城下にお忍び関ヶ原

BSR/関ヶ原組と少し佐助/三成と家康が雑な変装で大坂城下に行く話

「貴様、これはどういう真似だ」
「皆には内密に来たから、すれ違っても気付かれないように、な」
「私は伝えたというのに、貴様は部下にすら内密にしているのか」
「供がついては素性がばれてしまうじゃないか」
 ざわざわと人の行き交う大坂城下を二人の男が連れ立って歩いている。一人は帯刀し、藤色を基調とした着物。もう一人は一見すれば丸腰の、鬱金で揃えた着物である。彼らが民が行き交う大通りの先にある大坂城にいる、しかも豊臣の中でも戦では大将として働くことすらあるような人間だとは、まだ気付かれていない。帯刀しているからには御武家様かとは思われるが、城下には武家の人間も歩いている。
 藤色を基調とした着物の男、豊臣の左腕とされる石田三成は、いつもならば中央に寄せている前髪を強引に左右に分けている。対する鬱金で揃えた着物の男、豊臣と同盟を組む徳川軍大将である徳川家康は、普段は額を晒すように上げている前髪を、下ろしている。確かに一見しただけでは分からない位にはなっているのだが、それ以外の変装は思い浮かばなかったようだ。
 客寄せの声や道行く人々の談笑、きゃらきゃらと笑いながら駆ける子供たち、大坂城下は活気に満ちていた。三成は、さすが秀吉様の治める地だと、珍しく表情が緩む。しかし、それと城下で何かを買うのとはまた別のようで、家康が小間物屋の店先に並ぶ珍しい品を見付けてじいっと眺めていようとも、三成は特にそれに追従するでもなく立ち止まるだけだ。
 家康が眺めていたのは組紐だった。何を思って見ているのか三成は興味が沸かないが、彼が家康から聞いていた目的の品とは全く違う。元より三成は家康に強引に連れてこられただけで、さっさと目的の品を手にいれて城へ戻りたいと思っていた。豊臣の為に働くことこそ全てであると言って憚らない三成にとって、今の状況は全く不本意なのだ。
 いい加減にしろ、と家康に声をかけようとした三成は、ふと気付いた。お忍びだと言い家康に連れ出される前に吉継が助言したではないか、お忍びならば呼び名を変えねばなと。家康と呼んではならないならば竹千代、と考えたが、三成は彼が家臣から今なお竹千代様と呼ばれていることを思い出して却下した。ならばなんと呼ぶべきか、全く良い案が浮かばなかったので結局。
……おい、貴様、いつまで見ている」
「あ、ああ、すまない」
 結局、名を呼ばなければいいのだと結論を出した。少し言いよどんだような三成に訝しげな目を向けた家康だが、苛立ちを宿した彼が激昂してはお忍びの意味がなくなるなと、後ろ髪を引かれながらも小間物屋を後にした。


 俺様って使いっ走りだったっけ、と猿飛佐助は何度目か分からぬ自問を繰り広げながら大坂城下を歩いていた。武田信玄からの命により大坂の豊臣軍の情勢を調べに来た筈なのだ。だが、それ故にしばらく留守にすると真田幸村に伝えてみれば、大坂で評判の甘味を買って参れという命を追加された。
 そして今、庶民に変化して菓子問屋の前に差し掛かった。
……ん?」
 佐助は首を傾げた。何だか見覚えのある人物を見た気がする、と目を凝らしてみればそれは家康だった。もう一人は恐らく、佐助もまじまじと眺めたことはないが豊臣の左腕と名高い三成だろう。忍からすればお粗末極まりない、変装とも呼べない程度に特徴を変えただけだ。それでも周りは全く気にしていないようで、それはそれで良い。
「さっさとしろ、いつまで迷うつもりだ貴様」
「急かさないでくれよ」
 どうも家康が延々と悩んでいるようだが、二人のやり取りを聞いているとお互いに名前を呼んでいない。通りすがりに聞くだけならば全く違和感はないが、佐助も件の菓子問屋で幸村への土産を選んでいるのだ。その間、二人は可笑しい位に名を呼ばない。
「お前は土産を買わないのか?」
「とうに選んだ」
 誰かに土産らしいが、まさか秀吉や半兵衛ではないだろう。佐助は集めたばかりの情報を頭に浮かべながら考える。それすら、豊臣の情報統制のせいでこれといった情報は少ないのだ。左腕と呼ばれる三成の実力すら未だに分からない程度に、豊臣は情報すらも警戒している。
 そんな情報を掠めた忍が側で甘味を選んでいることなど、二人は気付いていないのだろう。じゃあこれとこれ、と家康が店主へ告げたのを聞きながら、佐助はやっぱり団子かなあなどと考えていた。
「よし、帰るか」
「二度と貴様の遊びに付き合うものか」
 満足したらしい家康と不機嫌そうな三成は、とうとう佐助に気付かずに去っていったが、大坂城内の雰囲気とは違う和やかにも思える二人に、どうも裏と表の差が激しそうだ。佐助は団子二十本、と店主に告げながら、人の流れの向こうへ消えていく二人を見送った。