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2022-07-24 13:28:58
5318文字
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拳コユ連作
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革命後の話
拳コユ連作設定、エキシビジョンマッチの後/ドライブ拳コユ/運転するケンとはしゃぐコユちゃん、車内キスが書きたかっただけ。やまなしおちなし、いみもなし!やおい!
黒いグリップを何度か握り直す。少しばかり椅子が遠いか。自分の前に座っていた男を思い浮かべて座席の位置を調整する。はてさて、とグルリ、首を回した。ストレッチというわけではない。各所にあるボタンやらレバーやらを確認する。
これがウィンカー、これがライト。こっちに捻るとハイビーム。こっちはサイドミラーの開閉か。それでこちら側はワイパー、シフトレバーは前のタイプだ。それから
……
これは一体なんだ?ハンドルについたボタンを適当に押していると、ガチャ、と後ろから音がした。体をひねる。
〝お待たせしました!〟
バックドアが開いている。と思ったら椅子の間から可愛らしい娘がひょこりと筍のように顔を出した。その手に持った鉄製のハンマーはケンの身の丈を軽く超えている。物騒極まりない。
一度降り、後部座席のドアを開けてシートをフラットに倒した。娘はありがとうございます、と微笑みながらハンマーを座席に押し込んで、仕事道具が入っているらしいボストンバッグを置くのを見守る。ついでに邪魔になりそうな袖を襷で引っ掛け、裾もからげて帯に押し込んだ。運転席に戻ると同時、助手席に鼻息荒い娘っ子が腰掛ける。いつも通りのシャツにリボンタイ、黒ベストにスラックス。靴だけはスニーカーだが、ホントそのカッコでいいの?という言葉は余計なお世話なのだろう。
「忘れもんは」
〝ありません〟
「良し」
慣れないボタンでエンジンをかけ、サイドブレーキを握ろうとした左手が宙を彷徨う。おや、と手元を覗いていると、娘が足元を指差した。
〝パーキングブレーキ、下です〟
「あ?」
クエスチョンマークを飛ばしながら足元を見る。成る程、アクセル、ブレーキとはまた違うペダルが一個、慎ましやかに設置されていた。半信半疑で踏み込むと確かに画面からパーキングブレーキのマークが消える。
「サイドブレーキじゃねえの?」
〝わたしは教習もこれでしたよ〟
「マジかよ、おっさんついていけねえ」
先が思いやられる。まあ操作そのものに変わりがあるわけでもなし、何とかなるだろう。
「ベルトした?」
〝はい〟
「ほんじゃま、行くぞぉ」
〝はい!〟
なんだか妙に嬉しそうだ。花でも飛ばしそうな歳下の可愛い恋人に口布の下で少し笑う。
ウィンカーを左に出し、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
❇︎
「何?俺にアッシーやれって?」
「まあ平たく言えば」
鬼の居ぬ間に何とやら。戦争状態の試食会の後、異常のない平和なコーヒーを飲みつつ恋人であるコユキと談笑していると、予定よりも早く鬼が帰ってきた。
交際許可を頂いたとはいえ、彼からすればケンは目の上のたんこぶに他ならない。コユキと目を合わせてからいざ退散と立ち上がったが、風のように距離を詰めた鬼に首根っこをひっ掴まれる。さよなら今世、栄えよ野球拳、なんて信じぬ神に祈りを捧げていると、鬼が父親の顔に変わってケンをじぃっと見ていた。
開かれた瞳は当たり前だがコユキとよく似ていて、何となく居心地が悪い。
「な、何だよ」
「免許」
「あ?」
「免許あるか、野球拳」
「
……
何免許?」
「運転免許証だ」
何だこりゃ。俺は職質でも受けているのか。よくわからないが、ここで嘘をついても仕方がない。半分締められた首をなんとか縦に振ると、ぱっと拘束が解かれた。
慌てて駆け寄ってくるコユキを制して顔を上げる。するとゴウセツはケンの座っていた席のカウンターに一杯のロックウィスキーを差し出していたものだから、口布がずれるほどにポカンと口を開けてしまった。
座れ、と促されるまま椅子に腰掛ける。一度物理的に折られた牙がじくりと痛むような心地がするが知らぬふりをしてグラスを手に取る。毒でも盛られているのではと疑りながらチビチビウィスキーを舐めていると、ゴウセツがペラリと一枚の地図を取りだしてカウンターに広げた。
「コユキ、ちょっと」
〝はい?〟
ゴウセツはコユキに何やら仕事を言いつけて追い払ってしまった。チューン、としょぼくれるコユキは食い下がったものの、禁止されていた厨房の無断使用を引き合いに出されては逆らえないらしい。名残惜しげに奥に引っ込むコユキに手を振りながらロックグラスを回す。丸く成形された氷が惑星のようにくるりと回転した。
さて、恋人の御尊父と一対一である。一体何を言われることやら。やっぱり交際は認めぬという事だろうか。流石に今更ひっくり返されても困ってしまうのだが、だとしたら免許って何の話よ、とアレコレ思索を巡らせる。と、ゴウセツが地図の一点、赤丸シールのついた地点を指差した。
「あの子に出張退治を任せようかと思っていまして」
「
……
出張退治ィ?」
「ええ」
思っていなかった単語に思わず抜けた声が出る。仕事の片手間らしい。ライムを切りながら話すゴウセツはコチラを見ない。フゥン、と地図を見下ろす。赤丸シールの示す場所は千葉県某所、都会とは言い難い田舎のキャンプ場だ。
出張退治、免許有無の確認。ここまで来れば、ゴウセツがケンにわざわざ酒を出してまで頼むことは一つだろう。
「いや、だとしてなぁんで俺が引率すんの?お忘れかもしれんけど俺も吸血鬼なんだけど」
「引率ではありません、あくまで足、そして監視です」
「赤ん坊のお使いじゃねえんだから電車で行かせたら?」
「ハンマー持って?」
「成る程ね」
それは確かに、と唸る。コユキの得物たるハンマーは父のお下がりを調整したもので、ケンの身の丈ほどもある。そんなものを抱えて電車移動は骨が折れるし、周りの迷惑にもなるだろう。
がんがん、とゴウセツの手元から音がする。首を伸ばして覗き込むと、ゴツい手がアイスピックで氷を削っていた。水滴に濡れてきらりと光る金属が翻り、がつん、と大きく氷を割る。
被害妄想だろうが、次は貴様の頭だぞと言われているように思えた。被害妄想だろう、きっと。
「私だってお前みたいなポンチでクソ無職のタコ坊主にお願いするのは心底不本意なんですがね」
「トリプルで暴言重ねてくるじゃん、サーティーワンかよ」
「嬉しくないコンボですねえ」
軽口を叩きつつも琥珀の瞳は笑っていない。肩をすくめて氷を馴染ませたウィスキーで唇を濡らす。
「兎に角、今ギルドは非常に人手が不足しておりまして。今抱えているどの案件もお急ぎ扱い。引退した私まで駆り出される事態です」
「ならとっつぁんと嬢ちゃんで行けば?」
「私は明日から一週間別件で外出です。この依頼、事前調査の結果危険度は高くありません。コユキの実力ならば問題はない」
ゴウセツは適当に割った氷とライムを一切れグラスに放り込みボトルから水を注いで一口飲んだ。一杯奢ろうかなんて言える間柄ではまだ無い。
「しかしあくまで見習いの身。あなたの能力は何故か防御に特化しているから何かあった時の盾に適任だ」
「盾て」
あまりにも正直な言いように笑いが漏れた。確かに目の前でコユキに危機が迫ればケンは駆け出して力を行使するだろう。
しかしながらあくまでケンの一等は血族たる弟達だ。それをここで言って脳天にアイスピックを突き立てられるほど馬鹿ではないので、ウィスキーと一緒に喉の奥に流し込む。
「あの子も
……
おまえの、こと、を
……
し、しん
……
」
唐突にゴウセツご動きを止め、言葉も途切れた。電池の切れたおもちゃのロボットのようだ。不謹慎ながら少し面白い。
「
……
しん?」
「し、しん、信頼して、いるようです、から
……
」
「血の涙流してバグるほど嫌なら別の奴に頼めばいいじゃん
……
」
「だから人がいねえって言ってるだろうが。一般市民の皆々様の安全とあの子の命の方が、私の死んだ心よりも大切です」
「心が死ぬほど嫌なのかよ」
「うるさいタコ黙って引き受けろ。バイト代は出してやる」
バイト代、という単語にピン、と耳が跳ねた。運転手に退治の付き添い。仕事内容は単純な下等吸血鬼の駆除ならば、その実中身はほとんど父親公認のドライブデートだ。それをわからぬゴウセツではないだろうが、それでも娘の身の安全を優先したいのだろう。
ならばイロつけて、まあまあいただけるんじゃない?なんて考えながら右手で銭のマークを作って笑う。
「おいくら万円?」
「時給二百円でどうです」
「ワー労基呼んでいい?」
「冗談ですよ」
❇︎
〝ケンさんケンさん!ソフトクリーム買ってきました!一緒に食べましょ!〟
キャッキャとはしゃぎながら帰ってきたコユキの手には、カップのソフトクリームが握られている。手洗いにと寄った途中のサービスエリア、随分遅いと思いきやこんな買い物をしていたらしい。桃色と白のミックスのソフトクリームを持ってニッコニコ笑うコユキはこれから仕事に赴くとは思えぬ緩みっぷりだ。
当日俺がアッシーやるから、と言った時に〝あっしー?てなんですか?〟と返された日にはジェネレーションギャップで塵になりかけたが、ともかく出張退治の日は俺が車で送ってやる、と告げた瞬間のコユキの顔はまるで盆暮れ正月にクリスマスとハロウィーンイースター、とにかく全ての祝日がいっぺんに訪れたかのような輝きようであった。恐喝という名の告白を了承した時にすらここまでの反応はなかったような気がする。
「コユキお前、仕事なの忘れてない?」
〝忘れてないですよ。キャンプ場奥の森に大量発生したデカい蚊の退治と巣の駆除、それから防止剤の散布とパトロール、です〟
おや、覚えていた。それは失礼と頭を下げて運転席に戻る。ほんの一時間ほどだが久々の運転、そして高速道路の走行はそれなりに緊張する。ちょうど中間地点、残りは一時間ほどだろうか。今の車は速度維持機能とやらがついているおかげでまだ楽な方だが、ここまで長時間の運転をしたのは数十年ぶりだ。これを言うとゴウセツに叩き潰されそうだから黙っている。
〝ケンさんにはこれ〟
「お、サンキュ」
コユキが差し出してきたアイスコーヒーを受け取り、口布を下げて啜る。口の中を潤しながら空を伺った。
日没と共に新横浜を出発した空にはすっかり星が瞬いている。退治人稼業は夜が本番とはいえ、夜のキャンプ場の森なんて場所に娘を一人放り込みたくないのは父として当然だろう。下等吸血鬼だけなら問題にならないし、悪漢なんぞ襲った側が心配になるような娘だがもしもということもある。コユキは退治人としての素質は抜群だが詰めが甘いきらいがあるのだ。
コユキがベルトを締めたことを確認し、それでは行こうかとパーキングブレーキを解除する。
ハンドルにもたれ、車が途切れるのを待っていると、左側から妙に視線を感じた。運転中も感じていたが久方ぶりの高速道路、いくら可愛い恋人相手でも脇見運転は厳禁だ。
停まっている今ならばとちらり横を見ると、溶けて山の崩れたカップを持ったコユキが、ぽやんと口を半開きにしてケンを見ていた。
「
……
何よ」
〝
……
だって
…………
〟
ふにゃ、と目尻が溶ける。
〝運転してるケンさん
……
かっこいい
……
〟
「あ、そっすか
……
」
えへらえへらと締まりなく笑う女。この女がこれからばかすかハンマーを振るって下等吸血鬼を塵に還すとはとても思えない。
しかもこの娘っ子はケンと恋仲であるというのだからまた人生とはわからぬものだ。永く生きてみるものである。開けっぴろげで真っ白な恋心というのは、素直に受け取ることを己に許せばまあまあ、存外、結構、悪くないものだ。
ケンの価値観をぐるっとひっくり返した退治人見習いの娘はまだヘラヘラしている。本当に仕事モードに入れるんだろうな、と些か不安に思っていると、可愛らしい口の端にピンクと白が混ざったものがくっついているのに気がついた。パーキングブレーキを入れ直し、シフトレバーもパーキングに合わせて手招きする。
「ちょいちょい」
〝はい?〟
何ですか?と近づいてきた顔。後頭部に手をやって、思い切り引き寄せる。
長い舌を伸ばして唇を舐めた。舌先で甘い液を掬いとり、親鳥が雛に給餌するように半開きの口に舌を捩じ込む。ぎくりと細い肩が震えたが見なかったふりをして、冷えた咥内に満ちる甘さを存分に楽しんでから、パッと唇を離した。糸を引い唾液がオレンジの街灯に照らされて光っている。
唐突な口づけに頭がついていかないらしい。顔の全てを真っ赤に染めたコユキは、濡れた唇を押さえて信じられないとばかりにケンを睨んだ。まるで臍を曲げた子供である。
ベッドの中ではあんなにしどけないというのにこんなガキくさい顔もする。全くもって困った女だ。茶化すようにべぇ、と舌を出す。
「油断すんなよ、見習いちゃん」
〝な
……
なに、〟
「そーんなしまりのねえお顔でいると、悪ーい吸血鬼に食われるぞぅ」
オマケとばかりに、ぺちん、林檎になった丸い額を一つ弾く。
アイタ!と可愛らしい悲鳴を上げたコユキにケケケと笑い、今度こそシフトレバーをDへ切り替えた。
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