実家の神様が過保護な光忠

伊達組さんすくみパロ(寺の子廣光・神社の子光忠・教会の子貞宗・インチキ教祖鶴丸)の光忠回。

 廣光と光忠は幼馴染である。廣光は寺の一人息子、光忠は神社の末っ子として、まあそれなりに実家に敬意を払って育ってきた。
 さて、光忠であるが、どうにも小さい頃から不思議な目に遭いがちだった。誕生日には季節外れの華が山のように家の前に盛られていたり、半日程姿を見せないと思ったら日暮れ頃にひょっこりと帰ってきて「すごく綺麗な場所に行っていた」などと言う。勘の鋭い廣光は「アレのせいだ」と、まるで不動明王のような怖い顔で、神社の本殿を睨むのだった。

 光忠が17才の夏休みのことだ。光忠と廣光は同じ個人指導の塾に通っていて、鶴丸というアルバイト講師と懇意になった。大学院で民俗学を研究しているのだそうだ。
「知ってるか?高校の夏休みは人生でたった3回しかないんだ」
 鶴丸はそう言って、2人をキャンプに誘ってくれた。目的のキャンプ場にある湖には龍神の伝説があるのだと、鶴丸は目を輝かせて語った。

 キャンプ場に着いてすぐ、廣光は光忠の様子がおかしい事に気付いた。いつもならば率先してテントの設置や荷解きに取り掛かるのに、湖をぼうっと見つめている。鶴丸は「車酔いかもな。光坊はいっつもみんなの世話で忙しいんだから、こんな時くらい綺麗な景色でも眺めてゆっくりするといいさ」と気遣うが、廣光は知っている。光忠の三半規管は4回転ジェットコースターに3回続けて乗ってもビクともしない玉鋼製だ。山道を車で2時間走ったぐらいで酔うものか。嫌な予感がヒシヒシとする。
 座り込んで相変わらずぼうっとしている光忠は、腕を引いても抵抗ひとつしない。廣光はポケットから数珠を取り出し、光忠の腕にはめた。こんなこともあろうかと、自宅の本堂に1週間供えておいた特別製だ。線香臭さが神に効くかは知らんが、神仏習合でなんとかしてくれ。多分、なにかがマシになったのだろう。光忠の顔に少しばかりの生気が戻る。
「どうした」
……右目がね、ちょっと霞むっていうか……
きっと水面が反射して眩しいからだね。そう笑う年上の幼馴染に、廣光の胃はキリリと痛んだ。決して胸ではない、胃だ。またこいつの家のアレだ。

 結局、その夜は何事もなく明けた。いや、何事かは来たのだが、鶴丸に冷やかされながらもテントに貼りたくった実家の札に阻まれて、舌打ちしながら帰っていった。それには流石の鶴丸も気付いて顔面蒼白になっていた。多分。元が白いからよく分からん。そして当の光忠は何も知らずに眠り続けていたのだから、何事もなかった方にカウントする。
 穏やかに眠る光忠はまるで何かに耳を塞がれているようで、でも護られているとは言いたくない。だってアレは本当に心が狭い。10年前、光忠と初めて遊んだ日の夜に、夢に押しかけて来たヤツの表情を廣光は絶対に忘れない。その節は世話になったな、実家の本尊。

 2日目、光忠はやたらと湖に手を浸したがった。しかし、数珠を嵌めてやった手は、水面をギリギリ掠めるだけだった。意外に神仏習合でゴリ押しできるものらしい。今後は常に本堂に数珠のストックを置いておこうと、廣光は心に決めた。
 とにかく、光忠がやたらと湖を気にする以外には何事もなく、また夜が来た。この夜が明ければキャンプは終わりだ。向こうもそれを察したらしい。凡そ午前二時ごろ、まさに丑三つ時に、テントが盛大に揺れた。鶴丸の「またかよ!」という絶叫にも負けずに、今夜も光忠は目覚めない。台風の如き揺さぶりに、ついに廣光の札が負けた。入口から静電気が弾けるのに似た音がしたから、多分そうなのだろう。風で捲れ上がった入り口から、ドッと湿った空気が流れ込んできた。それはそのまま何者かの形を成し、テントの中にいた。
 しかしまだ光忠に着けた数珠がある。大丈夫だと己に言い聞かせながら振り返った先では、いつのまにか光忠が身を起こしていた。いや、しかし、目は閉じている。起きてはいない?フッと前触れもなく湧いて出た白い靄だか霧だかが光忠の周りに漂っていた。ちょっとまて、ここはテントの中だろうに。非常識も大概にしろ、これだから人外は!廣光は胸中でそう罵った。
 靄は光忠を抱き込むように密度を増していく。それに反比例するように、湿った何者かはその存在を縮めていった。まるで気圧されるように。小さく、どんどんと小さくなり、オオサンショウウオ程度の存在感になったところで、突風でテントの外に飛ばされてしまった。だから、ここはテントの中だと言っているだろうが。残った靄は、ゆるゆると光忠の右目へと吸い込まれて消えた。廣光はもう考えるのも嫌になって寝袋に潜り込んでしまったので、鶴丸がどうしたのか知らない。とにかく翌朝、日が昇ると同時に早々に、キャンプ場を発ったのだった。

 あれ以来、光忠の右目は眩んで見えなくなってしまった。いや、実家の神社の境内では見えるのだ。おそらく、他の神がいるところが見えなくなった。あいつが目を塞いでいるのだと、廣光は憎々しげに本殿を睨んでいる。