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2022-07-08 08:40:31
3278文字
Public 拳コユ
 

限度ってもんがあんじゃんよ

拳コユ。拳→←←(略)←←←コユくらいの、お付き合い前/拳の矢印はまだ無意識/今週の本誌の内容をうっすら滲ませています。ご注意ください。でもほのぼのです。耐えられんかった。

 イメチェンしてみようかな。

 聞こえてきた言葉に、死に体でかき込んでいた『ビーフストロガノフと言い張る泥』から顔を上げた。ちゃんとあったけえから、まあ、進歩っちゃあ進歩である。
 ぐい、と口の端をおしぼりで拭い、スプーンを置いた。小休止。

 お嬢ちゃんはカウンターの中ではなく、珍しく俺の横に座っている。本日バーは定休日だが、ギルドは通常運営のため出てきたらしい。退治人達は出払って、親父さんもお出かけだそうな。これ幸いとキッチンを侵略して作り上げた物体を俺に食わせるため、ウキウキボイスでお呼び出しをしてきたというわけ。
 今日は上手くできたと思うんです!とスピーカーから聞こえる声だけで腕をブンブンしてる様子がわかる程だった。こりゃあ、いかねえなんて言っちゃあ男が廃るというものである。
 たとえ外が雨でテンションクソ下がりで、食わされるのが今そこから掬ってきたん?って感じの泥であっても。

嬢ちゃんが俺に懸想してるのを知らんぷりしている状態だったとしても、だ。

 背中丸めてビニール傘を開く俺の背中に突き刺さるトオルの目が痛かったがまァ、それはそれさね。

 
……で、何?イメチェン?急に?」
〝はい〟
 水を飲み干してもまだジャリつく口の中で舌を転がしながら聞き返す。綺麗な琥珀色をパチクリさせて、娘っ子が俺にスマホの画面を見せてきた。ん、と覗き込むと、ヘアカタログだ。
ベリーショートから肩上くらいまでのボブカットに検索を絞っているらしい。これまたイイ女が艶かしくうなじを見せつけている。ように見えるのは俺がスケベな吸血鬼のおじさんだからだな。
〝わたし、学生の頃からこれ以上長くしたことも、思い切って短くしたこともなくて〟
「へー」
〝このあたりとか、どうかなって思うんですけど〟
 指さしたのは今の嬢ちゃんよりもうちょい短い、ショートボブのあたり。よくまあこんなハゲのおっさんに髪型相談しようと思うよなあ。
「別にいんじゃね?」
〝もう、ちゃんと聞いてますか?」
「だって何でまた」
……その…………って……
「あ?」
 急に萎れた声に、耳に手を当てて聞き返す。先程までのぴんしゃん具合が嘘のようだ。耳の利かないジジイのように、なんだってェ?とふざけて言うと、嬢ちゃんが俺の肩をぺチリと叩いた。
〝す……好きな人に意識して欲しいんです〟
「へェ」
〝だからその、わたし、子供っぽいから、あまりそういう対象に見られてないんじゃないかって、前にお話ししたじゃないですか〟
「あー」
 ございましたねそんなことも。
 記憶の箱をひっくり返す。何度目かの試食会、まだ飯が飯の形を成していなかった頃だ。この娘はめちゃくちゃスキスキビームぶち当てているのに無反応貫くもんだから、俺が嬢ちゃんの気持ちに気がついてないと思ってるらしい。
 これ幸いとばかりに俺に対して『俺を落とすための恋愛相談』していたのだが、確かその中にそんなんもあった気がするね。なんて返したっけ。覚えてねぇな。
〝とりあえず、印象を変えてみようかなって。手っ取り早いのは髪型でしょう?〟
 俺が記憶をあさっている間にも嬢ちゃんは熱弁を続け、スマホをテーブルに置いてスワイプし、さらにヘアカタログを俺に見せてくる。
〝お、おじさんはどんな髪型が好きとか、あ、あります?〟
 ソワッソワ。キラッキラ。
 お目目から飛んでる輝きを手で払って避けつつ、小さくため息をついた。いやこれでばれてねえと思ってる方がやべえよ。お前さん、いつか騙されて変なもん買わされんじゃねえか。おいちゃんは心配。
〝ほら、このへんとか!〟
「あー」
 生返事してスプーンを引き寄せ、まだ残っているビーフス泥ガノフを口に流し込む。料理下手な奴ほど手のかかるもん作りたがるのは何でだろうな。おにぎりとかにしたらええのに。
〝わたしもう短めなので、あんまり突飛なアレンジはできないんですけども〟
「うん」
 アレかな、野菜切ってー炒めてー煮てーっつう、「料理したぜ感」が欲しいんかなあ。そんならそれで、レシピに沿って作りゃいいと思うんだが。途中で湧き上がる創作意欲を抑えられねえんだろうな、多分。
〝かといってベリーショートはちょっと勇気がいいるし、ツーブロック?この、内側刈り上げるのはわたしっぽくないかなって〟
「そーだねぇ」
 よし、あと二口。偉いぞ俺。頑張ってるぞ俺。
 にしてもレシピ通り作ってこれなら、レシピが俺らとの共通言語で書かれてるか怪しいもんだ。まずはそうだな、ほらきゅうりの塩揉みとかさ。切るだけ!みたいなやつから始めるべきだろ。俺厨房で見張ってやったらいいのかなあ。でも厨房で嬢ちゃんと二人のところ親父さんに見られたらもうデッドオアデッド、逃れられぬ死じゃん。あっこ逃げ場ねえしそれはちょっと俺も、

〝だからパーマかけてみようかなって思うんですけど〟
「いやそれはやめ……ぁ?」

 空気が固まる。
 口をついて出た言葉に俺自身が驚いた。スプーンを持ち上げたままの姿勢、目だけで嬢ちゃんを見た。丸い目ん玉がさらにまんまるに見開かれ、俺を見つめている。
……
……
「あー……うんにゃ、別に……
 誤魔化そうとするが、ろくな言葉が出てこない。畜生、何てこった。片手間に返事するんじゃなかった。
 緩く波打つ肩上の黒髪に白い肌、イヤでも嫌〜なことを思い出す。今は死んだも同然、俺の頭の隅っこに張り付いた記憶の死骸だ。その記号に何か『意味』を見出しちまうのは、俺の勝手な都合である。
 きょとんとしている娘から目を逸らし、持ち上げたスプーンを口に突っ込む。ジャリゴリ、およそ食い物とは思えぬ硬い食感を何とか飲み下すために無言で顎を動かした。先程まで苦戦した謎食感が今は救いだ。喋らなくても済む。
(別にいいだろ、この子の髪型ひとつくらい)
 自分自身に言い聞かせる。好きにさせてやりゃあいい。この子は俺の妹でも娘でも、それこそ恋人セフレでも何でもねぇ。単に頑張って作った飯を俺に食わせたいだけの、恋に恋したお馬鹿な娘だ。
 この子の気持ちを知らんぷりしている俺に、何の権利があろうか。
……おじさん、ストレートヘアがお好みなんですか?〟
 ホラ。やっぱし変な勘違いしてやがる。
 キラッキラの目を更にキラキラ輝かせて、俺の顔を覗き込んでいる。近え。
「いや……別にそういうわけじゃねえん、だが」
〝じゃ、じゃあどういう?〟
 ねえ、と更に俺に迫ってくる娘。逃がさんとばかりに腕を掴んでいる。おやめなさいよ、嫁入り前の娘さんがこんなおじさん相手にはしたない。いやこれもまた時代錯誤か?
 恋愛とも呼べぬ爛れた関係しか築いたことのないおじさんにゃ、あんたの純なお目目は眩しすぎる。
 最後の一口を頬張り、ほぼ噛まずに飲み込んでから手を合わせた。
……ごっそさん、美味かった」
〝はい!お粗末様です!〟
 途端にほんわり、頬が桃色に染まる。かわいらしいこと。
 
 ───まぁ俺も伊達に歳食ってねえからな。少しばかりズルい手を使わせていただくよ。

「ところでこれさ。前に比べたら随分上達したじゃん?せっかくだしもーちょい食わしてくんない?」
………………え!?〟
「もうない?」
〝いっいえ!あります!持ってきますね!〟
 椅子から飛び降りて風のように厨房に飛び込んだ小さな背中を見やる。もうあの娘っ子の頭からヘアカタログのことなんて吹っ飛んでしまっただろう。
 幸い今回の飯はまだ食える方。もう少し胃に入れたところで穴が開くことはないはずだ。
……ハー」
 開きっぱなしのスマートフォン。画面には、あの女には似ても似つかぬかわい子ちゃんが、緩くウェーブした黒髪を揺らして笑っている。無言で手を伸ばし、ホームボタンで画面を暗転させた。
 
 

 数分後、炊き出しですか?ってデカさの寸胴鍋を抱えた満面の笑みのお嬢ちゃんに、数分前の発言を心底後悔した。