茉神 汐
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異端審問 ジョンもとい新次と治賀の出逢い編

創作/東京異端審問/自キャラたちの話

 早朝、始発はまだないせいか、人もまばらな渋谷の裏道を、水原 新次は友に手を引かれながら走っていた。一体どうしてこんな事態になったのか、上がる息と疲れでもつれそうになる足を動かすことに精一杯な彼の頭ではうまく理解出来そうもない。友も無言で、血に染まった右手とは反対の手で新次の手を掴んで、一目を避けるようにただ走っている。お互いに着崩した制服とスクールバッグを肩にかけたまま、学校指定ではないスニーカーを履いた足を動かして。
 いつものような少し行きすぎた戯れだったはずだ。雑居ビル同士の隙間、人が二人辛うじて通れる幅の薄暗い場所で足を止めた友の姿を見ながら、新次は今までのことを思い出していた。

 いつもと同じメンバーで、放課後すらとっくに過ぎた深夜からシンボル的な通りをうろつき、ファストフード店でだらだらと過ごし、そうしていつものように遊んでいただけ。その時に友と他の何人かがふざけだした。それだけだったはずが、新次が次に見たのは友の右手が鋭利な刃物に変貌し、仲間のうちの一人を刺した瞬間だった。人通りもまばらな時間帯、目撃したのは数人の、いつもの仲間や似たような者。
 どうして、と思わず呟いた声を友が聞いたのか定かではなかったが、本人も酷く動揺していたらしい。倒れて血を流す仲間や救急車を呼ぶ者、人が少ないながらもざわめきが広がった中で、友は咄嗟に新次の手を掴んで走り出したのだ。

 仲間内でもそうでなくても、大小様々に喧嘩なら幾度かあった。それでも友はそんな、体を刃物に変えることなどしなかったのに、どうして。新次は呼吸を整えながら改めて友を見た。右手はもう、刃物ではない。
「どうして」
 新次はまだ呼吸を整えきらないうちに、もう一度声をかけた。手が変質した理由も、仲間を刺した理由も、全てについて問い質したかったのに、新次の口から出たのはその四文字だけ。友はその問いにも答えず、新次に背を向けたまま。
「どうしてだよ!」
 苛立って声を荒げた新次に、友はびくりと体を震わせた。そうして、恐る恐るといった風に、新次の方へゆっくりと振り返る。まるで今、ようやく新次の存在を思い出したかのように。
 振り返った友は、茫然と、自分が何をしたのか全く理解出来ていないとでも言いたげな目で、新次を見ている。その異様さに、声を荒げるまで、仲間を刺した友を一発ぶん殴ってやろうかとすら思うほどの怒りが、新次の中で戸惑いに姿を変えた。どう見ても、突発的に、しかも躊躇いすらなく刺したはずなのに、もしかしたら友はそれすら無自覚だったとでも言うのだろうか。
「おい、逃げろそこの緑色!」
 いきなり響いた知らない声に、新次はそれが自身の髪の色を指したものだと、咄嗟に気付けなかった。え、と思わず一言呟いた時にはもう、新次の体は友に突き飛ばされて雑居ビルの黒ずんだコンクリートの壁に背中をぶつけていた。
「くっそ、異査の仕事だろこんなの」
 男の声は、痛みに呻いた新次には良く聞こえなかった。そうして暫くげほげほと噎せながらも、どうにか顔を上げた彼の目に飛び込んできたのは、宙に浮かぶ、友の面影が辛うじて顔に残るだけの金属の体。そして、自身とそれの間に割って入ったダークグレーのスーツの茶髪の男だった。
 友だった者の目は虚ろで、最早この場所どころか、新次のことすらも認識出来ていないようだ。日常が一転していく目の前の現実を、直ぐに受け入れられないまま、新次は身動きも取れずただ眺めているだけ。
「危険を伴う実験調査くらい自分でやれよあの野郎!」
 男の叫びが終わるや否や、友だったものは腕を振りかざす。目の前の男も、新次も、あのものに対抗する術など果たしてあるのか。それでも、友がこちらを狙っているのならばあの仲間のように刺されてしまうかもしれない、と思うと、途端に新次に死の恐怖が襲った。
 友だったものの振りかざした腕は鋭利な形へと変貌している。益々、死が克明に目の前に浮かび上がり、新次は思わず手元にあった小石を掴んで、震えながらも朝日に反射して光る友だったものへと投げ付けた。
「あ?」
 その間の抜けた声は、新次のものでもあり、男のものでもあった。
 新次の投げ付けた小石は、あろうことか一般の人間が軽く投げた以上の、猛烈なスピードで友だったものの顔を目掛けて一直線に飛んでいったのだ。どういうことなのか、新次は分からなかったが、次に友だったものが痛みに呻いて、ガンと音を立てて金属のような体の足を着いた姿が見える。あの小石が当たったのだ、と悟ると、新次は自分のしでかしたことが恐ろしくなった。
「あ、おれ、俺は」
「落ち着け、正当防衛とでも思ってろ」
 思わぬ事態に震える新次に、男はスーツのジャケットを頭から被せた。まるでこれから何が起こるか分かっているような、冷静で落ち着いた声で。
 男はそうして新次の視界を覆ったのを確認すると、びくびくと体を痙攣させるものへとゆっくり近付いた。暴走した異端者の成れの果てを、男はよく知っている。何度も見ていた。それでも、根っからはそれを人間とは違うものだとは思えず、眉根を寄せる。
 顔、額からは血が流れ、金属のようなものに変質した体はもう人の体へと戻ることも出来ず、あちこちがへこんでいく音が聞こえる。異能と称される特殊な力がもたらした暴走、そして死。
「身体変化と、重力操作。恐らく高校生、暴走による反動で死亡、か」
 一段と大きく体がへこむ音がしてからはもう、人間だったものはその原形を留めた顔以外が戻ることもなく、死んだ。
 男はそれを確認すると、携帯をズボンのポケットから取り出して電話をかけ始めた。
「終わった。そっちでか?……は?……なら連絡しとけ、俺は帰って寝る。お前のせいだくそ野郎」
 電話口の同僚がやけに軽い口調で、男は苛立ちに任せて電話を切った。そこでようやく、スーツのジャケットを被せた高校生、新次の姿を視界に入れた。
「おい、そのまま立て、来い」
 携帯をズボンのポケットに入れながら、男は新次に近付いて腕を掴む。そうしてそのまま男が引っ張るように、雑居ビルの隙間から出ると、そこで新次に被せたままだったジャケットを取り払った。辺りにはぽつりぽつりと人が忙しそうに歩いているが、新次と男をじろじろと見る者はいない。
 男は新次が未だに心此処にあらずといった風だと分かると、ジャケットを肩にかけ、彼の手を引いて近くのファストフード店へと入っていった。二十四時間営業のそこは、比較的人が少ない。そのうち増えるのかと考えながら、男はメニュー表を見ることすら面倒なのか、ホットコーヒーを二つ注文した。

「落ち着いたか」
 周りに人のいない壁際のテーブル席に着いた男は、新次にコーヒーを一つ渡して自分も一口飲んだ。新次は男の問いに小さく頷いてから、コーヒーの紙コップに手を伸ばした。
「何してた、とかそういう面倒な話をする気はない」
 男は欠伸を噛み殺しながら、コーヒーをまた一口飲む。外はもう明るくなっていて、じわじわと人が増えていくことを予感させた。
「あいつは、俺は、どうなるの」
 新次はようやく口を開いた。声はまだ覇気がないが、それでも誰かに聞きたかったのだ。友だったものの成れの果ても、我が身に起きた変化も。一転したままの日常も、その先さえも。
「あいつは……死んだ」
……そっか」
 新次は、何となく分かっていた。男に手を引かれ歩き出したあの足元に、彼のジャケットの影から覗いた、光る金属のようなものが、友の死体なのだと。何かがへこむような音が、友の最後の言葉じみたものなのだと。不思議と、涙は出てこなかった。
「世の中には、お前やあいつみたいに、特殊な力を持つ人間が存在している。あいつは、暴走して反動で死んだ。……隠し通せ、狩る者がいる」
「あんたには」
「無い。が、俺はお前をどうこうする権利もない」
 男の答えは簡素だった。簡素ゆえに、深い部分は全て隠されている。全てを洗いざらい語ってもらいたかった新次は、不満げに男を眺めた。だが、全く効果はなく、しばらく二人、微妙に視線を外しながらコーヒーを飲むだけの時間。砂糖が欲しい、と新次はぼんやりと考えながら、口の中に広がる苦味を飲み下した。
「知りたいならちゃんと学校行けよ、不良高校生。それと大学……そうだな、理系の大学にでも行け。そうしてその気があったら、俺に連絡しろ」
「あんたに?なんで」
「ま、仕事のコネとでも思ってろ。携帯出せ」
 男の言葉と共に手渡されたカバンに、新次はその存在を忘れていたことに気付いた。受け取り、カバンを開けて携帯を取り出すと、赤外線通信で男と連絡先を交換した。
……駒居、治賀?」
「おー、そう、それ俺の名前」
「ハルカ……。ハルカちゃん?」
「気色悪い。今すぐやめろ」
 新次が名前を呼ぶと、男、駒居 治賀はげえ、と顔をしかめた。治賀自身、学生時代にそうして散々からかわれたため、本当に嫌だったのだ。水原 新次と名前が登録された画面を見ながら、治賀はコーヒーを飲もうと紙コップに手を伸ばそうとした。
「チカちゃん」
……おい、それはもしかしなくても俺のことか」
「そう、チカちゃん」
 コーヒーを飲んでいたら確実に吹き出したであろう、新次の考えた愛称に、治賀は眉間の皺を深くした。へらへらしているのは空元気だろうと思うと、治賀もそれ以上強くは出られない。それにしてもこいつ、犬っぽい。と思った治賀は、チカちゃん、と新次の携帯に登録されたなど露知らず口を開いた。
「ならお前犬っぽいしジョンでいいや」
 何の気なしに発した治賀のこの言葉が、後々、新次と呼ぶよりジョンと呼ぶ方が周りに伝わるほどに浸透するなど、当の治賀は知るよしもない。