狸本丸怪談・花


それは買い物帰りの道中のことであった。
謙信景光は、ちょっとした調味料や茶葉、簡易出汁などが詰め込まれた袋を抱えて、燭台切光忠の後ろをほてほてと歩いていた。
袋の中身は嵩張りこそすれどあまり重くない物ばかりであることが少し不満ではあったが、
しっかりとお手伝いの任を果たさんと、謙信はそれはそれは張り切っていた。万屋と本丸の間の道行きに、そうそう危険など無いとは分かっているが、我らが長船派の祖が一振りはどうにも呑気な質であったし、それに片目も眼帯で塞がっている。万一何かがあったら大変だ。
ぼくがしっかりしないと、と心の内で気合いを入れ、偵察のつもりで後ろを窺うと、なにやら紅いものが目に付いた。彼岸花である。謙信より丁度三歩ほど後ろに、彼岸花が一本咲いていた。
道沿いに一輪だけ立つ彼岸花。そう珍しい光景では無い。無いはずなのだが、はて、何かが気に掛かる。
「謙くん、どうかしたかい?」
……ううん、なんでもないぞ」
確かに気には掛かるが、そのぐらいのことでお使いが遅れるのも宜しくない。謙信は暫し様子を見ることに決めた。
十数歩進んで、そっと後ろを振り返る。これを何度か繰り返す。
四度目で分かった。やはり彼岸花である。同じ彼岸花が、謙信と燭台切の後ろをずっとついて来ているのだった。
自分たちより前方には彼岸花は一輪もないし、後方にも彼岸花は一輪だけだ。振り返る度に一輪咲いているなら、通ってきた道に沿って点々と続いていなければおかしいではないか。
送り狼ならぬ送り彼岸花。そう悪いものとも思えないが、良いものかと言われれば全く分からない。
謙信は、燭台切の上着の裾をそっと引いた。
「みつたださま」
謙信がこっそりと伝えたいという意図が伝わったのだろう。燭台切は足を止めて、謙信と目が合うように身を屈めた。
燭台切は彼岸花のことを聞くと、それは困ったと苦く笑った。
「彼岸花を摘んで持ち帰ると火事になると言うから」
そういうの、伽羅ちゃんや長谷部君がものすごく気にするんだよね。
では、どうすればいいのだろうか。たぶん、この花は本丸までついて来る気なのだろう。
「でも、ひがんばなもひとりいやなんじゃないかなぁ」
「そうだよねぇ」
そうは言えども、本丸に入れる訳にもいかない。
どうしたものかとふたり揃って暫し頭を捻っていたが、ふいに謙信が「あ!」と声を上げた。
「そういえば、ごこたいにきいたことがあるぞ!」
本丸を少し通り過ぎたところに、彼岸花の群生地があるのだという。
「じゃあ、少し寄り道して、そこに連れて行ってあげようか」
「うん!」
こうしてふたりと一輪は、足取りも軽く本丸への道を再び歩き出したのであった。