吾妻
2022-09-29 16:34:47
3451文字
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スペシャル・スタイリスト

このお話には以下が含まれています。
・GE3 ver2.50までのネタバレ
・GE2までのソマ主♀要素(いつも書いているやつ)
・ダスティミラーにB主♀(自機)がいて、オーナーとの間に子ども(捏造)もいます。
・自機名:エマ(ボイス16)、オーナーの娘も同じ名前のややこしい仕様。
・本編で描かれてないことは好き勝手補完しています。

――進路上に高濃度の灰域がある。灰域種との戦闘も想定されるため、お前たちに助力を頼みたい。無論、正式な依頼の形を取る。後ほど必要経費を含めた見積もりを提示してくれると助かる」
 辺境のミナト、ダスティミラー。
 来客用に開放されたロビーには、別件の打ち合わせをする者や仕事の休憩を取っている者がおり、不快にならない程度のざわめきがある。
 このミナトのオーナーであるアインは、いつもと変わらぬ様子で、ハウンドの面々に依頼内容を説明した。
 なんでも、最近になって見つかった旧時代のラボから資源と情報をサルベージしたいのだという。
「要件は分かった。……が、この程度の護衛であんたから金を取るのは気が引けるな」
 相手は日頃から目をかけてもらっているお得意だ。回りくどい契約書のやり取りが面倒なのもあって、このぐらいは無料サービスにしておきたい気もする。 
 しかし、ユウゴの返答に、アインは腕組みの体勢のままで「いや」と首を横に振った。
「親しき仲にも礼儀あり、と極東の言葉にもある。互いに最低限のルールと敬意は必要だろう。技術や労力を提供するなら、しっかりと対価を要求するべきだ。それが今後、お前たちの看板ブランドを守る力になる」
 人生の後輩に向けられるアインの言葉はいつも真摯で、含蓄のあるものだ。威厳ある佇まいも相俟って、居並んだハウンドの面々を「なるほど」と頷かせる力を持っている。……いつもなら。
 だが、交渉事をユウゴに任せ、一歩引いて話を聞いていた若者たちは今、ちょっとそれどころではなかったのである。
……なぁ」
……うん」
 隣に並ぶジーク呼びかけに、鬼神の二つ名を持つ少女エマは簡潔に頷いた。ペニーウォートで苦楽を共にしてきた仲だ。互いに顔を見合わせなくとも、何を言いたいかは大体わかる。
 ……というか、それほど複雑な話でもなく、ふたりが直面している『とある違和感』は、その場にいる誰もが目の当たりにし、気づいていて、それでいて言及できずにいるものだった。
「俺の目がおかしいんじゃないよな」
 一応小声で、ジークはエマに問いかける。
「大丈夫。わたしにも、見えてる」
 同じくらいのトーンで、エマも応じる。
 ふたりが注視しているのは常日頃保護者よろしく自分たちの面倒を見てくれているダスティミラーのオーナー――の、向かって左側に見えている『髪の毛』であった。

 アインはいつも、肩下ほどまで伸ばした白銀の髪を首の後ろあたりで無造作に括っている。
 特別気にかけているわけでもなく、さりとて全く手を入れていないほどでもない。彼の髪に対するスタンスはおそらくそんなものだろう。厄災以前はここまで長くはなかったようなので、もしかしたら世間から身を隠すためにわざと伸ばしているのかもしれない。
 その髪が、今日に限ってはなぜか右耳の下あたりで横に流すように結われており、さらに結えた場所を隠すように毛束の一部が三つ編みにされて巻かれているのだった。
 どう見ても、おかしい。
 しかも、やたらとキュートな髪型をしているアイン本人が、いつもと違う結え方をまったく意に介していない様子で真面目な話をするものだから、調子が狂う。
 なぜ今日に限ってあんな。何の意図があるのだろうか。おそらく今彼と向き合っているハウンド全員が同じ疑問を抱いているに違いない。
 諜報や偵察に長けた者は(……何らかのサインか?)などと首を傾げているし、髪の長さ的に寝癖などがつきやすい少女などは(寝癖で変な方向に流れちゃったのかな……)などと深読みをしている。
 最近おしゃれに興味を持ち始めた人型アラガミの少女には、だいぶキュンとくる髪型だったようで、後ろからエマの手を引いて「おかあさん、フィムもあれやりたい」と訴える始末だった。
 いや、どんな髪型をしようと個人の自由だし、特に言及することでもないのだ。エマたちが知らないオーナーの一面もたくさんあることだろう。そう思って個々が自分を納得させようとしていたところに、
「アインさん、今日髪型いつもと違うね」
 遠慮なく爆弾を投げ込んだ者が、ひとり。
 近頃は師弟も斯くやというくらい親しくしているキースが、ストレートに突っ込んでいった。
 ユウゴとの交渉もほぼ終えたオーナーは、契約書を作成していたであろうタブレットから顔を上げ、若き技術者に隻眼を向ける。
 あまりに直球な物言いに、周囲の面々がギョッと目を剥き息を飲んだのだが、当のアインは特に気分を害した様子もなく、口の端を歪めるようにして少しだけ笑った。
「スタイリストの気分でな」
「スタイリスト……?」
 キースが鸚鵡返しにする。
 確かにミナトのオーナーともなれば、対外折衝も多いため、身なりには気を使うだろう。イルダだって、本人の趣味もあるだろうが、曲者揃いの同業者たちからナメられないよう、わざと日頃からフォーマルに近い格好をしている節がある。
 だから、アインにスタイリストがいても何らおかしい話ではないのだが、これまでそんな存在の気配が一度も感じられなかっただけに、一同は一様に首を傾げた。
「ルイスさんのこと……?」
 さすがのキースも戸惑いを覚えたのか、小声でダスティミラーの内情に詳しいすぐ上の兄にこそこそと耳打ちで問いかける。
 もしかしたら彼の愛妻が夫の衣服や髪などをプロデュースしているのだろうか。
 しかし、しばらくの間ダスティミラーに籍を置き、ここに居並ぶ面々の中では一番アインの家族に詳しいニールは、難しい顔をして、
「ルイスは特に、そういうことはしていなかったように思うが……
 との見解を示した。
 彼の愛妻でもないのなら、一体誰が? 混乱に包まれている一同の耳に、
「あっ! パパ〜!」
 喜びに弾んだ舌足らずな声が飛び込んできて、その場にいる全員が一瞬ですべてを察した。
 弾丸の如く駆け込んできて、アインの足元にじゃれついたのは、五つほどの幼女だった。
「こら、仕事中だ。こういうときは邪魔してはいけないと教えただろう」
 おてんばな闖入者と視線を合わせるように屈み、アインは威厳ある表情と態度をもって諭しにかかる。しかし、いくら大真面目な顔をしてみたところで、目の前にいる愛娘が真剣な面持ちでせっせと緩みかけた結び目隠しの三つ編みを直しているのだから、どうしても迫力に欠ける。
……エマ」
 偶然にも鬼神と同じ娘の名を刻みつけるようにアインが呼ぶと、ようやく娘はわずかに唇を尖らせて「はぁい」とあまり納得していない返事を寄越した。
 状況証拠からアインの『専属スタイリスト』と思われる幼女は、自身の仕事に満足がいっていないのか、何度か父親のキュートな横結いを矯めつ眇めつしていたが、「あとでちゃんとなおしてあげるね」と凛々しい顔でプロ意識溢れるコメントをしたあと、呆気に取られている顔見知りのハウンドたちに小さく手を振ってから、踵を返して小走りに去っていった。
 嵐のような愛娘の言動に溜息をつきつつ、アインが立ち上がる。ぽかんとしているハウンド一行に向けて「すまない」とスマートに詫びてみせるものの、一行はどうしても少々緩くなった髪の結び目ばかりを見てしまう。
 何のことはない。アインはおそらく娘の髪結いの練習台にされただけなのだ。そして娘の手前、解いたり結び直したりできないでいるのだろう。
 おそらくこれは、自身のミナト内だけでの振る舞いに違いない。そして今日の面会相手が自分たちハウンド以外だったら、オーナーとしての体裁を保つため、結い直していただろう。となると、こんなある種油断した姿を見られるのは、かなり特別扱いをされている証拠と言える。

「あ、オーナーまたカワイイ髪型してる」
「一昨日は三つ編みにされてたよねぇ」

 ふと、通りかかった女性スタッフたちが、楽しげに口元を押さえて囁き合い、通過していく。ほんの小さな声だったのだが、残念なことに適合率の高い神機使いは軒並み五感も優れているため、バッチリ聞こえてしまった。
 どうやらダスティミラーの幼きスタイリストは最近、父親の髪をスタイリングするのがマイブームらしい。

……作戦の概要だが」
 咳払いひとつ、アインは至極真面目な顔で仕事の話を再開する。
 微笑ましすぎて頬が緩むのを我慢しながら、ハウンドの面々は仕事の話に耳を傾けることにした。


【終わり】