「君は可愛い人だね」
ウィルクスの柔らかな視線と共に向けられた言葉にハワードはキョトンとしてから「おいおい」と眉根を寄せ不敵に笑んだ。
「口説くなら相手は僕じゃないだろ」
ゼロマターの事件をSSRのメンバーで片付けたばかりのハワードは、別荘の一つをウィルクスに住まわせ地下のラボでゼロマターを収容させる容器の製作について彼と話し合っていた。ウィルクスとペギーの関係が良き「友人」に定まったのはハワードも気付いた。だからウィルクスに落ち込む隙を与えずマリブで正式にスタークインダストリーズの社員として思う存分研究ができる環境を提示したのだ。あのペギーをあそこまで心揺れ動かしたウィルクスの魅力も知っているし、なにより自身の言葉が理解できる数少ない人物だ。誰かと夜通し数式の話しをしたのも初めてであったし、女性以外の相手で徹夜明けに見る彼の顔もまぁ悪くないとまで思った。
ウィルクスは肩を窄め笑った。
「今、ここには君しかいないし。深い意味はない。それに、よく言われないか?」
「言われない」
ハワードは即答したが、ウィルクスが指摘したようによく言われる言葉だった。ただ、同性に言われたのは初めてだったが。ハワードは作業を中断し、「休憩だ」とウィルクスに言うとジャーヴィスにブレークタイムだとお菓子と紅茶を持って来るように頼んだ。糖分を摂取することは大切だと言いながら「アナが焼いたクッキーだ美味いぞ」とウィルクスにすすめる。机の上に座りながらクッキーを頬張るハワードに、ウィルクスは苦笑する。しかしそこには嘲る視線はなく、温かい心情が見え隠れする。その視線にハワードは少し困惑した。
ウィルクスはハワードに対して感謝の念を何度も口にする。ゼロマターの影響で実体が存在しない状態の時からそうだ。そこまで礼を言われるほどのことをしているつもりはない。彼の身体を取り戻そうと躍起になったのはペギーのためと、優れた頭脳を持つ彼の身体を元に戻し徹夜明けで数字の話をするのも良いと思った。その天才的な頭脳を好きなだけ解放できる環境を用意し、ラボにあるオモチャで一緒に遊ぶ相手も欲しかったのが正直なところだ。ウィルクスはこうも言った。「君は良い人すぎる」と。「君だって良い人だろ?」と返せば、ゼロマターを取り込んだ時の自身を自嘲したのか横に首を振る。
「私は利己的な人間だ。ペギーから聞いただろ? それに比べてスターク、君は変わった人だ」
「ありがとう、よく言われる」
「そんなふうにしてると敵も増えるよ」
「知ってる。けれど、仕方がない。これが僕だから」
ハワードは笑って見せる。きっと彼も生きている間に理不尽な扱われ方をしたのだろう。ハワードが思いつかないほどに彼の苦労は図れ知れない。異性でも同性でも肌の違いもハワードにとっては問題ではない。彼を助けよう、自身の別荘に住まわせよう、マリブの土地に迎え入れようとここまで強く強請ったのは、ウィルクスの頭脳に惚れたからだ。大半は自分の我儘でもあるのだから感謝されるとこそばゆい。
今でも、ほら、ウィルクスの優しい笑みが向けられている。ハワードは話題を変えるように呟いた。
「ペギーと一曲踊ったって?」
ジャーヴィスが淹れてくれた紅茶を飲みながら悪戯っぽく笑む。ウィルクスは一瞬、目を丸めるも照れ隠しなのか指で頬をかいた。
「それでも振られたけどね」
「女性の心は不可思議で科学でも解明できない。しかもペギーなんだから」
そこまで口にしてからハワードはふと言葉を切る。諦めきれない遠い日の約束を思い出した。彼女がダンスを踊ったこは大きな意味を持つ。だから、
「ペギーと一曲踊ったと聞いたときは脈ありだと僕も思ってた」
そうハワードが言うと、ウィルクスは首を傾げる。
「彼女はダンスに何か特別な思い入れでも?」
「まぁね」
ハワードにそれ以上言葉を続けるつもりはないと知ると、ウィルクスは無理に口出しはしなかった。
「君とペギーは不思議な関係だね。他の女性に向ける情とは違うようだ」
「僕は女性に友情を感じることはない。いつだって女性には愛情を持って接したいし繋がりたい。だが、そうだな
……ペギーとは
……ペギーにだけは友情を感じる」
「そうか
……少し羨ましいな」
「そこ妬くところか? 君には新しい恋が必要だな」
ハワードは知り合いの女性を何人か紹介しようとウィンクしたが、ウィルクス困ったように笑った。
「今は良い。他に興味が移ったからね」
「ふぅん?」
頬杖をつき意味深に笑みを浮かべるウィルクスにハワードは気付かないように視線を躱した。
「さて、ウィルクス博士。マリブは良い所だぞ。ここのラボより広く作った」
「君も一緒に?」
「もちろん。僕抜きでこんな楽しい研究するつもりか?」
ゼロマターが入った容器を指差しニヤリと笑むと、ウィルクスも同じように微笑んだ。
「良かった。君がいないとつまらない」
(ふぅうん? ペギーが魅かれる理由も分かる)
そう感じながら本気か? 博士?とハワードは視線を向ける。
自身もウィルクスと一緒に研究すれば楽しいだろうし退屈しないだろうと考えていた。目が合うとウィルクスはジッとこちらを見据えた。その視線の先にある意味を考えてから途中でやめた。今、彼が向ける情が友情でも愛情でもハワードには大した問題ではない。彼は間違いなく天才で自身の言葉が理解できる人。それが全てだ。
「ハワードと呼んでも?」
「よろしい、ジェイソン君。許可しよう。ちなみに、わが社は社内恋愛は禁止ではない」
「それは、良かった」
fin
<a href="
http://clap.webclap.com/clap.php?id=cocoapoko" target="_blank" onclick="window.open('
http://clap.webclap.com/clap.php?id=cocoapoko','webclap','toolbar=no,location=no,directories=no,status=no,scrollbars=yes,resizable=yes');return false;">
web拍手</a>
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.