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吾妻
2023-08-04 17:26:04
3777文字
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アークナイツ
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beyond the raging waves
ロドスに来てからもずっとチェンやユーシャ相手に緊張しているテキーラくんがユーシャとロドスで鉢合わせる話
※CP要素はありません。ドッソレスホリデーのイベストを下敷きにした幻覚です
事務関連の執務室が並ぶエリアの片隅。
これから新たに入職するオペレーターが、今まさに人事部から説明を受けている一室の前で、テキーラは立ち止まった。
本日着任予定の新人オペレーターに、ロドス艦内を案内する。それが本日の業務だ。
戦闘を伴う外勤や交渉事に比べればかなり楽な部類の仕事ではあるが、各エリアの細かい決まり事を把握し、尚且つ初対面の相手にそれを説明しなければならないので、見かけほど簡単な業務というわけでもない。
とはいえ、持ち前の資質と前職での経験を併せ持つテキーラにとっては、かなり“朝飯前”な仕事であるのもまた事実。
既に何回か同様の業務をこなしてきているし、今回もつつがなく片付けられるだろう。
――
そう、思っていたのだが。
「入職に関する事務手続きは以上となります。何かご質問はありませんか?」
どうやら、絶妙なタイミングで到着したようだ。
人事部の事務手続きの完了後、バトンタッチする手筈になっている。
ハキハキとした事務員の声に比べて、会話相手の声は扉の外まで聞こえてこなかった。確かに気配は感じるのだが、それほど大きな声で喋るタイプではないらしい。今回の新人さんは物静かな人なのかな? などと思いながら、扉をノックする。
オペレーターの条件に、いわゆる“性格”は含まれていない。快活な者も多いが、大人しかったり、コミュニケーションに難があるオペレーターだって大勢いる。できれば話しやすい相手のほうがやりやすいが、たとえそうでなかったとしても、きちんと任された仕事を果たす自信はある。伊達にドッソレスシティで外交官を勤めていたわけではないのだ。
どうぞ、と事務員の声が返ってきたので、テキーラは普段通りに愛想のいい笑顔を浮かべて、扉を押し開く。
「初めまして。今日から入職するオペレーターさんだよね? これから軽くロドス艦内の案内をしたいんだけど、大丈夫? 俺は今日案内を担当するテ
――
」
「あら、エルネストじゃない」
コードネームを名乗り終わる前に、何故か本名を投げ返されて、テキーラはドアを開いた体勢のままで硬直した。
応接セットのソファに座って、体半分振り返っているのは、見覚えのある
――
見覚えしかない妙齢の女性だった。
「チェン・フェイゼの紹介でロドスに入ったとは聞いていたけれど、まさかこんなに早く顔を合わせるとは思わなかったわ」
「
…………
リンさん?」
恐る恐る呼びかけるテキーラの尻尾は、正直にしおしおと地面に向けて垂れ下がった。
*
昼下がりの甲板は、中天に差し掛かった陽光を受けて輝いていた。前方には、高層ビルが立ち並ぶ龍門の威容が見える。
リンから断片的に聞いたところによると、ロドス本艦が龍門に近づくタイミングを見計らって、業務提携の話を持ちかけにきたらしい。
オペレーター登録はあくまで、彼女とロドスが共同で携わるビジネスを円滑に進めるために、お互いの立場や踏み込む領域を明確にした結果に過ぎない。
――
龍門のスラム街において、感染者の治療問題は最も力を入れて取り組むべき命題の一つなの。ロドスが薬と医者を、龍門の行政を経由せず、直接私たちに提供してくれるというのなら、私たちだってそれに見合った対価を支払うべきだわ。資金面でも、人材面でも、できることはするつもりよ。
甲板に至るまで、ロドス艦内のあちこちを巡りながら、テキーラはリンから大体そのような内容の話を聞き出した。
リンの口調は淡々としていて、澱みがなかった。初めて彼女と顔を合わせた一件からはだいぶ時が経ったが、その伶俐な佇まいは少しも変わっていなかった。
「ここが甲板。天候が極端に悪い時以外は大体開放されてるよ」
余計な口は挟まずに後ろをついてくるリンの気配を感じつつ、テキーラは持ち前の社交性を最大限に発揮して、甲板の利用規則について簡単に説明した。できる限り自然体でいるように心掛けたが、敏い彼女には自分の緊張がある程度伝わっているだろうことも理解していた。
正直なところテキーラは、ドッソレスシティをめぐる一件で関わった女性たちと向き合うのが得意ではない。
自分と義妹をロドスに推薦してくれたチェン相手でさえ、未だに顔を合わせるのは緊張する。
純粋な暴力と、彼女たちの強靭な意志に、完膚なきまでに叩きのめされたからだ。体も心も、その痛みを生々しく覚えている。
眼前の問題に対して、納得のいく答えが用意できなければ、行動の踏ん切りがつかない。テキーラ
――
エルネスト・サラスが持つ性質は、ある意味生真面目で、慎重だろう。しかし言い換えれば、日和見で優柔不断であるとも言える。
特にリンやチェンと出会った当時は、様々なしがらみに絡め取られて、テキーラ自身、どう動くのが正解なのかわからなくなりかけていた。
血で血を洗う闘争の道か、娯楽と酩酊に塗れた停滞の道か。答えが出せぬままもがいているところを、颯爽と現れた女性二人が何もかもを引っ掻き回してぶち壊しにしたのだ。
彼女たちの傍若無人な振る舞いは、それでも、目を灼くほど眩しかった。
「あとは食堂とか宿舎だけど
……
」
「ここまでで十分よ」
「
……
まぁ、そうだよね。リンさんは本艦に常駐するわけじゃないみたいだし」
「ええ。それに、人事部からもらったパンフレットで大体の構造は頭に入ったし」
「
……
もう?」
「区画が綺麗に整理されているおかげで、わかりやすくて助かるわ。この程度を把握できないようじゃ、龍門のスラムではやっていけないもの」
「なるほど、それもそうだね」
会話が途切れ、しばしの沈黙があった。
リンは甲板の端へと歩を進めて、自分が生まれ育った龍門の威容に目を細める。
今度は彼女に付き従う形になったテキーラだが、リンがどんな思いで龍門を眺めているのかまでは推し量れなかった。
「あなた、少し変わったわね」
龍門の外壁を眺めたままで、不意にリンが口を開いた。
「憑き物が落ちたような顔をしているわ」
彼女の生まれ故郷から引き戻されて、自分へと向けられた眼差しには、かすかな慰撫の色があった。
まさかそんなことを言われるとは夢にも思わず、テキーラは幾度かまばたきをした。そして、その軽度の混乱が、彼を饒舌にさせた。
「
……
あまり自覚はないけど、もし俺が変わったんだとしたら、ドッソレスでの一件のあと
ここ
ロドス
に来て、様々なものに目を向けられたからだと思うよ。だから、ある意味リンさんたちのおかげじゃないかな」
「あなたをロドスに紹介したのはチェンでしょう? 私は何かをしたつもりはないけれど」
「それでも、あの時お二人がいなかったら、多分俺もラファエラもロドスに来ることなんて絶対になかった。きっとチェンさんもリンさんも、ただの偶然だっていうんだろうけど、俺は感謝してるんだ」
「
……
身に覚えのないことで感謝されるのはあまり居心地のいい気分ではないけれど
……
。そういえば、あの子も一緒にロドスに入ったんだったわね」
「ラファエラは俺に詳しく話したがらなかったけど、リンさん、あの船の上であいつに何か言ってくれたんだろ? 事件が片付いて、ロドスに来てから、あいつは自分で考えることが増えたよ。親父のもとを離れる覚悟がついたのも、そのおかげじゃないかと思ってるんだ」
「
……
別に、大した話じゃないわ」
急にリンの口が重くなった。
彼女と義妹のやりとりについて、テキーラは本当に漠然としか知らない。だが、先達の大きすぎる背を前にして、後ろを歩く者が何を考え、どう歩むべきなのか。おそらくは、そのような話だったのだろうと推測はできる。
そして今、偉大な父の跡を継ぎ、龍門の混沌を背負って立とうとしている彼女は、あの日ドッソレスで義妹に話した信条を、まだしっかりと抱いているのだろうと感じた。
再びの沈黙を待ちかねていたかのように、リンの個人端末が鳴った。
流れるような無駄のない動きで端末を確認したリンは、甲板の手すりから手を離し、踵を返す。
「あなたたちのドクターが会ってくださるそうだから、もう行くわ」
ヒールの音を甲板に響かせつつ、リンは艦内へ繋がる扉の方へ歩き出す。
「ドクターの執務室は
――
って、もう場所は把握してるんだったよね」
「ええ、案内をありがとう
テキーラ
・・・・
」
しっかりと伸ばされた背が遠ざかっていくのを、テキーラは手すりの傍から動かずに見送った。
あの人工海を漂っていた頃、テキーラは、自分がなすべきことも、そのやり方も、何一つわからなくなっていた。
だが、突如現れた嵐のような女性たちの、触れれば怪我をしてしまいそうな剥き出しの信念に背を蹴られて、今、ここにいる。
チェンやリンを前にして緊張を覚えるのは、彼女たちを恐れてのことではない。二人が心に宿す痛々しいほどの信念と覚悟に、恥じぬ自分でありたいと強く願うからだ。
リンの背が艦内に消えて、扉が閉まる。
彼女の前途に幸があるように。
そしてできれば、二度と彼女たちと立場を違え殴られるような事態にならぬように、テキーラは内心でそっと祈った。
【終わり】
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