とある本丸怪談・壱

愛犬家/異教徒/無人

愛犬家本丸

 その本丸の審神者は、たいそう犬好きであった。その任に着く前はドッグトレーナーを生業にしていたのだという。自分の担当する本丸に赴く際にも、ある程度であれば犬を飼っても良いという許可を得てから着任したほどであった。
 どちらかと言えば、あまり活発な本丸ではなかった。演練にも最低限しか顔を出さず、特殊訓練にも加わらない。それでも半年ほどはほそぼそと成績をあげていたのだが、ある時を境にとんと連絡が取れなくなった。
 そしてちょうど同時期、犬を連れた審神者の報告が、政府窓口に多く寄せられるようになった。その審神者は犬を六頭も連れていたという。犬種も大きさも様々であって、審神者は彼らを刀剣の名で呼んでいたという。
 あまりにも目撃情報が相次ぎ、その審神者の特徴が件の犬好きの審神者と一致したため、念のためにと政府職員が視察に派遣された。よく与太話や冗談で語られるような「刀犬男士」であったならどうしようと軽口を交わしながら本丸の門をくぐった職員達は、絶句した。
 本丸のそこいらじゅうに犬がいた。柴犬、土佐犬、甲斐犬、ジャーマン・シェパードにゴールデン・レトリバー、チワワ、ポメラニアン、シベリアンハスキー。およそ四十以上の様々な種類の犬が、悠々と本丸に暮らしていた。唖然とする職員達に向かってシェットランドシープドッグが人懐っこい声で吠え、それが合図であったかのように、母屋から審神者が現れた。審神者は、やはり犬達を刀剣の名前で呼んだ。
 急ぎ、犬達の生体及び霊体検査が行われた。しかし結果は、彼らを何の変哲もない犬であると判じた。燭台切と呼べば嬉しそうに尾を振るシェットランドシープドッグも、大包平と呼ぶと力強く吠える甲斐犬も、秋田と呼べばちょこまかとじゃれついてくるポメラニアンも、皆、普通の犬であった。
 では、この本丸にいたはずの刀剣はどこへ?審神者に聞いてみても、彼は愛おしげな顔で犬達を指すだけであった。以降、この本丸は半分閉鎖され、保護観察処分となったという。





異教徒本丸

 その審神者は初めに、「信じる神が違うが、問題ないか」と訊ねたそうだ。
 もちろん信仰は自由である。当時担当であった政府職員も、ホッキョクグマを神と崇めていたぐらいだ。付喪神を呼び起こすとは言っても、当人が神道や仏門に通じている必要は無い。要は心意気と技術の問題だ。それを聞いて、その審神者は全くの鉄面皮で「よかった」とだけこぼしたそうだ。

 実際問題、刀剣男士の顕現は恙無く行われた。僧形や神職の姿が濃い刀が顕現するたびに、審神者は「貴方の信ずる神は如何なるものか」と問うた。山伏国広も江雪左文字も石切丸も、皆がそれに真摯に答えた。へし切長谷部だけは、おのれのストラを摘み上げながら、バツの悪い顔をしていたらしいが。

 ある時、それは僅かに意識の戻った刀の証言によると宗三左文字であったそうだが、疑問に思った刀が、遂に審神者に問い返したという。
「主の信じる神とはどのようなものなのか」
 審神者は、声なく笑った。目を細めているからか、やたらと黒目が大きく見えた。ひとしきり痙攣するかの如く笑った審神者は、急に動きを止めた。静かに空を指し、「此方からお越しになり」、ゆっくりと海のある方角を指し、「彼処に御座す」。

 そこからの証言は、実に曖昧である。
 みな、一様に地に倒れ付した。指一本も動けぬ。そんな中を、審神者が哄笑を響かせながら、無軌道に歩き回っていた、らしい。
 本丸との通信が途絶えてから半年後、政府からの調査隊が派遣された。対応が遅いように見えるが、連絡どころか座標軸の固定すらままならなかったのだ。調査に乗り込んだ職員と政府所属の刀剣は、ひどく不気味な光景に迎えられた。刀身がまるで乾涸びたように縮こまった刀剣の山。鉄が乾涸びる訳が無いのだが、そうとしか言い表せない状態だった。恐らく本体と同じ道を辿ったのだろう。もはや骨だけとなった骸。奇跡的に、ひどい脱水症状止まりで生き延びた刀も数振りだけあった。後に体は回復したが、精神は錯乱状態が続いている。時々、正気に戻る時があり、その際に聞取りをするのだが、審神者の行方はようとして知れなかった。


無人本丸

 その本丸は無人であった。
 読んで字のごとく、人がいない。捻りがないなどと言わないで欲しい。
 空き物件では無い。審神者は配属されている。生体反応もある。刀剣の顕現も、データ上は確認されている。しかし、物理的には無人であった。

 政府の調査員が何度か派遣されたが、建物の各所にスピーカーが設置されており、そこから審神者の声がした。調査員はスピーカーの音声に導かれて審神者の部屋に向かった。道中、廊下では脇差の溌剌とした声が、居間では古い太刀の雑談する落ち着いた声が、庭が望めるあたりでは短刀の笑い声が、台所の前に差し掛かると料理当番達の騒がしくも暖かい声が、スピーカーを通して聞こえてきた。しかし、どこにも刀剣はいなかった。
 遂に審神者の部屋に着き、障子を開けた。そこには小ぶりのラジオが、ぽつんと置かれているだけだった。そしてお察しの通り、ラジオから審神者の歓迎の意を示す声がした。
ラジオとは別に天上に設置されたスピーカーから刀剣の声で、お茶と菓子を持ってきた旨が告げられ、調査員が障子を開ければ廊下に盆が置かれていた。

 とにかく、いるのはいるらしい。
 戦場にも順調に出陣出来ている。取得した刀は見えないが。
 演練のノルマもこなしている。対戦相手が不明だが。
 日々の報酬も、こちらの発送記録とあちらの受領記録は一致している。移籍した山姥切長義の姿は見えなくなったが。なお、本人からの連絡は、定期的に来る。
 運営状況は良好である。
 よって、調査員は問題無しと判じて、本丸を後にした。
「いつかは本丸間交流会とか忘年会に顔を見せてくださいね」とだけ言い置いて。