無窓居室
2023-10-14 09:15:32
2451文字
Public 鬼と悪魔の事情
 

渚にて

サマー特別編の後の設定。
🔧と😈が🐺と👹について話してるだけの話。
終わり方があまり気に入ってないので書き直すかも。


 タローとブラックは夕暮れに海から戻った。暗くなる前にブラックがさとしとバニラちゃんを瞬間移動で家へ送ってしまうと、海の家での食事会は近場のダイニングに場所を移して酒宴の様相を呈しはじめた。
 まずモモが本おじさんの止めるのも聞かず生中を立て続けに干してご機嫌になり、付き合いの良いタローもジョッキを重ねていく。羽目を外す大人達と我関せずのブラックの間で、この場の主役のはずのアカネは助けを求めるように辺りを見回しており、その視線が煩わしいのでレオは外へ出た。月夜だった。

 夜の海は月の明かりを溶かし込むように黒く、寄せては引く波の音は長い唄に似ていた。一人でいるときの方がレオは孤独を感じない。夜と手を繋いでいるような安堵をやっと得て砂浜を歩いていると、不意に背後から声をかけられた。

「お散歩ですか」
「ブラック」

 何でここに、と言おうとして同じことを問われれば自分も答えを持たないことに気付き押し黙る。あの騒がしい飲み会に似つかわしくないイメージもお互い様だろう。そのまま誘い合わせるでもなく並んで砂を踏み、今日のことをぽつりぽつりと話しながら行くことになった。
 話題が途切れそうになったとき、相手の企画の結末を蒸し返したのには一人の時間を邪魔されたことへの意趣返しのつもりがあったかもしれない。

「勝敗に興味はないけど、意外だったな。僕なら優勝は洞窟の探索を提案したさとしにする。色恋で贔屓するタイプには見えないのに」
「おや、悪魔をずいぶんと信用するんですね」
「だから意外だと言ってるだろ。好きな子を落とすための手管ならともかく、何のためにあの子に肩入れするんだ?」

 ブラックは何か考えるフリでもしているように、顎に指を添えて黙ってしまった。何も聞き出せなさそうなのでレオの方から口を開く。

「あの子は苦手だ。少しタローと似てる」
「どちらも赤毛ですしね」

 今度はレオが黙る番だった。言ってろ、という意味を込めて一瞥したがブラックが乗って来ないので、今度もレオが折れることになった。なかなか口が固いということは、上手くつつけば案外中身のあることが出てくるかもしれないと思い始めたのだった。

「やたらに思い切りが良くて前向きなのに、妙なところで自分に自信が無さそうなんだ。そのくせ自信過剰な面もあって傷ついても痛がり方を知らない。自分が太陽だってことに気付かずに、全然別のものを眩しそうに見てる」
「例えばアナタをですか?」
「お前もだよ」

 また沈黙が降りる。この大悪魔を黙らせるのも少し小気味が良くなってきた。

「あの子も気になることを言ってたな。自分には体力しか取り柄がないとか何とか……励ましてあげたつもりなんだろ?それとも有望な後進を守るのは業界人としての責務なのかな。どっちにせよ、悪魔にそんな殊勝な心掛けがあるなんて、本当に意外だよ」

 レオが自ら他人をからかうことは珍しい。柄にもないことをやったみたい気分だった。取るに足りない揶揄の中くらいにしか本音を溢せない、危うさを楽しむ気配が互いにある。

「オレちゃんは実際アカネさんが優勝に相応しいと思ったんですがねぇ。さとしくんを喜ばせるとか論外ですし」
「さとしと仲がいいんだな」
「彼、ヘタレてた方が動画映えするんです」

 嘯く口調には親しさが隠しきれていない。ブラックはアカネを友人と呼ぶが、その響きはチャンネルの共同管理者という事務的な肩書きのさとしにこそ相応しいようにレオには思えた。きっと多くの視聴者もそう感じるように。
 アカネとの関係は、どちらかといえば──。

「お前とさとしは良い友達なんだろうなって気がするけど、あの子とはパパと娘みたいに見えることがあるよ」

 明らかな冷やかしを込めてレオは言ったが、ブラックは視線を黒い海へ投げると静かな口調で語り始めた。声は凪いだ夜の水面のように優しい。

「実はね、オレちゃん昔はそこそこ偉い天使だったんです。魔界に堕ちて悪魔になりましたが、そのときに抜けた羽が地獄に落ちて生まれたのがアカネさんです。だからアカネさんは魔物としての力と魔性を持ちながら、あんなに明るい方なんですよ。……オレちゃんもアカネさんのことは、血を分けた我が子のように思っています」
「嘘だろ」
「カカカッ!バレましたか!!」
「でもブラック、そういう嘘をつく奴なんだな。ロマンチストだね」

 子ども同士のままごとの親子ぶりを見るように、レオは歳に似合わない温和な目をした。タローが自分に執着する理由が血と呼ばれる遺伝上の繋がりならば、ブラックとアカネを繋ぐYouTuberとしての軛は何色をしているのかと思う。
 もしも自分が人間の事故死のような凄惨な最期を迎えたら、タローは真っ先に何に取り縋るだろう。自分達の絆の証である飛び散った血液か、タローが賞賛してやまないこの頭脳か、あるいは精神や魂と呼ばれるものを求めて後を追うのだろうか。
 言葉にしようとはしない考えだ。しかし連想の一部が口をついた。

「もし僕の発明が世界を滅ぼしてもタローは僕の味方でいる気かな」
「そんなことをしたらアナタはタローさんの神様になってしまいますよ。やめといたほうがいいです」

 何気でもないことのように、ブラックは呑気そうに目を閉じながら言う。夜風に靡く髪が心地良さそうだった。

「神様なんていいもんじゃありません」
「なったことがあるみたいな言い方だな」
「危ないところでした」
「お前もあの子の神様にはなってあげないわけだ」
「はい、悪魔ですから」

 開いた目が月明かりを映して怪しく輝く。

「うんと甘やかして太らせてから食べてしまおうと思ってます」

 悪魔は嘘をつかない。しかし真実も決して語らない。
 下手くそなままごとの作り物の料理を食べさせ合って、どちらも太れない自分とタローを想像し、少しだけレオは笑った。


 2023/10/14