知らぬ存ぜぬ

時はアカツカ、年号フジオ625年。将軍様のお膝元である赤塚にある川、ヒジリサワの流れの側に、祓屋松野がありまして、そこの息子はなんと世にも珍しい六つ子でありました。
松/時代もの風/オカルトパロ

 祓屋松野の次男坊は穀潰し。それはもう周知の事実だった。高名な松野の血を引きながら、松野の次男坊こと松野カラ松は、その才に恵まれていない。かと言って、祓屋という家業故に他所との関わりは酷く複雑だったことも手伝い、カラ松は他の定職も持てず、日がな一日だらだらと市中を歩き回っていた。
 カラ松には、上に一人、下に四人、珍しくも同い年の男兄弟がいたが、彼らは其々に才覚を発揮して祓屋の一員に数えられ、これで後世も松野は安泰だとすら言われている。それも手伝い、カラ松は家族の中でも地位は低く、どれだけ言い繕おうとも決して良いとは言えない扱いを受けていた。
 けれども、カラ松はそれを苦にした風でもなく、だらだらと日々を過ごしていたのだった。

「出奔でも何でもしちまえば良いじゃねえか、コンチクショウ」
 町を流れる川沿いに屋台が並ぶ中、柳の木の側に毎日のようにおでん屋台を出すチビ太は、カラ松の持つ数少ない友人である。働かなかったお前に飲ませる酒はないと、兄弟達から飲みの席を追い出されたカラ松は、決まってチビ太の屋台にふらりと立ち寄り、安酒とおでんを頼むのだ。チビ太も、そんなカラ松を存外気に入っているものだから、祓屋の穀潰しなどと言われ、否定もせず甘んじているカラ松に、そうして何度も出奔を勧めていた。
「はは、最低でも衣食住は保証されているし、周りを気にしなければ自由で楽しいもんなんだぜ。チビ太のおでんも美味いしな」
「へへっ、そうかよぉ、てやんでぇ」
 カラ松は確かに不当な扱いを受けるのだが、聞こえてくる小言や陰口さえ聞き流しておけば、衣服は洗濯されるし、食事は朝晩の二度は供されるし、貧相な煎餅布団と物置じみた狭く暗い小部屋だとしても寝床はあるのだ。宛ても金も無い出奔をするよりも、カラ松にとってはよっぽどマシだった。
 金など貰えている筈も無いだろうカラ松が、どうして屋台で安酒とおでんを楽しめるだけの小金を持っているのか、チビ太は知らない。けれどもカラ松は、しっかりと金を置いていくのだから、それで良いのだ。環境がそうさせたのか、カラ松はどこか一風変わった男で、馬鹿だ何だと言われている事をチビ太も知っている。しかし存外、強かなのだという事も。そうでなければ、カラ松が居る間、屋台に他の客が寄り付かないことも、普段気さくに声を掛けてくる者がいないことも、とっくのとうに気に病んで居るに違いなかった。
「今日も美味かったぜ、チビ太」
「おう、あったりめぇよぉ!」
 チャリンと金を置いて、カラ松が屋台を去っていく。その後姿を見送りながらチビ太は嘆息した。
「首尾はどうザンスか、チビ太」
「どうもこうも、相変わらずだぜ、バーロー」
 柳の木の陰から、一人の男が姿を現した。出っ歯が特徴的で、この辺りの賭場で如何様をして稼いでは、時折しょっ引かれている懲りない男、イヤミだ。賭場を渡り歩く彼は、儲け仕事に目のないがめつさが有名だった。彼の専らの目的はと言えば、時折ふらりと賭場にやって来ては散々賭けていく松野の兄弟達から、金をせしめる事だ。曰く、如何様賭場を開こうとしていた場所を散々に荒らされた挙句に、元手の為にと埋めていた金をごっそり奪われたのだと言う。
 チビ太は内心で「其処にはきっとおっかねぇバケモノでもいたんだろ」と思っていたのだが、彼は彼で、カラ松を除く五人に対しては憤懣やるかたない思いを抱いていた。祓屋松野は、名の知れた家であるからして、ツケと言えば簡単に認められる。兄弟達は揃ってツケで飲み食いするものの、言ってしまえば金払いが悪かった。チビ太が支払いを求めに行けども、申し訳無さそうな顔の番頭に追い返される。だからと言って、カラ松にそれを告げた所で彼に松野をどうこうする権限など無い。そしてカラ松が兄弟のツケの一部を預かって来るということだって、最初から望めやしない。
「そんなチビ太にミーから良い話があるザンス。あの六つ子ちゃん達に一泡吹かせてやりたいのはミーも同じザンスからね」
「へーぇ?まあ、聞くだけ聞いてやるよ、コンチクショウ」
「簡単なことザンスよ――





 その日も、カラ松は相変わらずの一日を始めていた。食事こそ兄弟が六人揃っているものの、そこで交わされる会話の九割は祓屋としての仕事の話だ。カラ松にとっては何が何だか分からないが、仕事の話ならば聞く必要もないなと、殆ど黙々と食事をしている。時折、働かない奴は良いよなぁと、おそ松がワザとらしく嘆いてはチョロ松に窘められていて、けれどもカラ松はそんな会話を全く気にしていない。
 気にしたところで、カラ松が祓屋の仕事に混ざれるほど簡単な事ではないし、皆と気質の似ているカラ松は、働かずして生きていける現状に甘んじる心地良さを知ってしまったのだから。兄弟が、なるべく働かずに済む暮らしを模索しているのを、カラ松は良く知っている。大きな金の入る依頼を受けて、五人で片付ける。そうして金が底を尽きると依頼を受ける、その繰り返しなのだ。それに両親がほとほと呆れているのだって、カラ松は知っている。
 けれども。
「息子達、あなた達にお仕事よ」
「あ、じゃあ俺は席をはず――
「カラ松、あなたもよ」
―― は?」
 食事が終わった頃合いを見計らってやって来た母親、松代のその言葉は、カラ松も全く考えていなかった。腰を浮かせたまま固まったカラ松も、松代の言葉に固まった他の兄弟も、揃って同じように間抜けな表情を浮かべている。本当にそっくりな六つ子達ねと、松代は呆れたように笑った。





「いや絶対何かの罠でしょ!だってカラ松も一緒って!あり得ないから!」
「けどさぁ、置いてって本当にお金貰えないってなったら嫌じゃない?ボク、タダ働きなんてしたくないよぉ」
「おれもトド松に賛成。クソ松は縛り上げて引き摺ってけば荷物で済むだろ」
「カラ松にーさん運ぶの!?オレできるよ!多分!」
 チョロ松もトド松も一松も十四松もまるで散々な言いようだなと、おそ松は黙って座っているカラ松を横目で見た。しかし彼は、おそ松の予想に反して、全く傷付く素振りなど見せていなかった。血どころか同じ細胞をそのまま分け合った兄弟の中で、カラ松だけが、彼だけが唯一、祓屋としての才を持たない。その状況に誰もが甘んじて、カラ松を下に見ることで他の兄弟は心の平衡を保っているのだ。
 祓屋というのは、決して明るいものではない。そして物珍しい六つ子という出自。戸の立たぬ様々な口が、其れに託けて根も葉もない事を流布している。だからおそ松達は、好んで市井には行かなかったし、兄弟が無二の世界であった。おそ松は賭場に赴く事も多いが、立ち去った後に門戸から塩を撒いていた者を影から見たこともある。何もしていないのに後ろ指を指されることもあった。悪鬼羅刹をけしかけられると思っているのだろう、それらは全て、おそ松達の姿が見えなくなってから行われていた。
 偶然にもそれを見てしまうことは、幾度もあった。根が真面目な一松など、それを切っ掛けにして他人を拒絶するように殻に篭った程だ。勿論、顕著に表出したのが一松だっただけで、カラ松以外の五人は大なり小なりそうしたきらいがあると、おそ松は認識している。カラ松は実際にどうなのか、彼の日常を殆ど知らないおそ松には知りようがない。其れでも、祓屋の息子であるというだけで職を持てずにいるのだから、カラ松には彼なりの苦悩があるのだろうと思っている。
「なぁカラ松、お前は本当にあんな事言われっぱなしで良いわけ?」
「うん?」
「うん?じゃなくて、お前完全に彼奴らに舐められてるよ?」
「あぁ、気にした所でどうにもならない事を気にしても、無意味じゃないか」
 無意味。弟達の言葉を、カラ松は情け容赦なくそう断じた。全く冷酷さなど感じさせない、ただ当たり前の事を言っただけのような面持ちで。しかし其れこそが残酷なのだと、きっとカラ松は気付いて居ない。
 確かに祓屋とは、都合の良い時ばかり胡麻を擂られ、頼りにされる仕事であった。その扱いの差によって生まれる鬱憤を、兄弟達はカラ松を下に見る事で晴らしている。しかしどうだ、当のカラ松は歯牙にも掛けない。そもそも興味を持って居ない。つまる所、下に見ている相手にとって、兄弟からの鬱憤晴らしによる口撃など、そこいらの雑踏と変わらないのだ。わざわざ聞くに値しないもの。
 おそ松とて、自分よりも出来の悪いカラ松が居るのだから、それより余程真っ当な人間だと自負しているので、他の弟達を諌める資格などありはしない。馬鹿にだってして来たし、酒の席すら「働かねえ奴にやる酒はねぇぞ」と言って追い出して来たのだ。そうして「そうか」とだけ言い残して立ち去るカラ松を、五人で笑って来たのだ。誰が弟達を諌められようか。
 しかし、それすらカラ松には響いていなかったのだと、彼は言外に告げた。カラ松は役立たずで惨めな穀潰しであると言う、その一つだけで保っていた安寧を壊されたような気になって、おそ松は苛立たしげに視線を外した。カラ松は、そんなおそ松にすら、さしたる興味を持っていないようで、じっと黙して座っているだけだった。



 その日、カラ松は先を行く五人の後に付いて歩いていた。何もしない、喋らない、ただ付いて来ればいい。そんなことを兄弟から確約させられて、カラ松の祓屋としての初仕事が始まった。始まったとはいえ、カラ松は端からあてにされていないのだから、特に気負うものも、何くそという意思もない。ただ、早く終わりはしないかと思うだけだ。どうせ報酬の取り分など欠片もない、不毛なタダ働きなのだから。
 最初に違和感を覚えたのはチョロ松だった。彼は兄弟の中でも一等、視ることに長けている。何時でも、何処でも、害を為す為さない問わず、人ならざるモノは其処彼処に居た。だがどうだ、兄弟揃って子供の頃から知っている道を歩いている今、そうしたモノが全く寄り付いて来ないではないか。何時もそんなモノ達は、引き寄せ易い一松の陰鬱さに感化されて寄り付いて来るのに、その日に限ってはそれが無い。むしろ、遠巻きに様子を伺われている。
 チョロ松は、今日は楽そうだと気楽に笑う兄弟達とは裏腹に、今一つハッキリとしない靄がかかるような不安に襲われていた。まるで観察されているような、興味本位の視線が刺さる。人間からの好奇の目、奇異の目などチョロ松は慣れていたが、それでも辺りの人ならざるモノが、揃いも揃ってそのような視線を寄越して来るのは初めてのことだ。原因などとんと見当も付かず、何とも落ち着かないまま、チョロ松は兄弟達と共に指定された空き地へと辿り着いた。

「やーっと来たザンスか、六つ子ちゃん達!待ちくたびれたザンス」

「い、イヤミぃ!?」
 待ち構えていた男の姿、特に目立つ出っ歯を見て真っ先に声を上げたのは、兄弟の中でも賭場に行く事の多いおそ松だった。潰れた賭場の話題には、決まって如何様師であるイヤミの名前が共に挙がる程であったし、何ならおそ松も、彼とは何度か賭場で顔を合わせている。特徴的な出っ歯に、南蛮気触れを気取っているせいなのか、妙な言葉遣い。おそ松とて忘れたくとも忘れられない。
 そんなおそ松の言葉に釣られて、カラ松以外の兄弟達も彼の存在を記憶の底から引っ張り出した。殆ど初めての仕事の頃に、彼の不興を買っていたのだ。祓屋の入口で散々喚き散らした挙句、番台に尻を蹴飛ばされ塩を撒かれていた出っ歯の男を、彼らはどうにかこうにか思い出していた。彼らには全く心当たりのない言い掛かりであったが、成る程、もしかしたら恨み辛み妬み嫉みを一方的に持たれていたのかもしれない。