狸本丸怪談~てのひらにのる程度の話・3~


五十一、太鼓鐘貞宗

類が友を呼んだのだろう。秘宝の里から持ち帰った楽器の一部から付喪神が見つかった。三味線と笛と鈴である。元々から本丸にいた楽器の付喪神も合わせて、ここはひとつバンドでもやろうということになった。言い出したのは太鼓鐘貞宗である。
「でもさ、太鼓がいないんだよ」
俺、ボーカルやるつもりだったんだけどさ。名前が名前だからドラムやれって言われて、いっそドラムボーカルってありだと思う?と真剣に悩む太鼓鐘の姿に、燭台切は笑顔を抑えきれない。
「みんなと仲良くしてるんだね」
約束を守ってくれて、すっごく嬉しいよ!



五十二、明石国行

明石国行が空き部屋で寝転んでいると、とたとたとさにわがやって来た。
「こんなとこまで来るなんて珍しい。飼い主はんはどないしはったん」
明石の問いを無視して、さにわは腹の上にちょこんと乗った。そのまま丸くなって、毛饅頭だ。
「なんや、あるじはんもさぼりですか」
ほな一緒にひと眠りしましょか、と目を閉じかけると、さにわがズンと重くなった。見れば、最近お気に入りの茶釜に化けている。動けへんやないですか、と抗議しても、茶釜は不動だ。
そのまま一刻以上過ごして、腹筋が死んだ。腹を抱える明石に、「最近サボってるからお仕置きだって」と蛍丸は笑った。




五十三、不動行光

不動行光がとうとう甘酒の自家醸造に手を染めた。米麹片手に、神社暮らしの刀達や料理好きの刀達からご指導ご鞭撻頂きながら四苦八苦している。全ては毎夜やって来るさにわの一族の為である。原料さえ上手く手に入れられれば、買うより安い。財布の生存戦略だ。
「しかし、これだけ甘酒に囲まれていたら、また飲んだくれるようになったりしないだろうな」
試飲会に寄って来た長谷部が、眉間に皺を寄せる。怠慢は許さんぞ。
「それは平気」
これだけ味見しながら作ってたら、完成したってもう飲む気しないから、と不動はゲンナリと言うのだった。





五十四、包丁藤四郎

他所で菓子を貰っても決して受け取るな。着いて行くな。馳走になるな。包丁藤四郎に課せられた三禁である。
過去、包丁は菓子に釣られて鬼に拐かされた。そして鬼の棲家の菓子を全て食らい尽くし、熨斗と請求書をつけて返された。一期一振は頭を抱え、包丁に三禁を言い渡したのである。




五十五、小烏丸

小烏丸は蹴球が好きである。短刀や脇差相手にしばしば試合の真似事などして遊んでいる。攻守どちらもそつなくこなし、極めた短刀とも互角の試合を繰り広げる。しかし、蹴球の教材の影響だろうか。「シュートの際にペンギンが見える」「キーパーに回ると神の手が現れる」と専らの噂である。




五十六、大典太光世

さにわは具合を悪くすると姿をくらます。その辺は動物なのだから習性だろうと本丸中の皆が承知している。しかし、薬は飲ませばならぬ。万が一にも狂犬病やエキノコックスであれば困る。そうすると、大典太光世の出番となる。彼の刀は病のさにわ探索センサーが搭載されている。
なんせこの大典太、年末年始の連隊戦の折に、さにわが風邪をひいた途端に四振り来た。
「じゃあ、お願いね」
加州が頼んでからものの十分で、大典太はさにわを抱えて帰ってきた。今夜の食卓には、大典太の好物が並ぶだろう。





五十七、ソハヤノツルキ

ソハヤノツルキが風邪をひいた。特にあるじの影響ではなく、全般的に流行っているのだ。花冷えを舐めてはいけない。
風邪による影響は刀により様々だが、ソハヤの場合は霊力がジャンジャン出る。くしゃみと共に、とめどなく出る。ソハヤの寝ている周りだけ、大御神の神宮並みの清らかさだ。
なので、御神刀組合が、本丸内で見つかったちょっとばかりまずい感じのものをソハヤの周りに並べだしたのも、致し方のないことなのかもしれない。壺やら人形やらズラリと雁首揃えている。部屋の前を通りかかったついでで部屋を覗いた大和守は「……涅槃会?」と呟いて、何も見なかったことにした。





五十八、大包平

大包平と日本人形のいたちごっこは未だに終息する気配がない。大包平は説教しようと追うし、人形はすばしっこく逃げるし、三日月宗近は人形の居場所をリークする。それらを眺める鶯丸は、笑いを堪えもしない。
ある日、大包平が重傷を負って帰還した。
大包平は手入れ部屋で眠り、人形は障子の隙間からこっそり覗き、三日月は大包平に「人形が心配しているぞ」と教えてやる。それらを見る鶯丸は、それぞれに茶と菓子を差し入れてやり、明日になればまたいつも通りに追いかけっこが始まるさ、と微笑んでいる。




五十九、千子村正

廊下に、千子村正の戦装束が落ちていた。当然ながら、蜻蛉切の怒声が本丸に響き渡った。そこで、近侍当番の御手杵が、はたと気づいた。
「村正って、長期遠征に行ってなかったか?」
二日ぐらい前に出ていって、あと三日くらい帰ってこないやつ。
よその本丸は知らないが、この本丸では戦装束は一張羅だ。急ぎ、通信を飛ばしてみると、村正は確かに遠征先にいた。当然服は着ている。電話越しの「帰ったら、脱ぎまショウカ?」との問いに、蜻蛉切は茫然と「好きにしろ」と答えてしまったのだった。




六十、亀甲貞宗

亀甲貞宗の部屋には何故か縄が沢山あるので、さにわを外に連れて行く時に重宝されている。リード代わりに縄というのは如何なものかと言う気もするが、なかなか便利な縄があるのだ。それは長さ一尺ほどの二本組の紐縄で、
「まず一本をご主人様の首に緩く巻く。そして、もう一本も輪にして持つんだ」
すると、どれだけ距離が離れてしまっても、見えない縄で繋がっているように相手を辿れるのだという。
「ふふふ、見えなくても繋がれているなんて、素晴らしいよね」
亀甲はそう言って白菊の如き微笑みを浮かべ、頬を染めるのであった。




六十一、篭手切江

篭手切江の部屋には、小さきもの達がよく集まる。歌と踊りを見て欲しいのだ。小さきもの業界も生存競争が厳しくなる一方で、一芸あれば少しは心強い。そんな彼等に応えようと、篭手切の指導も俄然と熱が入る。篭手切の部屋にある未来日記も、最近ではめっきり予言らしい予言は減って、翌日の来訪者の名前ばかりが並んでいる。篭手切あいどるすくーるは、今日も今日とて、ちまちまと賑やかだ。




六十二、日本号

日本号の部屋の軒先に瓢箪がぶら下がり出したのは、おおよそ十日ほど前からだ。何処ぞの白い太刀の悪戯かとも思ったが、ここの鶴は戦場と墓場にしか驚きを求めない。意を決して突いてみれば、水らしきものが入っているらしい。まあ、瓢箪ならばそうであろう。
……酒か?」
そうであればしめたもの。いそいそと部屋に引っ張り込むと、適当な杯に注いでみた。すると、なんにも出やしない。それこそ雫の一滴も。無性に腹が立って、庭に向かって投げ捨てると、瓢箪は宙で一回くるりと回って小僧へと姿を変え、何処ぞへと走り去ってしまったのだった。




六十三、南泉一文字

そういえば俺も、と南泉一文字がにゃっと手を挙げた。
「呪いが弱まってる気がする」
「そうかなぁ」
「それこそ気の所為じゃね?」
「うー?」
鯰尾も後藤も物吉も次々と首を傾げるが、山姥切だけは「何を当たり前のことを言ってるんだ」と鼻で笑った。
なんだよ、とガンを飛ばせば、
「だって、君は猫じゃなくて猫殺しだろ」この俺がそれを正しく呼んでいるんだから、当たり前じゃないか。
よく分からないが、山姥切のおかげらしい。少しばかり感動していると「ま、呪い自体が弱まってる訳じゃないけどね」語尾かーわいー、などというものだから、もう台無しだ。




六十四、毛利藤四郎

こんな本丸であっても、それなりに娯楽として怖い話などすることもある。するのは大体粟田口派の短刀達だ。
「最近、何かあった?」
「あるぜ」
厚がスっと手を挙げた。
「毛利がさ、」
毛利藤四郎。兄弟の中では、現状最も最近来た短刀だ。剣はこの本丸にはいない。
閑話休題。
その毛利が、
「ものすごく真剣な顔で、言うんだよ」
子泣きじじいって、すごく特殊性癖ですよね、って。主体的な属性は小さい子なのかじじいなのか、そこが問題だ、とのことだそうだ。
「うわぁ……
「行くところまで行っちまった感じがすげぇな」
「それ、検討しちゃった段階でもう駄目だよ」


六十五、数珠丸恒次

数珠丸恒次に黒い靄がまとわりつくようになった。同田貫や蜻蛉切にも憑いたアレだ。本丸中が固唾を呑んで見守っていると、数珠丸は静かに言った。
「グーで殴りますよ」
言い終わらないうちに、靄は霧散した。
「斬るより殴る方が……早いのか……?」と御手杵が思考停止している。




六十六、謙信景光

台所に向かう途中の小豆長光が庭を見ると、謙信景光が遊んでいた。一番仲の良い五虎退は出陣中で、秋田は内番だ。ひとりでは寂しくないだろうかと声をかけようとしたところ、ぴょんぴょん跳ねる影が見えた。我らが祖が一振の姿をした三寸ほどの人形だ。成程、彼がいるなら安心だ。
そのまま何となしに見ていると、跳ねる影が増えた。はて?目を凝らせば、小鳥のようだった。これまた祖が一振に似ている気がする。
「あ、あつき!」
こちらに気付いた謙信が、手を振ってくる。人形と鳥も一緒だ。困惑する小豆に、いつの間にか隣りに来ていた燭台切が困ったような笑みで教えてくれた。
「兄様たちが、自分たちも謙くんと遊びたいって、送ってくるみたいで……
僕の小さい時を思い出すって、なんなんだろうねぇ。




六十七、巴形薙刀

巴形薙刀は日記を付けることを日課にしている。日日是新しい物語である。しかし、何が記録すべきことか分からない。起床の時刻から朝食の味噌汁の具、就寝時に聞いた虫の声まで書いていたら、紙が足らなくなった。
「そこは、ものすごーく印象に残ったことをいくつかでいいんですよ」
鯰尾がそういうので、その通りにしてみた。成程、一頁に収まる。
礼と共に、もう一度鯰尾に見せてみた。
「わー、なんかすごい!こんなこと、本丸であったっけ?」
「いや、現ではないな。昨夜の夢だ」
途端に鯰尾は顔色をなくし、巴形の日記帳を行けに投げ捨てた。
「夢日記ダメ!絶対!!」





六十八、千代金丸

千代金丸は生まれ故だろう、寒さが嫌いだ。冬は出陣と内番でない限り、炬燵から出てこなかった。春になって少しは暖かくなってきたが、それでも冷える時は冷える。そんな時、千代金丸はふらりふらりと本丸内を彷徨い歩く。そして、なんとなく温い場所を見つけ出す。なんともけったいな習性だが、それよりもけったいなのは、その温い場所だ。階段の下の陰であったり、どこかの部屋の押し入れの中であったり。普通は温いはずのない場所ばかりであった。しかし、一緒になって潜り込んでみれば、確かに温いのだ。皆、変だと思いながらも、害はなさそうなので放っている。




六十九、大般若長光

大般若長光は自撮りが好きだ。語弊があるかもしれないので言い直すと、大般若長光は己の刀身を如何にすれば美しく写真に収められるかを試行錯誤するのが好きだ。美術品達を美しく撮りたいと思ったのが始まりだ。練習台で刀身を撮ってみたら、存外に難しくてのめり込んでしまったらしい。
「いやぁ、本当に難しいんだよ。なんせ、いつも俺の刀身に、美しいお嬢さんが写り込んでくるんだ」
そう言って見せてくる写真には、確かに尽く見知らぬ茶碗が写りこんでいた。茶碗の幽霊とは新しいと、妙な評判を呼んでいる、




七十、小竜景光

小竜景光の近頃の趣味は、御朱印集めだ。放浪するならいっそ徳を積んで来いと、神社や寺暮らしの連中から御朱印帳を貰ってしまった。
「いやはや、みんな愛されてるねぇ」
山と積まれた御朱印帳は彼等を模したデザインばかりで、作られたからには使われたいのが本能だ。
これらを携えて旅に出れば、目指していなくとも神社や寺に辿り着く。便利なものだ。更には周囲の名物まで神託で飛ばして来るので、小竜は完全に観光気分で彼等の御朱印を集めてまわるのだった。




七十一、小豆長光

台所で、小豆長光と子供が真剣な顔で豆腐を囲んでいる。
「きみは、これをどうにかしたいんだね?」
子供はこくりと頷く。ならばと小豆が端末からいくつかの写真を表示する。
「ちーずけーきかてぃらみすがていばんのようだね」
「よろしくおねがいします」
甘味を前にした子供とは思えぬ真摯な様子で、深々と頭を下げる。
「いっしょにがんばろう、豆腐小僧くん」
今の時代、普通の豆腐では生き残れない。本丸のモットーたる『生存戦略』のもとに、小豆長光と豆腐小僧の豆腐スイーツ探究は、たった今始まったばかりである。



七十二、山姥切長義

山姥切長義には、化け猫の祖母がいる。当然ながら血縁関係はないが、政府にいた頃から良くしてもらったし、今でも本丸に立ち寄ってくれる。在る時間なら山姥切の方が長いが、肉の身体を持った時間は彼女の方が相当長い。
「もし俺にも人間の様に祖母がいたなら、彼女のような人だろうね」
このように、山姥切は彼女を心から慕っている。
さて、そんな毛深い祖母とは別に、山姥切は本丸の台所の釜戸の婆にも気に入られているし、万屋の三軒隣の蕎麦屋のご夫人にも可愛がられている。

「あいつ、山姥切ったくせに、婆さんに好かれすぎだろ、にゃ」
「ご婦人に好かれる孫感がありますよね」




七十三、豊前江

豊前江は時折早駆けに出掛ける。馬なのかバイクなのか自分の足なのかは、各自で判断して欲しい。
それで、夜の原をひたすらに駆けていると、いつも併走してくるものがいるという。
「首のない馬なんだけどな、」
毎度いい勝負を繰り広げ、夜が空ける頃に消えるそうだ。
次は決着をつけたいと、豊前は楽しげに笑っている。



七十四、祢々切丸

祢々切丸は『奇跡の刀』と呼ばれている。なんと鴨居に頭をぶつけたことが一度もないのだ。
「あの鴨居、最近は打刀にまで当たりに来るのに……
「脇差まで来るのも時間の問題だと思ってた」
「やはり神威が高いと違うのでしょうか」
皆がどよめく中、今日も祢々切丸は悠々と鴨居を潜る。




七十五、日向正宗

日向正宗が、江戸城特産の梅干しを前に思案している。どうしたのかと訊けば、
「うん、僕にも作れないかと思ったんだけど」
これは無理だね、とため息をついた。
「政府が作るから大丈夫。きっと、他の本丸の僕でも作れると思うよ」
でも、うちの本丸で作ったら、多分駄目だ。
ろくな事にならないだろうと、日向は控えめながらも断言する。
「こんな本丸だから仕方ないさ、僕は賑やかで好きだけどね」



七十六、静形薙刀

静形薙刀はさにわが苦手であった。なんせ小さい。それに持ち上げればぐにゃりとしている。手足なんざ細っこくて、とても触れたものではない。それ故に、あからさまに避けていた。
ある日、さにわはその極々小さな脳みそで思いついた。これなら、あのとっても大きな刀と遊べる、と。
静形が箒で庭をはいていると、足に衝撃が走った。足元をみれば、茶釜があった。何故。
よく見れば茶釜から審神者の顔と手足が生えている。そう、茶釜に入っていれば静形が壊す心配はなかろうという、微妙に頭の悪い作戦だった。
しかして、静形とさにわは触れ合うようになった。時として、阿呆は強い。