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2022-01-23 00:06:17
4265文字
Public 拳コユ連作
 

根無草のブルース

✊とコユが付き合う前、わりかし最低な性生活をしてる✊兄の話/モブ女との会話文/ヤッてないけどモブ女との事後なんでそのへん自己責任でシクヨロ

「あ?今なんて?」

 トランクスだけ身につけた姿で血の入ったグラスを傾けながら、耳に入った言葉を理解できずに眉を寄せる。声の主はローテーブル一面に広げた化粧品にあれこれ手を伸ばし、鏡から目線は外さずに繰り返した。

「あんまり若い子誑かすもんじゃないって言ったのよ」
「誰のことだよそりゃ」
「アンタ以外にいる?」

 じろり、鏡越しに赤い目がケンを刺す。
 馴染みの吸血鬼女のシングルベッドに我が物顔で足を伸ばして座り記憶を辿る。若い子、若い女。最近引っ掛けた女に若いのはいただろうか。

「この前見たの。若くて細くて、おっぱい大きなかわい子ちゃんと、鼻の下伸ばしたアンタが連れ立って歩いてたの」

 その言葉で、ケンの脳内テーブルに広げられていた女の写真が全て払い落とされ、栗色のまんまるお目々が可愛らしい、どこかあどけない娘っ子の写真だけが残る。

 その娘の名前は───コユキ。
 新横浜ハイボールの看板娘であり、新横浜退治人ギルドのギルドマスター・ゴウセツの一人娘だ。
 そうそう、と娘の名前を思い出すと同時、ハンマーを持った鬼神の影も同時に脳裏に浮かんで震える。
 
「あー……あの子な」

 この前、というと、数日前に辻野球拳に向かう際買い出しに出ていたコユキとバッタリ会った時のことだろうか。
 細腕にあまりある量の袋を下げていたので、見かねて半分引き受けた。
 お礼の新作料理です!と振舞われた何度聞いても発音できない名前の蛍光ピンクの塊は、味も香りも天にも昇る心地がした。別の意味で。

「あの子、どうしたのさ」
「別に?懐かれてるだけ」
「騙されて可哀想。満更でもないよ、あの子」

 女の言葉に思わず吹き出す。
 コユキの懐きっぷりは、誰にも振る舞えなかった自分の料理を食べてくれる実験台が現れた故だろう。ファーストコンタクトが悪すぎたのだ。ケンもあんなものが出てくるとわかっていたら飯なんて頼まなかったし、初回に完食してしまった上にアドバイスなんてしてしまったものだから、引っ込みがつかなくなっている。時折料理を教えてやることもあるのだが、その全てが亜空間から生み出されしダークマターとなってしまうのだ。召喚術かよ、というのは誰のツッコミだったか。
 加えてケンはああいう危なっかしい生き物を放って置けない性分なのだ。

「いやいやそんな訳ねえだろ、身体ばっかし立派だがまだ子供だぜ」
「子供でも恋はするわ」
「恋に恋するの間違いだろ馬鹿馬鹿しい」

 言いながら、たゆんとゆらめくご立派な乳房を思い出してにやける。
 ベビーフェイスに似合わぬメリハリのある身体だ。さぞ野球拳映えすることであろう。
 しかもあのジャンケンの強さ。壁は高ければ高いほど燃えるものだ。
 あの娘をどーにかして野球拳でひん剥いてやれんものかと考えているが、結局何度も正攻法で戦いを挑んでは負けている。
 
 そんな娘っ子が俺に惚れる?ナイナイナイナイ。
 ケンは自分の腕に絡まる細腕を想像して鼻で笑った。
 確かにケンは年下の可愛いボインが好みだが、アレは少々幼すぎる。成人しているかも怪しいものだ。

「俺ァ抱くならお前みたいな慣れた女が良いねえ」
「どの口が言うんだか」

 手を伸ばしてローテーブルに空のグラスを置き、ベッドを背もたれにして床にぺたんと座る女の襟から手を入れて、胸元をくすぐった。
 下着で寄せられた肉と肉の間に指が埋まり、口角を上げる。
 
「ちょっと、化粧がよれる」
「いーだろ別に。飯作って洗濯も回しておいてやっから、な?もう一発……
「馬鹿言わないで、仕事に遅れる」
「遅れちまえよォ」
「嫌。立つ鳥跡を濁さずっていうでしょ」

 女は嫌そうにケンの手をペチンと叩く。すでにブラジャーのホックを外そうと背中に回りかけていた手を止めて、おや?と顔を上げた。

「なに?仕事辞めんのか」
「ああ、」

 女はリップブラシで口紅を撫でながら、ことも無げに告げる。

「私、来月新横浜を出るの」
……また唐突な」

 滑らかな肌から手を退けて、よいせとベッドから足を下ろして座り直す。
 女は着々と化粧を進めていて、ケンには見向きもしなかった。この女はいつもこうだから気にはならない。

「言ったでしょ。大戦のドサクサで生き別れた人がいるって」
「ああ」
「見つかったの」
「へぇ!日本でか?」

 そう、と少しだけはにかんだ表情は、ケンが見たことのないものだ。歳の頃でいえばケンと大して変わらないか少し下くらいのはずだが、途端に可愛らしく見えてくるから、愛する者がいる女というのは恐ろしい。

「空襲から逃れ逃れて……今は白馬で民宿やってる」
「どーして見つかったんだよ」
「この前スキー行ったときね」
「はー、偶然もあるもんだ」

 長く生きる吸血鬼同士、血族でもない吸血鬼が、この世界で別れたのちにまた出会うことの難しさはよくわかる。
 今とは違い、ポンと手軽に繋がる連絡手段もなければ、吸血鬼であるということ自体が迫害の対象にもなりかねなかった。基本的に正体を隠して生きていた当時を思えば、再会はまさに奇蹟だろう。

「だから二週間後には仕事辞めて、来月には長野」
「それいつ決まったんだよ」
「半年前」
……俺、半年来てなかった?」
「そうなるわね」
「マジかぁ」

 その奇蹟を心から祝福する気持ちはもちろんある。
 だがしかし、ケンにとっては目先の問題の方が重要だった。

「新しい女探すのめんどくせえなァ……
「あのねぇ」

 化粧を終えた女が、前髪を止めていたクリップを外して、ブラシとヘアバレッタをケンに投げた。それを難なくキャッチして、女の真後ろに座り直す。
 さて、どんな風にこさえようかと考えつつ長い髪の毛を手に取ってブラシを入れながら、隠すことなくため息をついた。

「だってよ、お前さんは心の底に男がいたろ。絶対俺に惚れないと思うともー、気が楽で楽で」
「アッハッハ、最低で笑える」

 新横浜という狭い街に根を下ろしてからというものの、昔のように一夜であちこちの女の家を飛び回るのはやめた。
 弟たちが家を持ったのでそこに転がり込むことが増えたこともあるが、なんせ狭いのだこの街は。
 下手したら三日前に抱いた女と、二週間前に泊めてもらった女、一ヶ月前に共に浴びるように酒を飲み、記憶を飛ばして抱いたかどうかも朧げな女に一晩で鉢合わせてしまう。
 この時一緒にいた末弟からは、ゴミを見るような目で見られたのを覚えている。

(流石にアレはちょいと焦ったなぁ)

 それからは反省し、基本を弟の家として数人の女の家をローテーションで泊まるようにしてからは悲しい事故も減った。最近はVRCなんていう便利な宿も増えたことだし。
 横から髪の毛を持ってきて編み込み、纏める。そこにパチンとバレッタを止めてやる。どうせ店でまた直すだろうから、見苦しくなければ良いだろう。女は顔を傾け鏡で出来栄えを確認すると、合格だとばかりに鼻を鳴らした。

「なぁ、俺に似てる?」
「誰」
「その男」
「そうね、毛がないとこは一緒かしら。長野だと冬寒そうね」
「俺のはハゲはハゲでも剃ってんの!」

 知らん人が見たらどっちもただのハゲよ、と言う言葉に心からの中指を立てると、女は楽しそうにケタケタと笑った。
 それに一体何を入れるんだと聞きたくなるような小さなバッグとトートバッグを腕に下げ、玄関へ向かう女について歩く。
 これから女は横浜へ向かう。そこで最後の一稼ぎをするのだ。
 人を殺せそうな鋭く高いピンヒールに足を入れて、女はニヤリと笑った。

「ケン」
「ん?」
「アンタ、服のセンスと野球拳抜いたらいい男なんだからさあ」

 カツ、とヒールを鳴らして振り向く。ケンと大して変わらなくなった身長の女が、ケンの頬骨を軽く撫でた。真っ赤に塗られた爪の上に乗るラインストーンがキラキラと輝く。

「そろそろ腰を据えられる女が見つかるといいのにね」
「ダッハッハ!それはもう俺であって俺じゃねえな」
「この際だから男でもいいけど」
「やめろォ俺は生粋のノンケじゃい」

 最後のセリフに思わず舌を出した。ソッチの男にもモテないわけではないが、ケンはどこまでも女が好きだ。どこもかしこも柔らかくて、いい匂いがして温かい。
 目の前の女もそうだった。

「じゃ、行くわ」
「飯は?」
「欲しい!冷蔵庫入れといて」
「ハイヨ」
「バイバイ、ケン」
「じゃあな」

 カツン、小気味いいヒールの音。既に半分ドアから身体が出ている女が、悪戯に微笑んだ。

「あの子とアンタ、結構お似合いよ」
「は?」
「じゃね」

 いっそ清々しい程変わりなく、女は出て行った。ケンはガチャコンと音を立てて閉まったドアをしばらく見つめて、ため息をついた。

「何がお似合いよ、だ」

 面白がりやがって、馬鹿馬鹿しい。
 
 ぽりぽりと腹をかく。
 ドアから見えた外の景色は暗く、完全に陽は落ちている。外に出るのの支障はない。
 ならば洗濯機を回している間に簡単に飯を作って冷蔵庫にいれておき、それから部屋に干して掃除して、と宿代の支払いに思考を働かせる。

 昨日脱がせた赤いショーツとブラジャーを拾い上げて洗濯機に投げ込んで、洗剤をぶち込みスイッチを押す。
 ふんふん鼻歌を歌いながら冷蔵庫をあけて、適当に目についた食材を取り出した。
 
「さてさて、どーすっか……

 野菜をざぶざぶ洗いながら、頭の中にあるレパートリーを思い浮かべる。と、ついこの前も口にした亜空間から生み出される料理の数々を芋蔓式に思い出した。

 一体何をどうやったらあんなモンが出来上がるのだろう。
 パフェのことを思うと料理の手順が二個以上あると手の毒腺が爆発するんだろうか。ならば任せられるのは野菜を洗うとか、何かを入れるとか、そういう単純も単純な作業だけじゃねえのか。
 ならばサラダとか火を使わない料理を教えてやれば良いか?手で千切るだけとか。今時幼稚園児でも出来る簡単かつ安全な調理だ。舐めすぎだろうか。いやしかし。

……………………あー、やめやめ」

 ジャンケンおじさん、とケンを呼ぶ鈴のような声が聞こえたような気がする。
 ケンは手に持っていたキャベツの葉っぱを振って、愛らしい幻聴を脳から追い出した。