吾妻
2023-10-22 13:22:09
2929文字
Public アークナイツ
 

唇に愛を

テキ博♀(龙博♀)デキてる。IQ3くらいで読んでください。保護したワンコの振る舞いに対抗心を燃やす解放者ペッロー男性の話です。ペッローの慣習云々は捏造です。

「ドクター、お疲れ様! 午後からは俺が秘書を務…………
「こら、そんなに舐めるんじゃない」
 この上なくご機嫌に上司の執務室に踏み込んだテキーラは、想定外の事態を目の当たりにして真顔になった。
 執務室内に変わったところはない。昼休憩を取っていたのか、ドクターは応接用に据えられたソファに座って寛いでいる。日中には珍しく防護マスクを外していて、いつもは隠されている整った顔立ちを午後イチで見られたのはラッキーではあるのだが、問題はそこではない。
「ほら、大人しくして。いい子だから」
 唯一普段と違うのは、腰を下ろしたドクターに飛びかからん勢いでじゃれついている大型犬が一匹いて、その犬が千切れんばかりに尻尾を振りつつ、ドクターの顔を舐めている、ということだった。
「えっ、ドクター、何? どうしたの、その……
 混乱のあまり、まともに言葉にならなかった。
 ロドス内で動物を見かけることは、皆無ではないが、それほど多くもない。ハガネガニやオリジムシを飼育しているオペレーターもいるけれど、彼女たちはちゃんと飼育環境を整えて、管理を徹底している。だからこそ珍しかったのだ。ロドス艦内でもとりわけ警備が厳重なドクターの執務室に犬がいるなんて。
「ん? ああ、お疲れ様。どうしたんだ、入口で棒立ちになって」
 その場に立ち尽くしているテキーラに気づいたドクターが声を投げて寄越す間にも、ドゥリンの平均身長ほどはある白い毛並みの大型犬はドクターの顔をペロペロと舐め、押し倒す勢いでのしかかっている。
「なんでそんな羨まし――大変なことになってるの……?」
 思わず飛び出しかけた本音を何とか抑え込み、平静を装って問いかける。
「この犬のこと? 外勤中のオペレーターが怪我をしていたこの子を保護してきたんだ。幸い、傷は深くなかったし、迷子札もついていたから、飼い主にも連絡済み。あとは引き取りに来てもらうのを待っているところだよ」
「そっか。酷い怪我じゃなくてよかったよ。でも、俺が気になってることはもう一つあって……
「ん?」
「どうしてその子がそんなにドクターに懐いてるのかってことなんだけど……
……そう?」
 ドクターは訝しげに首を傾げるが、どこからどう見ても懐きまくっているではないか。
「飼い主と離れて不安なんだろう。元々人懐っこい子みたいだし、ここに連れて来られる間にも、あちこちで尻尾を振っていたよ」
「そっか……まぁ、俺の考えすぎなら……それでいいんだけ――
 流石に考えすぎか。ドクターのこととなると途端に心が狭くなるのはどう考えても悪癖だ、とテキーラがなんとか自分を宥めようとしているところに、「わふ!」と控えめな犬の鳴き声が割り込んできた。
「あっ、こら……
 さらにドクターの少し慌てた声が続き、驚いて顔を上げたテキーラの視界に飛び込んできたのは――
「だめ、だって。こら……っ!」
 ソファに仰向けに押し倒されているドクターと、その体の上にのしかかっている白い犬。そしてその犬が、上機嫌に尻尾を振りながら、ドクターの口元を一生懸命に舐めている光景だった。

「ドクター、入るぞ。その犬の飼い主についてだが……
 運がいいのか悪いのか、そこに訪れたドーベルマンが見たのは、ソファで犬に舐めまわされている上司と、その光景を目の当たりにして硬直しているテキーラの姿だった。


            *


 ドーベルマンが件の犬を連れて去り、執務室にはドクターとテキーラが残された。
 いつもにこにこと温和な表情を崩さないテキーラが、何故か傍目から分かるほど拗ねた顔をして、濡らしたタオルで丁寧にドクターの顔を拭いている。
 恋人がかなり盛大に臍を曲げているらしいことは、得意の観察眼を発揮するまでもなくドクターにも知れた。同郷出身の未来ある若者にはいつも厳しめに接するドーベルマンが、やたらと同情の眼差しを彼に送っていたのにも気づいている。
……ごめん」
 重苦しい沈黙に耐えかねて、とうとうドクターは詫びの言葉を口にする。
「ええと、思い当たる節は正直全くないんだけど、君を不快にさせたなら謝るよ」
 何が悪いかわからないがとにかくごめん、が誠意に欠ける謝罪であることなど重々承知だ。が、滅多に不機嫌を顔に出さない男がこれほど拗ねているのだから、何かやらかしたのは事実なのだろう。
……ああいうことはダメだよ、ドクター」
 やがて開かれたテキーラの口からは、やや硬質な声音がこぼれ落ちる。
 “ああいうこと”とはなんだろうか? 自分でも気づかないうちに、犬に対して危険な行動でも取っていただろうか? ドクターの思考がクエスチョンマークで埋め尽くされた頃、やけに深刻な表情をしたテキーラが、

「犬にあんなふうに口元舐めさせちゃダメだよ」

 ――と、言った。

…………え?」
「犬にとって口元を舐めるのが最大の愛情表現なんだよ。ペッローにとってもそれは同じで……好きな人とキスするのはとっても大事なことなのに……それを、あんなふうに公衆の面前で……
 言葉を連ねるごとに、テキーラの表情が深刻さを増していく。どうやら冗談でもなんでもなく、ペッローにとってキスやそれに類似した行為は非常に重要な意味を持つらしい。道理でドーベルマンが心底憐れんだ瞳を彼に向けていたわけだ。テキーラは随分とキスを好む方だと思っていたが、もしかして種族特徴も影響を及ぼしているのだろうか?
「ドクター、聞いてる?」
 あれこれと考えていたら叱られてしまった。兎にも角にも恋人を不快にさせたのは事実なので、ドクターは改めて「悪かった」と神妙に詫びた。
「俺も大人げなかったけど……もうああいうのをさせちゃダメだよ。ドクターには俺がいるんだし」
 ドクターの顔を満足ゆくまで拭き終えたと見えて、テキーラは手にしていたタオルをそばのテーブルへと置いた。
 どうやら許してもらえたらしい。
(それにしても……
 本人にとっては一大事だろうし、今後は同様の事態に陥らぬよう気をつけるとして。
(彼も、独占欲を剥き出しにすることがあるんだな)
 常日頃から余裕ある態度を崩さない男だけに、少々可愛らしくも思えてしまった。
 口の端に笑みを浮かべつつ、そろそろ身支度を整えようかと、テーブルの上に置きっぱなしになっているマスクに手を伸ばしたところで。
「待って、ドクター。まだマスク被っちゃダメだよ」
 男の声が割って入った。
 まだ何かあるのだろうか? 訝しむドクターの肩を、テキーラの手が両側からしっかりと掴んだ。テキーラの端正な顔が目の前まで近づいて、ドクターはようやく自分の置かれている状況と、これから彼が何をするつもりなのかを察した。
「ちゃんと、マーキングし直さないとだからね?」
「テキーラ、ちょっと、待っ……
「待たない」
 言葉が途切れ、午後の執務室に秘めやかな水音が鳴った。

 後日ドクターは、どこからか噂を耳にしたペッローたちに、代わる代わる軽薄な行いを咎められる事となるのだが、それはまた別の話。

【終わり】