yn
2023-07-09 17:13:28
3096文字
Public 諸々(CP混在)
 

無題

大遅刻ミカ誕です。ちいちゃいミカエラとお兄ちゃん。びっくりするほど遅刻だわ。昨年のミカ誕に書きかけて、納得いかず放置してたらファンブが出て「もうどうしようもできねえ〜っ!」となってしまったやつです。だから何一つ正解してない過去捏造なのでなんでもゆるせるひ



 五月が来るとそろそろかと思い、六月が来ると落ち込んで、七月が来ると部屋の外に出たくなくなった。
──特に当日は、本当に気が重く。

「おめでとうございますミカエラ様」
「おめでとうございます」
「ミカエラ様、お誕生日おめでとうございます」

……うん」

 側近や、使用人たちが自分を見かけるや否や腰を折る。しかしその目には何も映っていない。当たり前だ。この屋敷にいる人間たちは皆、母の術中で夢を見たままの哀れな人形。
 広義で言えば、母からの言葉と言えるのだろうか。それでも気持ちのこもっていない祝いの言葉というのは無言よりも虚しくて、いっその事こと誰も彼もがこんな日の事は忘れてしまえば良いとすら思う。

 誕生日おめでとう。
 生まれてきてくれてありがとう。
 私はお前を愛しているよ。

 一番言ってほしい人は、今日も今日とて屋敷にはいない。
 屋敷の料理人が手をかけた料理や高級な菓子を食わせてくれる。礼は言う。ありがたいと思う。それでも。

……ふぅ」
 屋敷を抜け出し、庭の生垣の影に座り込んだ。
 これが兄ならばクソ喰らえと唾を吐いて屋敷の外に飛び出し、日の出まで街ををふらつく事もするだろうが、私にそこまでの度胸はなかった。その兄も数日前から母に連れられて出かけている。母が兄を連れて外に出るのは珍しい事だった。兄は散々渋っていたが結局、首根っこを引きずられて出て行った。
 
『絶対に帰る、五日までには』

 兄はそう約束したが、今日がその五日だ。まだ帰ってくる様子はない。
 母が兄を連れて行った。それは荒事の合図だ。怪我していないだろうか。辛い目に合っていないだろうか。母は兄に、ひどくきつく当たるから。特に訓練の様子なんて見るに耐えない。それこそ自分なら泣いて逃げ出すほどに。
 ポケットから懐中時計を取り出す。去年の今日、兄が贈ってくれたものだ。二本の針が十二に向かって着実に進んでいる。重なるまであと、何分だろう。きっと間に合わない。
……にいさんのうそつき」
 かえるっていったのに。
 毎年贈られるいくつもの祝いの言葉。その中で、心と温度があるのは兄の言葉だけだ。

 別に今日じゃなくたって、兄は祝ってくれる。
 嫌だ嫌だ、約束したんだ。今日帰ると。帰って来ると。
 別に帰りたくなくて帰ってこないわけじゃない、幼子のようなわがままを言うな。
 嫌だ。嫌だ。なにも母の言葉を乞う贅沢を言ったりしない。だからせめて、兄だけは。

 振り子のように大きく揺れる感情に揉まれながら膝を抱える。握りしめた懐中時計を耳に押し当てた。カチ、カチ、という針の音に混ざり、歯車が軋む音がする。
「いやだな……
 止まってほしい。あの何分かで終わってしまう。嫌だ。もし針が天辺を超えてしまったら、どんなに我慢していても、兄を嘘つきと罵ってしまうだろう。そんなのは嫌だ。

 キチキチ、キチキチ、歯車の音。

 あと一つ、針が進めば。
 じんわり滲んだ視界を閉じて、膝に額をくっつけた。






………………なぁにしてんだんなとこで。オイ!!」

 パチン!と頭を叩かれた。
「痛っ!」
 反射的に痛いと声が出たが、派手だったのは音だけで、大した痛みはない。
 目を白黒させながら顔を上げる。いつの間にか、私をすっぽり覆い隠すように影がかかっていた。
 苛立ちをあらわにした顔は腫れ、額に大きな切り傷が残っていて、癖毛は軽く焦げていた。左腕には板が添えられて粗雑に布で括り付けてある。出て行く前に着ていたドレスシャツはボロボロだし、クラバットはどこで落としてきたのか見当たらない。
 泣くほど焦がれた人物がそこにいるというのに、ボロ雑巾のような様相に固まってしまった。
 兄はそれでも構うことなく、板の括られていない右手で再度頭を小突いてきた。
「せっかく無理して帰ってきたってのに屋敷中どっこ探しても居やしねぇ!何やってんだ、バカ!」
「ば、ばかじゃない!兄さんそれより、腕は」
「折れてるだけだ大した事ァねえ」
「折れてるなら大した事だろう!」
「シーっ!ババアに見つかっちまうだろ、ほら来い!」
 死ぬ気で撒いてきたんだ、なんて言って手を引く兄に血の気が引いた。後で何をされるかわからないのに。あの人が烈火の如く怒るところを想像するだけで恐ろしくて泣きそうになる。
 ひぐ、と鼻を鳴らしたのが聞こえたのか、私の手を握り込む大きな手の力が強くなる。
 引っ張られていったのは、更に同胞の気配から遠のいた屋敷の裏手だった。
 時計、と言われて懐中時計を差し出す。針はまだ、十二の一つ前の目盛を指している。
「まだ五日だな、ヨシ」
 兄がごほんとひとつ、改まって咳払いをした。
 その間にもかち、かちと音を立てて、針は進んでいく。
 兄さん早く、と急かしたい気持ちを抑え、ぎゅっと手に力を込めた。

「ミカエラ、誕生日おめでとう」

「お前が生まれてきてくれたことを誇りに思う」

「俺を兄貴にしてくれてありがとう」

「愛してるぞ」


 兄は最後の一言と共に、ボロボロの顔を歪ませて笑った。牙の端が欠けている。笑うのも一苦労だろう。
 兄の言葉全てが、砂漠に降り注ぐ雨のようだった。乾いた自分に染み込んで、細胞の一つ一つが歓喜の声をあげて息を吹き返してゆく。欲しかったものが全て一気に与えられてしまった。
 無理をさせてしまった罪悪感よりも、ここまでして自分のために帰ってきてくれた喜びが上回る。
──そんな自分が浅ましくて、憎らしい。
「わ、わたしはわるいこだ、にいざん」
 気づくと、礼よりも先に涙と謝罪がこぼれ落ちていた。シャツの胸元をぎゅう、と掴んで俯いた。鼻を啜り、唇を噛んで涙を堪えようとしても、今日一日我慢に我慢を重ねた涙腺はコントロールがきかなくなっていて、止めようと思えば思うほどに溢れて止まらない。
 みっともない。恥ずかしい。情けない。母に見られたら何と言われるだろう。
 幼子のように泣きじゃくる私を、兄がひょい、と抱き上げた。無事な腕で私を支え、泣くなよと私の額にキスをくれる。
「お誕生日おめでとうってさ、意味わかるか?賢いミカエラよ」
「うん、ゔん……
「言われたらなんて返す?」
「ぁりがど、にぃざん」
「ン。贈り物は不細工面を綺麗にしたらな」
……いまにかぎっていえば、にいざんのほうがぶさいくだろ……
「おいコラ、正直は時に人を傷つけるぞ」
 思わず吹き出すと、ようやっと笑ったな、と笑った兄は私を抱いたまま歩き出した。遠くから自分を探す使用人の声がする。よく通る声が応と返すのを聞きながら、汗臭いシャツに顔を押し付けた。鼓動を感じる。兄の匂いがする。心の底から安心した。
(兄さんはいつもそうだ)
 兄は私の欲しいものをなんて事ない顔で全て与えてくれる。
 俺はお前の兄ちゃんだからと笑い、私よりもよっぽど上手に私を愛してくれる。私にはきっと、一生できない芸当だ。
「にいさん」
「ウン?」
「私も愛してる」
 私は私を愛することが下手くそだ。けれど愛してもらった分だけ、愛してもらった以上に、兄に愛を返したい。あいしてる。陳腐な言葉だ。しかしこれ以上の言葉も私は知らないので、ただ同じ言葉を繰り返す。
「知ってる」
 何度目かの愛してるの後、わからいでか、と言わんばかりに大きな手が私の髪の毛をぐしゃぐしゃ乱してきた。
 受け入れてもらえたことが嬉しくて、私もやり返すように目の前の癖毛をかき混ぜた。