慈愛、博愛、無償の愛。それは聖母のように美しく高潔なものとして描かれるに違いないし、それに満ち溢れた世界というのはさぞかし平和なんだろう。正にラヴアンドピース。愛と平和だ。松野おそ松は、同い年で直ぐ下の弟の姿を思い出しながら、そんな世界など糞食らえとひっそり悪態をついた。
二十数年の月日は、近辺では有名な六つ子の悪ガキを揃って親の脛かじりに変え、そしてそんな罰当たりな人間に運命など与えやしなかった。世界はいつだって不公平で、財布の中身をスッカラカンにしてブスくれて歩くおそ松の近くを、チャラスカしたカップルが幸せそうに通り抜ける。ジャンジャンバリバリ、やいのやいのと盛り上げる店員と、積み重なっていく出玉なんてもの、夢のまた夢でしかないのだ。分かっていても、それでも夢に有り金を叩いてしまうし、何なら兄弟の金すらも注ぎ込んでしまうのが、おそ松の悪癖だった。
愛と平和に満ち溢れた世界より、金と刺激に満ち溢れた世界の方が、おそ松はよっぽど好きだ。退屈と同義であるなら平和なんぞ無くても構わない。一生遊んで暮らすためには、そうしたいと思わせる刺激だって無ければならない。それはおそ松の持論だ。面倒ごとは要らないけれど、例えば浴槽にたんまり詰めても余り有るような金をばら撒いて高笑いする方が、おそ松にしてみればよっぽど楽しい世界なのだ。そんな大金を持ったことはないが。
河川敷に差し掛かった辺りで道端の空き缶を蹴っ飛ばしたおそ松は、それで狙った先とはズレた軌跡を描く放物線に顔を顰めた。パチンコに消えた金の腹いせと称して、橋の下にいるかもしれないイヤミに当ててやろうと思っていたその空き缶は、橋など軽く飛び越える。全く憎たらしいほどの瑠璃色が広がる空に、何もかもお前のせいだと文句を付けたくなるような、そんな空だ。
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