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吾妻
2023-06-19 09:59:49
3004文字
Public
アークナイツ
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キスをされたい話
「唇に累計30分間キスをしないと出られない部屋」に押し込められたテキ博♀のはなしです
(
……
ちょっと意地悪しすぎたかな)
奇妙な個室に閉じ込められて数十分。
テキーラはビジネスホテル然とした簡素なベッドのヘリに腰掛けて、自分の膝に馬乗りになっている上司兼恋人を見上げていた。
実に色っぽい状況のはずなのに、漂う空気は恐ろしいほど張り詰めている。
それは、今まさに両手でテキーラの頭をとらえている相手が醸し出している気配だった。
ロドス・アイランド製薬が誇る戦術指揮官はというと、戦場でもめったに見せない類の緊迫した表情をしている。
「ドクター、大丈夫
――
」
「黙って」
気遣おうとしてもすぐさま制止されてしまう。これでは、とても〝冗談だった〟などとは言い出せない。
つまり、この『唇に累計30分間キスしなければ出られない部屋』で『彼女のほうからキスをしなければいけない』という条件を、テキーラが勝手に付け加えて伝えた件について、謝るタイミングがないのである。
本当に、ただの出来心だったのだ。
急に奇妙な部屋に閉じ込められて、混乱していたのもある。
提示された条件が「はぁ?」という類のものだったせいもある。
その混乱に乗じて、ほんの少しだけふざけて、条件を付け足して伝えただけだった。
いつも自分のほうからじゃれついていってしまうせいで、そういえばドクターからキスされたことあったかな、と頭の片隅で考えて、たまには自分もキスをされたいなと妙な下心が顔を出しただけ。
おそらくドクターは戸惑うだろうから、そしたら冗談だったと謝って、いつもどおりにじゃれつかせてもらおうと思っていた。どのような仕組みかはわからないが、久しぶりにゆっくり二人きりで過ごせる恋人相手にキスしていいと言われたら、そんな据え膳を無碍にするほうが失礼というものだ。
しかし、テキーラの冗談を受けたドクターはというと
――
彼女もおそらく少しは混乱していたのだろうが
――
一瞬さっと頬を赤らめたかと思うと、何故か奇妙な決意をその瞳に宿してしまったのだった。
その結果、やたらと凄みのある声で「座って」と促され、聞き分けよくベッドのへりに腰を下ろしたら、ドクターが膝の上に乗ってきた。
普段のドクターは、酔っ払いでもしなければこれほど大胆な暴挙に出ることもないので、正直かなりびっくりしたのだが、「これはこれでおいしい」というジャッジが脳内で行われてしまい、結果として冗談を訂正する機会を逸してしまった。
だが、膝に乗り上げ、こちらの頭を両手で捕まえたまでは良かったが、やっぱり羞恥が邪魔をするのか、状況はそこから一向に進まないまま時間が経過し
――
話は冒頭に戻る。
テキーラにとって、この膠着状態はそれほど悪いものではない。多忙な恋人と向き合える時間は貴重だし、滅多なことでは取り乱さない冷静沈着の具現化のような上司が、羞恥と必死に戦っている姿はとんでもなく可愛い。
今にもこちらから噛みつきたくなるのを必死に堪えつつ、自分の膝の上で身を強張らせている恋人を見つめる。
「
……
エルネスト」
「なに?」
作戦中も斯くやといった静かな声に名を呼ばれた。
顔を捕まえられたままで返事をすると、ドクターは心なしか平素より潤んだ瞳でテキーラを凝視した後で、
「
………
目をつぶって」
と、思春期の少女のような要求をしてきた。
本音を言うなら「今更何を」である。
キスもそれ以上のことも、両手で数えきれないくらいしている仲なのに。忙しい日常を忘れ、30分間くちづけに没頭する時間なんて、そもそもボーナスタイムのようなものだというのに。
そんなに自分からキスを仕掛けるのが恥ずかしいのか。ちょっと甘やかし
――
奉仕しすぎたかもしれない。
「見てちゃダメ?」
困らせたい気持ちがないわけでもないが、八割型純粋に彼女の動向を見守りたかった。
いざ実行に移そうと腹を括った瞬間に、どんな顔をするのか。くちづけのために近づいてくる瞳に、自分はどんなふうに映るのか。余すところなく目に焼き付けたかった。二度とこんな機会があるとも思えない。
だが、ドクターが赤らんだ目元を伏せて、
「
……
君に見られてると、落ち着かないんだ」
と、とんでもなく困った顔をしたので、お願いを聞くことにした。なぜなら、その表情があまりにも胸にキて、見つめ続けていたらキスを通り越して押し倒してしまいそうだったからだ。
わかった、と応えて目を閉じると、ドクターが小さく息を飲み、覆い被さってくるのがわかった。鼻先を熱っぽい吐息がかすめ、まるでおためしのように、まずは額にそっと震える唇が落とされる。
ちゅ、と細やかなリップ音に混じって、鼻にかかった声が漏れる。いつもベッドの中で聞いている類の声なので、思わず体が素直に反応しそうになった。
やがて、わずかに開いた唇が、ひどく躊躇いがちにテキーラの唇に重なった。
いつもテキーラがしているように顔をわずかに傾けて、凹凸を擦り合わせ、こちらの唇のおもてを軽く食んでくる。
恥じらい自体は少女めいてはいたものの、実際にもたらされるくちづけは、明らかに恋人と交わすそれを知っている人間のものだった。
捕まえられたままの頭を傾け、じゃれあいじみたキスを迎えながら、テキーラは「そういえばこの人は物事の飲み込みがとんでもなく早かったな」などと考えた。
持ち前の観察眼と学習の速さがいわゆる閨事にも適応されるのは、彼女が垣間見せる羞恥とはアンバランスで、奇妙な興奮をもたらしてくる。
やがて、熱を持った舌先がおずおずと差し出されて、テキーラの唇をそっと舐めた。思うままに食らいついて貪ってしまいたい欲望をなんとか抑えつつ、口を軽く開き、迎え入れた小さな舌先をちう、と吸った。
途端にひくりと震えて逃げそうになる腰に腕を回しながら、ぼんやりと「キスだけで済むかな」と考える。しかし、よくよく考えてみれば「キス以外するな」とは言われていないし、おあつらえ向きにベッドまであるのだから、それ以上に発展しても構わないのではないか。
なにより、30分もこんなじゃれあいが続いて、キスだけで済ませられるほうがどうかしている。そんな化け物じみた忍耐力は、生憎この体には搭載されていないのだ。
お互いに相手の出方を探るように舌を絡ませたあとで、一度唇が離れた。
律儀に閉ざしていた目を開いて、膝の上の恋人を見やると、彼女は羞恥と酸素不足とで耳まで真っ赤になり、浅い呼吸を繰り返していた。
「
……
時間は」
「まだ1分ちょっとかな」
壁に埋め込まれたこれみよがしなカウンターは、おそらく累計時間を計測するためのものだろう。ドクターがくちづけてくるまでは0を4つ揃えていたそれが、今は1:15を示していた。
むぅ、と渋い顔をして、ドクターは細腕をテキーラの肩に回し、もう一度唇を重ねてくる。
またしても冗談を謝罪するタイミングを逃してしまった。訂正が遅れれば遅れるほど、後から叱られることになるとわかってはいるのだが、健気にキスを繰り返してくる恋人があまりにも可愛いので、水を差すのはやめにした。
無事に部屋を脱出したあと、とんでもなく上機嫌に揺れる部下の尻尾を見て怪しんだドクターが、真実を知って特大の雷を落とすことになるのだが、それはまた別の話だ。
【おわり】
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