あけみ
2020-12-20 23:14:21
7007文字
Public SPN(小説)
 

【C/D】天使の翼

12月20日のキャスオンリーオンラインイベントにて無料配布しました。

天使の翼



   堕天使の羽根

 「キャス」と、ディーンが呼ぶ声に、ふと顔を上げ軍の指揮官であるレイチェルと話している最中であったが会話を遮るように片手を上げた。
「用事ができた」
 と、一言添え彼の元へ飛んでいけば残されたレイチェルは何やら文句を言っていたが、それは既に耳に入ってこなかった。
 天界は二つの派閥が分かれ、ラファエルのアポカリプスのシナリオ通りに事を進めるべき者と、新たに天界を作り直し地上に干渉せず人間を慈しみ見守る存在として変化を求める者に分かれた。
 ラファエルの軍勢が多く、己に付いてきた同志たちはこの内戦で徐々に数が減っていく現状だったが、ディーンの声は無視できなかった。同志がどんなに理解できなくても、彼の求める声にいつでも応えられるようにディーンの声にチャンネルを合わせている。
「ディーン」
 そっと声をかけると、背を向けた彼が肩を揺らして振り向く。
 向かった先はモーテルの一室だった。部屋にはディーン一人だけだったが、テーブルには小皿とナイフとハーブの植物がまばらに散らばっている。まじないの材料に使うのであろう動物の骨の欠片も置いてあることに、呼ばれた理由をそれとなく察すると、私はディーンに顔を向ける。
 彼はどこかホッとしたような表情でこちらを見つめ、「まじないの材料に堕天使の羽根がいる」と言った。
……堕天使の羽根か」
 なるほど、と納得した。天使の羽根を手に入れるのも困難なものだが堕天使となると数が限られる。了解したと、頷く己にディーンは目を丸める。
「けどさ、天使の羽って目に見えないよな? それって実在するのか?」
 まじないの材料にある堕天使の羽根に半信半疑だったのだろう。ディーンはジッと私の背にあるはずの見えない翼に視線を絡めた。影に映して見たことはあるが、実物の翼は存在するのか疑問を抱いている。
「人間の目には直接触れられないが、抜いた羽根は具現化される」
 そう答え、自身の背中に腕を回しギュッと掴み取り腕を出した。
「手を」
 私の言葉に頷いたディーンは手を出した。差し出された掌の上で掴んだ手を開くと真っ黒な羽根がディーンの手から零れ落ちる。
「わっ!」
 ディーンは声を上げ両手でそれらを受け止める。予想以上の量が掌から零れ落ちたのだ。いくつか床に落ちてしまったが堕天使の羽根はディーンがよく知る形として具現化された。
「お前の羽根って黒いんだな」
 一つ摘まみ上げながらディーンが言った。
「元からそういう色だったわけではない。堕天使になった者は皆黒に染まる」
「えっ!? 天使と堕天使の翼は色分けで格付けされているのか?」
 怪訝に眉を寄せるディーンは窺う。まるで非難めいた声色に狼狽えたのは私の方で、今まで翼の色付けにこだわったことはなく、ディーンが不審げに訝しむ理由が分からなかった。
「色で格付けされたら堕天使になった奴は天界に容易に戻れなくなるだろ」
 何気なく呟いたのだろう言葉だったが、私にとっては驚きの事実であり靄が晴れるものだった。
そういえば、以前は己も堕天使を蔑んでいたことに思い当たる。色付けによって同志間で畏怖の念を抱かせる効果になっていたのかと納得がいく。
「俺たちと居たことで少しずつ黒く染まったのか?」
 今度は悲痛な面持ちでこちらを見つめるディーンに、フッと笑みを零してから目を細めた。
「君が気に病むことはない。翼の色に特に思い入れもなければ、実際君が目にすることもないものだ。それに、堕ちたことは悔やんでいない。君を知らない頃の自分には戻りたくはない」
「そ……そっか」
 先ほどの表情とは違い、今度は目を伏せて頬を赤らめるので、思わず首を傾げる。一つの会話でこうも表情を変えるディーンのことが興味を惹かれ、とても愛らしいと感じ思わずジッと彼を見つめていた。
「キャス……見すぎ」
……すまない」
 そうだった。彼はあまり見られることを好まない。私は視線を外した。
「それにしても、天使の羽根って案外普通の形をしているんだな。一般的な鳥類の羽根と変わらない」
 そう言ったディーンは一つ羽根を摘まみ目の前で翳した。すると、何かに気付いたのか目を輝かせて羽根に光が当たるように上に向ける。
「お前の元の羽の色、当ててやろうか?」
 ニヤリと笑んだ。
「虹色だろ」
 言うと、光を当てた羽根をくるくると指先で回す。その羽は角度によってさまざまな色に変化していった。漆黒の中に混ざる虹色が瞬く。私はゆっくりと頷いた。
「ああ、そうだ」
「すごいな……すごく綺麗だ」
 羽根をじっと見つめるディーンはぼんやりと呟いた。その横顔に視線を向けると、急にドキドキと高鳴る鼓動に私は戸惑った。そうして、気が付くと、
「君の方こそ……綺麗だ」
 そんな言葉を零していた。
「なに?」
 ディーンは聞き取れなかったと顔を上げる。ばっちりと目が合い、訳も分からず熱が顔に集中して、自覚した途端に体温が上がる。
「いや、なんでもない」
 慌てて視線を外してから、用事は済んだと察して踵を返すと、ディーンに呼び止められる。
「キャス、サインキューな」
 そう言って、己の羽根を口元に当てて微笑む彼の顔を直視できず、ボソボソと囁くように「ああ」と、呟いて天界へと戻った。
 天界へたどり着くと、レイチェルから口煩く愚痴を聞かされたが頭に全く入ってこなかった。最後に見たディーンの笑顔と己の羽根を綺麗だと言ったその言葉ばかりが脳内に反響して仕事のほとんどが手に付かなかった。

   御守り

 いつもよりディーンの存在を近くに感じる。怪訝に眉を寄せた。自身の羽根を渡してからその現象は強くなり、内戦の最中でも、ますます落ち着かなくさせた。
 ディーンが呼ぶ声に限らず彼らの会話は耳に届き、彼の感情の上気や寝息ですら傍にいるような感覚で感じることができる。
(どういうことだ?)
 特にこの寝息というのが厄介で、ディーンが眠っている様子を傍で感じられると、鼓動が高鳴るのだ。器のメカニズムをコントロールできていない実態が掴めず、確認するために再びディーンの元へと地上へ下りた。
 辿り着くと、見覚えがある部屋に周囲を見渡す。リビングルームに続くキッチンと奥には小さな書斎がある。ボビーの部屋だとすぐに気付いた。今は真夜中で部屋の明かりは点いていないが、天使にとってさほど問題ではない。暗闇でも様子ははっきりと見て取れる。すぐ傍でソファに寝入るディーンがいた。ボビーとサムは二階の寝室でそれぞれ眠っている。
……ディーン」
 そっと声をかける。傍に寄ると自身の恩寵の力が強まった。感覚が研ぎ澄まされ、ディーンが寝る前に口にした物が全て手に取るように分かる。ビールと彼の好物のアップルパイだ。力の源を探れば、彼の上着の懐に自身の恩寵の気配を察知した。
 もしや、とは思ったが腕を上げ、手をかざしてその存在を知れば確信に変わる。
(私の羽根を持ち歩いているのか)
 ディーンの意外な行動に驚きとうっすらと湧き上がる歓喜の念に困惑しながら、眠るディーンの寝顔を見つめた。
 天使の羽根は僅かだが恩寵が通っている。ディーンには伝えていなかったが、肌身離さず持ち歩くということは、位置情報はもちろん持ち主の状況が少なからず遠く離れたカスティエルの元へと送られる。それは、携帯端末のGPSと同じ役割を果たす。
 プライバシーの全てが筒抜けであることを何も知らずに羽根を持ち歩いているディーンに、仄かに罪悪感を覚えた。
 伝えた方が良いとは頭の中で分かってはいても、彼が肌身離さず自身の羽根を持ち歩いている事実をしばらく見つめていたい欲が勝る。
 ディーンが身じろぐ気配にドキリと胸が高鳴り、再び天界へと戻った。
……キャス?」
 その呟きは暗闇の部屋に溶ける。


   苛立ち

「キャシー、お前、ドツボにハマってるぞ」
 バルサザールに呼び止められ、私は顔を上げる。
「何の話だ?」
 少し苛立ちながら答えると、珍しい反応にバルサザールは興味深げに目を細めてから深い溜息をつく。
「くだらないサルに肩入れすると、ロクなことにならないぞ」
 ディーンのことを言っているのだと察し、ますます眉を歪める。
「お前には関係ない」
「あるだろ。お前の革命に手を貸してるんだ。俺は今のラファエルの支配下よりお前の変革の方が自由気ままにやっていけると思っているから面倒なことも文句言わずに従っている。だが、お前の動機は」
 そこで言葉を切ると、バルサザールは私を睨んだ。
「あの人間のためにここまですることはない」
 同志を騙し、一線超えた汚いやり口でラファエルに対抗しようとしている。たったひとりの人間のためにそこまでする必要はないと、バルサザールは苦言する。
「お前には分からない」
 冷たくそう言い、あしらえば、バルサザールはムッとしたように口元を結ぶ。
「ああ、分からねぇな。いいか、俺は警告したからな!」
 怒鳴って踵を返したバルサザールはサッと姿を消した。
 それから何度かディーンと会話を交わす機会があり、バルサザールの人間を下卑する態度は以前より薄らいだ。
 その変化に目ざとく気付いた。
 ディーンをサルだと下卑するのも許せないが、好意めいた感情を向けることにも苛立ちを覚える。このところ、私の感情は支離滅裂だった。
 眉を寄せ目の前のバルサザールを睨む。
「なんだ、お前が恋してる人間に会ってきただけでそんな睨むな」
 ニヤニヤと笑みを浮かべる彼に、何故自身がこれほどまでに苛立っているのか理解が及ばず不愉快な感情に振り回される。
「まぁ、確かに、お前がディーンに惹かれる理由は分かった。可愛いよな」
 バルサザールが呟いた言葉に、苛立ちを超え怒りが爆発した。彼の胸倉を掴み取り壁際へと打ち付ける。
「ディーンに何かしたら許さない」
 気付けばバルサザールを睨み上げながらそう言い放っていた。
「それが問題なんだよ、お前は」
 掴み上げていた腕を振りほどいてバルサザールは目を細める。
「奴にお前の羽根を持たせてこっそりストーカーしてることを知ったら、怒ることはお前も分かっているだろ」
「私が意図的に持たせているわけではない。ディーンが個人的に持ち歩いていることで」
「本人には伝えてないだろ。まぁ、そのおかげで向こうの情報はこっちに筒抜けで助かっているが」
……何が言いたい?」
「お前の望みは何だ? そこをきちんと見据えないと足を踏み外すぞ」
 バルサザールの言い分は十分すぎるほど理解できるが、このところ自身でも感情の上気が不安定でディーンのために始めた事柄が、自身が放った嘘を正当化するための行動に結びついている。
「それに、天使が羽根を贈る意味を奴が理解しているとは思えないな」
 バルサザールは言うと、薄く笑んだ。
 ムッと口を結んだ私は同時に顔を赤らめた。天使の羽根を人間に贈ることは、その人間を所有する意味にも通じる。求められた当初はまじないの材料に使うからと伝えられ、私も本来の意味を考えずにディーンに羽根を渡した。まさか、ディーンが天使の羽根の贈り相手本来の意味合いとしての持ち物にしていたことは偶然であり、嬉しい誤算でもある。
 だが、プライベートを他人に監視されたくないディーンにとって、これは不本意だろう。


   告白

 臆病な私は、実際に彼の元へと飛んで行けず、羽根による恩寵の繋がりを利用してディーンの夢に訪れた。
 穏やかな湖の入り江だと思っていたが、月明かりが照らす道なりを突き進むと屋敷が一件あった。悲鳴と部屋を駆ける騒々しい音は屋敷から聞こえ、今日の彼の夢は狩りをしているようだった。扉を開ければ、いくつもの亡骸が放置されている。その多くのものが首を斬られていた。胴体から離れた頭を見れば大きく口を開いた牙は吸血鬼のもの。これは、以前、彼が吸血鬼にされた夜、アジトにいる全ての吸血鬼を全滅させたあの日をなぞる光景だった。
 二階に続く階段を上がる。音は上から聞こえた。部屋に入ると、ディーンが一振りして吸血鬼の首を切り落としたところだった。
「キャス!」
 返り血が彼の頬にかかる。ディーンが、私がいることに驚き声を上げたが、彼の背後から襲い掛かる別の吸血鬼がいた。私は咄嗟に彼を押しのけ吸血鬼の頭を掴むと恩寵で消滅させる。呆気にとられるディーンは、ハッとするように瞬きしこちらを睨む。
「お前、呼んでも来ないくせに俺の夢には来るのか!?」
……すまない、ここなら時間を気にせず話せるかと」
 内戦で忙しいのは事実だった。彼に言えないことも多い。それに、最近は会いに行かなくてもディーンの存在は間近に感じることもあり、彼の呼びかけに応えない日が続いていた。
「ふーん、……話ってなんだよ」
 睨んでいた視線が幾分和らいでディーンは頬をかきながらフイッと顔を背ける。この仕草はよく見るものだが、今までの経験上これは機嫌が良い時だ。正直に打ち明けるにはこの機に乗ずるのが良い。
「その、君がいつも持ち歩いている私の羽根だが」
 そう言うと、言葉を終えるよりも早くディーンが反論する。
「いっ、いつも持ち歩いてねぇよ!」
 顔を真っ赤にして言い放ったディーンは怒っていたが、これはどちらかというと羞恥心に近い怒りだ。それは理解できるが、なぜそこで羞恥に顔を染めるかまでは分からない。私は眉を寄せながら言葉を続ける。
「いや、いつも持ち歩いている。私には全て筒抜けなんだ、ディーン」
「は? どういうことだよ」
「私の羽根には恩寵が僅かに通っているため、君が肌身離さず持っているとGPSのような役割で天界にいる私に伝わる。もっと早く言えば良かったが……その、すまない。君はこういうことを嫌がるだろう、分かっていたが……その、」
「覗き見か? 趣味悪りぃぞ」
 顔を背けるディーンの態度にギクリとして、俯いた。彼を怒らせることをしたくないのに、やること全てがディーンを苛立たせてしまう。「すまない」と、何度目かになる謝罪を言えば、彼は懐から羽根を取り出した。
「で、これはお前とのダイレクト通信機ってことか?」
……だいたいそんな感じだ」
「俺の行動は全部お見通しってことか?」
「君が危険に陥った時は助けに行っていた」
「じゃあ、あの時、振り返った時にウェンディゴが倒れていたのはお前がやったのか?」
 不服そうな顔をしたディーンはこちらを睨み問う。だが、私にも言い分はある。
「でなければ、君は死んでいた」
「ふぅん、じゃあ……文字通り守護天使してたってわけだ」
 ディーンは苦笑してから持っている羽根をクルリと回して見せる。
 きっと無下に返されるだろうと思っていたが、彼は時たま予想外な行動に出ては私を驚かせる。
「なら、もうしばらく貰っておく」
 彼の言葉に首を傾げた。そんな私の態度にクスリと笑んだディーンは艶然と微笑んでから手に持っている羽根を口元に触れる。
「こっそり俺のこと監視してたのは許さねぇけど、正直に言ってくれただろ? だからこれで、こっそり覗かなくても良くなったってことだ。これで連絡が取れ合えるよな」
「ディーン……今まででもそうだったように私はすぐに駆け付けられない」
「でも、これで俺の状況は分かるんだよな?」
 ヒラヒラと羽根を揺らしながらディーンは言った。悪戯っぽく微笑みながら。とても魅力的な表情だ。私は否定せずに押し黙った。
「君はもっと怒るかと思った」
「怒ってるぜ。けど、隠し事するのをやめて正直に言ったから許す」
 笑った彼の表情に、もう一つの大きな隠し事が思考に過り顔を歪めた。こればかりは言えない。私は再び顔を伏せてから口を噤んだ。その反応を何と捉えたのか、ディーンは軽く私の肩を優しく叩いた。
「今度は呼んだら、絶対来いよな」
「それは、もちろんだ。私の羽根をずっと持っていてくれるのか?」
「そうだが、悪いか?」
「いや……悪くない。……嬉しいよ」
 素直にそう言えば、再びディーンの頬が赤みを帯びた。この変化がいまだに分からない。彼の表情の移り変わりが興味深く惹かれるのを止められない。これは今、私だけが見ているものだと思えば、とても気分が良い。
ディーンが私の羽根を唇に当てるたびに胸の高鳴りを押さえられないのも事実で、それはまるで口付けられているようだった。
 彼の、唇に触れたい。漠然とそんなことを思う。
 私の羽根だけが触れるその場所に。
「ディーン……君がそんなふうに羽根に触れると」
「ん? まさか、感覚も繋がってるのか?」
 スッと手に持っている羽根を離し怪訝に眉を寄せた。
「繋がっていないが、君はその羽根に興味があるみたいだ」
「ああ、いつかお前の翼も見てみたいな」
 ニヤリと笑ったディーンに、私は浮きだった。
 だから、翼を具現化した。
 ここは、ディーンの夢の中だ。だから、彼の目にも見えるように大きく翼を広げる。
 目を丸めるディーンの瞳はキラキラと瞬いていた。



 

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