キッチンでほうじ茶を淹れている、アカネの横顔にはまだジャック・オ・ランタンのフェイスペイントが見える。じきに万聖節の前夜、ハロウィーンの晩だ。
昼間、ブラックとアカネはさとしとバニラちゃんと一緒に商店街で動画の撮影をしていた。
ブラックの魔力で子どもの姿になり、近所で売っているお菓子を全種類買って開封するという、さとし発案の他愛もない企画だったのだが、振り回され役としてさとしだけを元の姿のまま残したことでなかなかの絵が撮れた。自分がやりたいと言い出した企画で泣きを見るさとしの顔は、何度撮影しても飽きることがない。
せっかくなので仮装もした。ブラック扮する黒猫と、アカネのジャケットに短パンスタイルの魔女のコスプレはどの店でも可愛いらしいと褒められた。
「アタシの服にも猫の手マークがあるよ、おそろいだな!」とお尻のポケットについている肉球のアップリケを見せながら、子どもになっているせいか素直に笑いかけてくるアカネに、やはり子どもの姿のブラックは肩を跳ねさせてしまい、この時ばかりはゾンビに仮装したさとしもニヤニヤと含み笑いをされた。
生意気なのでその後はさとしの顔色が本当に死人のものになるまで、うんと手を焼かせてやったけれども。
しかし、やはり今回の動画の主役はバニラちゃんだろう。背中の羽根を黒く染めて小悪魔の真似をしながらお菓子をねだる様子は、まるでこの風習が彼女のために生み出されたかのようなハマり具合だった。
スプーンの代わりにハリボテの大きなフォークを持ち、しかしお菓子を前にするとそんなもの必要ないとばかりに次々と口の中へ吸い込んでいく。バニラちゃんは普段以上の大人気で、撮影に居合わせた人達はみな目を奪われていた。
一軒のドーナツ店でバニラちゃんが面白いことをした。ドーナツをアカネの角に引っ掛ける真似をして「おそろいです〜」と微笑んだのだ。人だかりから可愛い!と歓声が上がって皆がどっと笑い、アカネも注目を浴びて照れくさそうに顔をほころばせていた。
さとし一人が「食べ物で遊んじゃ駄目だよ〜」と情けない声を上げていたが、その表情もどこか楽しげだった気がする。
***
ダイニングの隅で熱く濃いコーヒーを飲みながら、ブラックはその時の自分を思った。子どもの思考を落とし込まれた自分は、咄嗟にこんなことを考えていた。
──アカネさんとおそろいなのはオレちゃんです、とらないで下さい。アカネさんが好きなのはオレちゃんのはずなのに、アカネさんをとらないでください──
おかしいほどに狼狽し、子どものブラックは他にアカネと自分を繋ぐものを探した。魔王であり元大天使ともあろう者が、たった一人の天使の子どもと鬼の女のために。
もちろんそんな思考は少しも表に出すことなく、一瞬で頭の深いところへ隠してしまったけれども。だから誰にも気づかれてはいない筈だけれども。
自分がアカネと同じYouTuberであること、そしてYouTuberとしての憧れの対象であることにブラックは無意識に安心していた。安心するようになったタイミングがどこかにあった。しかしバニラちゃんだって同じYouTuberだ。女の子で明るい性格という共通点もあり、今回のような企画には自分より強い。
つきまとわれれば自分は彼女が思い描いているような優しい悪魔ではないこと、都合の良いクリエイターではないことを思って煩わしくなるのに、他の誰かに関心を奪われそうになると穏やかでいられない。本物の子どもだ。さとしやバニラちゃんより小さな男の子だ。
──アカネさん、バニラさんはアナタが助けてあげなければいけないような弱い子じゃないんですよ。それとも、やっぱりアナタのような優しくて正義感の強い人は悪魔より天使が好きなんですか?よりによって、天使から悪魔に堕ちたオレちゃんを追って人間界へ来たくせに。オレちゃんを目標にしていたくせに。オレちゃんと撮影しながら、どうしてそんなに簡単に他の人と楽しそうにできるんですか──
そんな下らない鬱屈が、子どもの姿から元に戻った今も自分の中にあるだろうかと思う。ブラックはそれを躍起になって否定するほど馬鹿になれなかった。だから、自分が今この背中に白い翼を生やしてみてもアカネの歓心は買えないだろうなどと、関係ありそうで無いことを考えてはコーヒーの苦味で思考を逸らす。
「帰って来てからコーヒーばっかり飲んで、よく胃が痛くならないな」
「ちょっと甘いものを食べ過ぎたかもです。口の中が甘くて」
「ほうじ茶の方がカフェインが少ないよ」
ソファに腰掛けもせずカップを離さないブラックを、アカネが気づかってそばに来た。差し出されたお茶に視線だけでお礼を言って断ると、すぐにキッチンへ引っ込んでしまう。
気を悪くしただろうかと思った相手は何か手の先につけて戻って来た。トウモロコシの粉で作られた三角錐に似たスナック菓子。ありふれたその菓子を一つ一つ指に被せている。まるで鋭い爪が生えたよう──には見えないが、アカネがそう見せたいのだろうことは理解できた。
「おや、猫さんですか?」
「違うよ、ブラックの悪魔の爪!これでお揃いだろ」
ブラックは思わずコーヒーのカップを落としそうになった。
もう必要がなかったので。
2023/10/26
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