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茉神 汐
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一次創作/創作BL/なるにい
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【創作BL】微妙に損を被る人々
モブ♂と成岡を目撃した成岡の同僚♀の話
「お先に失礼します!」
有河理子は数枚ずつをステープラーで留めた書類の山を、上司である佐原明夫の机に置いてから素早く退勤した。当の佐原はコピーを仕損じたらしい書類の何枚かを、フロアの隅に置かれたシュレッダーにかけながら、お疲れーなどと呑気な声で彼女に労いの言葉をかけていた。これが勤務時間内の作業で、定時に退勤できていたなら、有河はもっと優雅に社屋から出てきただろうし、表情だって今とは違って穏やかだっただろう。実際には、パンプスの音を響かせながら大股歩きで、化粧崩れをマメに直しているその顔に浮かぶ表情は不満そうに歪められていた。外は既に夜、会社の定時もとうに過ぎていて、建ち並ぶオフィスビルもちらほらと明かりが漏れるだけの刻限だ。
明日の新入社員向けの研修で使う資料のコピーを仕損じたまま、数十枚もミスプリントを重ねたこの残業の原因である佐原は、通常業務に限って言えば有河も尊敬するような男だった。だが、彼は文明の利器を使いこなすまでに、他人より少し時間を要する機械音痴という欠点を持っている。そして奇しくも、社内のコピー機はつい最近、新型に総入れ替えされたばかりだった。だから、部署内の社員一同、佐原の動向に気を揉んでいた矢先の出来事が今回の有河の残業に繋がっている。
「私も河相さんも成岡くんも、先輩たちだって、コピーならやりますよって言ったのに
……
」
佐原はそんな有河たちの気遣いを断って、自らコピーをし始めたのだ。部下に何もかもを押し付けない上司、と言えば聞こえは良いのだが、それで残業が増えてしまえば本末転倒だ。結局、ミスプリントを量産した佐原の手助けをする羽目となり、残業代に釣られた有河が今まで残っていた。シュレッダーは佐原の使い慣れたもののままで、彼が大丈夫と言ったので退勤し、今に至る。会社から駅までは徒歩圏内なのだが、道中はオフィス街のせいか遅くまでやっている店は多くない上に、人通りも少ない。だいたい会社の飲み会でさえ、電車で二駅程行った先にある繁華街でやることが常だ。街灯やコンビニ、自動販売機の明かり、小さな飲み屋の小さな看板が照らすだけの歩道を歩いているのも、有河の他に数人だけだった。
会社から電車で二駅の場所にある繁華街にやって来た有河は、別の路線に乗り換えるために会社周辺とは打って変わって明るく賑やかで人通りも多いメインストリートを歩いていた。夜も遅いがまだ日付は変わっていないというのに、もう出来上がっているグループが笑いながら歩いていたり、居酒屋やカラオケの客引きの声が聞こえたりする音は、残業で疲れていた有河にとってはさらに疲れを呼び込むものでしかない。どうにか相互乗り入れでもしてくれないかしら、と鉄道会社には届かないであろう言葉を胸中で溢し、彼女は雑居ビルの脇道に向かって歩みを進めた。
その道は、有河が乗る電車の駅に向かう近道だ。ラブホテル街であることを除けば、その先に駅の改札へ繋がる地下道の入り口があるため、彼女はたまにこの道を通っている。早く帰りたいという意思もあったし、メインストリートの騒がしさに比べれば静かで人通りもそう多くはない。場所が場所なだけにどことなく色めいた雰囲気があることを除けば、近道として申し分ないのだ。現にやたら密着して歩く人々がホテルに消えていくのを見かけるし、此処は同性愛者の多く集まる場所とも囁かれているせいか、それが男と女のカップルだけではないこともある。有河は、とにかく帰って疲れを癒したいという一心で歩いているため、周りのカップルが同性同士か異性同士かなどはさして気にすることはなかった。
「それであんな所でうろうろしてたんですか」
もうすぐでホテル街を抜けるという頃に、丁度すれ違った男同士のカップルらしき二人組の一人の声が耳に入ってくるまでは。有河は人の声に関しては他人よりも良く聞き分けられた。趣味の延長のようなこの、自身でも自慢にならない自覚のある特技を恨んだことは生まれて初めてだ。何せ、聞こえてきた声が紛れもなく、会社の同僚であり、社内でも指折りのイケメンと女性社員の間で密かに囁かれていて有名な、成岡佑規のものだったのだから。彼は相手の男性に意識を向けていて有河には気付いていなかったのは、幸い。彼が同性愛者である事を抜きにしても、知り合いがラブホテルに入っていく様を目撃してしまうのは気まずいにも程があるが。
有河は足を止めて振り返りたくなる好奇心を抑え込み、そのままホテル街を抜けて、駅の改札へ繋がる地下道へと入っていった。普段の成岡とは違い、眼鏡もかけず髪を遊び、服装もホスト然としていたが、アイドル系だのかわいいだのと言われている顔とは印象の違う低い声は良く記憶に残っており、彼女が間違えるはずもない声そのものだ。改札を抜け、程なくホームに入ってきた電車に乗り込んだ有河は、真顔のままカバンからスマートフォンを取り出した。そこに下がるストラップは、漫画のキャラクターの小さなフィギュアが付いたもの。
発車ベルが鳴り、ゆっくりと電車が動き出す中、有河は反対の手で車内のポールを掴みながらスマートフォンを操作する。開いたアプリはツイッターで、彼女のアイコンにはストラップについたキャラクターと同じ人物のイラストが微笑んでいた。まさかこんな複雑な気持ちになるなんて、と思う間にも、彼女は表情一つ変えない。流れていくタイムラインを横目に、自身のアイコンに鍵のマークが付いていることを改めて確認すると、彼女は素早くツイートする文面を打ち始めた。
ーー 好きなキャラの声優に声がそっくりな同僚男性が、男とラブホに入っていくのを目撃。しばらくこの人のBLCD聴けない
……
。
了
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