ぽふむん
2023-06-10 22:27:44
4096文字
Public ワンドロ
 

氷の蓮葉

#童しの版深夜の真剣物書き60分一本勝負

「壺」「待ち時間」をお借りしました。
氷柱if、玉壺刀匠ifです。

潜入捜査の為、迎えに来てくれるのを待っていたら担当刀鍛冶の玉「壺」がやってきて・・・
単なる世間話なのに変な方に話が行っちゃいます。

オチに名前だけ分裂鬼くんが出てきます。

玄関に設えられた身だしなみチェックのための鏡をのぞき込む。
寝癖なし。お化粧バッチリ。
自分にとって最高の笑顔を作ってみる。
良し
こんなことをもう何回繰り返しているだろうか。

「あの・・・しのぶ様?お約束の時間にはまだ一時間もあるので奥でゆっくりなさっては」

アオイが言いづらそうに声をかけてきた。
迎えに来てくれることになっている。
その時間まで待っているのだが、落ち着かない。

「良いんです。先に事前打ち合わせもすると言ってましたから、すこぅし早く来るかもしれないでしょ」

「あのぉ・・・事前打ち合わせも含めて・・・の時間設定のはずでは?」

はぁう!
しのぶは頬を染め、嘘くさい笑みを浮かべた。
「え・・・えぇ・・・違う・・・違うのよ。あはは」

「まぁ、いいですわ。では、私は晩ご飯の支度がありますので。しのぶ様は万世様と潜入先で召し上がるということでよろしかったですね。」

「え・・ええ、ごめんなさい。アオイ」

まるで遠足前の園児のようだが、身なり等、細々したことが気になってしまい落ち着かない。

逢い引きデート

そんなものはもう何度となくしている。
浅草凌雲閣、上野不忍池をそぞろ歩いたり。
だが、今日は私的な逢い引きでは無い。
私娼と商家の若旦那の逢い引きという設定。
俗に言う出会い茶屋ラブホテルへの潜入捜査。
その特殊設定に胸が高まり、前の晩からソワソワソワソワ落ち着かなかった。
周囲は、今までそのような場所には入ったことが無かったという事実にいたく驚いていた。

見た目が軽薄なだけで、周りが思うほどにいい加減な男では無い。
その実は真面目。

あの男は、本気で怒っているのかどうか疑わしい調子で憤慨していた。
その姿を思い出し笑みが浮かぶ。

───酷いなぁ、皆。そんな誰がどんなことしているかわかったものじゃないところに、かわいいしのぶちゃんを連れていくわけないでしょう。───

そんな真摯な言葉に周りはそれはそれは驚いていた。

別にそういう行為がない訳では無い。
だが

───ちょっと危険な雰囲気もドキドキするものなんですね。───

そういうお年頃である。

妙な好奇心で昂っているなんてことがバレてはいけない。自分がどんな表情をしているか、もう一度鏡をのぞき込んでみた。
すると、自分以外の顔が背後に見えた。

苦みばしった、良人とは違う種類の色男。

この男をしのぶは知っている。良人担当の刀鍛冶

玉壺

珍客の登場にすっと昂りが収まる。

「何か御用でしょうか?」
「ひょひょひょ。新しい鉄扇の調整が終わりました故、お届けに上がったのですが、お留守でしてねぇ。産屋敷邸に行ったあとこちらへ向かうと伺いましたので参ったまでのこと」

良人が時々言っている。
この笑い方と話し方がなければそれなりに美声でいい男。
いわゆる二枚目半残念なイケメン

その通りだと思う。

言い得て妙な評価なのだが、人のことを言えたギリでは無い。あの男も二枚目半残念なイケメンであることに差異がない。

ある意味似たもの同士だ。それがしのぶのこの2人に対しての評価。

その言葉は、そっくりそのまましのぶにも跳ね返るべき評価でもある。しかし、しのぶはそのことに気づいてはいない。
しのぶも「ある意味」二枚目半天然ボケの美少女なのだ。

「その鉄扇、お預かりしますか?それとも、本人が来るのを待ちますか?」

まだ約束の時間まで一時間はある。
仮に早めに来てくれたとしても限度はあるだろう。

「貴女にこの重さが耐えられるものですか。だがそれも良い。本人の評価も聞きたいところですが、一度持ってみますか?重いですよぉ、間違っても落とさずに・・・ひょひょひょ」

風呂敷に包まれた物が渡される。落とさぬよう着物の袖に手を入れ肘から下で抱え込む様に受け取る。

ずっしりと重い

「うっ」
必死で耐える。対の扇だから重いのは覚悟はしていたが、これを振り落とすようにして開くのだから恐れ入る。
やはり筋肉量が違う。

感心していたら
「もう一柄」
「えっ」

ずしぃ

「ひえぇ」

思わず膝を付きそうになる。
一柄だけであの重さだったものが一対になると、体が地面にめり込むような錯覚すら覚える。
この一対の鉄扇を軽々と振るうあの男。
抱きしめられている時も感じてはいたが、ここまで筋肉量が違うのか・・・
「あわわわわ・・・助け・・・おも」
「えーおっほん。ところで、話は変わりますが、ワタクシ近頃絵画も嗜んでおりまして」
「は・・・はぁ」
重みによろめきながら返事をする。
置きたいが、刀掛けならぬ鉄扇掛けが無い。
軽々しく床に置くものでは無い。
一柄預かりましょう・・・と、玉壺はしのぶの手から鉄扇を受け取る。
この時しのぶは鉄扇の重さに気を取られ気づいていなかった。
受け取った鉄扇を『誰かに受け渡した』ことに
───お・も・い~。なんで一対共に持ってくれないのよ───
そんなしのぶに構う様子もなく、玉壺はウキウキと語り出した。
「今の主題は春。ぜひ童磨殿と貴女にモデルになっていただきたく・・・」

ピンと来た。

春、絵、モデル。
つまり春画。
───誰がやるか クソ野郎───
「お断りします。こんな嫁入り前のウブな生娘に、そのようなものできるはずもないです。はしたない。これでも私、あの人からそれは大事に扱われてますのよ」

うふふ

良人の一双の鉄扇を抱きしめながら、自分でも気持ち悪いと思うくらい嫋やかに答えた。
「・・・呼吸をするかの如く大嘘を吐かれましたな」
あんぐりと、開いた口が塞がらないといった風情の玉壺。
「大事に扱われているのは存じ上げておりますが・・・ぬぁぜ春の絵画のモデルと聞いて『ウブな生娘』という言葉が導かれるのでございましょう?ねぇええ」
含みを持たせた、実に嫌味な口調で問い詰められる。
「えっ!!だって、もう初夏を過ぎ梅雨にさしかかり」
「絵はあくまでも趣味。本業の合間にこれから下絵を書きはじめたとして、色を塗り重ね・・・仕上がり、発表できるのは初春でございましょう。
ぬぁにを想像なさったのでございましょうねぇええ」
「ほぇ?」
いやぁな汗が背中を伝う。
どうしよう
どうしよう

(ん?・・・・あーなるほどね)

鉄扇の重さと、失言してしまったことへの動揺で、小さくつぶやく『第三者』の声があることにまたもや気づいていない。
玉壺がニヤリと笑う
「噂は本当のようですな。存外に娘の方がスケベで天然で押しが強いようだと言うのは」
「だ・・・誰がそのような!まさか童磨が?」
「いぃええ、童磨殿は一言も?里も娯楽がすくのぅございまして・・・他の刀匠達の噂でございます」
本当にいやらしい笑い方をする男だな。
しのぶはイラッとするのをこらえる。
身から出た錆であるのもそうだが、この男は良人の身を守る武器を作るパートナー。
粗略に扱ってはならない。
落ち着くためにひとつ息を吐く。
「まぁ、男と女の間のことのような猥雑な事はどうでも良いでしょう。
それより、どうでしょう。最近零れん限りの白桃に練乳をかけた物を壺のような器に・・・」
皆まで言わせる前にしのぶは静止した。
「まぁた、流れる様にいやらしいお話を・・・」
思いっきり侮蔑の表情を浮かべて見せたが
「ひょ?かき氷の何がいやらしいのでございましょうか」
予想だにしない反応を返され思考が停止。


か・・・かき氷?

かき氷って・・・何

なぜそんなにキョトンとしている?

かき氷

明らかに日本語なのだが、聞いたこともない異国語を聞いたかのように何度も反芻する。
「桃って当たり外れがあるでしょう?ハズレであまり甘くない桃を蜜に漬けかき氷の上にのせ、さらに練乳をかけて・・・女子好みの甘味として良いアイデアではありませぬか・・・ねぇ、童磨殿?」
え?
振り向くと、新しく鍛え直した鉄扇を矯めつ眇めつしながら、笑いをこらえる童磨の姿があった。
「きゃぁ!童磨!貴方いつの間に来てたんですか?」
「ぷっ・・・くくく・・・ぎ・・玉壺と絵のモデルの話してた時から・・・はぁ・・・早く着きすぎたかと思ってたけど、君たちの会話があんまりにも面白いものだからずっと聞いてたんだぁ」
本当にしのぶちゃんって面白い子だなぁっと、笑いをこらえすぎて呼吸を乱している。

パチン

鉄扇を閉じ腰に指し、残り一柄をしのぶの腕から受け取り再び点検を始める。
「玉壺ぉ。いい発想だねぇ。あんまり美味しくない桃でも練乳かければ美味しいかもねぇ。あはははは」

ジャッ
ちゃきん
ギリギリ

鉄扇の点検をしながら、童磨はケラケラ笑う。
「しのぶちゃん・・・もしかして勉強と称して官能小説まで読み始めた?やっぱりむっつり助平だよねぇ。あはははは」

パチン

鉄扇を閉じ、腰に指すとしのぶの肩に手を置いて 指先でトントンと肩を叩く。
やっと、何を想像したのか察したらしい玉壺が「聞きしに勝る下品な娘」だの「今どきの若い娘は」だの「こんなとこに居るからこうなる」だの、口の中でぶつくさ言っている。

───黙れ!かき氷に練乳や蜜を絡めた桃をあしらうなどという、顔に似合わないことを言うお前が悪い!───

責任転嫁しようとしたが、誰よりもしのぶの本性を理解する良人によるとどめ
「本当にウブな生娘は、桃と練乳の組み合わせでスケベな連想なんかしないものだよぉ。俺もそんなこと教えた覚え・・・ないよ。さぁ、何を読んだのかなぁ。後でゆぅっくり聞かせてね」
唇を耳元に近付け囁くように言うものだから堪らない。
真っ赤な顔で口をパクパクさせ、黙りこくるより他ない。
「よかったねぇ。相手が玉壺で」
「左様でございますなぁ・・・ひょひょひょ」
二人の脳裏には一人の少年の姿が浮かんでいる。
あの少年なら、確実にこう言うだろう。

なんぞ、この蓮っ葉女。カマトトぶるでない。