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茉神 汐
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BSR/パラレル/非CP
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三成が押し付ける話
BSR/現パロ/関ヶ原/バラック群やらボロアパートの密集する区間に暮らすワケありな人たちの話
「貴様が食え」
つき出されたビニールの袋に、家康は面食らった。最初の頃こそ、自分はそこまで食うに困っていないと返したが、一ヶ月も続けば彼の真意は施しでもなんでもなく、ただ要らないから押し付けているだけだとよく分かる。顔や耳、それに口から覗く舌にもピアスを沢山付けていて、シルバーの大きな十字架をあしらったネックレスの光る胸元や、シャツの袖口、首筋に見えるタトゥー、指輪やブレスレットと過剰にも見えるほどのシルバーの装飾品で身を固めた男は、良く言えばマイペース、悪く言えば傍若無人だ。手に持つものがパンの耳の詰まった袋でなければ、家康が喧嘩を売られているような図になるだろう。
「いや、あのなあ三成、ワシまだ昨日貰った分が残ってるんだが」
男は三成という名で、家康の隣人である。住んでいる場所は古い木造のアパートや小屋のような家が密集する中のアパートだが、家康はアルバイトをしながら学校に通う身とはいえ、そこまで食うに困っていない。三成がどういう仕事をしているかは知らないが、多分パンの耳を押し付けてくる位だから、やはり食うに困っていないのだろうと家康は勝手に判断していた。
家康の返答に顔をしかめた三成は、舌打ちをして袋をつき出していた腕を下ろした。彼の中央に流した銀の前髪が、風に流れる。春とは名ばかりのひやりとした風のように、家康は三成の舌打ちを聞いていた。切れ長の目が鋭いせいか、彼が直ぐに機嫌を損ねるような気がしてしまうのだ。
「しかし何で毎日のようにパンの耳を」
それは家康の疑問。三成の出で立ちからして、パン屋でアルバイトとは到底思えなかったが、彼は毎日のようにパンの耳を手にしている。不思議に思うのは当然だった。
「
……
松風の奴が勝手に押し付けて来るだけだ」
「松風って、まつさんのお店か」
三成が疑問に返答したこともなかなかに衝撃的だったが、友人の叔母が営む店の名前が出てきたことも意外だった。雑然とした場所から細い路地を進んだ先、駅前の隅にひっそりと佇む人気のパン屋である。家康も時折立ち寄っては安いパンを買っていく。人の良さそうな店主夫婦の笑顔が浮かんだ。
果たして三成はどうして彼らにパンの耳を持たされることとなったのか、家康には分からなかった。そもそも隣人だというだけで、三成のことなど家康はさっぱり分からないのだが、そんなものだろうとも思う。
「あ、三成、それ、揚げて砂糖でもまぶしてみたらどうだ?」
ふと思い出したのは本当に偶然だった。もっと早く思い出せていれば、三成の押し付けを断ることに四苦八苦する必要もなかっただろう。そんな家康の名案は、しかしすんなりとは通らなかった。
「貴様がやれ」
「は?」
「二度も言わせるな。貴様がやれ、私はいらん」
再びつき出されたパンの耳の袋に、家康は唖然とした。揚げて砂糖をまぶすだけで、手順としてはこの上なく簡単なものである。よもや三成が断ろうなどと誰が思うだろうか。
「お前が貰ったものだろう」
「くどい!貴様がやれと言っている!」
「だがな」
「お前たち、何を揉めている」
とうとう声を張り上げた三成と、ほとほと困り果てた家康の前に、近所迷惑だとやって来たのは、孫市だった。彼女もまた、家康からしたら何を生業としているのか分からなかったが、今この瞬間はまるで救世主のように映った。三成が険しい表情のまま黙りこみ、彼女を睨んだところで全く効果はない。
何故揉めている、と今度は家康に訊ねた孫市の判断は正しかった。まずは騒がしくしたことを詫び、家康は経緯を素直に説明することにした。途中、もしかしなくとも他にこの近隣に暮らす面々にもこの騒動は気付かれているような予感もしたが、家康はそれを口にはせず、胸にしまう。
「徳川、お前が作って石田に分けてやればいい」
一から十まで説明した結果、孫市はまずそう言った。反論しようとした家康だったが、孫市は自分よりも三成のことを知っているのではないか、そして、もしかしたら三成は簡単な料理すら出来ないのではないかと気付く。
「三成、もしかして料理下手なのか」
「知らん」
恐る恐るの問いかけに対する三成の返答は、しかし自身のことのはずがいたく他人事のようだった。
「知らんって」
「石田、お前は料理をしたことがあるか?」
「その必要がどこにある」
嘘ではなかったらしい。が、それはどうなんだと家康は呆れた。確かに出来合いのものを買えば済むのだが、一人暮らしで節約を覚えた家康にとって、それは全く違う価値観だった。
「
……
分かったワシが作るよ。一応三成のものだから、お前の」
「貴様の部屋でやれ」
部屋で、と言いかけたところで三成に遮られた。再び堂々巡りの押し付け合いに進みそうな方向に転換させそうな彼に、孫市までも呆れている。家康は、自分が折れるしか話を収束させる道がないことを悟ると、盛大な溜め息をついた。
実のところ、三成は正当な理由をもって断っているつもりだったし、先の問答でそれを説明した気になっていた。何より家康や孫市どころか、他人を部屋へ迎え入れたくない、というのが三成の考えだった。彼は部屋へ人を招いた回数など片手でも余る。辺りが薄暗がりの中、三成はやはり黙ったまま、パンの耳の入った袋を家康に突き出していた。そろそろ放り投げてでも押し付けて帰ろうかと思いながら。
「分かった、ワシがやるから、三成もうちに来ればいい」
「賢明だな。また騒がしくするようなら、苦情を言うがな」
ようやく家康が袋を受け取り、添えた言葉に、孫市は事態の収束を見て踵を返していった。後でお詫びに分けようと考えながら、家康は孫市の後ろ姿を見送り、視線を戻す。と、三成はさっさと自宅に入ろうとしていた。
「おい、三成」
「着替えるだけだ。貴様は先にやっていろ」
慌てて声をかけた家康にそれだけ告げると、三成は玄関を開けて中へ入ってしまった。やれやれと肩を竦めた家康は、くすりと笑みを溢しながら、先ほど三成が入っていった扉の隣にある自宅の玄関へと足取り軽く向かっていったのだった。
20130405 10:50 追加
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