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吾妻
2023-05-19 18:41:10
5605文字
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アークナイツ
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恋愛経歴書
■女ドクター、俺設定ありなのでご注意ください。
テキーラくんと博♀はすでにそれなりに深いお付き合いがあります。
テキーラくんはあの容貌であの物腰で外交官でもあったのでめちゃくちゃモテてたんじゃないかなと思いつつ、あんまりにも振る舞いが完璧すぎてうまくいかなかったことも多かったのではという妄想
昼休憩時間も半ばを過ぎた頃合い。
職員たちが雑談を交わしながら食堂へ向かう流れに逆らって、テキーラは執務室エリアの最奥部を目指していた。
前日の仕事が深夜まで食い込み、午前休を取ったため、これから業務開始である。形式的な申請は必要なものの、よほど忙しくない限りは休みが通る、かなりホワイトな職場だ。
前職もそれなりに待遇はよかったが、きちんとした福利厚生が機能しているふうではなかった。ドッソレスの職場は、あの街自体が有する娯楽性の延長上にあって、『やることさえきちんとやっていれば、勤務態度が多少怠惰でも構わない』という暗黙の了解のもとで動いていた。
その点ロドスは、ある程度の規律に則って運営されているように感じられる。所属する人間一人ひとりが背筋を伸ばして立ち、自分たちをルールに馴染ませて生きている。つまり、とてもクリーンに見える。
もちろん、時には危険な橋を渡り、水面下ではおおっぴらにできないような駆け引きもするだろう。過酷なテラの大地で、いち製薬会社が独立性を保ち続けるには、それなりの力が必要だ。武力にしろ、政治力にしろ、綺麗事だけでは生き残れない。
だがそれでも、この場所には清浄さを感じる。あちこちから漂ってくる薬品の匂いのせいだけではなく。澱まぬ清流の如く、前へ進み続けようとする『意志』が、この組織には巡っている。
テキーラは、賢い者たちが賢く運営している組織が好きだ。そういう意味合いにおいては、ロドスは彼にとってかなり理想的な職場だった。これから向かう執務室にいる上司などはまさに、この組織が有する賢さの体現と言えるだろう。
とある事件を引き起こした関係で住み慣れた街を去る決心をしたテキーラは、義妹と共にロドスのオペレーターとなった。日々の暮らしの糧を得るため、そして故郷を出て世界を見るために。
多くのものを学び、いつかは戦火にあえぐ故郷に帰る。ロドスは、決して平坦ではない旅路の足がかりとして飛び込んだ組織。ある意味で、利用するために乗り込んだ艦だった。
――
今では、他にもここにいる理由が増えてしまったのだけれど。
目的の扉の前に立ち、軽く前髪を整える。
ドクターの執務室を訪ねるたびに、ささやかな緊張を覚える。
はじめは、得体の知れない容貌と、何も考えていないようでいて全てを見通しているような言動にビビっているのだと思っていたが、近頃では自分の感情がどこから生まれてきているのか、流石に自覚できるようになった。
ノックをすれば「どうぞ」と声が返る。
深呼吸をひとつしてから、ドアを押し開いた。
「ドクター、お疲れ様! お昼はもう食べた? まだだったら一緒、に
……
」
「お兄ちゃんって、すっごくモテるんだぁ。こないだもバーでナンパされててね」
「へえー」
ドアを開いた体勢のまま、テキーラは固まった。
予想外の出来事が目の前で渋滞していた。
まず、この部屋の主を得体の知れない人物たらしめている防護マスクが、無造作にデスクの上に置かれていること。
それによって、ひとりの女性としての端正な顔立ちが顕になっていること。
流石に彼女も人間なので、ロドスの中では食事時や休憩中などにマスクを外すことはあり、本艦内にはその素顔を知る者も少なくはない。
……
が、問題はそこではなく。
デスクについたまま、手元の書類を眺めているドクターの後ろに、それはもう見慣れた人影が立っているのだ。主人の白髪に近い色の髪を編み込んで遊んでいる。
百歩譲って彼女が
――
幼少期から苦楽を共にしてきた
義妹
ラファエラ
が
――
本日の秘書兼護衛なのはいい。とても上司と部下には見えない距離感も、普段からあんな感じなので許容しよう。
ただ
――
「昔からそうだったんだよ。告白するために家まで訪ねてくる子とかもいて」
「まぁ、あの容姿と振る舞いだとそうだろうな」
「でもね、いっつも付き合ってすぐにフラれちゃうの。『彼女としての特別感がない』って言われちゃうんだって」
「ふーん」
「わたしの友達ともちょっとの間付き合ってたんだけど、やっぱりダメでね。基本的には優しくてエスコートも完璧だけど、仕事のほうが優先順位高くて、ヒミツの予定があったりして、辛くなっちゃったんだって」
「なるほどねぇ」
「
…………
何の話をしてるの?」
ようやく硬直から復活したテキーラが震える声で問いかければ、肩につくかつかないかくらいの髪を右半分だけゆるい三つ編みにされたドクターが、書類から顔を上げた。
「君の恋愛遍歴の話だけど」
「どうして?」
さも当然のように言うドクターに、被せるように問い返した。
勤務中に雑談をするのが悪いわけではない。どちらかと言えば内向的な妹がドクターにはよく懐き、日々の出来事や自身の考えを、まるで家族にするかのように話している光景には、安堵を覚えることもあるくらいだ。
ドッソレスシティでの一件以降、テキーラと義妹との間には、いささかぎこちない空気が流れている。ふたりの家は父であるパンチョを中心に回っていたのだが、都市の占拠を目論んで暴動を起こした彼が、想定外の獰猛な嵐
――
のような二人の女性
――
に打ちのめされて獄中の人となってしまったことで、兄妹は
鎹
かすがい
を失ってしまったのだ。
もちろん原因は父親の不在だけではないし、用事があれば以前のように会話もする。家族としての情愛がなくなったわけでもない。それでも、幼い子供の頃のように、何もなかった顔はできない。だからこそ、テキーラは義妹がドクターと親密になってくれるのが嬉しかった。
だが、よりによってなんでそんな話をしているのだ? 同性同士、恋バナに花を咲かせるのは結構だが、何故義妹に自分の恋愛遍歴をバラされなければならないのか。
しかも相手はテキーラにとって、雇用主側の人間で、敬愛している上司で、さらに言えば男女の関係もある人なのだ。一番最後については大っぴらに触れ回ったりはしていないが、おそらく自分の好意は周囲に知られているだろうし、少なくとも義妹は承知のはずなのだが。
「ラ・プルマが教えてくれるっていうから」
「ラファエラ
……
」
横目で義妹を軽く睨んではみたものの、ラ・プルマは全く意に介さない様子で、
「お兄ちゃんがドクターにまでフラれちゃわないか心配だったんだもん」
と言い放った。
「お前なぁ
……
」
「はい、できた。とってもかわいいよ、ドクター」
脱力している義兄をよそに、ラ・プルマはドクターの残り半分の髪を三つ編みに結わえ終え、満足げな笑顔を浮かべる。
「ありがとう。伸びてきて邪魔になっていたところなんだ。キリがいいなら、君も昼休憩に行ってきたら?」
「ドクターは? 今日は朝からコーヒーしか飲んでないよね? ちゃんと食べないとダメだよ。また医療オペレーターのみんなに叱られちゃうよ」
「叱られるのは御免被りたいけど、今ちょうど旅行記風の任務報告書がいいところなんだ。君が食堂から戻ってくるときに、何か適当に見繕ってきてくれると助かる」
「うん、わかった。じゃあ何か軽く食べられるもの、用意してもらってくるね」
信頼する相手にはとにかく従順なラ・プルマは、特に駄々をこねることもせず、ふわふわとした足取りで執務室を出ていった。
結果として室内には、真剣な面持ちで壮大な報告書に目を通しているドクターと、居た堪れない心地で佇むテキーラだけが残された。
「えーと
……
」
一部ではコミュ力オバケとまで呼ばれているテキーラだが、咄嗟に言葉が出て来なかった。彼がこれまでの人生の中で培ってきた対応マニュアルにも、流石にこのような状況の対処方法は記載されていない。
ひとまずは話題を変えたほうが良さそうだ。そもそも、彼がウキウキでこの執務室を訪ねたのは、昨晩の任務報告にかこつけてドクターを昼食に誘うためだった。ドクターはどうやら食事をする気分ではなさそうなので、せめて任務報告へ話題をスライドさせれば
――
「昨日の任
……
」
「君のお店にも、君目当ての女性客が多かったんだって?」
向こうのカウンター威力のほうが強力で、テキーラは発しかけた言葉を途中で飲み込んだ。あいつ、何をどこまで話したのだろうか。
家族だからといって、いわゆる“恋愛遍歴”のすべてを知っているわけではないとは思うが、厄介なことにあれやこれやと身に覚えがある。別に、派手に遊んでいたわけでもないけれど、自分がそれなりに女性ウケが良い物件だという自覚もあるにはある。
それでも、妹の言うように、色っぽい関係性が長続きした試しがないのだから、プレイボーイを気取るのも滑稽というものだろう。
――
お兄ちゃんがドクターにまでフラれちゃわないか心配だったんだもん。
最前の、妹の言葉が蘇る。
ラファエラは嘘や誤魔化しが苦手な子だから、おそらく本気で兄を案じてくれているのだろう。ありがたくて涙が出そうだ。自分だってフラれたくはない。
そもそもこれまでだって、フラれたかったことなど一度もない。自分なりに相手とはきちんと向き合ったつもりだった。ここまでくると、自分に何らかの問題があるのではないかと思えてくる。
急に色々と、不安になってきた。
「
……
ドクターは感じたりしてない? 『他人行儀だ』とか『笑顔が胡散臭い』とか『秘密が多すぎる』とか『優しすぎて接待されてるみたい』とか『仕事と私とどっちが大事なの』とか
……
」
「それ全部君が言われてきたこと?」
ドクターが怪訝そうに報告書から顔を上げる。
そうですが。
当時は仕事も忙しければ、その裏で父の計画を進める必要があった。妹ですら巻き込むのを躊躇したのに、赤の他人を危険に曝すわけにもいかず、自然と秘密が増えた。勘の鋭い相手なら不信感も抱いただろう。
できることならもっと、うまくやれればよかったのに。
小さくため息を落としたところで、訝しむようなドクターの瞳と目が合った。
「他人行儀? 隙を見せればあっという間に飛びかかってくるのに? 昔の君は随分行儀が良かったんだな。ロドスに来てから手癖が悪くなったのか?」
「えっ」
「やっぱりチェンに殴られた後遺症かな
……
」
「待って、それチェンさんに言わないでよ。っていうかそれは俺が
――
」
喉元まで出かかった言葉を、一度留めた。
急激に自覚が来て、絡まっていた糸が全て解けて腑に落ちた。
ロドスは、今後の身の振り方を考えるために乗り込んだ艦だ。その中枢にいる人物を、自分にとっては雇用主に当たる相手を、勢い余って押し倒してしまうなんて。更にそれを一夜の気の迷いとして誤魔化さず、食らいついて好意を示し続けるなんて。これまでの自分なら、絶対にしなかった。
一歩間違えば、自分のみならず義妹の職さえ奪いかねない危険な橋だ。
どう考えたって、“スマートにうまくやれる”関係性ではない。
(道理でこれまで、うまくいかなかったはずだな)
知らず、口元に自嘲が浮かぶ。
いつだってソツなくこなすことばかり考えていた。
相手が不快にならないように。波風が立たないように。
向こうばかりを優先して、自分の感情や欲望を顕にしたことがあっただろうか。
接待と言われても仕方がない。
ドクターは何も言わずに、途切れた言葉の続きを待っていた。
つくりものめいた整った顔立ちに、ラ・プルマが結わえたゆるい三つ編みがアンバランスで、妙に可愛らしく見える。困ったことに、今すぐ抱きしめたくなってしまった。こんな衝動を覚えたのは、彼女が初めてだった。
「それは俺が君を好きだからだよ」
観念して正直に告げた。
恋をするということについて、それなりに知識も経験もあるつもりだったけど。
もしかしたら、本気で誰かを好きになったのは初めてなのかもしれなかった。
自分がこんなに待てのできない犬だということも、彼女に会うまで知らなかった。
かすかな笑みを口元に含ませて、ドクターが小首をかしげるようにテキーラを見上げる。
「なるほど、私のせいか」
その眼差しは、呆れているようにも、試しているようにも見える。
卓越した観察眼で戦況や情勢、人心までも見抜き、あっという間に掌握してしまう。普段のどこか超然とした物腰からは想像もつかないほど、彼女は恐ろしい人物だ。
だからきっと、このどうしようもない恋情も、見抜かれている。
見抜かれていながら、許容されているのだとしたら。
十二分に甘やかされているのではないだろうか。
「うん。だから、責任取ってよ、ドクター?」
執務机に歩み寄って、両手を置いて身を屈める。
顎を持ち上げ、鏡のように澄んだ瞳を向けてくるドクターの唇に、触れるばかりのキスを落とす。
一度擦り合わせて離し、今度は噛みつこうとしたところで。
午後の始業時間を告げる鐘の音が、廊下のほうから聞こえてきた。
「昨日の任務の報告を聞こうか、テキーラ」
まだ触れる距離にある唇が、無慈悲に言う。
プライベートでは本名のほうを呼んでくれることが多いだけに、おそらくわざとコードネームのほうで呼びかけてきたに違いない。
オペレーターとして、日々重責を負うドクターの支えになることもまた、テキーラの望みであるからこそ、噛みつきたがる本性を押さえ込んで、忠犬の顔に戻らねばならなかった。
「了解」
わざとらしく両手を上げて、執務机から後方に下がって距離を取る。
「ドクタードクター、サンドイッチとライスボール、どっちがいいかなぁ?」
食堂から見繕ってきた軽食を手に、ラ・プルマが執務室に戻ってきたのは、その直後だった。
【終わり】
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