おねえ
2022-03-02 14:41:08
2173文字
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月夜の誓い

だいぶ昔に書いた現パロ両片思い🚜🏍の再録です。

 小さな劇団で俳優業をしている豊前が、稽古終わりでお酒を持って僕の家に来たのが午後十時すぎ。なんてことない会話であっという間に二時間が経過。お酒に強いはずの豊前がゲラゲラ笑って収集がつかなくなったのが十五分前。そんな豊前を見てたら介抱することで頭いっぱいで酔いが覚めた十分前。泊まってっていいと言った五分前。

 そして、なんか分かんないけどキスされてるのが今。

「くわなー!お前の唇きもちーのな!」
「豊前、酔っ払いすぎじゃない?」
「んー? だいじょぶ!」
「大丈夫じゃないから言ってんの」
「うるっせー」
 そう言いながらまたキスしてくる。
「あんまりうるせーことばっか言ってるから塞いだ!」
 そう言ってまたゲラゲラ笑っている。こりゃダメだ。ニッコニコの笑顔で楽しそうなところ悪いけど、さっさと寝かせよう。
「ほら、寝るよ」
「なんで? まだ酒残ってるよ?」
 指差した先には、開けずに残っている缶ビールやチューハイたち。でも収集つかなさすぎる。
「今日はもうおしまい」
「えー?」
「またうちに来たときに飲めばいいよ」
「また来ていいんだ?」
「当たり前でしょ」
「やったー!」
 そう言ってまたキスしてくる。今日の豊前はどうしちゃったんだろう。
「これはーありがとうのキスー」
「はいはい」
……そんだけ?」
「ありがとうのキスしてくれてありがとー」
 棒読みの言葉を吐いて、僕からもキスしてみた。ほっぺにだけど。
「それはありがとうのキスじゃねーぞー」
「じゃあ、なんのキスなの」
 呆れ気味に訊いたけど、はっはー! なんて笑って答えてくれない。挙句の果てには、
「俺の口にキスすんの嫌?」
 なんて返答に困る質問までしてきた。
「嫌じゃないけど」
「じゃあ、ちゃんとやれって」
 うーん。面倒な展開だなぁ。大体なんでこんなことになっているのか。考えをめぐらせていると、豊前の両手が僕の首に回された。またキスかぁ、と思って覚悟を決めると唇が触れる。豊前の右手が僕の後頭部を抑えたと思った瞬間、僕の唇を割って豊前の舌が入ってきた。歯列に優しく舌を這わせる。丁寧に、何かを確認するみたいに。
 ゆっくりと唇が離れる。さっきまでのヘラヘラした豊前はそこにはいなかった。
「これは何のキス?」
「知りてぇ?」
 とりあえず頷くと、耳元に豊前の顔が近づく。
「好きだよのキス」
 囁かれた言葉に驚いて豊前を見る。けれどすぐに顔を逸らされてしまい、表情は見て取れなかった。
「さーて寝るかな!」
「待ってよ」
「おやすみ!」
 豊前は僕のベッドに潜り込んで、頭から布団を被ってしまった。
「待ってってば」
「おやすみって言ってんだろ」
「僕の返事は聞かないの?」
「寝ろっつったのお前じゃん」
 完全にはぐらかされてる。布団を剥ごうとしたけど、ものすごい力で抑えられてる。
「ねえ、豊前」
「俺、もう寝ちゃったから」
「じゃあ寝ちゃったままでいいから。聞いて」
「寝ちゃったから何も聞こえねーぞ」
「それでもいいから」
「勝手にすれば?」
 僕はできる限り豊前に近づく。スゥと息を吸い、言葉を吐き出す。
「僕も好きだよ」
 たった一言。これだけの言葉を伝えるだけでも、心臓はこれほどまでにけたたましく鳴り散らすのか。だとしたら、豊前はどんな気持ちでキスしたのだろう。
「マジで?」
 豊前は布団から目元だけ顔を出す。その目は喜び半分、疑い半分と言ったところか。
「マジで」
 豊前の言葉をオウム返しする。それでも豊前の疑いは晴れていないようだ。
「桑名、酔ってる?」
「豊前こそ、酔ってる?」
 酔ってるかどうかなんて、こちらのセリフだ。豊前は不機嫌そうな顔でこちらを見る。
「酔ってるよ」
「嘘つき」
 転がってる空き缶。豊前が飲んだのは度数低めのものばかり。この程度で酔っ払うわけがない。小劇団とはいえ、看板俳優として名を馳せる豊前だ。めんどくさい酔っ払いになったあたりからずっと、豊前の実力をいかんなく発揮されていたことに気がつく。
「酔ってないくせに」
 僕は豊前が寝転がってるベッドに乗りかかる。ベッドがギシリと音を立てた。
「酔ってるってことにしろよ。恥ずかし過ぎて死ぬ」
「死なれちゃ困るね」
「だろ?」
「でも、酔った上での妄言になるのも困るよ。だからね、」
 布団をめくり、豊前の両手に僕の両手を絡ませた。そして豊前に口付ける。何度も何度も、角度を変えて。あとでどんな言い訳もできないほど。
「僕は酔ってないよ。酔っていない上で豊前にキスした」
「逃げ道塞ぐなよ」
「塞ぐよ。だから、僕から逃げないで」
「俺の逃げ道じゃねえよ、お前の逃げ道」
 ああ、そうか。僕が明日の朝、目が覚めて逃げたくなったときの心配をしてくれているんだね。でもね、そんなのいらない心配だよ。僕はずっと前から君が好きで、君だけが欲しくて仕方なかったんだから。
「僕は逃げないよ。一生離さない」
 豊前は一瞬目を見開き、そして綺麗な顔をくしゃりと歪ませ、笑った。
「そっか。じゃあ一生一緒に居られんだな」
「うん」
 どちらからともなく口付けを交わす。僕と豊前の永遠の誓いだ。それを見ていたのは、カーテンの隙間から覗く月だけ。今宵は月が綺麗だ。