墓守の追憶

松/魔法松/パラレル/怪我、流血描写有り/未完

「俺は会いたいよ、カラ松。だってもう、俺とお前だけなんだ」
 薄暗い書庫の中、読書用のスペースの壁に飾られた絵に向けて、チョロ松は呟いた。一頭の青いドラゴンと、傷だらけの男の絵だ。彼らは草原の中で楽しげに戯れている。この絵は、この書庫に飾られた絵は、全て解けない魔法が掛けられていた。また別の絵には、この書庫がある魔法学校の校庭を背景にして、ドラゴンと並んでいた男と、チョロ松、そして二人とそっくりな男が四人、描かれている。彼らは落ち着くことなくふざけ合い、笑い合っていて、まるで声まで聞こえてきそうだった。
 額の下に貼られたプレートには、それぞれタイトルと画家の名前が記されている。ドラゴンと一人の男の絵には『カラ松にーさんとともだち!』というタイトル。六人の男が描かれた絵には『おれたちむつご!』というタイトル。そしてどちらも、十四松という名前が記されている。描かれてからもう百年は経つだろうか。
 十四松は、チョロ松の弟の一人だった。彼は絵の才能を開花させ、そしてそこに魔法をかけることを覚えた。パッとやってヒョエーって感じ、などと言っていたが、それを理解出来た者は兄弟にすらいなかった。そんな彼が、誰にも売らずに手元に起き続け、そしてチョロ松の働く書庫に寄贈したのが、読書スペースに飾られたものたちだ。
 この絵は動く。書庫に飾るからと、音声だけは特別な魔法を使わなければ聞けないようになっているが、まるで本人が絵の中にいるかのように描かれている。あの絵があれば寂しくないでしょ、と最期まで笑顔のままで、十四松は何度も言っていた。そこにあるものは間違いなく、かつて存在していた刹那を閉じ込めた永遠だ。そして十四松の言葉の通り、チョロ松は度々この飾られた絵を眺めながら、寂しさを紛らせていた。
「番人なんて、ロクな仕事じゃない」
 死してなお働く羽目になる。魔法の世界では良くあることだった。魔法学校だけではない。あちこちの門番や番人として働く者の八割が、既に死んでいる人間だ。チョロ松も、この番人の仕事が終わるまであと五十年はある。終わりこそあれ、終わりまでが遠いのだ。家族の死を見届け、己の死まで見届けて、チョロ松はこの書庫の蔵書を管理し続ける。
「カラ松、仕事が済んだら会いに行くよ」
 チョロ松はもう一度、ドラゴンと遊ぶ男、カラ松に向かってそう告げた。







 魔法学校の中でも、チョロ松が番人をしている書庫があるフジオ魔法学校は、とりわけドラゴン学に関する書物が充実している。特に、伝説とも呼ばれているカラ松が記したとされるものは、全てが揃っている。それがどれ程凄いことかと言えば、他所の魔法学校や、ドラゴン研究家達までもがそれを求めてやって来る程だ。
 チョロ松は、そうして人々がカラ松の書物を求めてやって来る度、あの読書スペースに飾られた絵に向けて報告する。
 何せあれは、カラ松の命だ。カラ松のその全てが賭された書物達だ。チョロ松は彼の命が保管されたこの書庫の、墓守でもあった。しかしその書物を記した者は、実のところカラ松本人ではない。彼の命を、文字として書いたのは兄弟だ。チョロ松のすぐ下の弟、一松。魔法薬を作ることに長けていた。そんな彼が、生傷の絶えないカラ松の薬を作り続け、そしてカラ松の命を書き起こしたのだ。けれども、書物のどれにも、何処にも、一松の名は記されていない。
 あくまでもこれはカラ松のものだと、一松は断固として己の名前を書かなかった。今やチョロ松だけが知る真実だ。そして、後世、もう誰もそれを知ることはないだろう。
「カラ松、お前が此処に来たあの日を、俺はつい昨日のことみたく思い出せちゃうんだ」
 静かな書庫の中で、チョロ松は懐かしむように目を細めた。過去が、刹那が、そして永遠が、この書庫には山ほど存在する。だから、チョロ松はこうしてしょっちゅう思い出に浸ってしまうのだ。



 チョロ松たちは、六つ子として魔法世界に生を受け、そしてフジオ魔法学校に揃って入学した。顔立ちや体格まで揃って似通っていた彼らだが、魔法学校に入ってからはそれぞれに違った分野に興味を持ち、そして才能を開花させていた。
 長男のおそ松は、様々な魔法を駆使したイタズラを編み出しては教師にこってりと絞られていたが、その応用力こそ彼の才能だった。問題があるとすれば、本人でも解けないことが多々あり、腕の良い魔法使いのみ使える強制解除の魔法を度々使わせる羽目になることだ。もちろん、彼は後々それを習得したのだから、腕自体は良い。知識は少しばかり偏っていたが。
 四男の一松は、魔法薬を作ることにかけては兄弟の中で一番だった。人間関係を築くことは得意ではなく、根は真面目な一松にとって、一人で黙々と魔法薬を作ることは、性に合っていたのだろう。そして何より、新たな魔法薬を作り出すことも出来るほどに知識を蓄えたことが、彼の魔法薬学の才能を示している。
 五男の十四松は、何故か絵の才能が開花した。そしてそこに魔法を加えることで、彼は絵筆で描いたものを動かすことが出来た。独自の世界を持つ十四松らしい才能だったが、彼はいかんせん言葉で何かを伝えることが得意ではなかった。そのせいか、十四松の魔法の原理を知ろうと訪ねて来た誰もが、その正しい理屈を理解出来ない。結局、それはもうずっと解き明かされることはなかった。
 末弟、六男のトド松は、魔法植物を育て上げる才能を持っていた。育てることが難しいとされる貴重な植物すら、彼は見事に育て上げてみせた。特に、自我があるとされる魔法植物は、扱いが難しいものが多い。中には苗ごとに扱いを変えなければならない、なんて植物だってある程だ。魔法植物の栽培を生業とする者でさえ失敗することがある。そう言われている程に難しいものでも、トド松はしっかり育て上げられるのだ。

 そして、書庫の番人となる三男のチョロ松。彼は記憶力が良かった。兄弟の中では、変に細かい所までいちいち覚えていると評判だ。その才能が一番良く現れていたのが口で争う兄弟喧嘩だったから、という理由で。チョロ松の暗記科目に特化した成績に教師かが気付いたからこそ、彼の才能は光を浴びることが出来た。記憶に紐を付け、記録する魔法を覚えたチョロ松は、それ故に番人の仕事を勧められたのだ。


 最後に、次男のカラ松。彼は魔法生物の分野でその才覚を見せた。他の勉強はいつでもギリギリで赤点を越える程度だったが、魔法生物のレポートは学校の中でも随一の出来栄えだったのだ。ペンのインクはもう少し控え目に、という小言はあったが。しかし、カラ松自身が魔法生物に懐かれやすいという訳でもない。むしろ、人里で馴染みのある魔法生物とカラ松の相性は、さほど良くなかった。
 彼は、むしろ野生種の魔法生物と関わる方が上手くいくことが多かった。野生種というのは、非常に難しい生き物だ。毎年、何人もの研究家や冒険家、ハンター達が野生種によって命を落としている。どんなにベテランでも。特に、競竜だの、竜車だの、人々の暮らしに根差す種族もいるドラゴンは、野生種ともなると非常に危険な魔法生物として、学校でも口酸っぱく言いきかされる。
 人間など、その脚の一本で蟻のように潰されるほど巨大な体躯を持つもの。その双翼で羽ばたけば、辺りは猛烈な突風に見舞われるほどのもの。一度火を吐けば森の一つなど簡単に焼き尽くせるもの。その咆哮がまるで雷のように響くもの。海中でその身一つで津波さえ起こせるもの。多様な野生種のドラゴンは、様々に畏怖の対象と見做されていた。
 中でもとりわけ危険種だと囁かれていたのが、フジオ魔法学校のある地域に存在するアカツカ山に住むドラゴンだ。希少な種類のドラゴンだが、一度巣に近付けば、人間などあっさり殺される。幾多のドラゴン研究家達がこぞってアカツカ山の巣を目指し、そして誰も帰って来なかった。
 チョロ松たちは、アカツカ山を飛び立つドラゴンの影ならば見たことがある。巨大でも難なく飛べる大きな翼を持つ翼竜で、他の兄弟達が畏れる中、ただ一人、カラ松だけはその様を目を輝かせて眺めていたのを、皆覚えている。
「青い鱗だった」
 感嘆としてカラ松がその言葉を漏らした瞬間、彼の道は定まったようだった。



 カラ松は、ドラゴン研究家だ。知的探究心ではなく、ただ憧憬があるだけの。




 魔法学校を無事に六人揃って卒業してから、皆がそれぞれ、己を生かした仕事に就いた。おそ松が教師になると言い出した時には、弟五人が揃って天変地異を恐れ、おそ松が腹を立てたという一幕もあった。彼は進路を決める時期になってから、ずっと遊んでたい、働きたくないとひたすら騒いでいた筆頭だったので無理もない。
 チョロ松はそんなフジオ魔法学校の書庫の番人、一松はそこに程近い森の中で、魔法薬の工房を開いたし、十四松は生家の一部をアトリエにして絵を描いていた。トド松は、一松の工房がある森の近くで魔法植物の農園を開いた。五人は、会おうと思えば簡単に会いに行ける距離の中にいる。
 けれど、カラ松だけは違った。ドラゴン研究家として、各地を転々と放浪するのだ。そもそも、ドラゴン研究家、しかも野生種のとなれば、この魔法世界では冒険家やハンターと並び、命知らずの代名詞として知られている。両親はそんな仕事を選んだカラ松を笑って認めていたが、毎日カラ松の無事を祈っていたとは十四松の証言だった。
 勿論、兄弟達もあちこち飛び回っているカラ松の無事を、本人に直接告げずとも毎日祈っていた。例えばおそ松は、水晶玉で度々カラ松の様子を眺めていた。チョロ松は、書庫に居ながら毎日届けられる新聞を隅から隅まで読んでいた。十四松は両親と共に祈っては、カラ松に見せようと絵を描いていた。トド松と一松は、カラ松に渡す怪我を治す為の魔法薬と、その原料である魔法植物を、毎日せっせと作っていた。無事でありますようにと。
 そうして、カラ松が戻って来るたびに、皆がそっと安堵していた。小型のドラゴンに爪で引っ掻かれたのか、カラ松が顔や腹に大きな傷跡を残して来た時には、家族全員の肝が冷えたが。

 そして、家族全員の肝どころか心臓が冷えて止まるかと思う程の大事件が起きた。



 皆が仕事を始めてから数年後、番人として書庫に居たチョロ松の元へ、おそ松と十四松が血相を変えて飛び込んで来た。その頃カラ松は、獰猛で巨体な種類が殆どだと言う肉食種のドラゴンの研究に手を付け始めていた。ドラゴン研究家の大半が、その最中に命を落とすとも言われている。
 どちらも食べる雑食種も稀にいるが、ドラゴンの殆どは草食種か肉食種のどちらかだ。草食種は小型のものが多く、驚かせたり脅かしたりしなければ、穏和だ。しかし、肉食種は縄張り意識が強く、ドラゴン同士の争いも容赦がない。何より彼らは、人間だって平らげてしまう。二度と帰らなかったドラゴン研究家の殆どは、死体が残らない。荷物が戻ればマシな方だ。
 そんな危険な肉食種のドラゴンの巣へ出掛けたカラ松は、その日おそ松が水晶玉で様子を眺めていなければ死んでしまっていたかもしれない。
 おそ松とて、カラ松の様子を眺めようとしたら、山の谷底に血塗れで倒れている姿が映し出されたと言っていたので、その時の子細を知るのはカラ松本人だけだ。しかし、彼は終ぞ誰にも多くを語ろうとしなかった。

 その事件のせいで、右脚の殆どを失ってしまったというのに。

 幸いにも、カラ松は一命を取り留めた。立入禁止を散々言い渡されていた、古代魔法戦争の名残とされる洞穴群が有名なその小さめの山は、魔法学校からも見えるような距離だったこと。何より、おそ松がカラ松の場所を知っていて、救助隊に伝えられたこと。ドラゴンはもうカラ松の倒れていた辺りにはいなかったこと。カラ松が、一松の作った治癒の魔法薬を持っていたこと。そんな様々な幸運が重なった結果だ。
 カラ松は、気を失う前に魔法薬を飲んだらしく、彼の手元には蓋の空いた空き瓶が転がっていたのだと、救助隊の一人が告げて来た。片脚を殆ど失った状態で救助されたカラ松の姿は、やんちゃな男兄弟ばかりで怪我など日常茶飯事だったこともある兄弟たちですら、言葉を失う程に酷いものだった。両親など、この世の終わりだと言わんばかりに泣き崩れて、気を失ってピクリとも動かないカラ松の体に縋り付いた程だ。
 ドラゴンに食われてしまったのか、カラ松の片脚は何処にも見当たらなかったらしい。骨まですっかり無くなったその姿を見ながら、誰もが、カラ松はもうドラゴンを研究するなどと言わないだろうとすら思っていた。仕事中に大怪我を負い、その職を去る者など珍しくもない。一見すると安全そうな、魔法植物の農家でさえ、その魔法植物によって大怪我を負わされて辞めてしまう者だっている。だから、カラ松が辞めると決めていても、兄弟たちは揃ってそれを受け入れる心構えをしていた。
 一松だって、失った肉体を再生するような魔法薬は作れなかった。何せそれは禁術と同等の代物で、あの洞穴群が物語る古代魔法戦争の発端でもあるのだから。命を永らえたいという願いは、いつでも、誰でも持ち得るものなのだ。それでも、その事実は一松を酷く打ちのめした。