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2022-05-04 22:03:50
3990文字
Public 拳コユ
 

夜へ

X年後既婚拳コユ。コユキちゃんを噛むケン。こういうのもどうだろなあ、と前に書いてみて、うーん、と思って放置していたのを思い出し、引っ張り出しました。なのでこれはこれ以上無い話です。エッチに書く練習を兼ねていたので雰囲気がエロいです。流血注意でなんでも許せる人向け。

 明かりを落とした真っ暗な寝室を照らしているのは、カーテンの隙間から差し込む月明りだけだった。今宵は満月。月の光に呼応する吸血鬼は多い。少しでも確率をを上げるなら、とケンが指定したのがこの日だった。
 ベッドの上で二人、向かい合う。ケンは何も言わず、コユキの髪に触れた。出会った時より水気が消え、多少ぱさついた黒髪を撫でる。どんなに丁寧に手入れをしていても、人間と吸血鬼の時間の速度だけはどうにもできない。コユキはケンの手に頭を預けるように、目を閉じて少しだけ首を傾けた。
「目、見せてくれよ」
……どうして?〟
「最後かもしれんし」
〝縁起でもない〟
「ほんとの事だろ」
 長い睫毛が揺れて瞼が持ち上がり、ケンが心から愛する宝石が現れる。顔を覗き込み、じいっと目を見つめた。雪に反射する太陽の光を集めて固めたような美しい目だ。ケンが持つ血の色の目とは違う。
「勿体ねえ」
 たまらず、丸い額に唇を押し当てる。そこから滑って、瞼の上へ。愛おしい女の顔にキスを振らせながらこの目玉をどうにかして永遠にとっておけぬものかあれこれ思索するが、妙案は浮かばない。竜の真祖のように何もかもが反則技のような吸血鬼であれば、瞳の色を保つことも容易かもしれない。しかし古き血を引く長子のケンでも、そこまでの力はない。
〝ケンさん〟
 促すように小さく、コユキが言った。
 ゆっくりと顔を離す。決意と期待、それからほんの少しの畏れ。複雑に色が混じった視線がケンを貫く。
「いいんだな」
〝はい〟
……本当に、後戻りは出来ねえんだぞ」
〝解ってます〟
……なあやっぱしさあ、せめて、あと十年くらい様子見てさ」
〝ケンさん〟
 コユキの手がケンの手を取った。温かく火照った手が、ケンの低い体温と混ざる。
〝お父さんを見送りました。子供も独立して、家庭をもちました。あの子もちゃんと、理解してくれました〟
……ん」
〝きちんと見送るべき人を見送って、やるべきこと、やりました〟
「うーん……
〝わたしの人生で、これはわたしの命です〟
「コユキ、でもよ」
〝ケンさん〟
 膝立ちになったコユキが伸びあがる。唇が重なった。ン、と小さな声が漏れる。一度離れたそれが、角度を変えてまた触れてきた。目を閉じ、柔らかな体を搔き抱いて、ケンからも唇を合わせる。
 コユキが若い娘であった時ならばこのまま舌を突っ込んで事に及んでいただろうか。そんなことを考えながら、穏やかな口づけを繰り返す。
 幾度か小さなリップ音が寝室に落ちてから、どちらからともなく顔を離した。
 鳶色が少しだけ潤み、夜の湖面のように月明りが映り込んだ。一緒に映る己の顔があまりにも情けない。
〝貴方と、ずっと一緒に生きていたい〟
……絶対じゃ、ねえんだぞ」
 確率は百ではない。ケンの時とは訳が違う。
 他の吸血鬼に比べれば血の強さに自信はあるが、どの程度強さを誇るのか、解らない。コユキの血縁に同胞がいるかどうかできる限りで遡ってみたが、分からずじまいだった。

 もしも失敗すれば、ケンは妻を己の手で殺さなくてはならなくなる。それは、弟を失う事と同じくらい恐ろしいことだ。

 しかしコユキはきりりと眉を吊り上げて、事も無げに言う。
〝絶対ぜーったい、大丈夫〟
「なんで」
〝根拠はないけど〟
「ないんかーい」
〝希美さんは大丈夫だったんですよね〟
「ありゃ例外中の例外だ」
〝ダメだったら何回でもやりましょ。そういうやり方もあるんですよね?〟
「あ、あのなあ……
〝それにね、わたしがあなたを独りにするわけないし、あなたがわたしを独りにするわけ、ないじゃないですか〟 
 信じて、と細い指がケンの頬を包み込む。子供をあやすように鼻先にキスを落とされて、苦笑した。この女は何年経っても変わらない。
 周りはケンが年上の余裕でコユキを導いているとでも思っているのだろうが、こういう時いつだって臆病風に吹かれるのはケンの方だ。コユキはケンの尻を叩いて手を引っ張って〝わたしと、わたしが選んだあなたを信じてください〟と自信たっぷりに言う。
 いつまでも鮮烈で、真っ白で、美しい。
〝さあどうぞ。ばっちこいです〟
……へえへえ」
 コユキが戯けながらシャツのボタンを三つ外し、首元を寛げた。白い肌が、月明りでさらに白く光る。
 ああ、俺は何処までも吸血鬼だ。馬鹿正直に喉が鳴った。 
 顎に手をかけて少し顔を持ち上げる。最後になるかもしれない、美しい鳶色を覗き込む。
「俺の目、見て」
〝はい〟
 ケンの赤色とコユキの鳶色が交わった瞬間、瞳にほんの少しだけ力を込めた。せめて、痛みを感じぬよう。コユキは何をされたかわかっていないようで、軽く首を傾げるにとどまった。
 少し笑い、胡坐をかいて両腕を広げる。もそもそとケンと向かい合うように胡座の中に入ったコユキの足を、ケンの胴体に絡ませるように誘導した。コユキの手がケンの肩に置かれ、ケンはコユキの背中を支える。
……なんかこれ、エロいな」
〝終わったらその、久しぶりに、します?〟
「ダアァやめろ邪念混じる」
〝あはは〟
 笑いながら、また触れるだけのキスをする。もうこれ以上引き伸ばすのは無理そうだ。腹を括らねばならない。
 白いシャツの襟を引いて、シャツより白い肌を晒す。

 ドクンドクンと鼓動が頭に響く。心臓が暴れ回って肋を突き破りそうだ。首筋に舌を伸ばして、皮膚の下で脈打つ血管を探る。こくん、と喉が動いた感覚がした。
 音も、匂いも、全てがはっきりと輪郭を持ってケンに語りかけてくるような心地がする。妙に感覚が鋭敏だ。腹の奥で押し込めていた本能がざわめいているのを感じる。噛む前というのは、こんなものなのだろうか。わからない。
 考えながら舌を這わせて、目当ての場所を見つけた。甘噛みしかしたことのない白い首筋に、ゆるく牙を立てる。ハァ、と小さく吐息が聞こえた。

「すまねぇ」

 謝罪はコユキに対してか、既に天の国へ登った鬼神へか。
 牙を剥き、水蜜桃のような肌に噛み付いた。
 途端にごぽり、赤い果汁が溢れ出した。口の中に満ちる甘さに脳髄が痺れる。美味い。甘露だ。このまま、啜りたい。喰らいたい。
 しかし今すべきことは違う。無理矢理頭を切り替えて、牙に意識を集中させる。
 ぐるぐると沸騰していた何かが、溢れた血と入れ替わるようにコユキに注がれていく。
〝あ……っ!〟
 高い声が飛び出して、びくりと肩が跳ねた。動くと危ない。押さえつけるように抱く腕に力を込めた。
〝あ、あぁ……っけん、さ……
 ツンと尖った顎が天を向いた。甘く蕩けた声を受け止めながら、大きく開けた口に力を込め、ケンの全てを注ぎ込む。
 こっちに来い。此方に。俺の方へ。俺たちの方へ。手を伸ばし、掴んで引っ張り込むイメージを強く持ち、柔い肉を噛み締めた。
〝なんで、こん、な、ああ、ァ!〟
 ケンに巻きついた足が震える。肩に置かれていた手が離れ、脇の下を通ってケンの背中にまわる。縋るように震える手がケンのシャツを掴んだ。
〝いぁ、ひゥ…………ッ!〟
 艶めいた嬌声が止まない。ケンが施した術は想定通り効いている。
 これが始まりになるとしても、終わりになるとしても、この女に破瓜以外の痛みを与えるつもりはない。どろどろにとかして甘やかして、己の全てをかけて、愛してやる。捕まった時にそう決めた。
 俺の一等大切なものは弟達だ。お前を一等にはできねえ。そう告げた時に、女の中で一等にしてくれたら良いですよと笑った、強くてふざけた、可愛い女。

 そろそろ終わる。牙がそう言っているのがわかる。薄く目を開けて、不測の事態に備えた。
〝けんさん、はッ……けん、さん……
 終わりに近づくにつれて、コユキの声が細く途切れてゆく。じゅるりと唾液混じりの赤い蜜を啜った。口を離すのが恐ろしい。どちらに転んだのか、目を閉じているケンにはわからない。鬼が出るか、蛇が出るか。

 ずぷ、と音を立てて牙が抜ける。
 ケンにできることはこれで全てだ。深く息を吐き、頭をコユキの方へ傾けた。

 瞬間、耳の先に、ツンと尖った何かが触れた。先程まで無かった何か。

…………

 数秒逡巡してから細い肩を引っ掴み、ばっと体を離した。
 くったり俯く女の黒髪は、月明かりを反射して艶やかに輝いている。それはまるで、出会った頃の。
「こ、コユキ」
 肩を揺する。返事がない。揺れた髪の毛の隙間から、耳が見えた。丸っこく可愛かった耳は、ツンと尖って天を指している。
 おい、ともう一度揺さぶると、ようやく小さなうめきが聞こえてきた。
〝ンン……ぅ〟
「おいコユキ、コユキか?俺がわかるか」
……うぅ、ん〟
 寝起きのように目を擦った女が、ゆっくりと顔を上げる。

……あれ、おわったんですか〟

 そう言ってぼんやりと瞬きする瞳は、磨きたてのルビーのような、鮮やかな朱色。

 泣きそうになるのを堪え、ふわふわ揺れている体を抱きしめた。ケンの牙の跡が塞がりかけている。それを見てまた、くつくつと喉の奥で笑いが漏れた。
「───〜〜っほんっとに、おまえは、すげえ女だよ……!」
〝んえ、な、なに?わたし、寝てましたか?できたの?ダメなの?どっち?〟
 ねえどっち?と当惑するコユキをただひたすらに抱きしめる。
 失わずに済んだ。殺さずに済んだ。何もかも、上手くいった。それが全てだ。


「ようこそ、」


 情けなく震える声で告げる。

 その言葉を数秒かけて理解したコユキが、やったぁ!と両手を振り上げる。
 爪の伸びた拳が目の前の顎を美しく撃ち抜き、ケンは前衛芸術よろしく天井に突き刺さった。