無窓居室
2023-05-07 08:03:56
2954文字
Public 鬼と悪魔の事情
 

Sweet Spring

😈が👹のことを考えながら甘いコーヒーを飲む話。話し相手は📷ちゃんで👹本人は出てきません。
何か春らしい話を書きたかった多分。

「好きな人にとる態度の違い」https://www.youtube.com/watch?v=503Y2fZqIvQ というショートのすぐ後の話という設定です。(3ヶ月も経ってからアップしてるぞ大丈夫か!?)

「可愛いですね……やっぱり可愛いです。この青鬼ちゃん!」
「そっちかい!!」

 いつものやり取りが済んでアカネや青鬼ちゃんと別れたブラックは、カメラちゃんと共に商店街の外れにあるカフェに足を向けた。
 イートインで注文した品を受け取りテラス席へ向かう。まだ風の冷たい時期でテラスに他の客の姿は無かったが、向かいの花屋には既に春の花が溢れ、その隣のブティックには花びらを集めて仕立て上げたようなパステルカラーの春物ばかりがディスプレイされていた。
 ブラックの手元のマグカップにはとろみのある黒い飲み物が入っている。この店のチョコレートコーヒーは牛乳やクリームを入れないところが気に入っていた。今は甘みの強いものを飲みたい気分で、チョコレーシロップを二杯分追加してある。滑らかな陶器の縁あたりにまでこっくりと満ちるコーヒーを、ブラックは器用に少しも溢さずかき混ぜた。

「じっ、じっ、じーっ?」
……ん?ああ、そのことですか」
「じーっ、じじっ。じーっ」
「そうですねぇ、オレちゃんも考えていたところです」
「じー!じじー!!」
「カカカッ!そんな心配はいりませんよ。でも、ありがとうです」

 好きな飲み物を片手に相棒と語らう、動画制作を別にすればブラックにとって最高の時間だ。コーヒースプーンで掬った飲み物を、空になったチョコレートシロップの容器に二杯、カメラちゃん用として取り分ける。それから自分のカップに口をつけたブラックは、少し思案してからカップを置いて手の中にあったコーヒーシュガーの袋を切った。念のためにコンディメントバーで多めにもらっておいて良かった。
 三袋分を続けてチョコレートコーヒーに入れる。口元にコーヒーをつけたカメラちゃんが呆れたように「じっ」と呟くので、ブラックは肩を竦めた。かき混ぜても溶け切らない砂糖がざりざりとカップの底で音を立てる。今は甘いものが飲みたい気分だった。本当に。

「じっ、じっ!」
「アカネさんのことですか?ええ、好きですよ。多分ね。だからどうする、というのは今のところ決めてませんけど」
……じー……
「気になっているならさっさと手に入れて、その後どうするか決めたらいい?確かに、一理ありますね」

 ようやく求める味になった飲み物を堪能しながら足を組み、顎に手をやる。真面目に考え事をするときのポーズと、放埒な笑顔。どちらもこの問題に対するブラックの本心だ。
 カメラちゃんの言う通り、ブラックが本気で攻勢をかければアカネはきっと靡く。というよりも抵抗できないだろう。家業を放棄し生まれ故郷を飛び出してきたアカネにとって、ブラックチャンネルの動画は唯一の道標だったはずだ。それが今ではブラック本人への憧れになり、あまつさえ友情まで結んだ気になって、悪魔に全幅の信頼を寄せることに何の疑問も持たなくなっている。そもそも父親と仲違いしているアカネが、ブラックに対して第二の庇護者のような親しみを感じることは自然な成り行きだったと言える。思春期の女の子がそれを恋と混同していくことも。

 風が強くなってきた。少し先にマンション群があるせいか、この辺りでは時おり激しく風が吹く。ブラックはカメラちゃんとカップを手元に庇った。するとカップの中身はもとよりソーサーに置かれたコーヒーシュガーの丸めた紙までが、まるでそこだけ風が止まったようにぴたりと平静さを取り戻した。飲物の表面は少しも波立たない。
 また一口それを含んで、ブラックは楽し気に思案した。もしもブラックがその気になれば、アカネは蛇に睨まれた蛙も同然。一呑みにしてやることはわけもないし、一番美味しそうなところ──初恋を抱いたその心臓だけを摘み食いして、後は捨ててしまってもいい。
 レースやフリルで飾られたパステルカラーの洋服が、風に鳴るガラス戸の向こうで震えているように見える。花屋では表に出した花の鉢を店の奥に仕舞いはじめていた。空のバケツが一つ強風にとられて道まで転がり出したので、店員が通行人に詫びながら追っていく。ブラックの髪は一筋も靡かない。

 初対面の印象よりも芯の強い娘だと最近よく思う。心臓の一つや二つ取られたところで、アカネは歪んだり潰れたりするような少女ではない。だからうんと弄んでやっても別に問題は無いのだ。彼女ならすぐ別の誰かを、もしかするとブラックよりも相応しい人物を模範とし、別の友人を作り、別の恋もするだろう。それで良い。良いが、ブラックにとって面白くはない。
 いくら傾倒してもアカネはブラックに依存しなかった。恋しても崇拝することがなかった。ブラックのすることでも間違っていると思えば拒否し、弱味を見せれば幻滅するどころか自分を削ってでも助けようとした。その芯の確かさの土台を、今少しばかり観察したいと思う。

 ブロカント調のブティックのドアが煽られて激しく軋む。開店中を意味する開いた扉がとうとう閉ざされて、ドアノブに掛かっていた「OPEN」の札は窓の中に貼り出された。花屋は商品を奥に退避させたが強く風が吹き込むたびに花弁が吹き飛ばされて、淡い色ばかりのそれは青い屋根によく映える。
 店内からテラスへスタッフがやって来た。おそらくテラス席を閉めたいのだろう、とブラックは優雅にチョコレートコーヒーを飲み干して立ち上がる。風に少しも難儀した様子のない客に、フロアスタッフは不思議そうな顔をした。
 丁寧にごちそうさまを言って冒涜的な仕打ちをした飲物のカップを渡す。コーヒーカップは溶け残りの砂糖どころか飲み物が入っていた形跡すら見えず、磨いたように綺麗になっていた。

 帰り道、そろそろ頃合いとでもいうようにブラックは小さく指を鳴らした。カメラちゃんを守るように手の中へ包み込むと、一瞬後には街を吹き抜ける強風がブラックにも容赦なくぶつかってきた。

「大丈夫ですか?カメラちゃん」
「じーっ!」
「春風です、吹かれて行きましょう」

 相棒の許しを得て、逆巻く春の空気の中を歩き出す。駅前ではビルが風を切って獣の吠えるような音を響かせていた。
 もしも自分に人間達が愛と呼ぶ感情があるなら、自分はアカネに愛されたがっているだろうか?とブラックはしばしば考える。悪魔が何の見返りも求めないことはあり得ない。自分がアカネを愛しているなら必ずアカネに愛されたいと欲する気持ちがあるはずなのだ。
 けれどもそれを確かめる前にからアカネはブラックに初々しい好意を向けてくる。人の欲望ばかりを満たすだけ満たして利用してきた悪魔の手は、ありふれた優しさを受けそこねて溢す。こんな些細なものでさえ、正しくは持てない。圧倒的な優位と引き換えに決め手を奪われた関係は、例えばどちらも上がれないテーブルゲームであり、王手の無い盤上遊戯だった。

「別に、だからどうって事もないんですけどね」

 風に髪を吹き散らかされながらブラックは嘯いた。ただ、時たま酷く甘い飲み物が欲しくなるだけ。暴力的な強い風に揺さぶられてみたくなるだけ。撫で付けた髪にいつの間にか花弁がひとひら絡んでいたので、ブラックは笑ってそれを見たがる助手にあげた。


 2023/05/06