ウルダハのクイックサンド。冒険者たちで賑わう店内に、椅子に腰かけて足をプラプラとさせているララフェルの女性がいた。周りをキョロキョロを見渡して誰かを探しているようである。
「お腹すいたなあ…。」
女性の足元では、カーバンクル・ルビーが大人しく座っている。時々店内の喧噪に反応するように耳がピクッと動いている。女性が呆れたように1つため息をついた後、クイックサンドの入り口のドアがバタンと音を立てて開いた。そこには息を切らせたミコッテ男性、クルウがいた。
「いらっしゃいませ!お一人様ですか?」
「あ、いえ、連れが多分もういるので…。」
店員にそう答えてからクルウが店内を見渡し、ララフェル女性を見た瞬間、彼女は満面の笑みでクルウを見つめていた。
「やったー!やっと来た!クランペットおごってー!」
「え?あ、はい…。すみません…。」
この時、待ち合わせ時間から30分遅刻。ララフェル女性の目が笑っていないことはクルウでもよく分かっていた。
焼きたてのクランペットを口いっぱいに嬉しそうに頬張るララフェル女性。一方のクルウは浮かない顔でハーブティーを飲んでいた。
「んで、遅刻の理由は?」
「いや、ここ来る前に納品の仕事があったんだけど、ちょっとドジって…。依頼主に怒られてた。」
「ほへー。」
「聞いてる?」
「きいてるー。」
女性は相変わらずもぐもぐとクランペットを食べている。
「いや、呼び出しておいて待たせたのは申し訳ない…。アイフェも忙しいのに。」
アイフェと呼ばれたララフェル女性は、にっこりとクルウに笑いかけて言った。
「まあ、いいよー。久しぶりに甘い物沢山食べれてるし。んー!他人の金で食べるの最高!」
「はあ…。」
暫くすると、アイフェはクランペットをさくっと完食してクルウが飲んでいるものと同じハーブティーを注文した。
「さて、相談って聞いたけどどうしたの?」
「あの…、今って丁度ヴァレンティオンデーの時期じゃん。」
「そうだねー。」
「それで、この間家でチョコレートを作ってたんだけどさ…。それをディルに見られたんだよ。」
「うん。」
「なんか、すごい怒ってて…。」
クルウが一口ハーブティーを飲みながら耳を伏せた。アイフェも運ばれてきた自分のハーブティーを一口飲む。
「怒るの?さては嫉妬でもされたかなー。」
「んや、なんか、そんなとんでもないのを他人に配り歩くなんてなんてことしてるんだ!って。それでチョコレート作りを止められて…。」
「ふんふん。」
「ディルが甘い物苦手なのは知ってるから、ディル用に別の物を用意するつもりだったんだけど…。何か不快にさせてしまったみたいで、ここ数日あんまり口きいてくれなくて…。それが気になってさっきもクラフトミスして怒られたし…。」
「それが困りごと?」
「そう。」
アイフェはここまで聞いて、心の中で惚気乙とか思っていたがあえて口には出さなかった。
「チョコレートで怒ることかー。なんだろ?」
「俺は、ディルにあえて甘い物を渡そうとしてたと思われて怒ってるのかなと思ってるけど…。なんか違う気もする。」
クルウは腕を組み目を閉じて考え込んでいる。アイフェも首を傾げて考え始めた。
「んー、苦手な食べ物作ってる様子を見ること自体嫌だったとかかなあ。」
「それだったら、もっと前にタルトとかクッキー作ってたのを見られたことはあるし。その時に既に怒ってるような気がするんだが…。」
「んんー?」
結論が出ないまま、暫く時間が流れた。クイックサンドの人たちはどんどん増えていた。
そうしてなかなか考えがまとまらない2人のテーブルに、突然1つのハーブティーが追加で運ばれてきた。
「あれ、おかわり注文したか?」
「え、してないよー。」
すると、空いていた椅子に一人の中年のエレゼン男性が静かに座った。
「突然失礼します。店内が混んでいるので相席をお願いされまして…。ここ、よろしいですか?」
「あっ、はい。ちょっと待っててくださいね。」
クルウは慌てて空の皿を店員に持っていてもらい、エレゼン男性のためにスペースを作った。
「これは、わざわざありがとうございます。」
「いえ…。」
急に他人が来てしまったので、話し合いが中断されてしまった。アイフェは足元にいるカーバンクル・ルビーを近くに呼び寄せて撫で始めてしまった。クルウは気まずくなり俯いていると、エレゼン男性がふと声をかけてきた。
「ところで、そこの男性に少し聞きたいことがあるのですが。」
「え、と。なんですか?」
「他人の貴方にこんな話するものあれなんですが…。実は、今回のヴァレンティオンデーでお世話になっている方々にチョコレートを作ってあげたいのですが、私は調理には疎くて作り方がよく分からなくて…。材料や作り方をもし知っていらしてたら教えて頂きたいのです。」
「え?まあ、俺でよければいいですけど…。」
「わあ、ありがとうございます…!渡す予定のある身内に直接聞くのは恥ずかしかったので…。とても助かります。」
暫くの間、クルウはエレゼン男性にチョコレートの基本的な作り方を教えていた。エレゼン男性はじっくりとメモまでとってクルウの話を聞いていた。
「とりあえずこんな感じです。」
「本当にありがとうございました。これでなんとか私でも作れると思います。」
「いえ…。」
エレゼン男性は丁寧にお辞儀をして、先程までメモを書き込んでいた紙を改めて見直していた。
「ところで、先程貴方も仰っていましたが、チョコレートにはククルビーンが多く使われていますよね。」
「はい。」
「これは私が昔聞いた話なのですが、このククルビーンは食材としてだけではなく、一部の地域では薬としての効能があるんですよ。」
「…薬、ですか?」
「ええ。血の巡りを良くしたり、お腹の調子を整えてくれる効果があるんです。ですが…、まれに興奮剤として使われる所もあるんです。そうですね…、ひんがしの国といった東方地域ではまだ食材としてのククルビーンはあまり浸透していなかったような…。」
「…え?」
「まあ、エオルゼアのようにチョコレートとして加工すればとても良い甘味になります。食べすぎは厳禁ですが。ちょっとした豆知識ですよ。」
「……。」
クルウは穏やかに笑いながら話すエレゼン男性の言葉を脳内で反芻していた。呆然としているクルウをよそにエレゼン男性はハーブティーを飲み干すと、ここまでずっとご機嫌でカーバンクル・ルビーを撫でていたアイフェに声をかけた。
「相席ありがとうございました。そろそろ私は行きますね。このご縁に感謝を。どうかお二人ともお元気で。」
「ええ、ありがとうございますー。」
アイフェはニコニコと嬉しそうにエレゼン男性に言った。そして、エレゼン男性は立ち上がってクルウに近づくと、耳元に顔を近づけて囁いた。
「まだまだ世間知らずなところもある彼ですけど、どうか今後もよろしくお願いいたしますね。クルウさん。」
ピンとクルウの耳が立つ。驚いてエレゼン男性のほうを見た。クルウはここまでの会話で一度も自分の名を口にしていないのだ。エレゼン男性は2人に対して丁寧にお辞儀をすると、悠々とクイックサンドを後にした。
この後、アイフェと別れたクルウは家に帰り、ディルにクイックサンドであったことを話した。ディルは顔を真っ赤にして慌ててリンクパールで何処かに連絡をしていた。その後、ディルは自分の思い込みが過ぎたと謝罪したが、クルウもまた自分の知識不足だったと互いに謝り倒していた。
後日、知人分のチョコレートとは別に、ディルはククルビーンがたっぷりと使われた超ビターなチョコレートがクルウから贈られた。
一方、とある孤児院の建物内で優雅に紅茶を飲むエレゼン男性とアイフェがいた。
「アイフェさん、今回はご協力ありがとうございました。」
「いえいえ、こっちもあの二人とはそこそこ長い付き合いですからー。」
「ここから自分の意志で巣立った子とはいえ、これも親馬鹿なんでしょうか。どうしてもその後が気になってしまうのです。」
「あの二人、なんというか危なっかしいところもあるので見てるこっちがハラハラさせられるというか…。冒険者として出会った頃からそんな感じで。ヴァンスさんの言う事も分かります。」
そう言ってアイフェはクスクスと笑った。ヴァンスと呼ばれたエレゼン男性もつられて微笑む。
「ディルは本当に良い子に成長しましたよ。以前よりも人を信じることが出来るようになりました。きっと普段のクルウさんの接し方がいいのでしょう。」
「クルウも、前よりも丸くなりました。出会った頃は凄く棘のある子というか、真面目過ぎて周りが見えてなかったので。」
「ふふ、今後の二人がどうなるか楽しみです。ほかの子らも凄く気にしていて、ディルはどうしてるんだってよく連絡が来ます。」
「あらまあ!」
互いに2人の話題を肴に、のんびりと紅茶を飲んでいた。
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