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2022-10-15 13:49:49
2926文字
Public 拳コユ
 

無題

オチ見失って没にしたタバコ吸う兄さんとこゆちゃん どうしようとしてたか思い出せないので蔵出し
お店番回のすぐ後くらいの拳コユなので、兄さんがあんまり優しくないし尻切れです。

 かさかさ、袂の中を陣取るものがある。
 重さにすれば数グラム程度のそれの扱いを思案しつつ、ケンは記憶を頼りに夜道をふらふら彷徨っていた。
 さまよう、という表現は正しくないかもしれない。あてはあるのだ、間違いなく。ただ、まだ生き残っているのか定かではない。故に何となく足取りが定まらなかった。


 ケンさん、それ持ってってくれよ。
 屋台の暖簾をくぐり抜けようとしたところで、店の大将に声をかけられた。振り向くと、水仕事で荒れた手の中に小さな箱が収まっている。
「俺嫌煙でね。さっさと持ってってくれ」
 そう言って無理やり押し付けられたのは、煙草の箱だった。おそらく他の客の忘れものなのだろう。
 中身は二本の煙草とライター。取りに戻ってくるかと言われたら微妙なところだ。今日は早めに店を閉めるからという大将の剣幕に断りきれず、仕方なく受け取って袂に入れた。
 捨ててしまおうかと思ったが、久方ぶりに嗅いだ草の香りに勿体無さが勝った。
 道端で吸って、道に捨てて靴裏で踏み潰してもよかったが、今やその行為は人殺しでもしたのかと思われるほどに糾弾される蛮行となっている。少し前まで街にはところ構わず紫煙が燻り、列車や飛行機の中の灰皿は剣山のような有様であったのに、今となっては吸う場所を探すのも一苦労だ。こんなことで警察に見つかり罰金だ何だと言われ、催眠をかけてとんずらするのも面倒で、酔い覚ましの散歩がてら、オアシス探しの旅に出た。


 街灯が一本もない薄汚れた路地を歩く。夜を生きる吸血鬼からすれば闇は同胞、恐るるに足らない。流石にここを好き好んで歩く人間はいないらしい。誰一人すれ違うことはなく、穏やかな暗闇を歩く。下等吸血鬼らしき小さな生き物が足元を走り去る気配を見送りながらひょいと通りに出ると、暗闇が和らいだ住宅街に出た。
「眩しいなァ、おい」
 誰にともなく文句を言い、また歩く。今日は下駄ではなくビーチサンダルだ。ぺちぺちと鳴る足音が間抜けに響く。確か、次を左。
 曲がってすぐに、口角を上げた。夜道を白い光で照らすコンビニエンスストア。いつもなら無遠慮なLEDが眩しくて敵わんと思うところだが、今用事があるのは店ではない。
 店の横に佇む銀色の円筒は、ケンの記憶と違わぬ姿のままでそこにあった。
 ペチペチサンダルを鳴らしながら近寄り、袂にいれていたケースを取り出して開く。一本引き出し口布を下ろす。フィルターを咥えながらライターも引っ張り出して、石を擦った。シュ、と軽快な音と共に、火花が咲く。視界にオレンジが散った。
 吸いながら先端を火に近づけると、気道に煙が入り込んでくる。目いっぱい、肺の奥まで招き入れてから吐き出した。軽い清涼感に箱を見ると、メンソール入りという表記が目に入る。そういえばLARKは赤色のはずだが、これは緑色だ。
「洒落てること」
 吸ったことのないタイプだが、嫌いではない。食後にハッカ飴を舐めるのに近いものがある。
 タールも五ミリ、大した重さでもない。久しぶりの喫煙でも体は吸い方を忘れることはないようで、あっという間に半分ほどまでが灰に帰した。
 もう少し重いか、吸血鬼向けの物であれば頭にクラリとくるものの、この程度ならケンにとっては深呼吸と変わらない。真っ白な電灯を見上げ、光に混ぜるように煙を吐いた。
 同時、がーっと音を立ててコンビニの自動ドアが開く。出てきたのは若い女だった。ケンがいるのは店の横手の暗がり。向こうがこちらに気づくことはあるまい。素直な下心のまま、足先から舐めるように視線を向けた。
 スニーカーにグレーのスウェットパンツ。尻が大きい。ケンの好みだ。声をかけてみようかとニヤけながら煙を吐く。しかしながらこの辺りは住宅地、記憶の限りではラブホテルはない。
 時計は既に深夜一時を回っているはずだ。この夜更けに一人出歩くくらいだから一人暮らしだろうか。女の家に転がり込めればそれこそ重畳、宿代も浮く。尻から腰へのラインを視姦し、大きく押しあがった白いTシャツに浮く下着のラインにニンマリと口角を上げた、直後。
 黒髪から覗く童顔に、顎が外れるかと思った。
「嬢ちゃん!?」
〝へ〟
 思わず飛び出した声。弾かれたようにこちらを向いた女は、間違いなく新横浜の退治人ギルド、その長たるゴウセツの娘、コユキだった。向こうもケンに気が付いたらしく、眠そうな顔をぱあと輝かせて、おじさん!と手を振った。
 つい先ほど下心丸出しで視姦したその小柄な体が仔犬のような仕草で駆け寄ってくる。何とも言えない罪悪感を覚えた。
〝おじさん、こんばんは〟
 そうとは知らず無垢な娘はケンを見上げてにこりと微笑む。キラキラ輝く栗色の目を真っ直ぐ見ることができずに横にそらした。
……なんで、」
〝桃色にジャンケン柄なんて、おじさん以外にいないじゃないですか〟
 ケンの疑問符に対してニコニコ返すコユキに、そうじゃねえよとため息をつく。息を吐いたと同時、肺に残っていた紫煙が口の端から漏れ出た。
「何でこんな時間にうろついてんの」
〝それはおじさんもでは〟
「俺ァ吸血鬼だからこの時間が活動タイムよ。あんたは違うだろ」
〝ああ、今日早上がりなんです〟
……ウン?」
 早上がりだから何だというのだろう。仕事が早く終わった、良いことだ。それと下着の線が浮くような白いTシャツで深夜に一人、コンビニにいることの因果関係が理解できない。黙って先を促すと、コユキは身振り手振りを交えて話し始めた。
〝だから銀行とか、色々用事を済ませて帰ってきたら意外と疲れちゃって、早めに寝ようとしたんですよ〟
「うん」
〝でも、いつも夜型なのでなかなか寝付けなくて。そしたらふと、一昨日出たコンビニ限定のアイスがなんだか無性に食べたくなって〟
……うん」
〝でもなかなか売ってないんですよね、何件かハシゴしてたらこんなところまで〟
…………ハー」
 バカじゃねえのお前。
 そう罵りかけて堪えた。しかしながらこの娘の危機感のなさに関しては一言物申しておかねばなるまい、今後のためにも。一つ咳払いをして、なるべく威厳が出るように低い声を出す。
「こんな夜中に一人で出歩くな。何が起こるかわからんぞ」
〝わたし、たいていの人には負けませんよ?〟
……そうじゃねえっつの」
 首を傾げる娘は、本当にわからないと言った顔をしている。これでは父親が過保護になるのも頷けた。否、父親が囲い込みすぎるから、こんな世間知らずに育ったのだ。間違いない。
 顔を背けて煙を空へ吐きながら、相も変わらずキラキラしているコユキの目を見た。この娘は本当の『悪意』を知らないのだろう。
「ここはシンヨコだぞ。吸血鬼のメッカなわけ。例えば催眠を使う悪ーい吸血鬼が、嬢ちゃんを襲おうとしたらどうする。催眠耐性のサの字もねえ癖に」
……?おじさんはそんなことしないですよ〟
「俺じゃねーけども」
 ───ああ、いや、どうだかなあ。
 先ほど完全に男の目で視姦した体を見ないようにして、ほとんどフィルターだけになった煙草を灰皿に食わせた。