茉神 汐
Public
 

創作 セイとジョアンのイフ話

創作/セイ・フウレイとジョアン・バーミルの話

 その会話をジョアンが聞いたのは全く偶然だった。生まれ育った町で母を失い、名も姿も知らぬ父を探すにも宛はなく、そんな折りに導かれるようにやってきた小さな村。その中でも地位の高い二人の男、セイとサイノの会話。ジョアンはただ、村での世話役であるサイノを訪ね、彼の工房へ来ただけだ。
「隠そうとしていることが、彼女の、フェリアの望みじゃあないだろ」
「じゃあ聞くが、お前は俺が子を育てられると思うか?彼女は俺を理解していた。だからこそ、俺はあいつを育てなかった」
「だが父親だと、そうジョアンに言うことは許されるはずだ」
「籍のない見ず知らずの男が、か?」
 このまま聞いて良い話なのか、ジョアンには分からなかった。だが、自分をこの村へ導くきっかけとなった男、セイが父親だという事実を耳にした彼は、どうしても落ち着けなかった。あの刺さるような視線と厳しい声を向けた男が、実の父親だというのか。ジョアンは思わず一歩、身を引いた。
「誰だ」
 飛んできた声はセイのものだった。ジョアンの首筋を冷や汗が垂れる。セイは度々、この村のある宗教自治区を抜けてあちこち飛び回っているような男だから、もしかしたら気配には敏いのかもしれない。
「こ、こんばんは」
 ジョアンが掠れた声でそれだけ言うと、辺りの雰囲気が張り詰めた。
 工房の扉が開き、セイとサイノがジョアンの前に姿を見せた。セイの黒い瞳は鋭い光を見せ、ジョアンの身を竦ませた。
「何処から聞いた」
「お前は頭を冷やしとけ」
 問い詰める気でいただろうセイを、あきれた声で工房へ押し戻したのはサイノだった。大丈夫かと笑む彼の方が、よほど父親らしい。
 完全に工房の扉を閉めてしまえば、セイも静かになった。
「あれがお前の父親だってのは、そりゃ怖いよなあ」
 サイノが苦笑する。ジョアンは、ただそれを聞くだけだ。
「あいつは図体だけが大人になったような奴だ。ただ、籍が無いことを負い目に感じてる」
「籍は、必ずあるものじゃないんですか」
「籍は必ずあるが、それを管理するのは町長や村長だ。村ごと滅べばなくなるし、中途では作れない。だが籍がないことはこの国では無いものになる」
 ジョアンは、それとセイの態度が全く結び付かなかった。サイノだってそれは分かっていたが、何処まで語るべきかと決めあぐねている。
……魔女裁判でフェリアが捕らえられたのも、セイに籍がないからだ。父親のない未婚の母、それだけでも魔女の基準に決まっていたからな」
 サイノは苦々しく語る。母の死に原因を作ったセイ、と思うとジョアンの中に怒りすら浮かんだ。
「何故彼に籍が無いんですか、それさえあれば、母さんは」
「セイは故郷の全てを失った。子供には、抗えなかった。が、お前に今すぐ分かれとは言わないさ。ただ、セイはフェリアの死を、死ぬまで悔いるとだけは言わないとな」
 セイとは幼なじみだからと言うサイノは、優しくジョアンの頭を撫でた。籍を失うことの意味をジョアンはまだ理解できない。
 ただ、セイが悪いのではないと分かっていても、母が理不尽に処されたことに対する感情が、整理しきれない。
「退けサイノ」
 工房の扉が再び開き、そこにいたのはやはりセイだった。戸惑うジョアンに手招きしたセイだが、サイノを追い払うように手で空を掻いた。
「そこ俺の工房」
「一晩貸りる」
「んじゃ俺はお前の家を借りるぞ」
「いいから散れ」
「嫌なら断っていいぞ、ジョアン」
 そう言い残したサイノの背を目で追いながらも、ジョアンは不思議と足を動かして彼を追う気にはならなかった。目が、セイの目が穏やかだったからだろうか。ジョアンの足は、自然と工房へ向かっていた。
「あ、あの」
「俺は生まれた時から兄殺しと疎まれた。双子の兄が死産だっただけで」
 なんと声をかけるか、おどおどしながらもセイに呼び掛けようとしたジョアンを遮り、彼は淡々と語りだした。双子の片方が死産になることは、ジョアンのいた町でも珍しくなかった。だが兄弟殺しなどと、呼ばれない。
「そこが他の侵略で滅ぶとき、俺はそこを逃げ出してここに来た。籍なんて知らないままにな」
 セイはそれからフェリアとサイノの二人と知り合い、フェリアとは夫婦となろうとしてから、籍を失う重大さを知ったと言う。フェリアは構わないと言ったのだと懐古するセイの目は、ただ穏やかだ。
「俺を罵るなら、嫌うならそれでいい。サイノの方がよっぽど父親らしい」
「それは、そう、ですけど」
 あなたは僕を子供だと思っていないのですか、とジョアンは震えた声で絞り出した。
「ふざけるな。フェリアと俺の子はお前しかいない。彼女の寵愛を受けたのはお前だけだ」
「じゃあ何故、あなたは僕を迎えに来たときに、僕を引き取らなかったんですか」
「俺もお前もフェリアに愛された。だが寵愛を受けたのはお前だけで!下らない、餓鬼の嫉妬だ!」
 セイはもはや叫んでいるに近いほど、声を荒げた。
「俺が子を育てられると思うか?親も誰も俺を避けていた!」
「サイノの方がよっぽど父親らしい?当たり前だ!俺がお前に抱いた嫉妬なんて下らないと笑える男だ!だが俺は、フェリアが、全てだった。それを奪われたと!お前を羨むだけだ!」
 セイは声を上げ続けた。この人がこうまでして感情を吐露する姿など、初めてだった。