吾妻
2023-07-20 16:21:11
3286文字
Public アークナイツ
 

Behind the Scene

※テキ博。内容に性別関係ありませんが、女博想定です。甘さはそんなにないけど付き合ってる。シャワー後に半裸のままで怒られるワンコが書きたかった。

「それにしても、随分と早く片がついたな」
 背後で浴室の扉が開く音がした。
 この部屋の主であるドクターは、壁際に寄せられた作り付けの簡易デスクにつき、机上のモニターに向き合ったまま、背後にいるであろう人物に声を投げた。
「ドクターの想定通りだったから、余計な調査をせずに済んだよ。もちろん、調べきれない流通ルートもあったけど……
 歩み寄ってくる足音に、わしわしとタオルドライの音が交じる。
 音の方向を振り返ったドクターの視界に飛び込んできたのは、半裸の青年の姿だった。
 〝外勤〟からの帰還途上で運悪く豪雨に見舞われたペッローの青年は、従順にも真っ直ぐに上司の元へ報告にやってきて、恋人でもあるドクターの私室で当たり前のようにシャワーを借りたところだった。恥じらう素振りもなく上裸を晒し、水に濡れてボリュームダウンした髪と耳とをタオルで拭いている。
……
 ドクターは、かける言葉を探しあぐねて、無言で部下兼恋人を見つめた。
 細身ではあるものの、貧相ではない体躯。
 普段着の上からでは分かりづらい、しっかりと厚みのついた胸板。
 首筋から鎖骨にかけてのラインといい、鍛えられた腹筋といい、すらりと高い上背といい、実に均整が取れていて、やたらと扇情的だ。
 互いの私室を自由に出入りでき、両手でも数え切れぬほど寝台を共にして、もはや見慣れているはずの体なのだが、それでも〝事に及ぶ〟わけでもないのに真っ昼間から見るのは奇妙な気恥ずかしさがあった。
 何しろまだ業務時間中であり、びしょ濡れの彼――テキーラを室内に招き入れたのも、仕事の報告を聞くためだったのだし。

 しばらく黙って見守っていると、ある程度髪を拭き終えたテキーラがいつも通りの爽やかな笑顔を浮かべて「ベッドに座っていい?」というお伺いを立ててきた。
 いいよ、と許可を出せば、テキーラは寝台の縁に腰掛けて、片方の腿の上にもう片方の足首あたりを乗せる形で脚を組む。
 それなりに足が長くなければ様にならない座り方だな、とぼんやり観察していると、今度は完璧な好青年にはいささか愛らしすぎる大きな尻尾を、足の上に乗せてタオルで包んだ。
「持ち帰ってきたリストで情報は足りそう?」
 尻尾を拭きつつ、テキーラが問いかけを寄越す。
 恋人という間柄になってからというもの、ストレス解消にモフモフさせてもらっている部位なのだが、そういえば最近少々ご無沙汰だな、などと考えつつ、ドクターはもう一度モニターに表示されているリストを見遣った。
「これだけ裏が取れれば充分だよ。大体どこから流出しているか分かったしね」
 彼には、少し前からとある調査任務を命じていた。
 ロドスが提携企業に卸している抑制剤が、違法カジノの景品に並んでいるらしいという噂が飛び込んできたからだ。
 納品段階での盗難報告は入ってきていないため、どこかで横流しが行われているのだろう。事前調査である程度のアタリをつけ、彼にはその裏取りをしてもらっていたのだ。
「でも、肝心のカジノについてはあまり情報が手に入らなかったから、改めて調べてみた方がいい気がする」
 会話の内容と、尻尾の手入れをしている本人の姿が、どこかアンバランスで目を離せない。
 テキーラという男は普段、人畜無害な青年の顔で当たり障りのない世渡りをしているが、実際にはプライドが高く、完璧主義者だ。
 人前に出る際には、場も自身も完璧に整える。常に周囲を観察し、波風を立てずに自分も不利益を被らない立ち回りをする。
 決して油断をせず、隙を見せない。
 深い仲になってすぐの頃は、寝台を共にしても翌朝には先に身支度を整えて、眠気や気だるさなど微塵も感じさせずに、コーヒーに入れる砂糖の数を聞いてきた男なのに。
 雨に降られたとはいえ、これほど無防備に、ある種の〝舞台裏〟を見せてくれるのは、とんでもなく気を許されている証左ではないのだろうか。
 まるで警戒心の強い大型犬が、ふと仰向けになって腹を見せてくれたような。安堵感とくすぐったさ。近頃は、そんな感情を覚えることも増えた。
「そこそこ手先が器用なディーラーを探してるみたいだったから、必要なら潜り込むけど……――ドクター?」
 じっと向けられた視線に気付いたのか、テキーラは自分を見つめる主人に顔を向ける。入念に水気を拭き取られた尻尾が、寝台の上ではたはたと何度か揺れた。
「どうかした?」
「いや……
 気を許されて嬉しくなったと白状するのが恥ずかしく、ドクターはついと視線を逃す。視界の端で、テキーラがぱちくりと幾度か瞬きをした後で、何やら含みのある笑みを口元に浮かべるのが見えた。
「もしかして――ドキドキしちゃった?」
 わざと低い声で、からかうように言う。
 あながちハズレでもなかったのだが、素直に認めるのが悔しいドクターは、自分も当社比声を低くして、
………………早く服を着なさい」
 と、いささか他人行儀に突き放した。
 別に濡れた服を着直せと言うわけじゃない。自室に取りに行かなくても、この部屋にも何着か部屋着を置いているだろうに。
「大丈夫。ドクターが俺の体を好きなの、ちゃんと分かってるから」
「体だけが目当てみたいな言い方はやめてくれないかな」
 体だけが好きなわけではないので、心外だ。
 むすっと唇を尖らせて拗ねた主人に対して、テキーラはあざとく小首を傾げるようにして、
「でも、嫌いじゃないでしょ?」
 と、宣った。
 おかしい。以前はもっと従順だったはずなのに。近頃はどんどん〝自分が愛されている〟自信によって自己肯定感が上がっている。
 放っておくと、当たり前のように自分のことを後回しにして他者に――特に上司に尽くしがちなところがあるため、このくらいがちょうどいいのかもしれないし、こうなるように仕向けたのは他でもない自分なのだが、それはそれとして。
 それらの振る舞いに翻弄されているのが少々悔しく、ドクターは席を立ってベッドに歩み寄り、上機嫌に尻尾を振る恋人の頬に手を伸ばして。
 軽くつねってやった。
「いたた」
 大して力も込めていないので、それほど痛くもないだろうに、オーバーなリアクションを返すものだ。
「私は執務室に戻るから、着替えたら一度顔を出して。いくつか確認したいことがあるから」
 仕事の話をすれば、根が真面目な男はそれ以上ふざけたりしなかった。「わかった」と応える声は、何事もそつなくこなす敏腕オペレーターのものに戻っていた。
 間近から見下ろせば、決して深くはないもののそこそこ目立つ真新しい傷痕があり、調査任務とはいえそれなりに危ない橋を渡ってきたのだと察しがついた。
 彼本人の能力の高さと完璧主義のおかげで、難易度の高い任務も余裕で片付けてしまうように錯覚しがちだが、決してそんなことはない。むしろ、傷や過程を誇らない性分ゆえに、精神的・肉体的な摩耗を見落としてしまいかねない。
 だから、無防備な姿でそばにいてくれるほうが助かるのだ。無理に気付きやすいし、甘やかしやすい。
 ドクターは、男の頬をつねっていた手を離し、まだ幾分水気を残した髪の上に乗せた。彼の持ちものの中では比較的素直な頭部の耳と尻尾とが、興味深そうに反応を示す。
「無事に戻ってくれてよかった」
 柔らかな髪を指先を潜らせるように撫でると、夏の海を思わせる青い瞳が安堵と僅かな疲労を滲ませて細められる。
 だが、翳りが覗いたのはほんの一瞬で、テキーラは頭を撫でる主人の手に自分のそれを重ねると、指を絡めて握り込んだ。
「ご褒美は?」
 絡め取られた自身の指先に、親愛とも誘惑ともつかないくちづけを落とされるのを見下ろしながら、ドクターは小さく嘆息する。
……あとでね」
 それでも甘やかしたいと思ってしまうのは、惚れた弱みというやつかもしれない。視界の端でぱたぱた揺れ出す尻尾を眺めながら、ドクターはじゃれつく恋人に捕まった腕を引っ張り戻した。


【終わり】