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yn
2023-05-10 08:49:08
3858文字
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諸々(CP混在)
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World is beautiful
オチを忘れた上に小説というかなんというか……と思って没にしたΔトオルくんの話
気が向いたら書きます
トオルにとっての『世界』とは、『ケンとミカエラ』と同義だった。
トオルは父親を知らない。
トオルが生まれてすぐ事故で亡くなったと聞いた。
一方母はというと、ほんの少しだけ知っている。兄二人に手を引かれ、バスや電車を乗り継いでどこへ行くかと思いきや、着いたのは畏まった日本家屋。門から玄関まで妙に距離があるつくりで、歩くのが億劫で駄々をこねてミカエラに抱いてもらったのだったか。兄の腕に抱かれたまま顔を合わせた女性はミカエラによく似ていて驚いたけれど、「母さん」と呼んだケンの声の不機嫌さの方が物珍しく、そちらの方が印象深い。驚きに上書きされたせいか、母という女の印象は曖昧だ。
なんせ、父母がいなくともトオルは全く困らなかったのだ。
トオルの保育園の送り迎えはケンとミカエラが交互に来てくれた。当時のケンは駆け出しではあったが退治人。吸血鬼が跋扈する新横浜の子供たちにとって羨望の的だったし、詰襟の学生服で現れるミカエラは端正な顔つきと涼やかな声音で保育士や保護者によくモテた。
小学校に上がる前、ああでもないこうでもないと騒ぐ他の家族に混ざって一緒にランドセルを買いに行ったのはケンだった。店員に若いお父さんですねと言われて「俺そんなに老けてるか?ハゲのせい?」と剃り上げた頭を撫でつつ落ち込んでいたのを笑ってやった。
教科書、筆記用具、算数セットの名前付けに、遠足の時には手製の弁当。ありとあらゆるものを工面してくれたのも兄二人だ。
掃除洗濯、火を通すだけの料理や包丁の扱いを教えたのは、家でトオルと過ごすことが多かったミカエラの方だった。おかげでチャーハンやラーメン、焼きそばなどの簡単な料理なら一人でも作れるし、今ではスーパーに行ってカートを押し、買い物だってできる。近所ではちょっとした有名人だ。
幼く弱いトオルに、生きる術を教えたのは同じく幼かったはずのケンとミカエラで、トオルにとって『世界の全て』とは、まさに『兄二人』だった。
トオルはそれが周りの同年代とは少し違うのだという事を何となく感じ取っていたし、だからといって自分の手をとる無骨で遠慮のない手と、恐る恐る力を込めてくる優しい手を嫌だとは思わなかった。
ケンとミカエラは親代わりではあるが、親としての優しさを前面に出してトオルに接してきたことはないように思う。あくまでも二人は『トオルの兄』だった。
父の腕の温もりなど覚えていない。母に可愛がられた思い出も無い。お前んちパパとママいないのかよ、なんて言われても、だからどうしたと笑い飛ばせたのは、ケンとミカエラがあくまでも兄の立場を崩さなかったからではないか、と思う。
親なんていなくとも俺の兄貴たちは凛と地に足をつけて立っている。
俺の兄貴たちは強くてかっこよくて、最強だ。
そう、誇らしく思っていた。気恥ずかしくて正面から伝えたことはないけれど。
ケンが退治人として本格的に名が売れ始め、友人たちがトオルを『退治人ケンの弟』として見るようになっても、ミカエラが吸血鬼対策課の試験に受かり、長兄と対になるような白い制服を身に纏うようになってもトオルが二人に向ける目は変わらなかったし、二人も変わらなかった。
夜空に輝く大三角形の如く、永遠に変わらないはずだ。
川沿いを歩きながらぐしぐし、鼻を擦る。
何度擦っても垂れていた鼻血はようやく止まった。殴られた頬が痺れて思わずいてえとつぶやくと、口の中に広がる砂と血の味に泣きそうになった。いくら水で洗っても取れない口腔の違和感に、自販機でコーラでも買おうかと思ったが、財布に入っている金は夕飯の買い物をするためのものだ。
今日はいつものスーパーで牛乳が安い日だが、おひとり様一本限り。トオルが一本、ミカエラが一本、ケンが一本買って帰ることになっている。そうしたら、次の休みにケンが牛乳を一本丸ごと使ったミルクプリンを作ってくれる約束だった。不精なケンがパックをそのまま使って作る『雑な白いプリン』はミカエラには不評だが、トオルのお気に入りだ。
プリン、プリン、と無理矢理楽しいことを考えて歩く。大股で歩くたび、痛みの元凶たる藁半紙がポケットの中で音を立てて存在を主張した。
学校の帰り、友人数人と公園で遊んでいる時に話題になったのは、今日配られた『授業参観のお知らせ』のプリントについてだった。
「だりいよなあ」
「俺結構楽しみ。今回はパパが来るんだ」
「へー」
ジャングルジムを登りながら友人たちの声を聞き流す。授業参観。親たちが子供の学校生活を観にくる一大イベントだ。低学年の頃ならばいざ知らず、小学校高学年にもなると良いところを見せねばという張り切りよりも慣れが勝つのか、周りの反応もさまざまだった。
トオルの場合、来るとしたら兄二人だ。いつもはミカエラ、仕事の都合がつくときはケンも参加している。しかしミカエラは昨年から吸血鬼対策課の一員となった。プリントに書かれている日程は前々からケンとミカエラが話していた『デカいヤマ』のある日に丸かぶり。今回はどちらも来られないだろう。
だからと言って駄々をこねるほど、トオルも幼くはない。まあ今回は来れねえよな、と軽く思うだけだ。こればっかりは仕方がない。プリントは適当に捨てて帰ろうなんて思いながら鉄棒の間を掻い潜って頂上を目指す。
「トオルんちは?」
「おれんちは今回無理かなあ」
「えー、ケンちゃんもミカエラさんも来ないんか」
見たかったなあ、というのは同じ保育園に通っていた圭人だった。ケンの腕にぶら下がり「ええ加減にせえ!降りろガキども!」と怒鳴られるまで粘っていたっけ、とジャングルジムのてっぺんに座って笑う。
一人、めずらしく公園遊びに参加した友人が、キョトンとした顔でトオルを見上げた。
「
……
トオルんくんちはパパもママも来ないの?」
「うん。おれんち、兄ちゃんだけなんだよね」
何百回とした問答だ。普通の家には父親と母親がいて、学校行事にはどちらか、あるいは両方がくる。それが普通で当たり前。けれどトオルの家は違う。わかっている。
「兄ちゃんだけ?」
「おー」
大抵、そうなんだ、とかへー、で終わる会話だ。慣れている。きっとこのまま、昨日のテレビやゲーム、漫画の話に変わるだろう。と思っていたのに、友人は至極不思議そうに首を傾げた。
「へんなのー」
「
……
あ?」
「トオルくんち、変なの」
「何が」
「だってさあ」
何故だろう。いつもは笑って流せる単語ばかりだというのに、いやに耳につく。
トオルの雰囲気が変わったことに気がついたのは、圭人だけだった。おい、と友人の肩を叩いているが、トオルと付き合いの浅い友人は気が付かない。
「にいちゃんはパパとママじゃないじゃん」
「
……
」
「で、にいちゃんたちも来れないんでしょ?トオルくん、」
変だし、かわいそう。
友人が半笑いで言った瞬間、ジャングルジムから飛び降りて、勢いのまま殴りかっていた。圭人の悲鳴が聞こえた気がした。
足を止めて俯く。
向こうも殴り返してきた上圭人が間に入ってくれたから良いものの、トオルくんのばか!と叫んで帰った友人は顔が腫れあがり、地面で揉み合ったせいか砂まみれだった。
「あー
……
もう」
何故自分はあの子に殴りかかってしまったのだろう。歩きながら考えていたが、わからなかった。
トオルの家が他と違うのはわかっていたことで、へんなの、なんて言われ慣れている。いつもなら「でも楽しいよ」なんて言い返していたというのに。
喧嘩になったのは今年から同じクラスになった子だ。きっと親に言うだろう。学校経由でケンとミカエラにも連絡がいくはずだ。怒られる。仕事で忙しいのに、手を煩わせてしまう。ただでさえ、授業参観の話をするべきか迷っているのに。
「
……
」
顔を上げて視線を左に動かすと、川面が夕陽を反射して煌めいていた。ケンもミカエラもそろそろ仕事の準備をして家を出る頃だ。もし鉢合わせたら怪我について聞かれるはず。なんて答えたら良いのだろう。
ポケットからくしゃくしゃになった藁半紙を取り出す。道の端に寄ってランドセルを下ろし、その上で皺を広げた。
手の甲に鼻血がこびりついた手でせっせと折る。時折血混じりの鼻水が垂れて、ズッと鼻を啜った。犬の散歩をしている老婆が怪訝な顔で通りかかったが無視をして、無心で手を動かした。
数分で、皺まみれの汚れた紙飛行機が折り上がった。以前ケンに教わった通りに折ったつもりだが、シワのせいかあちこちがズレている。これも見なかったフリをした。
「うし」
ランドセルを背負い直し、大橋へと駆ける。橋の中ほどで息を切らして顔を上げると、夕日がビルの間に沈んでいくのが見えた。太陽のオレンジ色と空の紫色が混ざりあう。
手すりから身を乗り出し、火に焚べるような気持ちで、夕日に向かって紙飛行機を放った。光に飲まれて一瞬姿を消したように見えた紙飛行機はすぐにまた現れ、ヘロヘロと情けない軌道を描いて川面に墜落した。水が染みて黒く染まり、流れに揉まれて形を失ってゆく様子を、白い手すりに齧り付いたままじっと見つめる。消えろ消えろ、早く無くなっちまえ。
ややあって、いつのまにか黒く変わった川面と一体になった藁半紙は、どこにあるのか全くわからなくなった。
鼻を啜りながら空を見上げる。
すっかり陽が落ちて、『彼ら』の時間がはじまっていた。
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