バトルトーナメント・オブ・松野(仮)

異能力松バトルに至る発端

【事の発端:松野家六つ子】
 異能力、というものがある。人によって様々、自然現象を操るものから、日常生活でほんの少し役に立つものまで。例えば、轟々と雨を降らせる能力だったり、かと思えば洗濯物を宙に投げれば綺麗に畳まれて落ちてくる能力だったり。科学者はこれを人類の突然変異だの、進化の過程だのと位置付けて研究に勤しみ、そうして大半の一般市民は、畏怖と憧憬をもってその能力者たちを受け入れた。
 血統でも、家柄でもなく、天からの授かり物とでも言わんばかりに偶発的に現れた異能力者の大半が、日常生活でほんの少し役に立つ程度の能力ばかりだったことも大きい。

 もちろん、そんな能力でも、もっと強大な能力でも、国に登録されている。例えば特殊部隊にスカウトされるだとか、そういったことはあったが、能力を持たない人間と大して変わらない生活を送っている。
 もちろん、偶発的と言うだけあり、異能力は必ずしも善人にばかり発現するものではない。悪人だろうが、クズな童貞ニートだろうが、構わず発現する。人々はこっそりと、神の采配と呼んでいるが、研究者はそれをあくまでも通称だと言い張った。
 異能力者の中には神の采配と言う呼称に納得をしている者もいるのだが。

「いやー、俺らに寄越しといて、神のサイハイもクソもねーよな!」
 などと言い放つ者もいる。松野おそ松だ。
 赤塚区の六つ子の長男である。彼をはじめとする六つ子も、国に登録されている異能力者だが、彼らが近所で少しばかり有名なのは、何よりもその六つ子という出自だ。国が確認している異能力者の数よりもよっぽど少ない。幼い頃など、六人そっくりな面立ちが、ひと所に集まって行動していたのだから、そりゃあもう人目を引いた。
 そんな彼らも今やすっかり童貞ニートだ。異能力者でありながら、特殊部隊のスカウトどころか、進学も就職もまとめて蹴り飛ばしてしまった。そのまま定職にも就かずに六人揃って自堕落な生活を送っている。犯罪に異能力を使われないだけ、まだマシだろうとはその筋の誰かの証言だ。

―― さて、お前ら、分かってるよな?」
 おそ松の言葉に、居間の卓袱台を囲んだ彼の五人の弟たちは真剣な面持ちで頷いた。彼らの手には、国から届いた封書がそれぞれ握られている。
 異能力はまだ分からないことが多々ある。能力が成長するだとか、強化されるだとか、或いは弱ってしまったり、突然失われてしまうだとか。未だそう言った報告はないようだが、だからと言って今後もゼロだとは言い切れない。だからこそ、年に一度、国に定められた検査がある。その検査結果が、彼らの持つ封書の中身だ。
 それじゃあと、おそ松が掛け声を上げるその前に、ビリビリと封を破く音が五つ。
「って待てよお前ら! 分かってねーじゃん! せーので開ける流れだっただろ!」
「せーので結果を見せ合うのが普通でしょ」
 喚くおそ松に冷たく言い放ちながら、検査結果を確認しているのは三男の松野チョロ松。他の兄弟たちも各々の検査結果をふんふんと読んでいる。なんだよサイテーだな、などとぶつくさ文句を言いながらも、おそ松も仕方なしに封を切った。台所にいる母の「封筒はちゃんとゴミ箱に捨てておきなさいよ」という声には、皆が揃って生返事だ。
 名前、それから能力、そして彼らの検査結果には決まって幾つかの特記事項があった。そのうちの一つは、一卵性の六つ子という出自、面立ちも背格好も似通った彼らのために、名前と能力の取り違えがあったら所定の場所へ連絡すべしという内容だ。
 発現したのが中学生、国の機関に行くのだからと制服を着た上に、未だに入れ替わって遊んでいたような時だったせいで、職員も、なんなら付き添っていた母も、そうして何故だか当の六つ子もてんやわんやした結果の産物だった。
 それ以外の特記事項と言えば――
「じゃあ今度こそいくぞ! せーの!」
 おそ松の掛け声に、今度こそ六人揃って検査結果を卓袱台の上に広げた。
 検査は、能力によって内容が変わることがある。鉄を曲げる能力と、パンを落としても必ずバターを塗った面が上になる能力を、それぞれシミュレータ検査に突っ込んだところで意味がないのだから当然だ。各々の検査項目は、その能力によって幾つかに分類され、定められている。
 
 六つ子の異能力はと言えば。

「やー、今回も最高位! ま、俺なら当然だけどな!」
 おそ松の異能力は火を操ると言ってもいい。様々なものの発火点を操作して、自然に発火させるものだ。応用として、火種さえあれば燃焼点で済ませてしまっても良い。そこに火を付けさえすれば、物は大体燃える。物によっては誘爆すらもできるのだから、攻撃する能力としては一級品だ。
 能力分類はAと記されており、当然、シミュレータ戦も項目に入っている。その戦果も良く、国の指定する能力レベルの最上位である十が検査結果には記されていた。
 分類項目Aは、間違いなく特殊部隊が両手を挙げて歓迎する能力が入っている。なんならスカウトが来るし、自ら赴いてもそれなりの地位を約束されたも同然のものだ。裏を返せば、それだけ敵対することを警戒していると言ってもいい。

「フ、まあこんなもんだろうな!」
 次男、松野カラ松の能力は、水を操ると同義だ。大気中の水分子をひと所に集めて水へと変え、それを意のままに操るのだから。圧力と速度、そして水量を調整すれば高圧水砲となるし、氷へと変えて撃ち出すことだってできる。或いは場所や他の異能力者と協力し、蒸気へと変えて目眩しにしたり。或いは少量の水で溺死させることもできるだろう。
 カラ松も能力分類はAであり、能力レベルは十だ。そして彼は特に、特殊部隊からのスカウトが検査の度に来る。水を生み出せる、しかも水分子を利用してともなれば、過酷な環境下でも水を得ることが必要な生物にとっては、喉から手が出るほどに欲しいに決まっている。彼の検査結果に記される独自の特記事項は、一度だけでも話をさせて欲しいという特殊部隊の請願であった。

「うーん、まあまあかな、うん」
 三男、松野チョロ松の能力は、風を操る能力である。風は空気の流れで生まれる。団扇や扇子で仰ぐ程度の風でも、ひと扇ぎで鋭い鎌鼬のように傷を付けることができる。空気の塊を作り、それを投げるとでも言うべきか。もっと威力の強い、大掛かり風ともなれば、彼は気圧を操作して猛烈な大風だって生み出せる。気圧操作など、チョロ松は迂闊にやろうとは思わないが。
 チョロ松の能力分類は、それでもBだった。特殊部隊に選ばれることはあるが、前線配備はそうそうないだろうと言われている。どちらかといえば、前線の補佐に向いた能力がこの分類だ。そして、能力レベルは九。あと一段レベルが高ければ、或いは装甲車の装甲も剥がせるのかもしれないが、チョロ松はそこまでやってやろうと思ったことはない。
 ちなみに余談だが、彼はおそ松に風でスカートめくりをするよう頼まれて、思い切りぶん殴ったことがある。

「こんなゴミまで検査しなくちゃいけないなんて、大変そうだよね」
 四男、松野一松の能力は、毒を操る能力だった。世には様々な毒があり、適度に使えば薬ともなる毒もあれば、僅かな量で死を招くほどの毒もある。そんな様々にある毒の中でも一松の能力によって生み出される毒の大半は、テトロドトキシン、つまりはフグ毒に酷似していた。それ以外の毒も操ることは出来るが、本人曰く一番楽に操れるのがテトロドトキシンらしい。
 一松はその能力ゆえに、毒を把握するのが誰よりも早い。そして返せば、解毒もできるということだ。能力分類は、それゆえにC。医療班や暗殺に類する部隊に向いた能力だと判断されている。能力レベルは八で、難点があるとすれば、一松の知識にない、特に解毒したことのない毒は無から生み出せないというくらいだ。解毒したことがなくとも、少量でも手元にあれば良いらしいが、一松はそんな危ない橋を渡るつもりはない。

「やったー! レベルアップ! ホームランッ!」
 五男、松野十四松の能力は、電気を操る能力だ。電流を生み出したり、通電性の物体に流し込んだり、或いは電波を生み出して無線機無しでの通信だってできる。当然というべきか、雷だって落とせるし、もっと細かく電子を操ることも理屈の上ではできるのだが、十四松は細かいコントロールがあまり上手くはなかった。なので、十四松は専ら帯電させた野球ボールサイズの球を、バットで打ち放つ攻撃面での使い方を得意としていた。
 使い方故にか、そのコントロールの粗雑さ故にか、能力分類はA、稀に調子が良いとCといった不確実なものだった。適格に電波を操るというのは、諜報機関にうってつけだ。今回は分類はA、レベルは前回よりも一つ上がった七だ。威力はあるが、コントロール面に不安があるというのが検査の結果として現れている。

「ふふん、まあまあ良い感じー」
 末弟、松野トド松の能力は、音、音波を操る能力だ。届く音を同じ周波数の音波で打ち消すだとか、音波を使ってガラスなどの脆いものを破壊するだとか、障害物の有無を確かめるなんてことも出来る。さらに言えば、音波を使って相手を戦闘不能に陥らせることだって出来る。ただ、トド松は特定の誰かを狙うことをあまり想定したことがなかった。そして、味方へ効果が及ばないように気を付ける経験もまた。
 そのため、能力分類は大抵はC、時たまBといった状態だ。音波を使った索敵や、遠方の音を拾うことで支援部隊を補助することに特化していると判断されている。今回はCであり、レベルは前回と同じ七。十四松と同じく、コントロール面が響いた検査結果だった。

「で、特記事項はー」
……まあ、うん、そうだよね」
 六人それぞれの検査には、筆記試験も含まれていた。己の能力をどの程度理解しているかを問うものなのだが、その結果についての特記事項も、毎回変わらずに揃って同じだ。

―― もっと自身の能力への理解を深めましょう。

 六人とも、この特記事項が言わんとすることは分かっている。そうすればもっと扱い方が分かるだとか、不測の事態に陥ってもやりようがあるだとか。そう言いたいのだろうことくらいは分かっている。

 ただ、彼らの能力と、環境が理解を深める一助足り得なかっただけで。

 まず、異能力が発現した際に母である松野松代に、キツく言い聞かされている。曰く「その能力を家で使って壊したら、小遣いは減らします。場合によっては、夕飯も減らしますからね」と。それを聞いた当時の彼らは、思春期に片足を突っ込み始めた上に、揃って育ち盛りだった。いつもの兄弟喧嘩ですら、松代の目に余れば外でやりなさいと放り出されていた。制服を破こうものなら説教をされ、繕う手伝いをさせられた。更に反抗しようものなら、弁当箱に詰まった白米に梅干しが一つ。
 兄弟喧嘩や反抗期、育ち盛りには物足りない中、更なる追い討ちを宣告されたも同然だった。台所の守護神でもある松代が言うのだからそうなるに違いない。夕飯が減らされるのは辛い。なんなら松代でダメならと出て来る父も、当時はラスボスのように見えたものだ。
 そんなわけで、彼らは家で能力そのものを使ったことがない。上手く使えば便利なのだろうが、彼らの頭の中では、この異能力は日常生活を便利にするものではなく、攻撃手段として強くインプットされてしまっていた。
 もちろん、全く使ってこなかった訳ではない。検査では能力を使う項目があったし、イヤミを懲らしめるのにも使ったことがあるし、デカパン博士の研究の助けに請われたことだってある。
 だがその程度だった。
 ニート生活を送っていても、例えば巨悪の異能力集団でもいれば、何かしら変わったのかもしれない。けれども、赤塚区は至って平穏な街だった。あくまで彼ら基準だが。稀に絡んでくるそこいらのチンピラなど、兄弟喧嘩だなんだで慣れきっていた六つ子にとって、能力を使うまでもない存在だ。
 そもそも巨悪の異能力集団を作るにせよ、異能力者の過半数は、日常生活を少し便利にする程度の能力だ。目に付いた異能力者を集めたところで、巨悪団体よりも日常の便利屋を立ち上げる方が簡単である。事実、赤塚区では、フラッグコーポレーション傘下の便利屋が大人気だった。
 平穏な生活、そして自堕落なニート。そんな彼らが己の能力を深く理解するほどの機会は、さほどなかったのである。ついでに言えば、己の能力にも関わるであろう勉強とて、彼らにとっては放り投げるべき面倒なものであった。要するにバカだったのだ。
 彼らの中では勉強も出来る方だった一松は、しかし毒の能力だ。自然毒、人工毒、世に様々溢れる毒の知識を仕入れるには、あまりに広すぎた。そして彼の性格上、兄弟に歩調を合わせる方がよっぽど楽だったので、理解を深めるに至ったことはなかったのだ。

「どうしようもないよねー、特殊部隊とか、絶対キツいからやりたくないし」
 トド松の言葉は、六つ子の総意だ。親の脛をかじって生きていきたい彼らにとって、特殊部隊などもっての外。それに何だか、規律だなんだと窮屈そうなイメージしかない。末弟に同意するように、兄たちもうんうんと頷いている。
「でも、これ」
「ん? どったのいちまっちゃん」
「次回検査で同じ場合には、特殊部隊の研修と同じカリキュラムを受けてもらいますって」
 一松が指し示したのは、検査結果表の欄外に書かれた一文だ。他の五人も慌てて己の検査結果表を見たが、やはり同じ文句が連なっていた。特殊部隊の、研修。キツいだろうと思っている場所での研修。それは自堕落なニート生活を送っている六つ子にとって、死刑宣告と同じ位の重みをもっていた。
「えぇーっ、ボク絶対やだ!」
「ぼくもトッティにさんせーい!」
 トド松と十四松がいの一番に嫌がった。十四松は体を動かせるのだから、むしろ受け入れるかとも思われたが、きっと座学もやるだろうし、この自由気ままな松野家随一の核弾頭にとって、規律正しい行動を強制されるであろう場は、確かに窮屈だろう。
「でも、おれたちがこの能力を使うことってそうそうないじゃん」
「家で使えばタダじゃ済まないし、かと言って外で使って何か壊したりしたら大変だし、最悪、僕らの小遣い無くなったりして」
 一松とチョロ松の意見ももっともだ。研修など受けずに済むならそれに越したことはないが、そうなるほどに能力への理解を深める機会がなかったが故の、今なのだから。勉強も実践も出来ないまま、万が一にも異能力が制御出来なくなった、などとなっては目も当てられないのだろう。ニートでも、異能力を持つ者として、感覚的にそれは理解できてしまう。
「スウィート・ホームにも、ホームタウンにも、面倒をかけずに存分に試せるホットプレイス……そんなパーフェクトスポット、そう簡単に見つかるのか?」
 カラ松のやたらと横文字の多い意見も、誰も突っ込みはしなかったが、言わんとすることは通じた。そう、ニートの懐具合も相俟って、そんな便利な場所を手に入れられさえすれば、という段階で盛大に躓いていしまった。ダヨーンに吸い込んでもらうとか、と誰かが言ったが、腹の中だろそれ、という一言で終わる。
「ダヨーンの腹はダメだろ―― そうだ! デカパン! そんでダメならハタ坊かな。イヤミはアテにならねえし」
 どこかでイヤミがクシャミをしたかはさておき、おそ松のその意見に、弟たちは「それだ!」と立ち上がった。口先で良いようにおそ松を持ち上げながらも、彼らは急げとばかりに家を飛び出していく。
「えぇ……兄ちゃん置いてくなよぉー!」
 出遅れたおそ松も、ふつふつと沸いてきた怒りに任せて彼らの後を追いかけた。目指すは一つ、デカパン博士の研究所である。



「ホエホエ、そういうことなら丁度良かったダス」
 飛び込むようにやって来た六つ子に驚いていたデカパン博士だったが、彼らの頼みを聞くと笑みを浮かべた。どうやら、願ったり叶ったりのようだ。
「シミュレーションルームのテスターを探してるところだったんダスよ」
「シミュレーションルーム?」
 デカパンの言葉をおうむ返しするチョロ松の背後では、ダヨーンの出したお茶を飲んで噴き出している十四松に、他の兄弟たちがやいのやいのと騒いでいる。そんな騒々しい音を背に、チョロ松がデカパンの説明をふんふんと聞いて。
 要約すると、フラッグコーポレーションに売り込むための、模擬戦闘にも耐えうる頑丈さで、体感的にも広々としたシミュレーションルームを開発したのだという。しかし、どう見ても宅地に囲まれた研究所に、言うほど広々とした場所はない。それはともかく、作るだけ作ってみたが、デカパンもダヨーンも、異能力者ではなかったのだ。ダヨーンもというくだりで、チョロ松は彼を二度見したが、どうにかツッコミを飲み込んだ。そのため、想定している頑丈さが担保されているかを確認することもできず、途方に暮れていたのだと言う。
 そんな矢先にやって来たのが、特殊部隊向けの異能力を持った六つ子だった。しかも、能力を存分に使ってみたいというのだから、デカパンが喜んだのも無理はない。
「使い方を教えるダスから、一ヶ月間は自由に使っていいダスよ」

―― そういうわけで。

「よーし、松野トーナメントやるぞ!!」

 おそ松のそんな掛け声が、研究所の中に響き渡った。