さちこ/Sharia
2023-12-16 14:52:20
8840文字
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旅路

6.0後

ちがう。
ナナモちゃんは生きてる。誰も死んでいない。
わたしを捕まえるだけならよかった。ナナモちゃんが生きていることは彼女のミストが尽きていないからわかったことで、他種族しかいない銅刃団にはわかりようもなかっただろうから。
でも、なんの関係もないミンフィリアたちを巻き込んだ時点で、わたしの行動は決まった。

無理矢理縄を引き裂き、近くの兵に足蹴を喰らわせる。
アイメリクにカヌエ、メルウィブ。ラウバーンはどうやら怒りでこちらが見えていないらしい。とにかく冷静な三人から頷きが返ってきた時点で、わたしは暁のみんなを逃すことに専念した。

それでも、結局外へ逃げ出せたのは自分とミンフィリアだけだった。そのミンフィリアも、もう出口だと言うところで急に立ち止まって。

「呼ばれているの」

そう何度も繰り返し、ふらりと歩き出す。
思わずその腕を掴んで、引っ張り、肩を揺さぶる。

「わたしはきみの理想についてきたのよ!? きみがいない暁なんて、」

それ以上はダメだといいたげに、彼女はわたしの唇へと指を当てた。
あぁ、また手からこぼれ落ちて行く。大切なものがどんどんなくなって行く。
きっと帰ってくる。そう約束して、ミンフィリアは地下水道を引き返していった。







君は酷く焦燥した様子で、シラディハ遺跡から飛び出してきた。
体だって傷だらけで……いや、それは私が無茶をさせた傷も数多くあったから、あの夜に負った傷はあまり多くはなかったのだろう。何せ君は神殺しの英雄だ、一般兵など相手にもならない。
とにかく、走り寄った私を一目見た途端、酷く安心したように眉を下げて、ボロボロな君は傷ひとつなく脱出した私を大きな体で抱きしめた。

「無事でよかった……!!」

ただ、そう一言呟いて。
君は私にツンツンと反抗的な態度を取っていたから、当時の私は愚かにも君は嫌々私に付き合っているのだと思っていた。少しミスをすればチクチクしばらく突いてくるし、すぐに嫌味を言うし。
長い旅の中で、他人と深い繋がりを持とうとしなかった君のコミュニケーション能力が低いのは当たり前の話だ。ただ、当時の私はあまりにも無知で、ずっと隣にいた君の事すら知ろうとしなかった。それだけだ。

括りグセの残る解けた髪が、チョコボ・キャリッジの切る風に合わせて、綺麗に靡いていたのを覚えている。
君はエオルゼアに来たばかりの頃乗り合わせたという商人と親しそうに話をしていたが、私の腕を握る手はずっと細かく震えていた。それこそ触れなければわからないほどだが、ずっと、ふるふると。
当たり前だ。君は二度と会えないと思わせるような別れをしてきたのだから。
それでも気丈に、いつも通りに過ごそうと貼り付けたらしい、いつも通りの微笑み。あれが初めて君の笑顔を嘘くさいと思った瞬間だった。

だから、私はエンタープライズに乗っても君のそばを離れなかった。君が深く傷ついているのはわかっていたし、私とてその時はとても一人で居られるような精神状態ではなかったから。
それでもなんだか気まずさを感じて、巻き込んで済まなかったと謝った。君は優しいから、髪飾りを選ぶだけでチャラだと言ってのけた。
思えばあれは君なりの励ましだったのだろう。あの時の白い雪と同じ色をした頬のガーゼと、君の綺麗な笑顔が忘れられない。
きっとあの時、私は分不相応にも君に恋をしたのだ。
今こそ握ってくれているものの、いつかは離れていきそうなこの手をずっと握っていると決めた。
寂しそうな君の心の隙間を埋めたくて、そう決めたのだ。






最初は大嫌いだった。

勝手の人のことを利用して、自分についてきて当然みたいな態度で。性別決まりたてのガキにどうしてわたしが従わなくちゃいけないんだって。
だから、ひどく当たった自覚はある。

それでもめげずに、きみはわたしにしつこく着いてきた。
尊大な態度とってるクセに、置いていくと子犬みたいな顔してわたしの足跡を必死に追ってくる。それ以外にも道は広がっているというのに、わざわざ困難な道を進むわたしの後ろを、きみは一人で必死に追ってきていた。

あぁ、きみも一人なんだ。孤独なんだ。
妹は旅に出て行方知れず。暁のみんなだって、どこか余所余所しい。わたしはもう慣れてしまったけれど、きみはこの孤独に慣れていないんだ。
それなら、同じものを知るわたしがそばにいなければ。
だってまだ幼い子なのだ。どう生きていけば良いかもわかっていない子供なのだ。
もう生まれて90年も経ったわたしと同じものを求める方が酷だと、あの祝賀会の日にうなだれる君を見て、やっと理解した。



イシュガルドは寒い。5年前はここまでではなかったからか、部屋だって冷気がソワソワと気温を下げている。
たどり着いた初日、与えられた部屋はやたら豪華で、落ち着けなくて……外の空気を吸おうと毛布を羽織って外へ出た。
そしたら、寝巻きのままベンチに座って星空を見上げるきみがいた。
風邪を引くからと毛布を小さな肩にかけると、きみはありがとうとわたしの顔も見ずに告げた。礼を言えるだけ及第点といったところだ。

クリスタルブレイブを追われてから、きみはずっと塞ぎ込んでいた。オルシュファンのおかげで多少立ち直ったものの、どうにも夜になると思い出してしまうらしい。
確かに組織を乗っ取られたのはきみの実力不足だ。だが、そこに漬け込んだ悪人の仕業なのだから、そこまで責任を感じなくともいい。
むしろきみは怒るべきだった。怒って、わたしを連れて引き返し、彼らを制圧するべきだった。
そう伝えてもきみはやっぱりわたしを見ずに、ただただ空を見上げて、ごめんと呟く。

だったらしょうがないだろう、手が出ても。
気づいたらわたしの手はきみの頬を思い切り伸ばしていた。
わたしが欲しいのは謝罪じゃない。慰めでもない。きみを襲った理不尽に、わたしは怒りを覚えているのだから。
だからきみも怒り、立ち上がれ。汚い大人のやり方にケチをつけてやれ。綺麗事をぶつけろ。
無茶を言っているのはわかる。でも、きみは強いやつだ。絶対に立ち上がれる、戦える!

……あぁ、そうだね。君がいるんだ、負けるものか」

ようやっと、力強い蒼天の瞳がわたしを映した。





「わたしね、きみの剣じゃなくて矢になりたい」

そんな言葉を聞いたのは、闇の戦士騒動がひと段落した頃のことだ。
曰く、ちゃんと自分の扱い方を知ってほしいと。触れば当たって凶器になる剣ではなく、しっかり狙ってまっすぐ飛ばさねば当たらない、技量のいるものと言えば、彼女の中では弓矢だったらしい。

アリゼーの時は剣だったのに、と少し不満を覚えるが、目の前で優しく微笑んで私を見つめる君の顔を見てしまえば何も言えなかった。

「わたしはきみの矢。だから、きみはわたしの弓」

君の弓。その単語だけで心がどきんと大きな音を立てた。ずっと遠い場所にいた君が、同じ場所に降りてきたような気がしてならなかった。

いいだろう。君と言うじゃじゃ馬を使いこなしてみせる。
そう告げれば、君は満足そうに頷いて、またフラッと石の家から出て行った。あの頃は雲海の空賊と関わっているらしいと聞いた時は心配にもなったが、彼女のことだからきっと問題ない。大怪我をしても、ケロッとなんでもないかのように帰ってくるのが、君だから。





帝国の皇子との決戦の後、また大怪我を負ってしまったわたしは石の家で強制的に療養させられていた。
リセの手伝いもしたかったのに、とぶーたれるとタタルちゃんが怒ってスリプルを引っ掛けてくるのであまり口に出さないようにしている。
わたしがここにいる間、きみは毎日のように戻ってきて、わたしの様子を見て安心したように胸を撫で下ろす。そんなに心配しなくてもいいのに……

「君は目を離したらすぐにどこかへ行ってしまうからね」

そんな夢遊病患者みたいに言わないで欲しい。そこまで自制がないわけではない。
……まぁ戦時中でロクに回れなかったアラミゴとドマをはやくもっとくまなく冒険したいって欲望は出てきてるけど。
きみがたどたどしい手つきで剥いて切った梨をピックに刺してずい、と差し出してくる。右腕は折れてないから自分で食べられるんだけどな。
おいしいかい、なんて聞いてくるから頷けば、きみは満足そうにニッコリ笑った。

わたしの弓は本当に心配性だ。この程度でわたしが死ぬわけがないだろうに。
一番ひどいのが左腕骨折。あとは身体中の切り傷、打撲、火傷くらいだろうか。あの化け物と相対した割に軽傷で済んで良かったと思ってるくらい。
骨折はまぁ、しょうがないけど。他の傷は正直唾つけときゃ治るだろうし、こんなに甲斐甲斐しく世話焼かなくても……

まぁそんなことを言ったらまた強制リポーズを喰らうので、おとなしく与えられる梨をシャモシャモ咀嚼する。きみがご機嫌なうちは、たぶんきっとくらわないだろうから。






正直、きみが意識を失って帰ってきた時は気をやるかと思った。ガイウスにつかみかかって、殴り飛ばすところだった。アリゼーとヒエンに止められたからなんとか未遂で終わったけど。
弓がなければ矢は飛んでいかない。わたしはきみがいないともう飛んでいけない。そんなくだらない考えと共に、大人3人と並んで眠るきみのそばで梨をしゃりしゃりと剥いていた。
フランさんに頼んで実家の木から取ってきてもらったものだ。きみが帰ってきたらこれでシャーベットでも作ろう、とタタルちゃんと話してたらこれなんだから、本当に……本当に、バカな子。

切り分けて、口に運んでもきみは口を開けないから。わたしは一人でさみしく、梨のカケラを齧る。
たまにアリゼーが来て強請ってくるから、少し分けたりしている。早く起きないと無くなっちゃうぞ、なんて言って頬をつついたりもした。
それでも、きみの瞼は固く閉じたまま。

失ってから大切だったと気づく、なんてよく悲劇として描かれているけれど、全くその通りだ。わたしのような大馬鹿は失くすまで気づかない。
もっときみと話をしたい。きみの笑顔が見たい。声を聞きたい。きみがもう二度と目覚めなかったら、なんて考えも過ぎって、背筋がぞっと凍った。
……勿論、サンクレッドも、ウリエンジェも、ヤ・シュトラも、リセも、みんな大切だ。
それでも、きみは特別大切で愛おしくて。

「それを恋というのよ」

クルルちゃんがそう言った。
恋。ママがパパに持った感情。
これが? こんな苦しくて、寂しい感情が? ママがあんなに大切にしていた恋だと、そう言うのか。

あぁ、小娘が知ったら笑われそうだ。「あなた、幼児趣味だったの?」って。
違う、断じて違う。異性の好みなど今までわからなかったが、少なくとも幼児趣味ではなかったはずだ。
だって、きみとアリゼーはまだ性別が決まりたての……いや、同族じゃないから最初から性別は決まっているのか。それでも、まだ16の子供だ。どちらかといえば庇護欲と言った方がしっくりくる。

でも、この感情にクルルちゃんがそう名付けた時から、眠る君がどうしようもなく愛おしくて、今なら口づけしてもバレないかも、とか魔が差したり……いや、やらなかったけど。それこそ変態じゃないか。
必死に自制をして、梨を口に放り込み立ち上がる。

……それじゃ、行ってくるね」

そっときみの柔らかい白髪を撫でて、わたしは未明の間を後にした。




いつしか君は髪を括らなくなった。
出会った頃と比べればずいぶん伸びた紫髪にもう括りグセは無くなっていて、イシュガルドで贈った髪飾りは何か作業をする時にしか使われなくなった。
複雑な機構を持つハープボウの手入れをする君を見つめながら、セブンスヘブンの子供向けメニューであるブドウジュースを啜る。
後頭部の低い場所で光る例の髪飾りを見つめ、まだ使ってくれているという事実に少し喜びを感じる。いや、これ以外髪ゴムを持っていないのかもしれないけれど。

コルシア島の酒場で再開した時、君はあの祝賀会の夜のようなひどい顔をしていた。
ボロボロでこそなかったものの、生気のなかった瞳が私を写した途端にキラリと輝き、安心したように笑い、無事で良かったと抱きしめ、君は静かに泣いた。
随分心配をさせてしまったと申し訳なく思うと同時に、他人と深く関わろうとしなかった君がそこまで私に執着してくれたのが嬉しかった。

後で水晶公に聞いた話によると、彼女は私の名を聞くと真っ先にこちらへ向かってきたらしい。アリゼーの居場所も一緒に伝えようとしたが、話も聞かずに飛び出してしまったとか。
どうやら君は私のことが大好きらしいと気づいたのがその時だった。なんだ両思いじゃないかと拍子抜けしたのも覚えている。

弓の手入れがひと段落したらしい君は戦歌を口ずさみながら、不規則に張り巡らせた弦を弾いてメロディを奏でる。これは確か軍神のパイオンだったか。
簡易的な演奏だったのか、戦闘中に感じるような高揚感は無く、ただただ美しいメロディと君の歌声が酒場中に響く。
演奏が終わった後、君はあちこちからパチパチと巻き起こる拍手に一度立ち上がり、綺麗な礼を慣れたように披露して、弓をいつも通り背のホルダーへと留めた。

「ワイン飲みたくなってきた」
「まだ昼間だよ」
「むう……じゃあそれちょーだい」

すっとジュースを差し出せば、君は何の疑問もなくガラスのコップを煽る。最初は私が差し出したもの全て疑ってかかっていたというのに、すっかり懐いてくれたようで。
すっからかんになったコップを見てあ、と口を開け、君はやってしまったと言わんばかりにしょぼんと両耳を後ろへと倒す。

「ごめん。ゼンブ飲んじゃった」
「いや、私もそろそろ荷造りをしなければならなかったからね」
……あ、そっか。みんなは荷造りいるのね」

忘れてたと言って、君はちらりと視線を自身の荷物へと向ける。いつも君が使っている、細長い麻袋だ。
昔潜った遺跡で見つけたらしく、中には拡張魔法がかかっており、見た目よりはるかに物が多く入っている。古めかしい甲冑が出てきた時はアリゼーと揃って目を丸くしたものだ。

君は旅人だから、常に旅する準備ができている。故に荷造りという概念がなかったのだろう。私たちはシャーレアンへ向かう道中の暇つぶしの本とか、本とか、本とか、魔道具とかをそれこそカバンに詰め込む必要がある。
ヤ・シュトラは自室がわりに使っていた物置からお気に入りの学術書を引っ張り出してきているし、ウリエンジェは家に持ち帰りたいらしい魔術図をがさりと持ち上げているのを見かけた。アリゼーは持っていくぬいぐるみの選定で忙しいようだし、準備がもうできているのは荷物の少ないサンクレッドと君くらいのものではないだろうか。

「この後暇だし、どうせだから手伝うわ」
「いいのかい? 中々時間がかかると思うけれど」
「そこはー……できるだけパッパと終わらせて?」

ぱちん、とウィンクを決める君に仕方がないなと笑い、アリスさんにコップを返して、二人で立ち上がる。

「アルフィノ、優柔不断だもの。わたしがビシッと持っていく本決めてあげる」
「ふふ、そうだね。もう君がいないとずっと迷ってしまって荷造りが出来ない体になってしまった」

石の家へと続く扉に手をかけた君がぴたりと止まる。
どうしたのかと顔を覗き込めば、随分と頬が赤い。ついでに耳の幅も広がり、内側の薄いピンク色の部分が真っ赤っかに燃え上がっている。
……照れている。間違いなく照れている。何がトリガーになったのかはわからないが、やはり君の照れる姿は随分と愛らしい。普段は白いあちこちが真っ赤なリンゴのようになって、思わず食べてしまいたくなる。
そっとドアノブにかけられた君の手を握り、捻る。そうしてようやく君が口を開いた。

「アルフィノ」
「なんだい? シャリア」
「軽率にそういうこと言うのは、おねーさんダメだと思います」
……あぁ!なるほど」

責任、とってくれるかい?

「〜〜っ!! バカなこと言ってないで入る!!」
「取手を握っているのは君だろうに」

バンと勢いよく扉を開き、タタルの「ドアはもっと優しく開けてくださいでっす!」という苦情が石の家に響く。
慌ててタタルに言い訳をする君の声をBGMに、私は真っ直ぐ普段ものを置いている部屋へと向かった。
後少し押せば、優しい君のことだから流されてくれそうだ。いっそ泊まる場所がなければ家へ連れ帰ってしまってもいいかもな、なんて。
本まみれの部屋を後ろからひょこりと覗き込んだ君を見上げ、私はニコリと笑ってみせた。

……きっとお母様も君の事を気に入ると思うんだ」
「え?何の話?」
「いや、ふふ。なんでもないよ」
「すごい……嫌な予感しかしない……

そうだ、まず外堀から埋めてしまおう。
地面に高く積まれた本を持ち上げる君を眺め、そう思い立つ。

繋いだ手はもう離さない。
ずっと隣にいると、そう決めたのだから。







ふ、と目を覚ます。
ぼやけた視界の中、白いふわふわがもいもいと動いている。気になって手を伸ばすと、ぱしりと手首を掴まれ、ぐんと引かれた。
そうして、力の入らない指先に柔らかいものが当たった。普段からよく揉みしだくわたしの弓のほっぺただとすぐさまわかった。
きみが何かを叫んでいる。聞こえる音もどこかくぐもっていて、ハッキリと聞こえない。なんて役に立たない耳だろう。

ぽたり、と顔に何かが落ちた。その何かはそのまま垂れてきて、口端に染み込む。舌に広がるしょっぱい感覚できみが泣いているのだと知った。

泣かないで、愛しい子。
きみが泣いてしまったら、わたしはどうすればいいのかわからなくなってしまう。
必死に指先を動かしてきみの柔らかい頬を拭う。

ふと、身体中を温かいものが包んだ。今にも閉じそうな視界の端に白い髪が映っていたから、きみがわたしを抱きしめたのだと理解した。
わたしもきみの背に腕を回せば、抱きしめる力はグッと強くなった。

ぐずぐずとべそをかきながら、きみが「死ぬな、死なないでくれ」と震えた声で呟くのがようやく聞こえる。
あぁそうか、わたしは死ぬのかと妙に納得がいった。
横っ腹に思いっきり鎌を引っ掛けられたことを今更思い出す。意識が朦朧としているのは出血のせいだろう。

好きだよ、アルフィノ。愛してる。

口にできたかはわからないが、どうせ死ぬならそれくらいは残していきたかった。
ママもパパも、こんな気持ちだったのだろうか。仇を射殺して駆け寄るわたしに、愛していると伝えてくれたのは、想いを残したかったから?

わたしも、残せただろうか。










しゃく、と差し出された梨を口に含む。わたしが死にかけたと聞いて駆けつけたフランさんが持ってきてくれた故郷のやつだ。
おいしい。ものすごく美味しいけど。

「おや、もうお腹いっぱいかい?」
……おなかは空いてる。けど、その、アルフィノ……

こてん、と可愛らしく首を傾げるわたしの弓。揺れたイヤリングがわたしの肩に当たる。

……正面に来客用の椅子があるのに、真横に座らなくてもいいじゃんか!!


あのものすごく恥ずかしい勘違いをして数日。
あの時の石の家のように、今度はナップルームで強制的に寝かされていた。
脇腹の傷はシャーレアンの賢者さん達の手によって完治。傷跡は残ったものの、痛みすらしない。
しかし一番ひどかったその傷の影響でこれ以上治癒魔法をかけると体が耐えきれないらしく、その他骨折やら切り傷やらは自然治癒。要するに、まぁ。大人しくしておけということだ。

するとどうだ、きみはあの時の比にならないくらいにくっついて離れない。実家が近いからって朝からわたしの隣で書類作業やらなんやらを持ち込んで、ずっとここにいるのだ。
嬉しいといえば嬉しい。だってずっときみのそばに居られるんだもん。でもこんな……隙間がないほどくっつかれても。

「フフ、両思いなのだからそう恥ずかしがらなくてもいいじゃないか」
「あ、あのねぇ……きみのそれは憧れと間違えてるだけって何回も言ってるでしょう」
「今なんと言ったんだい?」
「ん〜!? 都合のいいことしか聞こえない可愛いお耳はこれかしら〜!?」

長い耳を左腕でぐにぐにと揉めば、きみはアハハとくすぐったそうに身を捩る。
ひとしきりじゃれた後、また梨をずいと差し出してくるものだから、わたしはそれをぱくりと口に含んだ。

目覚めてから聞いた君の声の一言目は、「私も好きだよ」だった。恥ずかしくて泣いた。
死ぬまで秘密にしておくつもりだったのに! という羞恥と、両思いだという事実が脳を掻き回すような混乱を招き、病み上がりの体力の無さも相まって速攻で気絶した。
それから確実に君のその恋は憧れとの勘違いであることを必死に説明するも、わかってくれない。そりゃ見ため年齢は近いだろうけど、それでもわたしは90を超えたお婆ちゃんなのに。

いっそ逃げてやろうかとナップルームをこっそり抜け出ようとすると賢具を構えたきみと困った顔をしたオジカくんが入り口で待ち構えている。絶対休ませるという意志がすごい。
はぁとため息をついて、大人しくきみの餌付けを享受する。まぁ、きみが笑っているならそれでいいか、なんて考えたりして。


怪我が治ってからきみの実家に連れていかれそうになって必死にベッドに潜り込んだのは、まぁ今となってはいい思い出だ。