狸本丸怪談~てのひらにのる程度の話・1~

顕現順

一、加州清光

加州清光の片耳が利かなくなった。まるきり聴こえない訳では無いが、水が詰まった様に鈍い。どうにも足取りも怪しく、戦も内番もままならない。仕方なしと座布団を枕に昼寝をしていると、ほたほたとさにわがやって来て、耳元でけたたましく鳴いた。
すると、加州の耳から何かがするりと抜けた。靄のような、水のようなそれを、さにわはいつになく素早く捕え、バクリと喰ってしまった。
「この阿呆タヌキ!何してんの!?」と飛び起きた加州の耳は、全くケロリと治っていたと言う。



二、五虎退

五虎退の虎の爪に、時々だが、布の切れ端が絡まっている。赤黒い染みが散り、ズタズタに引き裂かれたそれは、なんとも無惨極まりない。しかし、非番の者総出で本丸中を隅から隅まで検分しても、“本体”が見つかった試しがない。
「虎さん、虎さんは一体なにを狩ったんですか?」
毎回毎回、虎の爪から丁寧に布を取り除きながら、五虎退は泣きそうな顔をしている。



三、愛染国俊

愛染国俊には日課がある。早朝にするラジオ体操だ。蛍丸と明石国行は起こしても起きない。ひと通り体を動かし、すっきりしたところで、裏の山に向かって叫ぶ。
「おっはよーございまーす!!」
すると、「おはよー」「うーっす」「はろー」「今日も元気だねぇ」などの返事が返ってくる。
ここで、稀に「何時だと思ってやがる!!」と罵声が来ることがあり、そんな日は大体怪我人が出るものなので、愛染は近侍当番に知らせに行くのである。



四、鯰尾藤四郎

「でもさあ、やっぱり加護とか眷族がいるのってかっこいいよね」
狐とか鵺とか龍とかさ、と鯰尾藤四郎は言うけれど、彼は知らないのだ。自分が大きな地震のあった時代に派遣されない、その理由を。
その足元の池では、鯰が大人しく眠っている。



五、堀川国広

「闇討ち暗殺お手の物」とは確かに堀川国広の謳い文句であるが、戦場での彼は比較的正面から打ち合っている。それを指摘すると、堀川はカラカラと笑った。
「やだなぁ。闇討ち暗殺がみんなに分かったら、意味ないじゃないですか」


六、今剣

今剣は見た目に依らず博識だ。歴史のことも人間のことも、そして本丸内で起こったありとあらゆる事象も、すべてが今剣の知るところであった。どうしてなのかと訊いてみれば、「だって、からすのめはどこにだってあるでしょう?」とゆるく笑うだけである。今日も、鴉がカァカァ鳴いている。



七、大倶利伽羅

燭台切光忠の部屋に光忠の兄が夜毎訪ねて来て、同室の大倶利伽羅が胃を痛めているのは、最早本丸の誰もが知るところである。しかし、近頃は状況が変わったらしい。
「で、どうなの?」
たまたま大部屋の炬燵で隣り合わせた加州清光が、ばりぼりと煎餅を齧りながら訊く。
すると、大倶利伽羅は沈痛な面持ちで左腕をさすった。
「龍が……
「龍?アンタの倶利伽羅龍?」
大倶利伽羅が語るには、左腕の倶利伽羅龍が夜な夜な抜け出ては、やってくる光忠の兄に吼え掛かっているそうだ。
大倶利伽羅は「あれに気付かずに寝ていられる光忠が分からん……」と頭を抱えている。



八、大和守安定

大和守安定の弁はこうである。
「清光が狸を飼ってるなら、僕は狐でもって思って……
それで、こんのすけをかまい倒してたら、他のもどんどん寄って来ちゃって、気が付いたらこんな感じ、と語る大和守は実に淡々としていた。
こんのすけ、お供の狐、その他の名も無き野狐、果ては鳴狐や小狐丸まで、この本丸の狐は皆、大和守に絶対服従している。



九、前田藤四郎

前田藤四郎の外套に、何やら引っ掛かったような重みがあった。新橋帰りであったので、敵の残骸か返り血かと思い、外套を脱いでみれば、それは見事な夜光蝶であった。そっと手を伸ばすと、蝶はひらりと飛んで、ふっと消えてしまった。消える瞬間が一等綺麗だった。ただそれだけの話だ。



十、鳴狐

「いらっしゃいませんでしたねぇ」
お供の狐が悲しげに鼻を鳴らす。やはり仲間が欲しかったのだろう。鳴狐はその背をそっと撫でてやりながら、あ、と声を上げた。
「いかがしました、鳴狐」
「大和守に狐避けの札を書いてもらって、入口に貼ってたのを忘れていた」



十一、秋田藤四郎

秋田藤四郎は本丸探検が好きである。軒下、屋根裏、縁下、林、叢、蔵の奥。何処にでも行くし、何処からでも帰ってくる。探検用の肩掛け鞄には、見つけたお宝がぎっしりと詰まっている。しかし、彼のお宝コレクションを見てはならない。彼は何処へでも行くので。何だって持って帰るので。



十二、歌仙兼定

歌仙兼定を蔵に入れてはならない。茶器や水盤、皿、掛軸。彼らの有り様を時に褒め、時に指南し、雅とは何かを延々と説く。顕現したての頃に、蔵に籠って三日ほど行方知れずと騒ぎになったこともある。
なお、近頃では、大般若長光も出禁である。



十三、陸奥守吉行

この本丸の陸奥守吉行は、蛇行して歩けない。



十四、乱藤四郎

乱藤四郎が古道具屋で友達になった髪飾りには、それは見事な蜻蛉玉がゆらゆらと揺れていた。覗くと、中で花弁がチラリチラリと舞っている。
「綺麗だね」
『まえの持ち主がずっと、さいごに桜がみたいって言ってたから』



十五、山伏国広

山伏国広が山篭りの準備をしていると、荷物の隙間に家鳴りが数匹潜り込んでいた。より大きく立派な音を鳴らさんと、日々鍛錬を重ねる武闘派の連中である。
「良かろう、共に修行に励もうぞ!」
山伏国広は高らかに笑い、空の背負い籠に彼らを移してやったのだった。



十六、小夜左文字

捨てられてしまったのです、初代様より九十九もの年月をずっと見守って参りましたのにこの仕打ちは酷うございます、と泣きながら語る将棋の駒たちに囲まれ、小夜左文字はうんうんと頷いた。
「いつか一緒に復讐に行こう。だからそれまでは、力を貸して」
お願いします。
承知しました。
駒達はきらきらと玉へと姿を変えて、歩兵刀装が出来上がった。
人の歴史の為に戦って、いつかは人を許せるようになればいい。



十七、蜂須賀虎徹

歌仙兼定が新たに骨董品を買い入れた時、鶯丸が湯呑みや抹茶碗を持ち帰った時、石切丸が古書を買い付けてきた時、まず蜂須賀虎徹が検分することになっている。目利きの腕は充分と豪語するだけあり、確かに物の真贋を外したことがない。
然し乍ら、この検分は真贋を判ずるのが本意ではない。
「ああ、この掛け軸は駄目だ。血が滲みすぎている」
「そうかい。良い画だと思ったんだけど、残念だ……
この本丸に入れて良い怪異なのか否か、全ては蜂須賀のお眼鏡次第なのである。



十八、宗三左文字

宗三左文字が笑うと花が咲く。笑顔が花のようと言う比喩でも、誉れの桜でもない。庭にある百日紅の木に、花が咲くのである。
「まあ、好かれて悪い気はしませんよね」
健気で可愛らしいじゃないですか、と宗三が笑えば、またひとつ花が開く。



十九、和泉守兼定

腹が痛い時、膝を擦りむいた時、指を切った時、この本丸では和泉守兼定の所に駆け込むことになっている。特にそういう決まりがある訳では無いが、良く効く薬を持っているのだ。
本丸の藪保健委員と名高い薬研藤四郎がこっそりと、薬の出処を訊きに行ったことがある。
和泉守はサラリと「ありゃあ自作だ」と答えた。なんでも、ある日出撃から帰ってきたら、部屋に河童が待ち構えていたらしい。そいつにみっちり三日間仕込まれた秘薬だと言う。
「マジかよ……
言葉を失う薬研に、和泉守は軽快に「まあ、俺はアンタのドクダミ推しも悪くねぇと思うぜ」と笑うのだった。




二十、骨喰藤四郎

骨喰藤四郎は修行から帰って来てから、時折「思い出した気がする」とぽつりぽつりと昔語りをする。しかし、どう聞いても、それは骨喰の記憶ではない。
「ばみ兄、誰の記憶が混線してるんだろうなぁ」
「ドラゴン倒したとか岩に突き刺さってたとか、絶対に日本の刀じゃないよね」



二十一、へし切長谷部

この本丸のへし切長谷部はカラオケが大層好きである。しかし、選曲がそれはそれは不評であった。
織田のよしみの宗三左文字には「あなたが歌う曲、大体洒落になってないんですよ」と言われ、黒田のよしみの日本号には「実感が籠っててがやべぇ」と言われた。
当人に他意は無いのだ。別に哀れみも損と嘘もくださいとは思っちゃいない。単に好きな歌を歌っているだけだ。仕方が無いので、同じく選曲が周りのSAN値を削る燭台切光忠や一期一振とカラオケ愛好会を開くか、風呂でひとりの時に熱唱している。しかし、風呂も最近はよろしくない。
興が乗って来た辺りで、加州清光が面白半分で買ってきた信楽焼の狸が腹鼓を打ちだすのだ。
「曲に合わせんか、下手くそ!!」
湯を盛大にかけられた狸は、変わらぬとぼけ顔である。