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茉神 汐
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松/非CP
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異文化コミュニケーションストーリー
松/生まれた時から不運に愛されたカラ松が兄弟と再会する話
『楽しかったかい、我が愛しの息子、ドゥーエよ』
背後からかけられた壮年の男の声に、ドゥーエと呼ばれた青年は振り返り、表情をパッと明るくして破顔した。青い瞳をサングラスで隠した、皺が刻まれた四角く彫りの深い顔をした壮年の男と、黒味の強い瞳を持つ、アジア系の顔立ちがどこか幼く見せるドゥーエは、面立ちも肌の色も、全く似通う部分がない。それは血の繋がりなど全く無いことの証明だが、しかし二人は、互いを無二の家族だと思っている。寄る辺を無くした二人の間を埋めるものだと。
ドゥーエは、自分の本当の名前も家族も記憶にない。ただ、養父に聞かされた話から察するに、新生児の頃の自分には運が無かったことは分かる。その中で巡り巡って養父に育てられたことは、ドゥーエにとって不幸中の幸いだった。そうでなければ、きっと彼は成人になる前、物心付く前に死んでしまっていたに違いないのだから。
ドゥーエは、養父と共に暮らしているイタリアから遥か彼方、アジアの島国、日本で産まれたらしい。他にも同じ日に産まれた兄弟がいたらしいのだが、ドゥーエはその兄弟の存在も、全く記憶にない。産院で保育器に入れられていたドゥーエは、しかし数時間後に一人だけ連れ去られてしまったのだ。
お前の子供を寄越さないならお前を殺すと、何処かの誰かに脅された女が、我が子可愛さに知らない人間の赤ん坊を代役に仕立てようとしたらしい。結局、その女も、彼女の実の子供も殺されてしまったようで、では残された赤ん坊のドゥーエはと言えば、哀れんだ犯人の愛人が世話を焼いたようだ。その間に、犯人は罪から逃れようとイタリアまで高飛びをし、愛人は育てていた赤ん坊のドゥーエを連れてその後を追い掛けた。
此処まで、ドゥーエに関わった誰も彼もが大なり小なり犯罪に手を染めていたものだから、話を聞いた当時のドゥーエは一周回って笑い出したくなった。自分はまるで疫病神のようだと言ったその時のドゥーエに、そんな事はないと抱き締めて愛慈しんだのは、他でもないドゥーエの養父と、彼の妻だ。
養父母とドゥーエの出会いは、ドゥーエが産まれて一年後、イタリアに連れて来られてから一月半の事だった。人を探して歩いていた愛人は、通じぬ言葉や慣れない環境、そして赤ん坊の存在がストレスになり始めていた。単なる哀れみだけではもう、世話をしてやる気になれない程に疲弊していたのだ。そうして、赤ん坊はせめてもの情けからか、安宿の薄汚れた毛布に包まれて、養父母の家の門の前に捨て置かれていた。
そうして、そこで漸く赤ん坊に、ドゥーエという名が付けられた。そこからドゥーエは養父母の愛情を受けてスクスクと育ち、そうして今に至る。だからドゥーエは、イタリア語しか読み書き出来ない。英語は簡単な会話だけだ。ドゥーエが産まれた国である日本の言葉は全く分からない。けれどもドゥーエはどうとも思わなかったし、何ら不自由の無い暮らしをしている。
小さなマフィアのボスだと言う養父だったが、ドゥーエにとっては優しく物知りな父親という印象が強い。養母が病で亡くなってから数年経ち、老け込んだように見える養父を支えることは、ドゥーエにとってもはや当たり前であった。養父の仕事に随行することも、養母が遺したレシピを見ながら料理を作ることも、共に出掛けることも、何もかもが、ドゥーエにとっては当たり前の、親孝行なのだ。
そんな養父が、信頼の置ける部下に次期ボスの座を明け渡した。ファミリーの誰も、そこに異論はない。ドゥーエにだってない。何せドゥーエは、養父が病で先が短いことを知っていたし、養父の居らぬファミリーに忠誠を誓おうだとか、まとめ上げようだとか、そんな事を思えなかった。何より、養父の最期を看取ろうと決めている。養父もそれを望んでいた。
それから二年後、ドゥーエが二十四歳になった年の春、養父は死んだ。
『なあドゥーエ、一度くらい、お前の産まれた国を見てみたかったよ』
そんな事を言い残して、眠るように息を引き取った。葬儀や埋葬の手筈は、ドゥーエの良く知るファミリーの幹部が整えてくれたし、悲しみを越えるまでの面倒まで見てくれた。小さいながら、身内に対しては温かみのある良いファミリーだと、ドゥーエはしみじみと感じる。それが養父の遺した影響なのだろう。
だから、そんな優しい養父の最期の言葉を、自己満足だって構わない、叶えてやろうと思ったのだ。養父母の遺灰は、少しずつだが手元に残してある。それを二つのペンダントトップに丁寧に納め、チェーンで繋いだ。それを大切に、大切に鞄の中にしまい込む。
『ありがとう、行ってくる』
『ドゥーエ様、お気を付けて』
養父の跡を継いでボスとなった男の見送りを受けて、ドゥーエは日本行きの飛行機に乗り込んだ。
松野家の五つ子の末っ子、松野トド松は、スポーツジムの帰りに立ち寄ったスタバァで、一人の男が困っていることに気が付いた。男は、仕立ての良さそうな黒いジャケットとスラックス、そして青いワイシャツを着崩していて、さらにサングラスを掛けている。鞄も、やはり高級そうな革が使われている。仕事の合間なのだろうかと思うも、男も店員も、お互いに困惑している事が気にかかる。
『えぇと、道を聞きたいんだが、イタリア語は分かるだろうか?』
「きゃ、キャンユースピークイングリッシュ?」
『あー、英語?悪いが英語はあまり分からないんだ、イタリア語はダメか?』
「えっ、えっとぉ
……
」
トド松とて、男の言葉が英語でないことは分かる。何かのメモを店員に見せているようだが、きっとそれも英語で書かれたものではないのだろう。アジア系の外国人なんだろうかと男をチラと見ながら、通訳アプリというものの存在を思い出したトド松は、勢い良くスマホの画面をタップした。店員の女の子への好印象と、あわよくば外国人の友達がいるという箔を自分に付けいという下心で。
「お兄さん、コレ、分かる?」
目的の物を見つけたトド松は、男の肩を叩いた。振り返った男は驚いたようだが、眼前に出された通訳アプリに目を輝かせた。どうやら分かるらしい。男はスラックスのポケットからスマホを取り出すが、画面は真っ暗だった。どうやら充電が切れてしまっているらしい。
「じゃあ、あっちの席で、話を聞くよ」
『ありがとう! 悪かったなお嬢さん、次は日本語を勉強して来る』
店員に頭を下げた男は、どうやらウィンクを彼女に送ったらしい。あまりに自然な行いに、店員は目を瞬かせ、それからほんのりと頰を染めた。これが海外のレベルか、とトド松は密かに対抗意識を燃やしたものの、自分でやっても恥ずかしいだけだろうとも思う。
『アカツカの、えぇと、まつ、の、マツノさんの家に行きたいんだ』
「えっ!?」
『んん?分からなかったか?』
通訳アプリを介して男の話を聞いていたトド松は、その言葉に唖然とした。聞き間違いでなければ、赤塚にある松野家に行きたいのだと彼は言っている。しかし、兄弟の中でも人付き合いが比較的外向的なトド松ですら、日本語の分からない日系イタリア人の知り合いはいないのだ、他の兄弟にも、きっといないに違いない。そういえば、今日は母親に客が来るのだと言っていたなと、トド松はなんとなく思い出していた。
「えっと、その、松野って、多分、ボクの家だよ」
『本当か!? 案内してくれ! マツヨっていう人と約束をしているんだ』
破顔した男と、トド松の母親である松代は、果たしてどんな関係なのか。トド松は男の表情と反比例して、既に疲れ切っていた。
「ニート達、これからお客さんが来るから、居間から出て行ってちょうだい」
電話で何かしら会話をしていた松代が何処か嬉しそうにそう告げて来たのは、今から二十分ほど前のことだ。こういう時の松代には従うべしと、身に染み込んだルールに則って子供部屋に引っ込んだのは、松野家の長男であるおそ松と、次男のチョロ松、三男の一松だった。四男の十四松は朝からバットを担いで騒がしく出掛けて行ったきりで、末っ子のトド松も用事があるからといつの間にか出掛けてしまっていた。
客が松野家に来るのは珍しい。おそ松が、後でこっそり居間を覗きに行こうと決意した矢先、玄関の開く音と、何故かトド松の声と、聞き慣れない男の低い声が玄関から僅かに聞こえる。それに返事を返したのだろう松代の声の直後、何故かトド松の奇声が松野家全体に響き渡った。
直後、松代の「ほらトド松、あんたも部屋に戻ってなさい」という声がハッキリと聞こえて来た。子供部屋にいた三人は、思わず揃って目を合わせ、ともかくトド松に話を聞こうと無言のままで頷き合った。
「兄ちゃん、ちょおっとトド松に言いたいことが出来ちゃったんだけどぉ?」
子供部屋にやって来たトド松をとっ捕まえたおそ松たちは、彼の着替えを待たずあれこれと事の顛末を聞き出した。そもそもいつの間にかスポーツジムに通い始めていた事すら、おそ松たちは初めて知ったが、今の彼らにとって重要な問題はそこではない。チョロ松がおそ松の頭を一発だけ殴り付けて黙らせ、それは後で聞けばいいだろと付け加える。
「で、その、イタリア人? って松代の知り合いなの?」
「初対面っぽいよ。けどさぁ、初対面で松代に薔薇の花束渡して、キザったらしいこと言って、頰にキスって! しかも満更でもなさそうな松代の顔見ちゃったし!? そいつサングラス外したら僕らと顔そっくりだし!?」
男を連れてスタバァから松野家に戻る道中、花屋を見付けて立ち寄った彼は、なんと薔薇の花束を買っていたのだ。トド松は、隣歩くの恥ずかしかったんだからと口を尖らせている。階下の二人はもう居間に入ったのか、単に子供部屋が騒がしいだけなのか、話し声も聞こえて来ない。
「母さんの隠し子だったりして
……
」
子供部屋の隅で三人を眺めていた一松がボソリと呟いた。松代に好意的で、わざわざ薔薇の花束をプレゼントし、キスまでしたのだ、歳も近そうで、さらにはおそ松たちと同じ顔で、しかし自称イタリア人と言うならば、あり得る話だ。初対面のようだと言うのが引っかかるが、その方がまだマトモな想像の範囲内だ、とチョロ松は思いそうになった。
「いや、いやいや一松、おかしいだろ隠し子って!」
「そうだよ一松ぅ、松造の方じゃね?」
「それにしちゃお互い好意的だったけどなぁ」
「やだよ今さら泥沼昼ドラに路線変更なんて!」
おそ松やトド松も好き勝手言っているが、チョロ松の言うように泥沼となって離婚などとなってしまえば、ニートとしての死活問題である。過日の離婚騒動に端を発した扶養家族選抜面接、そしてそこから発展したドラフト会議を思い出して、四人は頭を抱えた。今度再びそんな事態に陥ったとしたら、もう戻れないような予感があるのだ。胃の痛む思いはしたくない、働きたくない。皆、同じ気持ちだった。
そんな来客があった日の夜、松野家の五つ子達は揃って両親に呼ばれた。毎日何かしら問題を起こしている彼らは、思い当たる節しかなく、せめて懐が痛まない温情を得ようと普段はあまり使わない頭をフル回転させる。
しかし。
「実はずっと黙っていたんだけど、あなた達、本当は六つ子なの」
母である松代の口から発せられた言葉は、五人の予想を遥かに上回る爆弾だった。さらにはこう言う時、大抵いの一番に口を開くチョロ松ですらも言葉を発することを躊躇う程、松代も松造も真剣な表情であり、どこか沈痛な面持ちだ。
昼間に案内してやった男がもう一人の兄弟なんだろう。トド松は察した。何せサングラスを外して露わになった顔は、兄弟と殆ど同じ造形をしていた。眉が太く凛々しいと言うのが特徴だろうか。しかし、トド松達は間違いなく日本で生まれ、日本で育った。なら何故あの男はイタリア語を話し、日本語が分からないのか。そもそも、欠片くらいはあってもいいはずの、その兄弟との記憶が全く無いのだ。トド松にとって、それが不思議でならなかった。
「生まれたばかりの時に、一人だけ病院から攫われてしまったんだ」
その赤ん坊を誘拐した犯人こそ突き止めたものの、その人は既に殺されてしまっていて、現場にあった赤ん坊の死体は犯人の子供で、六つ子の中の一人の行方はそこから全く分からなくなっていたのだと言う。それがどうしたことか、イタリアで不法滞在、その他余罪のあった日本人が逮捕され、その人物が、誘拐犯の殺害に関係のある人物で、一時期赤ん坊を育てていたと発覚したのが数ヶ月前のことだった。
そこから行き着いたのが、今日、客として松野家にやって来た男だと言う。
「それでね、もしもあなた達と、あの子が良ければ、家で一緒に暮らしたいと思ったのよ」
あの子は、あなた達が良いならと言っていたわと、松代が説明する。五つ子はそれぞれに意見を交わすように、戸惑いを隠せない目を向け合う。なんなら赤ん坊が出来たなんてことの方が、よっぽど納得も出来たし、きっと受け入れられただろう。けれども、相手は同い年、殆ど知らない青年だ。もはや友人でも知り合いでもなく、赤の他人という方が近いだろう。
「ボクは一緒に暮らすのに賛成かな」
真っ先に決断したのは、意外にもトド松だった。なんで、どうしてなんて騒ぎ立てる兄弟に、トド松は小声で、当たり前のように返す。
「だって、父さんと母さんは、一緒に暮らしたいだろうし」
ここで両親に賛同すれば、印象は良いだろうという打算だった。なるほど、親に聞かれてはいけない理由だ。生きている可能性など殆ど無かった、松代にとって腹を痛めて産んだ、産まれたばかりの赤ん坊の頃から、ずっと息子が六人揃うことを密かに望んでいたのだろう。望みは絶たれる事なく、薄っすらと、細い糸で繋がっていたのだ。両親はきっと、一緒に暮らしたいと願っている。
「でもさぁ、トド松はともかく、俺らはそいつと会ってないじゃん」
「どんな奴か分かんないし、会ってから考えてもいい?」
おそ松とチョロ松の言葉に異論を出す者は、誰もいなかった。
「そうね。あの子はとりあえず一週間は赤塚のホテルに泊まるって言ってたし、連絡先は教えてあげるから、会ってみてちょうだい」
「あ、でも日本語も英語もあんまり通じないんじゃないの」
「ホテルに掛けてくれれば大丈夫って言っていたわよ」
トド松の懸念を一蹴した松代が教えてくれたホテルの電話番号は、コンシェルジュ付きのスイートルームが売りの超高級ホテルのものだった。
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