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2023-05-21 22:10:16
4041文字
Public 拳コユ
 

難儀な男

嘘時空、拳→←コユ前提、拳とフランチェスカの話。この拳とフランチェスカは寝てます。書きたいから書いた。直接的な表現はないので全年齢だけど、何でも許せる人向け。


 いつ見ても獣のような面構えの男だな、と思う。
 獣、と一口に言っても数多ある。
 さて、どれに似ているかとつらつら考えて、思い至ったのは黒豹だった。群れることなく一匹で暮らし、必要な時にだけ雌と交わる。平原や森林で暮らせばよいものを孤高を気取って岩丘を選んだものだから、周りに溶け込めない真黒の獣。
 言い得て妙ではないかと声には出さずに笑いながら、今は黒を纏わない背中を赤く塗った爪で突いた。同胞らしからぬ薄い傷跡は、銀か聖水か。どちらによるものだろう。ひとつ、ふたつと数えて遊ぶ。汗は既に乾いていた。
 煙を食む男はこちらを一瞥もせず、ただ規則的に吸って吐いてを繰り返している。甘い言葉を求めているわけではないが、それにしたって色気がない。獣の方がよっぽど情緒のあるセックスをするのではなかろうか、と思案して──ふと、気になった。
「あの娘は抱いたのか?」
「あ?」
 だんまりを決め込んでいた男が間抜けな声を上げたものだから、声をかけたにも関わらずこちらが驚いた。視線を上げる。闇に光る赤い瞳孔が不機嫌を隠すことなくこちらを睨み据えていた。
 傷のある背から手を離し、倦怠感の残る体を起こす。
 
 反人間派の先鋒であった催眠術の一族から長子が出ていったと母から聞いたのは、フランチェスカがまだ幼い頃だった。家督を次男が継いだものの、長男派と次男派で派閥争いを繰り返して一族はめちゃくちゃになっている、また世が荒れると母は憂いたが、フランチェスカにとって特段興味を惹かれるニュースではなかった。
 フランチェスカは吸血鬼だが、フランチェスカからすれば己が己らしく生きること以外は些事にすぎない。独り立ちしてから催眠術一族の長子本人と出会ったのも、偶然以外の何者でもなかった。
 最初に寝たのはいつだったか、そもそも何故寝る流れになったのかも記憶が曖昧だ。分かるのは『身体の相性は悪くない』ということくらいだ。
 吸血鬼至上主義でも人間擁護派でもない。年に数度、当然のようにフランチェスカの屋根を借りに来る。自分から離れたくせに一族への情を捨てられない、そんな宙ぶらりんの男。フランチェスカがこの男に抱く印象というのは、その程度のものであった。
 
 白いシーツを引き寄せて微笑い、一番自分が美しく見える角度で足を組んで見せつけたが、この完璧な美しさを目にしても男の目は据わったままだ。いつもなら鼻白むそれも、視線の色が常と異なれば話は別。
 常ならば既に屋敷を出ているはずの男がここに留まる理由は、今頃別室で寝息を立てている。
「お前が連れて歩いているあの田舎娘さ」
 歌うように問うと、男は眉間の皺を深くした。その顔がまさに威嚇する黒豹そのもので、自分の思考の的確さに気分が良くなる。男が咥えていた紙巻き煙草をテーブルでもみ消したことすら、咎める気にもならないほどに。
 男はベッドサイドに放置したケースから新しい煙草を取り出すと火をつけ、鼻で笑った。
「あんなガキ、相手にするかよ」
「私と大して歳は変わらなかったぞ」
……は?」
「おや、言ってなかったか」
 男は体を捻ると、不躾に先程抱いた肢体を見つめてきた。存外つまらぬことを気にする男だな、と視線を受け止めながら思う。
……お嬢ちゃんはそんなんじゃねえよ」
 今度はお嬢ちゃん、ときたもんだ。腹を抱えて笑いたくなるのをどうにか堪えた。付き合い自体はそこそこ長い男だが、こんな顔を見たのは初めてだ。
「ケーン」
 隠しきれない笑いが漏れる。くつくつと喉の奥で笑いながら、セックスの最中ですら呼ばなかった名を呼んだ。男の──ケンの眉根が寄る。
「あの娘に惚れてるだろう」
「バカ言え」
 言い終わるか終わらぬかのうちに吐き捨てられた返答に、今度こそ声を上げて笑う。
「抱いたらいい」
「そんなんじゃねえっつってんだろ」
「じゃあ何の為に連れてる? 血袋代わりにしては細く脆い……ああ、孕ませるのが面倒なのか」
 わざと煽るように言ってやると、ケンはさらに苦虫を噛み潰したような顔をして、黙れ、と一言呟いて背を向けた。これ以上あの娘について話すつもりはないらしい。
 苛立ちの滲む背を見ながら、娘を初めて見た時のことを思い返す。黒目の大きな瞳。不安そうに眉を下げながらも、気丈に背筋を伸ばしてケンの側に立っていた。フランチェスカに敵意がないとわかるや否や格好を崩した娘に拍子抜けしたのもよく覚えている。
 種が違えど女同士。少しばかり優しい言葉をかけてやれば娘はぽつぽつと話をしてくれた。交わした言葉はそう多くない。それでも、娘がケンに懸想しているのはすぐにわかったのだ。ケンが知らぬはずはない。面倒がわかっているなら捨て置けばよいものを。
(そうしないのは、手放せぬ理由があるということだろうに)
 と、言ってやる義理はない。
 家族を捨てた男が今更何を恐れているのやら。否、捨てたからこそ恐れるのか。
 愛することが恐ろしいのか、愛されることが恐ろしいのか。
 フランチェスカにはわからない。フランチェスカは愛することを憚らないし、愛されることを拒まない。それが一番己を美しく見せると信じているし、そうして生きてきた今、フランチェスカは誰よりも美しい。
 知っているからこそ、ケンが無駄な足踏みをしているようにしか見えなかった。
「難儀な男だな」
 シーツを投げ捨ててベッドから降りる。ケンはベッドに根が生えたように動かず、煙草を燻らせ黙って床に視線を落としていた。四角い顎をキスマークの刺青が輝く足先で持ち上げる。獣が物騒なうなりを上げた。
 ピン、と足先を跳ねて煙草を弾きとばす。宙を舞った白い棒をキャッチして戯れに一口吸い──口に入った葉に顔を顰めた。
「おい、返せ」
 文句は無視をして煙を吐く。重い紫煙に混じる甘ったるい香り。血でも混ぜたかと煙草を口から離して観察すると、合点がいった。
 フィルターがない両切り煙草。本体に印字もなかった。接着の跡には薄くムラがある。つまり、これは。
……
……何だ、その顔」
 奇妙な表情になっていたらしい。そんな顔にもなる。「ここまでさせておいてよくもあの台詞を吐けるものだな」と口に出さぬだけ、褒められて然るべきだろう。
 全てを飲み飲んで煙草を返した。ケンは吸い口に移った紅を見て舌打ちをすると、テーブルで煙草をもみ消してからベッドに寝転んだ。頭の後ろで手を組み、目を閉じている。本格的に機嫌を損ねたらしい。捻くれた子供のようではないか。くつくつと笑い、ケーン、と甘く呼びかけた。ケンは岩のように動かない。
「お前の獣じみた顔は好みではないが、具合は良い」
……
「あの娘も嫌いじゃないさ。屋敷は好きに使え」
 踵を返す。ドアノブに手をかけたところで、予想に反し岩が返事をした。
「何が目的だ」
 何が目的。何が、と言われると困ってしまう。目的などないのだから。フランチェスカはただ、フランチェスカの好きに生きているだけ。
 強いて言えば、と一本指を立てて振る。
「お前がおっかなびっくりあの娘に触れているのが面白くて堪らないだけさ」
 ケンはひくりとこめかみを震わせ、フランチェスカの言葉を咀嚼するようにたっぷり数分黙りこくった後、吐き捨てるように言った。
「お前とはもう寝ねぇ」
「私は別に困らん。自惚れるなよ」
 呵呵と笑い、ドアを押しあけた。今度は予想通り、返事はなかった。
 
 
 部屋から出ると途端に空腹を自覚した。血を飲むのも良いが、折角ならば甘いものを腹に入れたい。娘を呼んで、あの馬鹿な男を肴に茶を飲みたい気分だ。
 使用人を呼びつけようとしたところで、廊下の隅にひらりと黒いスカートが翻るのが見えた。
〝あ……
「おや」
 若干ぱさついた黒いボブヘアー、ウサギのような黒目の大きい瞳。件の娘だ。娘はゆっくりフランチェスカに歩み寄ると、恐る恐る、といった様子で会釈をした。面と向かって話すことにまだ慣れないらしい。フランチェスカの完璧な造形と美しさに威圧されてのことだろう。むべなるかな。
 強き者にはそれ相応の振る舞いというものがある。フランチェスカは柔らかく微笑み、歳はさほど変わらぬ小さな兎の頭を撫でてやった。
「どうした」
〝えぁ、あの、お水と……血を〟
 おじさんに、と辿々しく続ける。確かに娘は水差しと血液パックを抱えていた。どちらも使用人が用意したものだろう。健気なものだと感心する。
〝まだ、おやすみされてますよね〟
「いや……起きているさ」
 背後の扉を指さす。大喜びで駆けて行くかと思いきや、娘は視線を彷徨わせて眉を下げた。
「行ってやらんのか?」
〝でも、久しぶりにゆっくり休めるのに、わたしが行ったらお邪魔になってしまうかな、って……
「案ずるな、喜ぶ」
〝え〟
「間違いない」
……ほんとうに?〟
「本当さ」
 お行き、と背中を押すと、娘は嬉しそうにうんうん頷いた。こちらは素直なだけ救いがあるな、と笑う。
 髪を払い、清潔な絨毯を踏み締めて歩く。背後からドアをノックする音、男を呼ぶ少女の声。それに応える無愛想な男の声が続け様に聞こえてきた。
 背中越しに先ほどのドアをチラリと見やる。薄く開き、それから閉まった。娘の姿はない。中へ招いたらしい。眉を顰めた。
 そのまま抱いて潰して、愛を伝えて囁いて、肌を合わせて一つになってしまえば良い。言葉で語るより、肌で語る方が早いこともある。ケンが手を伸ばせば、あの煙臭い腕に抱き込めば、きっと娘は拒まない。フランチェスカならそうする。しかしケンはそうはしないだろう。
 
 今度こそ手を叩き、ヨシダ、と使用人を呼びつける。すぐにバタバタと慌ただしい男の足音が聞こえてきた。
 甘いものが食べたかった。
 舌が痺れるような、甘い、甘いものを。