トニーは前々から不思議に思っていた。
ハワード・スタークはキャプテン・アメリカの探索を諦めなかったこと。
それは生前ももちろんのこと、父の遺言だったのだろうハワードの死後も探索は続けられた。幼い頃からキャプテン・アメリカの話しを聞かされていたトニーは、子ども心にヒーローに憧れていたし対面する日を心待ちにしていた時期もあった。
子どもは誰でもキャプテン・アメリカに憧れるものだ。父が憧れのヒーローと関わりがあればなおさら。その頃はトニーもキャプテン・アメリカがじきに見つかり対面する日を信じていたし、ヒーローはピンチな時に助けに来るものだと思っていた。なんとも可愛らしい子どもの夢だ。
「キャプテン・アメリカに会ったら僕のヒーローになって! て言うよ」
キャプテン・アメリカの資料を整理する父親に向かって、幼いトニーはそう宣言した。父ハワードは一瞬目を丸めるとすぐに大げさに笑って見せる。その反応に腹が立ち、トニーはムッと口元を結ぶと再び宣言する。
「僕がお願いしたら絶対、聞いてくれる!」
なおもハワードは喉を震わせ笑ってから「そうだな」と肯定したがその目は興味深くトニーを見つめていた。もしかしたら、キャプテン・アメリカに引っ付いてぐいぐい衣装の袖を引っ張り強請るトニーをハワードが思い描いていたのかもしれない。そんな光景を見てみたいものだと、父の目は言っていた。
ただ、それも10歳までだ。トニーはいつまでたっても現れないヒーローに嫌気がさし、なにより自身よりキャプテン・アメリカに夢中な父に蟠りが積もるだけの日々で次第にキャプテン・アメリカを嫌悪するようになった。そもそもなぜ、50年も前に行き別れたヒーローをいまだに探し続けるのか。トニーには理解できなかった。いつだって父の良い子になりたかったのに、トニーの前で口にするのは「キャプテン・アメリカ」の話ばかり。
科学者でもあり、発明家でもある父がキャプテン・アメリカは生きていると確信しているのには何らかの理由があると思っていた。夢物語を追い求めるような人間ではないことをトニーは充分知っている。でなければ、幼いトニーの願望に思わせぶりな顔をして希望を見出すような目を向けない。なぜならハワードが亡くなって20年ほどたった今、トニーの目の前にキャプテン・アメリカが現れたのだから。まるで未来が
――今の現状がくることを分かっていたようにハワードは確かにトニーの戯言を笑いながらも真剣に頷いていた。
途端にトニーは小さく舌打ちをする。
思い出さなくても良いことを思い出したのだ。
父の微笑みと無邪気にキャプテン・アメリカに憧れを語る幼い自分。今ではほど遠い現状になったわけだが。トニーはワカンダへ向かうプライベートジェット機の中で苦笑する。アベンジャーズが分裂した論争から1年ほど過ぎた。その間もトニーは多忙に追われ、アベンジャーズの基地とタワーを往復することも多かった。苦言を言い寄るロスの言葉をのらりくらりと巧みに躱しながら、最近の専らの楽しみがスパイダーマンのサポートギミックを作ることだ。ローズの歩行補助機の改善も行い、時々珍しい客も来るようになった。彼も協定のサインを拒んだ身だがトニーは頭が固い頑固な誰かさんとは違い、融通もきくし誠実に話せば協力を得られることは充分分かっている。だからこうして訪問を受け入れ密会という形でいくらか会話をしてきた。
「ローディの具合は?」
その珍しい客であるサムは神妙な顔をしてトニーがいるラボに顔を覗かせる。
「最近はタワーの方に出向けるまで生活ができている。彼の努力の賜物だ」
先ほどまでローズが来ていたが、最近始めた講師の仕事が忙しいようでサムと入れ違いになるように出て行ったばかりだ。サムはローズの状態を気にする傍ら、時々トニーの様子を伺う仕草も見受けられるのはトニーも気付いている。ワカンダにいるスティーブを通じていることは知っているが、嫌味がない分トニーも深く追求しない。スパイダーマンのギミックを改良していた手を止め、トニーは顔を上げた。
「猶予付きだが、君も追われる身なのは変わらないんだ。あまり頻繁にここに来ない方が良い。
……ロスが勘付いている」
海の上のラフト刑務所から脱獄した者たちの処遇を軍を始め政府らが決めかねていた。ジモが捕まったことで多少は同情的な意見も聞かれたが、スーパーパワーを持ったヒーローの存在を懸念する民衆がいることも事実で、不安の対応策がソコヴィア協定だったわけだが。サムはもちろん、大元のスティーブも決して頷かないだろう。そんな中で裁判をするべきだという話も出ている。いつまでもヒーローを逃亡者と脱獄囚にしておくわけにはいかない。最近、奔走している事柄といえばそういうところだった。サムはトニーとスティーブの架け橋のようなもので、いまだにトニーは直接スティーブとは顔あわせていないし話もしていない。
ところで、今日は何の用だとトニーは続けた。いつもならローズも交え雑談することが多かったが、今日はトニーがひとりの所を伺って来たようだ。サムは言い淀むように、それでもしっかりとした言葉でトニーに言い放った。
「バーンズの洗脳を解除する方法を探している」
今、ワカンダに向けてジェット機の中にいる理由だった。
トニーは目を細めた。いずれは自分がバーンズの元に行き徹底的に話しをつけなければならない。そんな気はしていた。ただ、彼の隣にはスティーブ・ロジャースがいる。正直、今はまだスティーブとバーンズを交えて対面はしたくない。最悪な顔合わせだった。サムはシベリアにトニーをひとり行かせたことに負い目を感じているふうだった。ジモ策略だった経緯は聞いていたようで、「俺も立ち入るようにする」と決して三人だけの対面はしないと言った。そんなサムの言葉に苦笑する「妙な気遣いはしなくていい」口ではそう言ったがトニーはありがたいと心底感謝した。
不可思議だったことがここ最近いっきに紐解かれ、まるで一つの線で繋がれたように明確な答えがトニーの元に届いた。これは数式だ。解くのには方程式がいるのと同じで、それさえ分かればあとは笑ってしまうくらいに簡単に解ける。
ハワード・スタークがなぜキャプテン・アメリカが生きていると確信していたのか。
シールドの設立者でもあるハワードがウィンター・ソルジャーの存在を知らなかったはずはない。命を狙われる自覚は充分あったハワードはトニーを関わらせないように寄宿舎へ送ることで一線を引いた。逆にそれがハワードとトニーの深い溝となったわけだが。それはまた別の話だ。トニーはここにきて釈然とする。
ハワードがウィンター・ソルジャーをバーンズだと認識していたら? 死んだと思われていたバーンズが生きていたのだから、スティーブ・ロジャースも生きていると確信できるだろう。もしかしたら、ヒドラに捕らわれていたバーンズを救出しようとしていたかもしれない。ハンク・ピムと揉めていた時期のハワードの多忙さといつも不機嫌に顔を歪ませていたことを思い出す。トニーが父と仲違いした時期もそんなと頃だ。シールドとヒドラのいたちごっこ、ピム粒子、嫌気がさしたハンク・ピムがシールドを撤退し、5つの超人血清、ウィンター・ソルジャー計画、事故に見せかけた暗殺。全てが繋がっている気がした。
ワカンダに着くと、国王であるティチャラと厳重に警戒している側近の従者たちが重々しく出迎えていた。少し離れた所でスティーブが立っていたことはトニーもすぐに気付く。目をそらさずじっとこちらを見つめているのだから否応にも目につく。トニーは頑なに無視し、ティチャラに促されバーンズがコールドスリープに入っている施設に向かった。その際にスティーブの前を素通りし、背後にいるサムが呆れたように溜息をつくのも知っているがトニーは素知らぬ振りをする。
バーンズの処遇について、ティチャラとスティーブ、サムを交えて話をする際もトニーはスティーブに視線を合わせないでいた。会話は滞りなく交わされるが、視線が合わないのだ。
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