前彼がうっかり食べてしまい散々泣いたことがあるからだ。
「これに入ってるスパイスは具体的には何があるんだ?」
「えーっと、以前の紅蓮祭でカレーという料理があったんですが、それがとても美味しくて。当店で独自にアレンジして、それを中に詰めて丸ごと揚げたんです。あ、調合内容は秘密ですよ。でも、どうも刺激が強すぎたみたいで…、これは今日限りにしようかと。」
そう言ってからララフェル男性は揚げたブレッドを一つ取り、4分の1ほどにちぎってディルに渡した。
「はい、よかったら試食ですー。」
「ん、どうも。」
ディルはかがんでララフェル男性から欠片を受け取り、一口齧り付く。食感が普段食べているものよりモチモチとしているが、中から溢れてきたカレールーがディルの舌に触れた時に彼の目が一気に覚醒した。味覚が、「彼にとっての辛さ」を感知したのである。
「これ旨いわ、いい感じに辛いし。あと食べやすい。」
「そうですか?僕もいい感じの辛さだと思ってたんですけど、お客様には辛すぎて食べきれないって言う方が多くて。失敗してしまったかなーと思ってたんですが。」
「でも俺はこれ好きだわ。あ、今日限りなんだっけ?じゃあ買うわ、なんなら全部買う。」
「え…、いいんですか?」
全部と聞いてララフェル男性が少々引き気味になりつつあるのも気に留めず、ディルは元々のブレッド代と揚げたブレッド代を全額まとめて白い布袋に入れてドサッとカウンターに置いた。そのまま傍にあった大きな紙袋に揚げたブレッドを手早く目一杯に詰めて、意気揚々とドアを開けて外に出てしまった。
「あのっ、お客様!まだ最初の商品をお渡ししていません!」
ララフェル女性が小さな紙袋を抱えて慌ててディルの背中を追いかけて外に出て行ったのを、ララフェル男性は「やっぱり意外とアリだったのかー。」と思案しながらドアの外を見ていた。
「ちょっと待て、なんだその大荷物は。」
「んん?あー、ちゃんと言われたものは買ってきたぞー。」
リムサ・ロミンサで合流し本来のお使いの品を受け取ったクルウは、それより数倍の大きさはありそうな紙袋を開けて手を突っ込み、如何にも刺激が強そうな香ばしい香りがするブレッドを幸せそうに食べているディルを見て心底呆れていた。耳と尻尾をだらんと下げ、長い溜息を一つ。そして容赦なくディルの黒い角を片方むんずと掴んだ。
「いったたたた…!お前何するんだ、人が食べてる最中に!」
「うるさい、このスパイスジャンキーが!どうしてこんな大量に買ったんだ!ああもう!保存するにしても食べきれるかっ、いくらなんでも買いすぎだ!」
「いやー、美味しかったからつい。まあでもお前にはこれは辛過ぎるだろうし、俺が責任もってちゃんと食べきるから。」
「はあ!?」
2人の掛け合いを端から見ていた金髪褐色肌のミコッテと紫髪白角のアウラ曰く、この後夕食に招待されたゴブレットビュートの家でディルはブレッドをつまみに酒を楽しみ、日付が変わる頃には紙袋の中身は全て空になっていたという。ちなみに、クルウは一口食べて即ギブアップしていたらしい。
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