狸本丸怪談~てのひらにのる程度の話・2~


二十二、山姥切国広

山姥切国広の焦燥は頂点に達しつつあった。
布が消えた。顕現時から被り続けていた、あの布だ。修行を経て脱ぎはしたが、捨てはしていない。いなくなると困るのだ。
どう困るかと言うと、最近自我が目覚めたらしくて困っている。自分に似た姿をとって、知らぬ間に動き回っているらしい。
どこに行ったかなど、分からぬ訳がない。もはや己の半身だ。ズカズカと廊下を進み、とある部屋の前で息を整える。
「開けるぞ!」
スパンと障子を開ければ、布が山姥切長義の膝に懐こく甘えていた。
「ずるい!!」
「まあ、布くんは山姥切を名乗ってないからね」



二十三、燭台切光忠

燭台切光忠が作る菓子は、少し数が多い。
伊達の刀と長船の刀、そして古備前のふたり。膝丸も数に入れるなら髭切も付いてくるので、十三あればいいのだが、何故か十五作る。
短刀ふたりにやるのかと思えば違うらしい。さにわの分かと訊けば、「あるじくんのは動物用レシピだね」との事だ。
では、あまった二つはどうなるかと言うと、誰もいない縁側にちょこんと置かれる。
「みっちゃーん、あれさぁ」
「貞ちゃんもあんまり見ないであげてね」
いつもこっそりお手伝いしてくれる恥ずかしがり屋さんがいるんだよ。
その子達へのお礼だと、燭台切はふくふくと笑うのだった。



二十四、薬研藤四郎

最近、薬研藤四郎がひとり増えたという噂が囁かれている。噂好きの家鳴りが面白可笑しく吹聴している。そもそもこの本丸には初代薬研と二代目薬研がいる訳だが、初代が成仏して減るならまだしも、増えると言うのは道理に合わない。当の薬研達は、黙ってにんまりと笑っている。




二十五、石切丸

「それじゃあ、ついでにこれも実家に戻して来るよ」
石切丸はそう言いながら、キャリーバッグひとつにはちきれそうなぐらいの量の読了本を詰めて、修行に旅立った。
「只今帰ったよ」
石切丸はそう言いながら、キャリーバッグふたつと別送でミカン箱みっつ分の本を持って帰ってきた。



二十六、にっかり青江

遠征の道中、日照りが続いた時代を通った時のことだ。一番後ろを歩いていたにっかり青江は、道の脇に揺れる萎れかけの花を見付けた。ふむと一瞬考えてし、そっと摘み取る仕草をする。仕草だけだ。そのまま、何事もないように、遠征を続けた。
その夜、泊まった宿屋には、庭に小振りの石燈籠があった。皆が寝静まった頃、青江は部屋を抜けて庭に出た。石燈籠に重なる様に現れた女の髪にそっと触れる。
「うん、悪くないんじゃないかな」
女の髪には、昼間の花が瑞々しく咲いていた。



二十七、同田貫正国

誰しも調子が振るわない時と言うのはある。ここ最近の同田貫正国もそれだった。原因は手足にまとわりついているおどろおどろしい靄である。御神刀達は揃って「まあ、あれだけ憑いているのに大坂城に行けるんだから、大丈夫大丈夫」と、茶を啜っている。
そんな手枷足枷が、ある日すっきりさっぱり消えていた。
「あのモヤ、どうしたんだ?」
「あ?ぶった斬った」
よく考えりゃあ、兜より硬いわきゃねぇんだから斬れるだろ。
「なるほどなぁ」と納得するのは御手杵と御神刀達ぐらいなものだった。




二十八、次郎太刀

「占いとかご神託に頼りすぎるのもどうかと思うんだよねぇ」
ファッション雑誌のページを弄びながら、次郎太刀は呆れた様子を隠しもせずに言った。共に雑誌を見ていた加州清光と乱藤四郎は「そう?」「面白いと思うけど」と目をぱちくりさせている。
「だって、考えてもごらんよ」
この占いを読んだ全員が同じ助言に従って、同じ様に不幸を回避して、全員が同じ様に願いを叶えたら、それはもう歴史修正の前借りみたいなもんだろう?
「こんなもん、読んで5秒で忘れるぐらいでいいのさ」
次郎も一応御神刀だろうに、そういってケラケラと笑うのだった。



二十九、厚藤四郎

厚藤四郎は確かに鎧の隙間に潜り込んだはずだった。しかしその先に、断ち切るべき肉が無かった。肉も無ければ骨も無い。鎧の中は伽藍堂だ。どうすれば?どうすればこいつを殺せる?どうすれば自分の本分を全う出来る?分からない。分からない。分からない。頭が、目が、ぐるぐる回る。
はっと気が付くと、手入れ部屋の布団の中であった。戦場で遡行軍の薙刀を仕留めた後、ばたりと倒れてしまったそうだ。遡行軍の薙刀は鎧なんぞ着ていない。では、オレが斬れなかったあれはなんだったのか。厚は誰にも訊けないでいる。



三十、蜻蛉切

蜻蛉切は、誠実と実直を鍛えて作られたかのような男である。なので、同田貫正国に憑いていた靄が自分の周りを漂いだした時も、真摯な説得が行われた。されど、靄は靄だ。言葉など通じない。さようならば仕方無し。蜻蛉切の穂先が靄を散らした。
「やっぱり斬るのが一番早いよなぁ」と御手杵はしみじみしている。



三十一、獅子王

獅子王の鵺は日々大きさが変わる。周期は大体月の満ち欠けと一致しており、満月の頃に最小で朔月の頃に最大になる。と、まあここまでは、どこの本丸でもあるだろう平凡な話だ。
この本丸の鵺は、時々一夜にして大きく膨れ上がる。その大きさは、人ひとりを丸まま飲み込んだ程度である。鵺が膨れた日は、五虎退の虎の爪に血のついた衣が引っ掛かっている日と一致しているので、そういうことなんだろうなと獅子王は納得している。



三十二、一期一振

一期一振は畑仕事が得意であった。それも、実ってから収穫までの世話が特に神がかっている。小烏丸も同様の質らしく、ふたりで畑当番に当たった日には、燭台切から渾身の菓子が献上される程だ。
「いいよなー、俺も光坊の苺大福、食いたいなー」
わざとらしく駄々を捏ねる鶴丸国永を後目に、一期は上品かつ大胆に苺大福にかぶりつく。
「鶴丸殿だって、真面目にやれば出来るでしょうに。御役目なんですから」
ここに来てまであんな硬っ苦しい儀式は御免だぜ、と膨れっ面の鶴丸を無視して、苺大福を完食した。
美味しゅうございました。



三十三、長曽祢虎徹

実のところ、長曽祢虎徹も物の真贋の見極めは得意であった。
「贋作なら分かるぞ。初めは申し訳なそうな強ばった顔をしているが、俺を見ると力が抜ける」
仲間を見付けて安心するんだろうなぁ。
例え名が偽でも働きが本物であれば良いのだ、という長曽祢の叱咤激励に、贋作達は物としての自信を取り戻すという。贋作達のその後の働きは、言わずもがなだ。これが人呼んで「長曽祢漢塾」である。




三十四、平野藤四郎

平野藤四郎には珍妙な寝癖がある。誰かしらの枕元に本体を預けないと眠れないのだ。この誰かしらについても条件があるらしく、最良はさにわで、次点で一期一振、鶴丸国永、鶯丸、それに天下五剣が続く。
毎夜平野の本体を託される一期や鶯丸は、
「御役目が身に付いてしまっているんでしょうな」
「本丸でぐらい、少し肩の力を抜いても、罰は当たらないだろうに」
と言い合いながら、せめてもと最高級の刀袋を用意している。




三十五、三日月宗近

意外なことに、この本丸の三日月宗近は珈琲に凝っている。豆のブレンドやら何やらが香道にでも通じるのかもしれない。ほやほやと加熱中のサイフォンに話し掛ける様は微妙に惚けた年寄りだが、その珈琲は確かに美味い。長谷部なんざ完全に虜である。珈琲牛乳にすれば短刀達にも大人気だ。
それが嬉しいのだろう。誰かが少しでも「珈琲が飲みたい」と呟けば、直ぐに出てくる。気が付けば机の上に、部屋の前に、縁側の傍らに。
本当に直ぐに出てくる。たとえ三日月宗近が出陣していようと、遠征に行っていようとも。



三十六、岩融

岩融は小さい者が好きだし、小さいモノ達も岩融が好きだ。非番となれば短刀達に囲まれて、賑やかに遊んでいる。遊んでいるうちに、短刀以外もやって来る。山伏と修行仲間の家鳴りやら、燭台切をこっそり手伝っては菓子を貰っている童やら、千代金丸が連れてきたキジムナーやら。頭によじ登られても懐に潜り込まれても岩融は豪快に笑って許すが、右肩に乗られた時だけは別であった。さり気なく別の場所に移される。
「あたりまえです。あそこはぼくのとくとうせきなんですから!」と言うのが、今剣の主張である。本丸一見の軽い大きいのと小さいのは、今日も今日とて仲が良い。



三十七、鶯丸

基本的には縁側や炬燵で緑茶か煎茶を飲んでいる鶯丸だが、時には茶室で抹茶を立てることもある。相伴に預かる刀はその時々で、今日は加州と大和守であった。加州がいると、大概はさにわもついてくる。邪魔せぬようにと手毬を与えられ、部屋の隅でコロコロ転がる毛玉を見て、鶯丸は考えた。
「あるじ、ちょっと茶釜にはいってみてくれないか」
分福茶釜の方が、隠神刑部の手下八百八匹の末よりも力がありそうだし、何より目出度そうじゃないか。

「俺、未だにあの人の冗談が笑えない……
「通好みな感じだよね」




三十八、蛍丸

押し入れには蛍丸が隠れている。明石国行と愛染国俊はそれを知っている。粟田口と隠れんぼをしているのだ。ハンデとして、秋田藤四郎は最終兵器として温存されている。もうじき夕飯になろう頃、遂に秋田が投入された。そして来派の部屋にやって来た。
「失礼しまーす」
「おーおー、蛍丸も遂に年貢の納め時やな」
「早く見つかって、飯食いに行こうぜ」
秋田はそっと押し入れを開け、そしてそっと閉めて部屋を出ていった。
蛍丸は見つかっていない。たしかに押し入れに隠れていたはずなのに、蛍丸は見つからない。




三十九、御手杵

御手杵は臼にとても好かれている。完全に名前由来の洒落でしかないが、関係は至極良好である。御手杵は「俺は刺す以外能が無いからなぁ」と言う度に、突くのも撞くのも上手いじゃないですかと何故か臼に慰められている。




四十、江雪左文字

江雪左文字の説話サークルが、鼠や狐の間で好評を博している。僧形をとっていても所詮は畜生の身、破邪顕正を旨とする数珠丸恒次の仏門セミナーは流石に敷居が高い。その点、江雪は和睦に重点を置いているため、悪さを企まない限りは和やかに受け入れられるのだ。最近では、さにわまでもが何故か茶釜を背負って参加しているという。単に混ざりたいだけであろうが、江雪は「これも和睦です」と、珍しく笑顔を浮かべている。




四十一、鶴丸国永

鶴丸国永は穴を掘らないし、珍妙な眼鏡も掛けない。彼の驚きは戦場にある。戦場に転がる骸達に、死に際を訊いて回るのだ。
「死ぬなんざ、人生最後にして最大の驚きだろ」と鶴丸は笑う。




四十二、浦島虎徹

浦島虎徹には海の声が聴こえるらしい。しかし、本丸は海から程遠い場所にある。何から呼ばれているのかと、当初は非常に心配されていた。しかし、本当に当初だけであった。
「んー……、え、ホントに!?歌仙さーん、燭台切さーん、今日は鰆が大漁だって!!」
「よし。燭台切、行こうか」
「うん。浦島くん、いつもありがとう!」
「いいっていいって!」
このように、夕餉の食材の調達に、海の声はとても重宝されている。




四十三、太郎太刀

太郎太刀が電話をしていた。そう、政府への連絡と小烏丸の私用でしか使われない、あの電話機だ。
「そうですか。はい、ええ、やはり……
承知しました、と受話器を置き、事務室へ向かった。帳簿つけに勤しむ博多と長谷部に、太郎太刀は告げた。
「今年の御素麺は少し高値がつくとの神託です」
お中元はサラダ油セットの方がよろしいかと。




四十四、物吉貞宗

最近、なんだかついてない気がするんですよね。という物吉貞宗の呟きは、鯰尾藤四郎と後藤藤四郎を震撼させた。そっくりな動作で狼狽える兄弟は捨ておいて南泉一文字が詳しく聞くと、店でおまけに貰った根付を帰り道で失くしてしまったり、露店で買った食べ物を食べる前に落としたり。
「だとよ」
「うん、流石は幸運の刀だ」
通り魔的な呪いや災難を幸運で尽く回避しているのさ。普通なら霊力で叩き落とさないとどうにもならない類いのものな筈なんだけど。というのが山姥切長義の見立てであった。
「幸運刀こえぇ……にゃ……
「あれは俺も流石に真似出来ないな」





四十五、後藤藤四郎

一時発狂が落ち着いたところで、後藤藤四郎が、そういやさ、と嬉しそうに言った。
「俺、背が伸びたかも」
「それはない」
「残念ですが……
「ないね」
「ねーにゃ」
全否定であった。
「だって、万屋の店員さんに追い付きかけてるんだぜ!?」
後藤の悲痛な訴えを、物吉が申し訳なさそうに諭す。
「違うんです。あの方が縮んでるんです」
因果を逆に巡って還る途中の方なんですよ。





四十六、博多藤四郎

遠征の途中、偶々賊に襲われている豪商を助けた。歴史に影響のないことはこんのすけに確認済みだ。是非とも礼にと屋敷に招かれ、これまた歴史に支障なしとの事なので相伴にあずかることにした。翌日、暇を乞うて屋敷を後にしたが、その際に博多藤四郎が丁稚の小僧に何か耳打ちしていた。
「あれ、何言ってたの」と乱が聞くと、博多は「小銭ば貯めて、さっさと逃げるよう忠告したばい」と笑った。悪どい事して稼いどったみたいやしね。悪銭身につかず。近い内に潰れるというのである。
後日、数年後の同地を通ると、確かに屋敷は落ちぶれて久しい有様に変わり果てていた。





四十七、小狐丸

近頃の小狐丸は、何やら外の御仁にご執心らしい。自ら作った稲荷寿司を片手に、毎夜の様に出掛けて行く。
「小狐丸殿も隅に置けませんなぁ!」と鳴狐のお供が言えば、こんのすけも「彼の地に近い本丸の我々からも、どうなのかと通信が入っていますよ」と生真面目に続いた。
二匹に囲まれた小狐丸は「やめぬか、おぬしら」と、照れるばかりだ。
「殺生石の御方も、小狐丸殿のような立派な御刀に想われて、幸せですな」
「東の霊峰に咲く花は呪い耐性が強いとの調査報告があります。次の逢瀬の土産に如何でしょう」
「ふむ……
キャッキャと恋話に花を咲かせる狐達であった。




四十八、信濃藤四郎

信濃藤四郎は時たま姿をくらますが、その程度ならこの本丸では日常茶飯事だ。信濃の場合は、本体も人体もピッカピカに磨かれて帰ってくる。ご多分に漏れず、その間の記憶はない。
「あいつ、秘蔵っ子だからなぁ」
「有難い話なんじゃねえか?」
「いいなぁ!僕もエステ行きたい!」



四十九、膝丸

膝丸は生まれてこの方の元号を全て覚えている。自分達以上にころころと名が変わるのが面白いらしい。なにより「この名が増えれば増えた分、俺と兄者が兄弟であるという歴史が積み重なるのだ」とのことである。なお、彼のお気に入りは、共に源氏の重宝としてあった頃を除けば平成である。「短くはあったが、二度も兄者と穏やかに座して数日を過ごしたのは、なかなかに貴重だったな」だそうだ。





五十、髭切

髭切は元号が分からない。
「だって、僕達以上にころころと名前が変わっちゃって、これじゃあ覚えられないや」とのことである。ではどうやって年月を数えているかと言うと、己と弟が生まれた時を初めにしてずっと数え続けている。それならそんなに忘れないよ、と笑っている。