吾妻
2023-07-10 08:04:02
2906文字
Public アークナイツ
 

鼻が利く話

博の性別どちらでも平気です。種族によって五感の発達度合いが違うのは妄想です。

「あーっ、ドクター!」
 昼休み、食堂前の廊下を通行中のこと。
 遠くから底抜けに明るい声が掛かった。続いて、パタパタと駆け寄ってくる足音。
「どうしたの、ケーちゃん」
 声で相手の察しはついた。足音の聞こえる方向に体を向けると、予想通り明るい髪色のペッローが上機嫌な笑顔でこちらに向かってきていた。
 それなりに見慣れた光景だ。物心ついた頃から荒野を彷徨い続けていた〝野生児〟は、ロドスのオペレーターとなってからは無邪気な笑顔を見せるようになった。
 とりわけ、上官であるドクターには強い信頼を寄せ、何かと構ってもらいたがる。
 しかし――妙なのは、ケオべの後方から、血相を変えたオペレーターが数名、こちらに走ってきていることだ。まるでケオべを追いかけているかのように。
(またケオべが何かやらかしたのか?)
 頭の片隅で様々な可能性を検討しているドクターの前に、ケオべが到着する。すんすん、と鼻を鳴らす仕草をした後で、不思議そうにくりんと首を傾げ、「やっぱり」と呟いた。
 やっぱり?
「朝すれ違ったときも思ったんだけど、どうしてドクターからテキーラの匂いがす――むぐっ!?」
「わ〜〜っ!!」
 駆けつけたカシャが、後方から勢いよくケオべの口を覆う。
「も、もう〜! あたしたちとの話の途中でしょ〜?」
 さらに追いついてきたビーンストークが、わかりやすく棒読みのセリフを発して、ケオべの腕を引いた。
「じゃ、じゃあドクター、あたしたちまだお昼の途中だから……
 小柄な女性オペレーター二人は、愛想笑いを浮かべたままズルズルとケオべを食堂の中へと引きずり戻そうとする。ちらりと食堂内へ目を遣れば、先程までケオべたちが座っていたであろう長テーブルあたりで、ハラハラと腰を浮かせているウインドフリットと、気まずそうにふいと顔を背けるウンの姿が見える。
 皆、必死に何かを――〝何か〟も何も、既にケオべがほぼ喋ってしまっているのだが――隠そうとしているようだ。おそらく彼ら彼女らに悪意はなく、ドクターのプライバシーに配慮してくれているのだとは思うのだが。流石に聞かなかったことには出来そうになかった。
……ケーちゃん」
「なあに?」
 引きずられていくケオべに呼びかけると、カシャの拘束を振り解いたペッローの少女が、キラキラした眼差しを向けてくる。あまりに無邪気で眩しくて目を焼かれそうになるのだが、一応、確かめておかねばならない。
――その話、誰かにした?」
「うん。おいら、いろんな人に聞いてみたんだけど、みんなわからないっていうんだ……
……
 しょんぼりと耳を垂らすケオべと、思い思いの方向に視線を逃すカシャとビーンストーク。この様子では、食堂内の男子二人もこの話を聞かされていることだろう。それどころか、朝から現在に至るまで、あちこちで質問を繰り返してきた可能性もある。
 というか、カシャたちがこれほどあからさまに気まずそうな様子を見せるということは、もしかしたら彼女たちも元々何かを察していたのかもしれない。五感の発達度合いは種族によって差異がある。嗅覚が優れている種族は、その他の種族よりも多くの情報を得ることができるのだろう。あまり詳細に考えたくはないが。
「あのね、ドクター……大丈夫だから。あたし、こう見えて、結構口、固いほうだから……ぴーちゃんと同じくらい固いから」
「そ、そうそう! 動画のネタにしたりしないって!」
 精一杯の慰めが逆に辛いこともある。
 ケオべの疑問については、身に覚えがあるというか、ありすぎるというか。言いがかりや勘違いではなく、事実といえば事実なのだが、こうも直接的に突きつけられると気まずくもなる。
 それに、もしかしたら自分が気が付かなかっただけで、鼻が利く人々には元々察せられていた可能性も大いにある。防護マスクを被っていて助かった。頬どころか耳まで熱い。
……ありがとう二人とも。ちょっとケーちゃんを貸してくれる?」
 作戦中と同じトーンで呼び掛ければ、カシャとビーンストークはぎこちなくケオべの拘束を解いた。
「ケーちゃん」
 ヴァルカン命名の愛称を呼び、手招きをすると、無邪気なペッローは尻尾をハタハタさせて歩み寄ってきた。
「私について何かわからないことがあったら、直接私に聞きにきて」
「ドクターに?」
「そしたらちゃんと答えるから」
……うん、わかった!」
 ケオべに不足しているのは知識だけだ。知能も生存本能もしっかりと備わっている。きちんと視点を合わせて話せばわからないことなど何もないのだ。
 素直な返事に、よしよしと頭を撫でていると――
「じゃあどうしてドクターからはテキーラの匂いがするの?」
……
 話は見事に振り出しに戻ってしまった。


            *


「それで、ドクターはなんて答えたの?」
……秘密」
 黙秘権を行使すると、ペッローの青年は大袈裟に不満げな声を上げて、「そこが一番大事なところなんだけどなぁ」とため息をこぼした。
 昼休みを終えて執務室に戻ると、戦闘からガイドから書類仕事までなんでもソツなくこなす、有能な〝秘書兼恋人〟が、既に午後の仕事に取り掛かっていた。
 優先度の高い書類をデスクに並べながら「何かあった?」と察しの良さを発揮してくるので、思わず食堂での出来事を白状してしまったのだ。
 ケオべに遠回しの比喩や誤魔化しは悪手だ。彼女の信頼が欲しいのなら、真正面から向き合うしかない。なので、結局彼女を廊下の隅に連れて行き、耳元でこそこそと、『大好きな人だからだよ』というようなことを説明した。
 最終的にケオべは納得してくれたようだし、大っぴらに触れ回らないと指切りをしてはくれたけれど、全てがもう遅い気もする。
「種族の差異は頭に入ってたつもりだけど、いざこういう出来事に直面すると、流石にこう……
「嫌?」
……別に嫌なわけじゃないし、君といる時間が長いのはどうしようもないだろう?」
 この程度で嫌になるくらいなら、そもそも関係を結んだりするはずもない。生半可な感情で上司と部下の境界線を踏み越えたわけではないのだ。だが、それはそれとして。
……大っぴらに触れ回ってたわけじゃないのに、なんとなくみんなに察せられている理由がわかって恥ずかしいだけ」
「なるほど。じゃあ一定の効果はあるってことかな」
……ん?」
 何やら聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。気持ちを切り替えて仕事に向き合おうと手に取った書類から、顔を上げる。
 普段に輪をかけて爽やかな笑顔と目が合った。
「ちゃんと牽制できてるみたいでよかった、ってこと」
「えっ」
「コーヒー淹れるね」
 昨日も今朝も何杯も飲んでたから今日は砂糖とミルク入れとくよ、と言い残して、テキーラは給湯スペースへ足を向ける。
(まさか……
 わざと存在を主張しているとでも?
 いや、まさか。
 改めて書類に向き合おうとしたけれど、内容など全く頭に入ってくるはずもなかった。

 

【終わり】