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yn
2022-04-27 22:00:54
3560文字
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拳コユ
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非道い男
既婚拳コユ前提、モブ女独白。
ケンが過去に女バチクソ抱いてるの好きすぎて書いた。エロくはないがケンが最悪です。読む人を選ぶオブザイヤー受賞。
※モブ吸血鬼女、モブ女とセックスしてるケンがいます。自己責任で読んで。
その男に出会ったのは十五年、二十年ほど前だったと思う。
今や原因すら覚えていないのだけれど、その時の私は何かにとても腹を立てていて、適当に入った店でヤケ酒を食らっていた。
なかなか酔えないこの身体を呪いながら何度目かわからないお代わりを注文すると、ハイヨ、と顔だけはにこやかな店主が心の内で悪態をついているのがわかる。
私は人の心を少しだけ、ほんの少しだけ覗き見ることができる能力を持っていた。読心術と言えば聞こえが良いが、わかるのは相手の快、不快、嘘をついているかいないか、その程度だ。大した能力ではない。
しかもその時はその力のせいでトラブルを巻き起こしてのヤケ酒だったので、酒を注ぐ手は早まるばかりだった。
「良い飲みっぷりだねェ」
そんな時、ギィ、と隣の椅子を引いて座ってきたのがその男だった。
頭に手ぬぐいを巻き、口元を布で隠しているせいで露出しているのは堅気に見えない双眸のみ。Tシャツにステテコ、腹巻という家からそのまま出てきた親父のような格好で目を三日月に変えて私を見ていた。
「親父、俺にも姉さんと同じの。あと串盛り塩で一つ、海老と蓮根のはさみ揚げ一つね」
相席を許したつもりはないのに、その男は椅子に腰を落ち着けて店主に次々注文を投げている。
意味がわからず、私は男と反対方向に顔を向けた。するとまあ甘ったるい雰囲気を撒き散らしているカップルが馬鹿みたいに乳繰り合っているのでさらに気分は落ち込んだ。
気がつくと、私の空になった猪口に男が酒を注いでいる。勝手に何するの、と目を吊り上げると、男は口布を下げて笑った。ぎらりと大きな牙が光る。同胞だった。
「酒が可哀想になる飲み方すんなよ、同胞の姉ちゃん。お話聞くぜ?」
男はそれはそれは聞き上手で、私は胸につかえていた全てを初対面の男にぶちまけた。
ウンウン、そうかそうか、そりゃ災難、お前さんは悪くねえなあ、すげえな、頑張ってるじゃねえか、よくやってるって、同胞として誇り高いよ。
男の言葉は全て私が欲していたもので、長くほったらかしていた畏怖欲がじわじわと満たされるのを感じ、とても心地よかった。男の言葉に一つも嘘がなかったのもあるだろう。
私の能力を見破ったことにも驚いた。男は催眠やマインドコントロールの類に多少詳しいんだ、と言っていた。
驚くほど酒に強かった男と溺れる程酒を飲み、勢いのまま山手線に飛び乗って、隣駅の鶯谷で飛び降りた。一駅なら歩けばよかったなんて笑い、ごく自然な流れでホテルを探した。
なんと三件連続満室で、「どいつもコイツも盛ってやがんな」と自分を棚に上げて言った男の顔がおかしかった。
ようやく見つけた空室は、この辺りで一番古くて一番偏屈な同胞のおばあちゃんがやっているホテルだった。何もかもが楽しくてゲラゲラ笑いながら異音を上げるエレベーターに乗り、部屋に入るや否やシャワーも浴びずに服を脱ぎ捨て、ヒイヒイ笑いながらセックスした。
さっき満室だった三つのホテルの中では私たちと同じように男と女が腰を押し付けあっているのだと思うと更におかしくて声を上げて笑うと、男は「いい加減笑いすぎだぞ」と苦笑して、ペチンと私の尻を叩いた。
連絡先の交換もせず、夜明けの気配に慌ただしく身支度をして別れた。よくあるワンナイト・ラブというやつだ。
それでも、あんな可笑しくて楽しいセックスをしたのは、後にも先にもあの男だけだ。
どんな男と付き合って、深い仲になっても、あの男のセックスと比べてしまう自分がいる。
そのくらい、あのふざけた坊主頭の同胞は『男』として魅力的だった。
その男が今、私の目の前に立っている。
「おま、それ何に使うつもりなの
……
」
〝美味しそうだなあって〟
「何に合わせるかだけ聞いていい?」
〝言ったらつまらないじゃないですか〟
「
……
おじさんねぇ、そのぉ
……
いくら宴会用の買い出しとはいえ
……
ジビエはね
……
お料理練習中の嬢ちゃんとは
……
相性悪いんじゃねえかと思うのよね
……
」
パンパンに膨らんだエコバッグを三つも下げた男が顔を青くしながら話しているのは、くりくりの目が可愛らしい女の子だ。黒髪のボブカットで、シャツ襟元に赤い蝶ネクタイが揺れている。ベストとスラックスは黒という、バーテンダーかレストランのウェイトレスのような服装だが、顔の幼さ故にどこかコスプレのようにも見える。
男は女の子が両手でしっかと抱えた肉と女の子を交互に見て、諦念を滲ませた溜息をついた。
「
……
親父さんには自分で言い訳しなさいよ」
〝任せてください!お会計してきます〟
紙に包まれた鹿肉と猪肉の塊を抱えた女の子がこちらに向かって歩いてくる。半ば放心していた私は、レジに肉塊が置かれた重たい音でようやく戻ってきた。
〝お会計お願いします!〟
「
……
ぁ、ハイ、いらっしゃいませ」
どかりと置かれた肉にくっついたバーコードを読む。
転々と職を変え、ようやく落ち着いた百貨店のバイヤー業務。いつもは内勤の私がこの売り場に派遣されたのは今日が初めてだ。私が選ばれた理由は簡単、ここが『新横浜』で、私が『吸血鬼』だから。
よくこの細腕で運んだものだと感心するキログラム数の肉の金額を告げ、何事もなかったかのように会計を進める。ちらりと伺うと、男は壁に背中を預けてスマートフォンを弄っていた。あの時は着ていなかったグーチョキパー柄の桃色の着物を着込んでいるので、人混みの中でも恐ろしく目立つ。
吸血鬼にとっての二十年は大した年月ではない。つい先日セックスして、日の出だやべえと二人慌ててホテルから飛び出してそれっきりの男にまさかこんなところで出会うなんて思わなかった。気まずいような、嬉しいような。向こうは気付いているのだろうか。
〝お願いします〟
女の子の可愛らしい声にコイントレーを見ると、万札と小銭が数枚。自動レジにそれを食わせて、お釣りをトレーに乗せて返す。本日数えきれぬほど行った動作は体に染み付いている。おかげで動揺は隠せたはずだ。
「780円のお釣りです、ありがとうございました」
〝はい、ありがとうございます〟
肉を抱えて丁寧にお辞儀する女の子に頬が緩む。律儀な子だ。きっと心優しくて、周りに愛されて育ったのだろう。
と、微笑ましくお辞儀を返した瞬間、左手に目を奪われた。
薬指に光る、プラチナリング。
はっとして、女の子が駆け寄った男を凝視する。おかえり、と笑う男は至極自然な仕草で女の子の頭を撫でた。その左手にもプラチナリング。
同じデザイン、サイズ違い。収まる場所は左手薬指。示す意味は一つだ。
〝ねえ
……
ンム〟
女の子が言いかけた言葉を男の指が制した。そのまま、ニンマリ笑って別の売場を示す。
「あっち、北海道から出店してるプリンの店があったんよ。前にテレビでやってたやつ。あっちゃんが喜びそうだから寄ってっていいか?」
〝あ、是非!わたしも食べたいです!〟
「じゃー、いこっかね」
言いながら、女の子の腕から肉の入ったビニール袋を取り上げた。
プリンで頭がいっぱいになった女の子が完全に私に背を向けたところで、男はチラリと私を見た。
小さな赤い眼がほんの一瞬私を捉え、細められたかと思うとすぐに逸らされる。女の子の腰に添えられた左手が控えめに振られた。私に向けられたものであることは間違いない。動きかけた私の足を、キラキラと光る白金の輝きが牽制する。
指輪を光らせたまま、隣を歩く女の子に心の底からの愛を込めた目線を送る。わざとだ。見せつけている。
『ねえ、名前くらい教えてくれない?不便』
『
……
セックスすんのに名前いるかぁ?しいて言うなら野球拳大好き様と呼びな』
『何それ絶対嫌』
不意に、オンボロホテルの玄関で交わした会話を思い出す。
ここ数年で少しだけマシになった能力で頭を読もうと能力を向けてみても弾かれるばかり。そんなことまで出来るなんて聞いてない。そっち方面に少しばかり詳しいだけさと笑っていたじゃないか。何だか急に腹が立って、同時に酷く虚しくなる。
あんなに目立つ男だというのに、深く人波に紛れてしまえばもうどこにいるのかもわからない。
真名を最後まで晒さず、夜明けが近づく街に消えた男は、再会しても最後の最後まで私に何も残さなかった。
一緒にいた女の子、善い子そうだった。ああいう子が、好みなのか。
「
……
非道い男」
レジカウンターの内側でぽつりと恨言をこぼす。
私の呟きは、滑稽なほどに騒がしい新横浜の雑踏に踏みつけられて、すぐに消えた。
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