狸本丸怪談・風


微かに風が吹いていた、のだという。
いやに冷たいとか、生暖かいとか、臭いがするとか、そう言うありがちなことはない、ごく普通の微風であったと鯰尾藤四郎は語った。
「だから俺たちも普通に覗いちゃったわけです!」などと明るく言い切って、一期一振に「少しは反省しなさい!」と拳骨を食らった。
頭を抱えて崩れ落ちた鯰尾に代わって物吉貞宗が話を続ける。
「僕もいましたし、そもそもみんな極なので、そう物騒なことにはならないと思ったんですが……
遠征の帰り途中、一息ついていた時のことであった。今思えば、行きも帰りも道は同じはずなのに、見たことが無いそれを疑うべきであった。遠征部隊の顔触れは、鯰尾藤四郎、物吉貞宗、浦島虎徹、太鼓鐘貞宗の四振。小さなお堂の軒下を間借りして、弁当を広げていた。あらかた食べ終わって腹もくちくなったあたりで、後ろからフッと風が吹いたのだという。当然ながら外なのだから、右からでも左からでも正面からでも、風が吹いておかしいことはない。しかし、風は唯一のおかしな方向、つまりお堂から吹いていた。
「お堂、……うん、やっぱりお堂ですね。お堂の扉が少し開いていて、その隙間から吹いてきているようでした」
中に何かある、あるいは何かいる。その事実に対して、太鼓鐘はもちろんのこと、脇差も好奇心に忠実に動く刀ばかり揃っていたのがよろしくなかった。さも当然のような流れで、開けてみることに決まった。
「遡行軍の作戦とかで、この時代のこんな場所に扇風機とかあったら大変だなって思って」と真剣に言う浦島に、蜂須賀虎徹も長曾祢虎徹も「その物事を見極めようという姿勢はいいことだが……」「時と場合というものがあるだろう……」と頭を抱えた。
それで、お堂の扉を開けてみると、中には龍がいたという。
「龍って言っても、本物じゃなくて木像のヤツな。とぐろ巻いててさ、地味っつーか、なんかどす黒い感じ?」
伽羅の龍の方が派手で良いよなと太鼓鐘が快活に笑うが、反対に亀甲貞宗は腹を押さえてうずくまっていた。存外に胃が弱いのだ。
たぶん、そこに骨喰藤四郎や大倶利伽羅がいれば話は違ったのだろうと、事情の聞き取りに当たっていた石切丸は見解を述べる。
「彼らの倶利伽羅龍の方が格が上だろうからね」
それに、性格的にもお堂を開けないか、その場で切り捨ててしまうだろうし。
にこにことなかなかに物騒なことを言うが、それも致し方のないことである。
確かに彼らならば、少なくとも、本丸に連れて来てしまいはしなかったろうし、龍が審神者を捕食しようと庭で暴風を吹かすことにもならなかっただろう。
秋に野分けは付きものとはいえ、庭先で猛威を奮うのは謹んでご遠慮願いたいものである。