物資を詰め込んだ小型トラックの助手席に座りながら隣で頑なにこちらを見ようとしないディーンをカスティエルはチラリと見やった。
数時間前まで己はモーテルでディーンと対話し、こちらを避けながらも構う素振りをみせる彼に焦燥と苛立ちを覚え頭を冷やそうとバスルームに入ったはずだった。しかし、縦に割れた一筋の光に目がくらみハッとして目を開ければカビ臭い埃がたまったモーテルのバスルームに辿りついていた。引きこまれた衝撃で大きな音をたて尻もちをつく。その音に扉が開き顔を覗かせたのはディーンだったが、カスティエルが知るディーンとは雰囲気が異なり鋭い視線を向けられると体が硬直したように動けなかった。
「
……なに呆けてる。使えそうなものがなければさっさと行くぞ」
ディーンは目を細めてそう言ったが、座り込んだまま動けないでいるカステェイルに眉を寄せる。
「
……お前、銃はどうした。それに、右手
……怪我してる」
そこまで言葉を零した彼は途端に黙り込んだ。ジッとカスティエルを観察したのち、銃を構えたディーンはこちらに照準を合わせ声を低く唸らせる。
「お前、誰だ」
どこか冷めた声と鋭い視線にカスティエルは彼が先程まで話していたディーンではないとすぐに分かったが、目の前のディーンに説明するのは難しくさまざまな確認を経てやっとのことで納得し、今はトラックへと共に乗り込んでいる。ディーンは固くハンドルを握り前を見据えながら運転に集中しようとしていた。時々、眉を寄せ舌打ちしそうになるのを堪えるような表情になることもあり彼の中で判断を整理しているように見える。カスティエルは黙ったまま元の世界にいるディーンを思い浮かべる。
己がこちらへ来てしまったことの混乱はあるものの、どこか落ち着いているカスティエルは不思議な感覚に飲みこまれていた。そして、薄々この世界がどういった経緯で成り果てたものなのかも理解し始める。以前、ディーンが言っていた。
『胸糞悪い世界に行ってた』
そう話していたのをカスティエルは覚えている。
再び隣にいるディーンに視線を向けた。彼は苛立ちを抑え込みやっと落ち着きを取り戻したようだった。カスティエルの視線に気付いたディーンはチラリとこちらを見るとすぐに視線を逸らし「なんだ」とぶっきらぼうに答える。カスティエルは目を細めた。
「君は
……こちらの私がいなくなって先程まで焦燥と困惑に満ちていたが今は落ち着いている」
「お前がいた世界の話を聞いたら無事だと確信したからな」
ディーンは言いながら、「こっちの世界にいるよりずっと良い」と小さく呟くのを耳にしてカスティエルは眉を寄せる。
「入れ替わって来た経緯や状況に心当たりは?」
ハンドルを切りながらディーンは前を見て話す。彼らが拠点としているキャンプに向かう道でカスティエルは要点を掻い摘みながら答えた。幾つかの世界が存在することは知っている。神が何を思って作り上げたのかは分からないが、その世界は互いに干渉し合わないはずだ。ただ、次元を繋げる力がある者は存在する。理由は分からないが、無自覚にその力が発動したものなら対応は難しい。
「君の
……この世界は、私がいた世界とは既に切り離されている」
打つ手はないとするカスティエルは、ポツリと呟いた。以前は、ここと元いた世界は繋がっていたはずだ。ディーンがサムと仲違いをせず共に行動することで分岐点ができた。だから
――
「だから?」
ディーンは怪訝に聞き返す。
「こちらの世界の道筋を少々変えても私がいた世界に影響は出ない」
「
……何を考えてる」
途端にディーンは怒気を含んだ声で唸る。ブレーキを踏みトラックを停めた彼は鋭い視線をカスティエルに向けた。
「何を怒っている?」
カスティエルは目を丸める。何が彼をそれほど怒らせたのか理解できず、先ほど自身が零した言葉を思い返してみたがやはり理由が分からなかった。
「余計なことをするな。お前は元の世界に戻ることだけを考えろ」
「しかし、ディーン。私は最終戦争を回避した世界からきたんだ。これから君が取るべき対策も」
「黙れ!」
声を荒げたディーンに肩を揺らす。
「ここは、俺が突き進んできた世界だ。今更、引き戻すこともできない。そんな俺の身勝手に余所者のお前まで関わるな! お前を元いた世界に戻す! それで良いだろ。これ以上こっちの事情にしゃしゃり出るな」
胸倉を掴んでいた手を離し、ディーンは一呼吸おいて運転席に姿勢を正す。彼に掴まれた跡のシャツを正しながらカスティエルは顔を歪めた。
「
……私を戻す方法と言うが、こちらの私を戻す方法とは言わないんだな」
「
……あいつは向こうの世界にいる方がいいかもな」
「本当にそう思うのか」
それは、つまり。
私を置いていくということか。
「ここがどういう世界か知ってるだろ」
冷たく言い放ったディーンは再びアクセルを踏みハンドルを握る。
「君は
……ここでも私を避けるんだな」
カスティエルの呟きは小さく、運転するディーンには届かなかった。
キャンプ・チタクワに着くと、ディーンは顔を上げ「しばらくこっちのやり方に合わせろ」と言い放つ。異次元のカスティエルが入れ替わったという話をキャンプにいる皆に説明すれば混乱するだけだと理解する。頷いてカスティエルが生活しているバンガローへと案内される。しかし、一歩踏み入れると妙な香りが鼻に付き一瞬眉を寄せた。そんなカスティエルの様子に気付いたディーンはスタスタと共に一室に入ったかと思えば香りを放っているであろう焚かれているお香を掴んでゴミ袋に次々と入れ、引き出しの中の薬とベッドの下にまで手を伸ばし怪しげな粉薬が入った袋を捨てていく。
「お前、人間生活始めてからどれくらいだ?」
徐に問うディーンはカスティエルを見やった。
「
……3週間ほどだろうか」
目を丸めたディーンに、何もできない赤ん坊だと思われたくないカスティエルは「だが、」と続けた。
「コンビニで働いていた。店長の代わりを務めていたこともある」
まるで面接での自己PRのようだ。そう思ったカスティエルは途端に肩を窄めたが、ディーンは静かにクツクツと喉を震わせ笑みを零した。
「ふぅーん、こっちの奴より使えそうだな」
氷のような彼の表情が一つ溶けた気がした。己が良く知るディーンの顔がふとした瞬間に零れたことにカスティエルは全てを理解する。彼は完全に心を凍てつかせたわけではない。でなければ、この世界の自分が彼のそばを離れずにいるはずがないのは明白だ。
だとすれば、奇妙な経緯から次元を越えてカスティエルが入れ替わったことに理由があるはずだ。
(この世界を諦めるにはまだ早い)
笑みを浮かべたディーンは咳払いで誤魔化しながら「明日からチャックの仕事を手伝え」と命じる。
ディーンが出て行くその後ろ姿を見つめながらカスティエルは小さな決意をする。
× × ×
自身に宛がわれた一室で寝入っていると、見知らぬ女性が寝床に入り込んできたりベタベタと身体に触れてくることに困惑し彼女たちをできるだけ丁重に断りを入れ部屋から追い出したカスティエルは、この世界の自身の生活について頭を悩ませた。女性の温もりに癒される体感は知っているが、ディーンも共にいるキャンプ地でセックスに勤しむ気にはなれなかった。
部屋から出たカスティエルはあまり眠れなかった。朝焼けに染まる空を見上げ目を擦る。
「えっと、キャス? なんか雰囲気変わったね
……ディーンに何か言われた?」
物資を保管する倉庫で在庫をチェックするカスティエルにチャックが恐る恐る尋ねる。
「君の手伝いをするように言われた」
「いや、そうじゃなくて
……」
口籠るチャックはそれ以上言葉にしなかった。カスティエルは手元のバインダーに個数を書き入れると、窓際からディーンが数人つれてトラックに乗り込むのが見える。
「ディーンはどこへ? 物資は足りているはずだろ」
カスティエルの視線の先を見たチャックは表情を曇らせた。
「数週間前から捜査にあたった人たちが行方不明なんだ」
カスティエルがこの世界に来た数日前、キャンプ・チタクワの人間が消えるという事件が起きた。ディーンとカスティエルは物資調達と真相を突き詰めるためにあの日怪事件が起きた周辺のモーテルを探索していたのだ。
カスティエルは己に黙って捜査に出向いたディーンに違和感を覚える。きっと、この世界のカスティエルはディーンの側を離れずに共に行動していたのだろう。
「けど、珍しいね。ディーンが捜査に行くときは君もついていくのに」
「チャック、後は頼む」
そう言ってカスティエルは残りの在庫整理をチャックに押し付けると急いでディーンの元へ駆け寄る。トラックに乗り込む寸で止めると彼は不機嫌に顔を歪めた。「なんだ」とディーンが冷たくあしらうも構わずカスティエルは言い放つ。
「私も行く」
「お前は留守番だ」
「なぜ」
ディーンの言い分に納得できずチラリと同行するであろう人数を見ると2、3人といったところだった。ただ、彼らと共に捜査しても役立つ情報は得られないだろう。なぜ自身を連れて行かないのかとカスティエルは少し苛立った。
こちらに来た瞬間に見た縦に割れた一筋の光は明らかに何者かが介入した力だ。得体のしれない魔力のような力に対抗するにはこの世界はあまりにも無防備。
「ここで無暗に動けば状況が悪くなるだけだ」
「じゃあ、どうする。何か手を打たないと、お前、
……戻れなくなるぞ」
周囲に聞かれないよう声のトーンを押えたディーンは言った。
「
……私のことを心配してくれていたのか」
口元を緩めると、ディーンは否定も肯定もしなかったが黙ったまま顔を背ける。
「君のカスティエルもきっと戻りたがっている」
「
……は? なんだ、その妙な言い方は」
恩寵をなくし人間同様になったカスティエルをこの世界のディーンはそばに置いた。これは揺るぎない事実であり、カスティエルにとって複雑だった。同じ状況下の自分はディーンに「出て行け」と言われ避けられたのだから。この世界のディーンは「この世界より向こうにいる方が良い」と言ったが、本心では真逆のことを思っている。カスティエルは一見、近寄りがたいこのディーンを見やって直感だがそう感じた。不思議なことだが、あれだけ不可解だった彼の心情は一旦離れてみると今まで伝わらなかったものがカスティエルの胸を掬い上げる。
ディーンの腕を掴み現場の捜査に行くなら自分を連れて行けと、そうでないなら今は動くべきではないと懇願する。
「きっとあっち側のディーンたちが解決策を見つけるはずだ」
だとすれば、こちらはこちらでやれることを一つずつ片付ければ良い。そんなふうに言い放てば、ディーンは納得したのか掴んでいる腕の力が抜けた。
「お前も、俺のことそんなふうに信じてるんだな」
ディーンは眉を寄せて呟いたが、その瞳は一瞬哀愁に揺れる。なぜ、そんな顔をするんだ。と、カスティエルは強く腕を掴んだままその場に立ち尽くした。
君から受け取ったものは今でも僕の生きる術④
カスティエルはディーンと共に行方不明者が出た現場付近に小型トラックを停めた。「着いたぞ」そう言って、終末を迎えた世界のディーンはライフルを肩にかけ車から降りる。カスティエルもならって降りたがすぐにディーンが眉を寄せ睨んだ。
「お前
……手ぶらで来たのか?」
到着したこの場所も決して安全区域ではなく、クローツがいる可能性が高い。その中で、カスティエルだけが武装していないのでディーンも溜息をついた。後方から到着した仲間らに視線を向け「銃を渡せ」とカスティエルに武器を渡すよう言い放ったが、カスティエルは片手を上げ制止する。腰とズボンの間に隠し持っていた天使の剣を後ろ手で掴み取り出した。
「私はこっちの方が使い勝手が良い」
「それだと間合いに入らないと攻撃できない。クローツに引っかかれたら感染するぞ」
「そんなへまはしない」
カスティエルは眉を寄せそう言った。ディーンは何か言いたげだったが、結局は口を噤んだ。付近の地図を取り出し車のボンネットの上に広げる。数日前からこの一帯は幾人もの人が突如消えている。今は亡き友人のボビーの言葉を借りるとしたら「神隠し」といわれる現象に似ている。以前、生前の彼が受け持っていた狩りを思い出した。行方不明者は数日後に戻ったが、今までどこにいたのか何も覚えていないと言う奇妙な事件だった。
ディーンは地図の上を指さした。
「お前が現れたのはこの近くにある廃墟になったモーテルだ。丁度ここがその中心部。半径3キロ圏内で不可思議な現象が起こっている」
指で囲われた地図上の場所からカスティエルは顔を上げ、周囲を見渡した。湿った空気と昼間なのに薄暗い林の中。眉を寄せてから見覚えがある土地だと訝しむ。
「
……どうした?」
ディーンはカスティエルに視線を向ける。
「ここを
……知っている」
ポツリと呟いたカスティエルは目を細めた。木々が覆い茂る林はどこにでもある光景だが、記憶を頼りに歩みを進める。この先に廃墟となった屋敷があるはずだ。品の良い黒いスーツを身に着け鼻につく喋り方をする気に食わない悪魔の拠点地になっている。クラウリー
――。
だが、屋敷があったはずの場所に辿り着くも、そこには何もなかった。
世界軸が違えば、あるはずの物もなくなるのだろうか。そう過ったが、その考えすぐに否定する。ルシファーが支配する世界になったとしてもクラウリーの本質は変わらない。それに、気になる点は他にもある。カスティエルは背後から追ってきたディーンに振り向いた。彼は「勝手に出歩くな!」と怒鳴ったが、それはクロアトアン・ウィルスに感染した者がどこにでも潜んでいるからだった。だが、この林一帯にはクローツはおろか人の気配すらない。妙だと思った。林の外にある市街地に出ればクローツは目撃されている。ここだけが静かで奇妙に整っている。まるで、クローツを寄せ付けないまじないを施したようだった。クローツのような命令をきかないクリーチャーを嫌い、見た目ばかりを整う悪魔はカスティエルが知る限り一匹しかいない。
カスティエルはクラウリーが拠点とした屋敷があったとされる場所の前に立つ。目の前には野草が覆い茂るだけで建物はない。だが、四方に目立つ大木がある。その一本に近寄り幹を見やると、魔除けが張り巡らされた気配がある。悪魔が魔除けとは笑えない。実際には存在しているが目には見えないまじないだ。何かを隠している。
カスティエルは屋敷がそびえているであろう場所を睨み上げる。
「ここに何かあるのか?」
ディーンはカスティエルの視線の先を見つめながら眉を顰めた。
「クラウリーだ。ここに奴が拠点としている屋敷がある」
カスティエルの言葉にディーンは目を見張る。
「クラウリー? そんなはずない。あの悪魔は俺たちが始末した」
憎々し気に言い放ったディーンは、クラウリーと対峙した時のことを脳裏に思い浮かべたのか苦虫を嚙み潰したよう表情を歪めた。しかし、彼の背後から仲間の一人が近付くのが見えカスティエルは咄嗟に天使の剣を構える。ディーンが反応するより先に彼を押し出し男の肩に剣を突きたてた。瞳が一瞬、黒く変わったのだ。いつから憑依されていたのか分からないが、カスティエルは恩寵をなくしても人間に憑依した悪魔の匂いは嗅ぎ分けられる。
ディーンは彼のことを「カイル」と言っていた。カイルは自身の肩に突き刺された天使の剣を見やり舌打ちする。
「クラウリーはどこにいる」
カスティエルは苦痛に顔を歪めるカイルを睨みながら問う。だが、彼は白を切るつもりか悪魔に憑依されたことすらも誤魔化した。
「何の話だ? クスリのやりすぎでお前、可笑しくなったのか? リーダー、こいつを止めてくれ!」
男は卑しくもディーンに懇願の視線を向ける。瞳が黒く変わったのは一瞬だけで、ディーンには見えていない。この世界のカスティエルが興奮剤を過剰摂取していることで周囲からどう思われているか察するが、こういう形で利用されるのはカスティエルも迂闊だった。眉を寄せ、低く唸る。
「ディーン、信じてくれ。彼は間違いなく悪魔に憑依されている」
背後にいるディーンに語り掛けた。
「キャス、そこをどけ」
ディーンが銃を構え引き金を引く音が聞こえ、信じてもらえないことをカスティエルは焦燥を覚える。
「ディーン! 彼は本当に悪魔で」
「キャス!」
ディーンはカイルを取り押さえているカスティエルに向けて銃口を向けた。
これ以上、抗えば良い結果にはならないと悟ったカスティエルは握りしめた天使の剣を男の肩から抜き払う。カイルはニヤリと笑んだ。カスティエルは警戒心を向けたまま「ディーン」と名を呼んだが同時に弾丸が放たれる。弾はカイルの肩を貫く。
カスティエルに突かれた傷口に弾丸を浴びさせられた悪魔は、口から悲鳴を放つ。
「天使の剣じゃあ、悪魔はそう長く足止めできない。口を割らせるのは悪魔封じの弾だ」
ディーンは目を細めて悪魔を睨むと淡々と言い放つ。傍にいたカスティエルは呆けたように彼を見つめた。
「彼が憑依されていたことを知っていたのか?」
「はぁ? 知らねぇよ。お前が言ったんだろ」
呆れたふうにディーンが言った。
「お前は恩寵をなくしても悪魔に憑依された人間を見抜いていたよ。百発百中な。このことを知っていたのは俺とボビーだけだ」
だから、キャンプ内で悪魔が入り込んでもすぐに把握できるのだとディーンは言う。そうして、銃を手に再び引き金を弾く。悪魔は苦渋に顔を歪める。
「さて、クラウリーはどこだ?」
ディーンは鋭い視線を向ける。悪魔は瞼を瞬き黒い瞳を見せ笑んだ。
「知らないな」
「そうか。長期戦が好きなようだな」
ディーンは艶然と笑んでから、今度は片足に弾丸を撃ち込む。悪魔は悲鳴を上げた。拷問をすることに躊躇いのないディーンを横目で見つめながらカスティエルは肩を揺らし彼を遮る。ディーンは「邪魔をするな」と有無を言わせない鋭い視線をこちらに向けたが、カスティエルから出た次の言葉に静止する。
「私なら1分で口を割らせる」
ディーンは眉を寄せた。
「お前、恩寵は無いだろ」
「恩寵が無くとも、できるさ。クラウリーの屋敷は目の前にある」
「どこにもないぞ」
怪訝に眉を寄せたディーンだったが、目の前の悪魔はカスティエルの発言にたじろいだ。その反応にディーンはカスティエルに目配せさせ、「お前に任せる」と無言に頷く。
カスティエルは悪魔に揺さぶりをかける。悪魔は地獄に送り返されることを最も嫌う。カスティエルは悪魔封じで動けなくなった悪魔に言い放つ。
「クラウリーの屋敷がここにあることを、お前がここまで私たちを案内したと伝えよう」
無感情に放たれた言葉に悪魔の態度が一変する。大きく目を見開き焦燥の表情を浮かべた。
「そ、そんなこと、クラウリー様が信じるはずがない」
悪魔の言い分がから、やはり彼はクラウリーの部下だと認識できる。随分、頭の悪い悪魔だとカスティエルは目を細めた。以前、不本意ながらもクラウリーと手を組んでいた時、彼ら悪魔の組織形態を知ることができた。クラウリーが思うよりも部下は忠実ではないということだ。所詮、悪魔なのだから忠義などない。目の前の悪魔は今、己可愛さにどうやって逃げるべきかしか考えていないだろう。
「わかった。まじないの解除の仕方を知っている。だから、俺のことは」
悪魔がそう答えた時、カスティエルとディーンの背後から忍び寄る気配を察知した。
「ああ、茶番はもういいだろう」
低く唸る声が聞こえると、煙と共にまじないで隠されていた屋敷が姿を現した。クラウリーはのっそりとこちらに歩みを進めると、指を一つ鳴らす。すると、動けなくなっていた悪魔がクラウリーに泣いて懇願する前に口から吐いた黒い煙が地獄へ堕ち消えた。カイルの首はクラウリーの指先ひとつで折れ遺体となりその場に崩れ落ちる。その行為から、己が知っている世界のクラウリーよりも残虐で冷酷だと知る。カスティエルは眉を顰める。
しかし、ディーンの怒りの方が大きかった。現れたクラウリーを睨み上げ憤怒する。
「お前は、俺たちがあの時、倒したはずだ」
「俺様は悪魔だからな。器から出て逃げたんだ」
クラウリーは鼻で笑ってから答えてから、興味深そうにカスティエルを睨んだ。
「そんなことより、お前だな」
クラウリーの屋敷のこと、まじないのことをいち早く勘づいたカスティエルを指摘する。
「お前は
……こっちのカスティエルじゃないだろ」
面倒なこになったとカスティエルは顔を歪めた。
× × ×
バンカーの地下牢に鎖で繋がれたクラウリーは目を細め、じっくりとカスティエルを見やった。別の次元の狭間から現れたカスティエルの存在を認めたクラウリーは「なるほど」と呟いて、ディーンを見上げる。
カスティエルはクラウリーが向けるその視線が気に入らない。元いた世界のクラウリーは狡猾で冷酷だったからだ。ディーンは終末を終わらせるため、己の絶望と責任に立ち向かうため、コルトを求め追跡途中でクラウリーが所有していることを突き止めたが、罠にかかり騙された。その時もクラウリーは甘い言葉を巧みに使いディーンに言い寄った。
カスティエルは拳を握りしめる。この世界のクラウリーがどんな悪魔かはカスティエルにも知らない。この世界の彼らが捕らえたことから、少なくとも残忍さは薄れているようだが、これだけは言える。悪魔はどこにいっても所詮悪魔なのだ。
「ドリームウォーカーだ」
溜息をつきながらクラウリーが唸るように言い放った。
ディーンとサム、ケビンは眉を寄せる。
「何だそいつは」
目を細めながらディーンはクラウリーを睨んだが、それ以上答えない。こちらの出方を窺っているのだ。クラウリーもまたディーンが本気で取引を受諾していると思っていない。こちらもまた悪魔が放った一言に易々と手を伸ばしてはいけない。
ディーンが一歩前へクラウリーの元へ踏み出した。
カスティエルは咄嗟に、ディーンの腕を掴む。
「
……キャス?」
訝しむディーンの表情は、よく知っているものだった。カスティエルは懐かしさに少し顔を綻ばせたが、すぐにクラウリーを睨んだ。
「それ以上、奴に近付くな」
警戒するカスティエルにクラウリーは珍しそうに目を細めこちらを窺う。
「悪魔はそれ以上、知らない」
厳然と言い放つカスティエルに、ディーンは目を見張る。フン、と鼻で笑うクラウリーの様子から納得したのかディーンは小さく溜息をついた。異次元と異次元を行き来できる者が存在する。その者を探し出す術はないが、伝承を一つ一つ追っていくしかない。
サムとケビンは「ドリームウォーカー」についての文献を調べると言い、バンカーの書庫へ向かって行く。取り残されたカスティエルとディーンは、クラウリーから漏れる含み笑いに顔を向けた。
「何が可笑しい」
ディーンが眉を寄せる。クラウリーはカスティエルとディーンを交互に見つめながら、喉を震わせた。
「お前らを見ていたら、異次元の扉を開けることは、くだらないものだったのだと思い知らされるよ」
どうやたって変わらないものは変わらずそこにあるのだからな、と呆れたように息を吐いてから、次は興味がなくなったとでもいうようにクラウリーは不貞腐れたようだった。カスティエルもまた顔を歪ませたが、自身がまだディーンの腕を掴んだままだったことに気付いて静かに微笑む。その様子をクラウリーは大げさに手を振ってみせ、これ以上お前たちに協力する気はないことを示す。
ディーンはやっと、カスティエルが触れていた手に意識を寄せた。
「おい」
腕、離せ。と、無言の視線を向けられたカスティエルは、これもまたよく知るディーンの表情だと思い当たり嬉しくなる。彼の機嫌が悪くなる前に手を離した。
ディーンは少しホッとしてから、カスティエルを促す。
「行くぞ、キャス」
行くぞ、キャス
……か。
もう何年も呼ばれていないその声に寂しさを覚えながら、カスティエルは地下牢から出て行くディーンの後を追う。
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