無窓居室
2023-02-09 02:30:18
3654文字
Public 午餐 その後
 

間食 その他

午餐 その後 の続き。
原作寄り(と言い張る)😈👹が殺し合い手前らへんでイチャついてます。怪我とキス描写があるので注意。

 
 鬱蒼とした森の木々が吹き飛ばされ、土煙が上がる。慌てて飛び去る四枚羽根の鳥や、首の二つある蝙蝠など小型の幻獣たち。倒れかかる大木の影を避けながらアカネは戦いの相手の様子を探った。
 元がきさらぎ駅の森に棲む鬼であるアカネは身のこなしが素早い。まるで木の枝が道を譲り、岩だらけの地面が走るのを助けているかのように。しかし悪魔の方も遅れをとる気配はない。木々や地面の凹凸に身を隠したまま、黒い影のように追って来る。そう簡単に背後を取られるアカネではないが、振り切るのは難しそうだった。

「!!」

 深い緑の奥の乏しい木漏れ日に紛れて、視界の端で光るものがあった。それを目で捉えるや否や近くの木の幹を蹴ったアカネが空中で身を翻らせる。

「お見事です!」

 振り下ろされた鎌の側面をアカネの拳が弾くのと、ブラックが叫ぶのとはほぼ同時だった。悪魔の姿はすぐに消え、楽しげな笑い声だけが耳に残る。癪に触る声だ。アカネには飛行能力がない。上空高くから攻撃を打ち込むこともできるはずなのに、ブラックは頑ななほどにアカネに有利な森の中での近接戦に拘っているように見えた。
 いわゆるゲームでいう〝縛りプレイ〟のつもりかとアカネは舌打ちする。こんな舐めた真似をされてただ勝つだけではつまらない。身も心も徹底的に打ち負かして泣き顔を晒させるまでは腹の虫が収まりそうになかった。

 猛スピードで後ろへ飛んでいく樹木の影のわずかな違和感をアカネは見逃さない。不自然にざわめいた一塊の枝を蹴散らすと、その向こうにはたして六人のブラックが現れた。全員が同じ笑みを浮かべて迎撃の構えを取る。しかし何度かこの技を見たことのあったアカネは正確に一点を狙った。振り抜いた拳に気味の良い手応えがある。全力の正拳突きが悪魔の本体を違わず捉えていた。

「ガッ……!!」

 拳の威力がブラックの体を宙へ打ち上げる。天蓋のような樹海の枝々を突き抜けた先の空は抜けるように青かった。シャドウ達はその攻撃を避けるまでもなく溶けるように消えていき、悪魔の口から溢れた血がアカネの半身を汚した。

 予想した通り、相手が墜落してはこないのでアカネは近くの大樹に駆け上った。ブラックが上空に留まったまま、翼を広げて獲物を狙う猛禽のようにゆっくりと滑空を始めるのが見える。ようやく本気になったらしい。目が合うと微笑まれたので笑い返してやった。
 間違いなくアカネの攻撃に胴を抉られ夥しく吐血したというのに、悠然と飛ぶブラックにはすでに負傷の気配がない。アカネと長時間の戦いを演じた後でこの回復力が彼本来の身体能力だとしたら鬼をはるかに凌ぐ生き物だし、何らかの魔法による補助や治癒だとしたらその魔力は無尽蔵に思えた。
 ブラックがこの力を全て攻撃に注いだときを想像して、アカネは初めて背筋に冷たいものを感じた。しかし戦意は少しも衰えない。どうせそのときがすぐに来るのだ。応じるほかない。
 ブラックが鎌を構え直した。狙いをつけられたことが感じ取れる。明らかに撃滅の意図を伴った急激な降下。振り上げられた刃は込められた魔力の強大さに呼応するように稲妻に似た光を湛えていた。今までの攻撃とは何もかもが違う。
 ブラックの下顎は先ほど吐いた血に汚れたままで、それに少しも染まらない歯が笑った形の口に鋭く並んでいる。全てが黒い姿の中でそれだけが執拗に白い。翼で風を切り迫り来る形相は、現世と異界の間に生きるアカネの目にもこの世のものとは思えなかった。アカネはブラックの瞳の中に、彼が長年眺めてきただろう魔界の炎を見た。

 自然体に構えていたアカネは木から降りて両脚を開いた。樹上では足場として心許ない。逆手を引き反撃の姿勢を取る。全力で迎え撃っても命は無いかもしれないが、何もしなければただ死ぬことになる。それだけは我慢ならなかった。アカネの脳裏に焼きつきそうに燃え盛る、あの両目だけでも潰してやらないことには。


 攻撃がぶつかり合い、衝撃の余波が辺りを薙ぎ払った。


 周辺の木々が根こそぎ消し飛び、地面は蒸発して岩が剥き出しになっている。アカネ自身も爆心地から吹き飛ばされ、焼け焦げた木立の間に倒れ込んだ。だが意識はあるし立ち上がることもできる。首尾としては悪くない、と思っていたところにブラックがやって来た。
 見た目に怪我ひとつ無く、優雅な足取りで近づいて来るのでアカネは鼻白む。アカネの羽織っていたパーカーはボロ布のようになり、それが辛うじて引っかかっている上半身は傷だらけだった。ブラックの鎌とぶつかった右手が甲から肘まで縦に裂けて、足元に血溜まりを作っている。

「まさか鎌を折られるとは思いませんでしたよ」
「A魔zonで買い直す?」
「あれはオレちゃんの魔力で生成してるんです。今は無理ですけどね。戦いに力を使い過ぎました」

 小馬鹿にした問いかけにもブラックは律儀に答えてくる。そして恭しい仕草で傷ついた方のアカネの手を取った。掌から先は潰れて原型を留めていない。アカネがされるがままになったのは腕を引いて拒むだけの自由が利かないせっだった。
 ブラックが傷に視線を落とした瞬間、アカネは幻視のように川のイメージを見た。続いてその川の水が堰き止められて湖になり、水面が凪いでいくのを。ブラックがアカネの肉体に命じて出血を止めようとしているのだと気付くのに時間はかからなかった。
 ブラックの魔力に恭順して、アカネの血液は傷口の内に留まり裂かれた細胞同士が癒合しようとするのが分かる。生命の危機から脱しつつある体が勝手に支配を悦び、背骨の内側を快楽に似た怖気が侵した。まるでマスターSとの戦いの終盤、ブラック・サバトで無理やり凶暴化させられたときのように。

……

 突然、アカネがブラックの胸を突き飛ばした。術の行使のために無防備になっていたブラックはよろめいて後ずさる。繋がりかけていたアカネの腕が再び二つに分かれて血が溢れ出した。

これ、反抗的な人に使うには大変すぎるやつなんですがね」

 珍しく苛立ちの見える口調にはさすがに疲労が滲んでいて、アカネは溜飲が下がる思いがする。興奮で早まった鼓動に合わせて滴る血はとうにスニーカーを浸していた。

「得体の知れない男にそう何度も体を弄られる趣味ないよ。余計なお世話だ」
「鬼さんだけに古風ですねぇ、素敵ですけど死にますよ」
「それがどうした」

 もう日暮れなのか失血のせいか視界が暗い。一瞬アカネはブラックに抱き止められたことが分からなかった。その口で唇を塞がれたことも。

「──!!」

 悪魔の舌が口内をのたうつ蛇ように侵入してくる。咄嗟に牙を立てて噛み千切ると濃い鉄の味が噴き出した。鬼にとっては堪らない魅惑的な味わい。それだけではない。吐き出す先のない血を飲み下すたび消耗した体に力が戻っていく。命を飲んでいると感じる。ブラックは意図的にアカネに自分の血に溶かした生命力を与えていた。

「ふ、ぅ……ッ──ンン!」

 半ば千切られているはずの舌は歯列を内からなぞり、口中をくまなく蹂躙した。これ以上自分の肉体にブラックの干渉を許したくないのに、腹の奥からさっきとは比べ物にならない快感が突き上げてきて、一気に背筋を抜け脳を揺らす。喉を鳴らして体をがくがくと戦慄かせ、やっと解放されたときには腕だけでなく全身の傷が大方塞がっていた。

「身持ちの固い女の子って男心をそそりますよ……ご馳走様でした」

 与えた側のくせにふざけている。射殺す勢いで睨みつけたがブラックはどこ吹く風のようだ。そのまま踵を返して悠々と立ち去る。
 ……かのように見えた瞬間、その場にくずおれるように蹲ったので、アカネは呆れて思わず目元から険を除きまばたいた。
 
「何やってるんだ」
「カカカッ……なんでしょう?」

 笑っているのは自分の滑稽さか、いつもの笑顔も蒼白に見える。戦いにアカネにかけた治癒の術の反動に与えた血の量。限界を迎えるには充分すぎる負荷ではあったが、この男が弱みを見せていることにどうも現実味が無い。しかし演技のようにも思えなかった。

「少し眠ります。上手くすれば動けるようになるでしょう」
「下手すればそのまま死にそうだね」
「そうでしょうか」
「死ぬぞ」
「かもですねぇ」

 軽妙な語り口のまま、悪魔は言葉を切り瞼を下ろした。頼りない呼吸のように肩が微かに上下している。アカネはしばらくその様子を眺めていた。今にもブラックが「本気にしました?」などと言いながら何食わぬ顔で起きてくるような気がした。 
 しかしいつまで経ってもその気配がないので、渋々ため息をつきながらブラックの体を持ち上げると、狩人が獲物を運ぶように肩に担いでその場を立ち去ることにした。陽が落ちきり、辺りが冷え込まないうちに。


 2023/02/09