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2022-02-23 17:35:16
4945文字
Public 諸々(CP混在)
 

これは然程清純じゃない方のメルト

先天性男体化コユキくんと桃色着物のハゲおじさんとのファーストコンタクト/コユ♂✊という私だけが楽しい世界の話です。何でも許せる人向け。タイトルで年がバレそうだな


 自分は、至極つまらない人間だ。

 コユキっていい奴だよな、と言われたことは数知れず。それが褒め言葉などではなく、『お前はつまらないやつだ』という皮肉が半分であることもわかる。だって、客観的に見てもわたしはずいぶんと特徴のない男なのだ。
 体育以外の成績は中の中、帰って退治人になるためのトレーニングや勉強のため、そして父の仕事を手伝うために部活に入っていなかったし、彼女だってできたこと、ない。
 唯一の特徴は父譲りでにょきにょきと伸びた身長くらいのものだ。
 高校を卒業してそのまま父の店に就職し、バーテンとして働きつつヴァモネさんや父に稽古をつけてもらう日々。仕事寝る仕事仕事トレーニング仕事寝る。この繰り返し。
 吸血鬼のメッカである新横浜の退治人ギルドに属している以上退屈することはないが、それにしたって若いんだからもうちょっと色気のある生活したらいいのによ、とショットさんに苦言を呈される始末。

 別に女性に興味がないわけではない。女の子は基本的にタッパのある自分より小さくてかわいらしいな、と思うし、柔らかくてあったかい体を抱きしめて眠ったらさぞ心地よいだろうとは思う。でも今はそのくらいだ。定期的にネットでノーマルなつまらないAVを漁って事務的に処理して、スッキリして眠りにつく。
 百戦錬磨の父のようなドギツイ性癖も持たない、ごくごく普通の男だ、わたしは(これを言うと父に無言のアイアンクローを食らうので普段は黙っている)。


 なので、アレは『恋に落ちる音』というよりは、『性癖が歪む音』だったのだろう、と思う。





〝へっくしゅ!!〟

 マスクの下で思いっきりくしゃみをして、ずるると垂れかかった鼻水を啜った。はー、と鼻詰まり時特有のぼんやりした頭でマスクを引き下げ、ティッシュで鼻をかんでまた戻す。
 この前引いた風邪はタチが悪く、熱も倦怠感も消えたというのに鼻づまりと喉のイガイガが延々治らない。声もガラガラだ。流石にこの調子でバーカウンターに立つことはできない。飲食業と退治人は身体が資本、体調が万全となるまで休むことを父から厳命され、わたしは暫くぶりに溜まった有給を消化していた。
 それでも何か手伝いたくて、〝本屋に行くついでに買ってくるから〟と、父から無理やり買い出しリストを奪って出てきた。

 駅前の本屋で目当てのコミック本を手に入れ、買い出しを済ませるべく商店街の方へ歩く。陽が落ちた商店街は人と吸血鬼でずいぶんと賑わっていた。くしゃみをしつつ、人をかき分けて目当ての店へ向かう。
 道ゆくひとが、わたしの横を通るたびに「でけえ」とか呟くのが聞こえてくる。言った本人は聞こえていないと思っているのだろうが、言われた方は存外ちゃんと耳に入っているものだ。
 以前マリアさんが、「一瞬乳に目がいくの、バレてねえと思ってる奴ほどドヤ顔だけど実際は丸わかりでクソだせえんだよな!コユキはそういう男になるなよ!」と大声で言って、その場にいた男性退治人が全員サッと視線を逸らしていたのが記憶に新しい。



〝では、おぜわざまでず〟
「やだコユキくん、喉すごいね」
〝なおっだんでずけど、なんが、声ど鼻だげひぎずっでで〟
「そりゃ治ってないんだよ、ゆっくり休みな」

 馴染みの酒屋で必要なものを購入し、大量になるものは配送を依頼して、ペコリと頭を下げる。
 舐めて帰りな、と手のひらに落とされた梨味ののど飴を口に放り込みつつ商店街を歩いていると、ぎゃはは、という大きな笑い声が耳に飛び込んできた。反射的に顔を上げると、少し先に立つ珍妙な柄の着物の男が目に留まった。
 桃色の地に、グーチョキパーが何個も大きく描かれた着物。どこで売ってるんだあんなもん。パーティーグッズかな。
 わたしより背は小さいが、余裕のある布の上からでも実用的な筋肉に包まれた体つきをしているのがわかるくらい、がっしりとした男だった。頭に手ぬぐいを巻いていて、口元も布で隠している。横には頭から布を被ったパーカー姿の小柄な男もいて、その人は何故か足がない。腰から上だけがぷかぷかと宙に浮いている。

 ああ吸血鬼かな、とすぐ見当がついた。この町でおおよそ理解できない格好やポーズ、言動の人型の生き物は大抵吸血鬼だと思ってかかっても間違いではない。人型でなければそれこそ吸血鬼だ。ここは石を投げれば吸血鬼に当たる町、新横浜。

 珍妙着物男と下半身が無い男は何やらゲラゲラ笑いながら、店のおばちゃんと軽口を言い合っている。わたしが生まれる前からある、コロッケが美味しいお惣菜屋さんだ。

「野球拳ちゃんったらも〜お口が上手いのね!おまけしちゃお、お家で待ってる弟さん妹さんとお食べ」
「わーいありがとおばちゃん!俺の妹もおばちゃんのコロッケ大好きでさ!」
「いつも悪いねェお姉ちゃんよ」

 野球拳ちゃん、っていうのが彼の名前なのだろうか。またよくわからない字名の吸血鬼だ。
 おばちゃんは頬をポッとさせつつ、お惣菜が詰まっているのだろうビニール袋を二つ、カウンターから差し出した。ぬっと大きな両手がそれを受け取ると、またおばちゃんが照れたように手を振った。おばちゃんのあんな顔、初めて見た。

「ホント何言うんだかねぇこんなおばちゃんに」
「俺からしたらこの町のオンナはみーんなかわいいお姉ちゃんよォ」
「モォ〜アンタのお兄ちゃん、悪い男ね」
「騙されないでよおばちゃん、こいつ最悪だからさ」
「こらお兄ちゃんのネガキャンやめろ、あー腹減った。帰る前に一個食っちゃうか。いっぱい買ったし」

 ゴソゴソとビニールを探った野球拳が、紙袋から直にコロッケを取り出した。弟、と呼ばれていた隣のパーカー男が被る布には目の所に穴が空いていて、そこから覗く愛嬌のある目がギョッと見開かれる。
 鼻が詰まってるからわからないけど、きっと周囲は今頃揚げたてコロッケの芳香が漂っているのだろう。

「お前直持ちやめろよ!」
「トオルも食う?」
…………食う」
「共犯者だなニヒヒ」
「あーくそ、仕方ねえよ揚げたてだもん……
「ほら野球拳ちゃん、紙紙!これあげるから!包んでお食べ」
「サンキューネェさん」

 野球拳は受け取った紙で新しく取り出したコロッケを包むと、それを弟へ手渡した。そして自分は、直に手にしたコロッケをスンと嗅いでいる。

「結局直じゃん」
「もー持っちゃったもんよ」

 わたしは両腕に買い物袋を下げて馬鹿みたいに突っ立っている。何故か彼から目が離せなかった。

 太い指がぐい、と口の布を下げた。
 布の下から現れた口は大きくて、骨張った顎に似合いだと思った。
 唇がまるで肉食獣みたいに大きく、ガァ、と開く。
 真珠みたいに真っ白で尖った大きな牙。それから真っ赤な舌が見えた。父さんに言われてさっき買った、カンパリリキュールと同じ色だ。
 大きく開いた口が、狐色の塊にかぶりつく。八重の牙がまず表面を抉って、続いて前歯。一瞬で半分ほどを口に含んでしまう。膨らんだ頬がもむもむ、動く。四白眼がうすらと細まった。

(あ)

 彼はそのまま、もぐ、もぐと残りもその大きな口の中に押し込んでしまった。
 そして親指、人差し指、中指の先に残った油と衣のかすを、順番にちゅぱちゅぱとしゃぶって。

 最後に、真っ赤な舌先がべろぉり飛び出して、自分の口の周りを舐め上げる。
 微かに油分の残った唇が、テラテラと光った。
 
「んま」

 風に乗って聞こえた呟きに、ズガァンと頭を殴られる。
 ぶわわ、と頭に血が上って、呼吸が荒くなって、胸がくるしい。なんだこれ。なんだ、これ!

(うわ、わあ)

 思わず買い物袋の取っ手に腕を通し、開けた手で胸元を握りしめた。
 ドックンドックン心臓が跳ねてうるさい。
 時間にしたらほんの数分の出来事だと言うのに、まるで心臓に杭を打たれたみたいに、さっきの白と赤のコントラストが頭から離れない。

(は、はやく、かえろ)

 このままあの人を見ていたらいけない気がした。そもそも道に突っ立って赤の他人を凝視していては怪しいし、向こうだって良い気はしないだろう。わたしだって、この身長のせいで同じ思いをしたことがあるじゃないか。失礼だ。早く帰ろう。
 頭をブンブン振って、意を決して足を進める。だんだん彼が近づいてくる。いや、わたしが歩いていて彼は止まっているから、近づいていくのはわたしなんだけれど。
 彼とすれ違うとき、何となく顔を背けて目を閉じた。どうかもう一生会いませんように。彼もわたしに気がついていませんように。祈りながら足早に通り過ぎて、もう数十メートルは離れただろうという場所で歩調を緩める。ほ、と詰めていた息を吐き出した。

 同時、唐突に肩を叩かれた。

「おい兄ちゃん」
〝ヒッ〟

 ギギギ、と壊れかけのロボットのように振りかえる。
 そこには、先ほどもう一緒会いませんようにと祈った珍妙な着物の彼が立っていた。
 彼はわたしを上から下までマジマジと見て、素っ頓狂な声をあげる。

「でっけぇなぁアンタ」

 真正面から言われたそれは、あまりにもあっけらかんとしていて邪気がなく、悪い気はしなかった。
 まだ口の布を戻していないから、彼が喋るたびにチラチラと牙が見え隠れする。
 もう勘弁してほしい。思わず視線が釘付けになってしまう。これじゃあマリアさんの言ってただせえ男そのものだ。懸命に目を逸らす。

……な、なにが、ごようでずが〟

 声を発してすぐ後悔した。今のわたしの声は人にお聞かせできるものではない。もらったのど飴はさほど効果を発揮しなかったようだ。
 予想通り彼は目を丸くして、オイオイ、と呆れたように笑った。

「なんでぇ風邪っぴきか?養生しろよ」
〝は、あの、〟
「ホイこれ」

 彼はわたしに、何やら紙切れを突きつけた。折り目のついたそれは見覚えがある。尻ポケットに突っ込んでいた買い出しリストだ。どうやらすれ違いざまに落としてしまったらしい。彼はそれをわざわざ拾って届けてくれたのだ。子供のような真似をしてしまったのが気恥ずかしく、おどおどとリストに手を伸ばす。

〝ありがど、ございまず〟
「おう。見たとこ若えんだし、よく食ってよく寝な。すぐ治るさ」
〝どゔも……

 買い出しリストを受け取ると、彼はニヤリと笑ってわたしの肩をポンと叩いた。
 じゃあな、と口布を引き上げつつ背を向けた彼は、小走りで弟のところへ戻ってゆく。拍子抜けするほどあっさりとした別れだった。
 わたしはぽつねんと一人取り残されてしまった。考えてみればそりゃ、当たり前か。

 ここで立ち尽くしているわけにもいかない。小さくなってゆく桃色の着物に後ろ髪惹かれつつ、ふらふらと踵を返して歩き出す。
 受け取った買い出しリストを今度こそ落とさぬよう、宝物のように慎重に上着の内ポケットに仕舞い込んだ。
 まだ心臓はバクバクとうるさいままで、思わず拳で胸を叩くと、強すぎた自分の力に思わずむせる。まるで身体中が何かのバグでおかしくなっているようだ。

 去り際、ニヤリと上がった口角と、そこから見えた牙の白さが頭の中でダメになってしまった映写機のように繰り返しフラッシュバックする。すぐに布で隠されたそれを、わたしは間違いなく残念に思ったのだ。

(なんだよ、もう……!)

 熱くなる頬を軽く殴った。きっと病み上がりで外をふらついたから熱が上がったんだ。そうに違いない。
 店に帰ったら買い物を片付けて、すぐ家に帰って寝よう。彼も言ってたじゃないか。よく食ってよく寝ればすぐ治るって。

〝ッああ!もゔ!〟

 ガラッガラの声をやけくそ気味に上げて走り出す。兎に角もう、何も考えず布団をかぶって眠りたかった。




 数週間後、風邪が完治したツヤツヤピカピカのわたしが一人店番しているところに、「ヨッいい夜だな!」なんて言いながら現れた桃色の着物に心臓が飛びあがることになるのだが、それはまた別の話。