おねえ
2021-04-09 21:45:14
12718文字
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君は恋をしない

服装に興味が無いくわわと、そんな彼を変えたくて服を見立てに行ったが故に恋に目覚めてしまうぶぜくんの学パロです。トオさん、最高に滾るテーマをありがとうございます!
・くわぶぜ
・服装は若者のメンズファッションはよく分からない私の好みです
・長谷部と宗三さんが出てきます
・ちらりとモブ女子います

『先に座って待ってるね』
 メッセージアプリに残っている言葉に『今から行く』とスタンプを送る。バイト終わりの昼12時過ぎ。俺は、高校近くのファミレスへと急いだ。
 着いた先では、待合席に座れない人の行列ができていた。先に店に入って待ってくれている存在がありがてえな。
 待っている人たちを横目に、俺はずんずんとフロアを進む。そして、他の客より頭ひとつ分でかいやつの前に、どかっと座る。
「待たせちまったな」
 その男、親友の桑名は俺に気づいてこちらを見ると、にっこりと笑った。
「ううん。全然平気。席伝えてなかったのによく分かったねぇ」
「わかるだろ。体でけえから。それにお前、いっつも同じ服じゃねーか」
 オーバーサイズの白いパーカーに、テーブルで見えねーけど多分黒地に黄色いラインが入ったカーゴパンツ。冬になると、それにカーキのモッズコートが加わる。
「えへへ。汚れてもいいように同じやつしか持ってない」
 洗い替え用2着と、予備1着だよぉ、なんて嬉しそうに言ってるけど、それマジかよ。全部一緒って。
「もったいねーな。前髪といい、服装といい。イケメンが台無しだな」
 桑名は意味がわからないと言いたげに、首を傾げる。
「豊前に言われても腑に落ちないねぇ。学校一のイケメンさん」
「まあな」
「自覚あるのが、またすごいよね」
 まあ、あれだけ人気があれば嫌でも自覚するよね。なんて、独り言なのかなんなのか分からないボリュームで、桑名は言葉を続ける。
 確かにモテるんだよなぁ。でも、いまいちピンとくる女子とは巡り会えてはいない。告白されて、なんとなくOKすることはあった。でも、気のない相手とのレンアイなんて長続きしねぇ。3ヶ月続きゃマシな方だ。別れるときめんどくせぇし。とまぁ、そんなこんなで今はカノジョはいない。
 いつか巡り会えんのかな。何もかも手につかなくなるほど、好きで好きで仕方ない相手。なーんて、恋に恋する乙女みてーなことも考えたりする。が、今のところ思いつかねぇ。桑名と遊ぶより楽しいって思える相手が、きっと恋かそうじゃねーかのボーダーラインなんだろうな。恋なんていつ落ちるか分かったもんじゃない。だから、ちゃんとレンアイ出来そうな相手が見つかるタイミングまでじっと待つかなと思って、告白されても断ってる。ま、モテることに悪い気はしねーけど!
「つーか、お前も結構人気あんだぞ?」
 そう。桑名は実は人気があるのだ。高身長に学年トップクラスの頭脳、それでいてそれらを鼻にかけず、穏やかで花に詳しい。女子からは密かに人気が高いのだ。
「えー? 絶対嘘だよ。どうせ情報源は豊前と仲良くしたい女子でしょ? それ、豊前にいい顔したくて言ってるだけだよ」
 出た。桑名のめんどくさい性格。冷静に分析した結果を教えてくれる。でもさ、例え桑名の分析が正しかったとしたって、好印象なのは嬉しいもんじゃねーの?
「ったく、素直に喜んどけよ」
「豊前は素直すぎるの」
 そんな会話を繰り返しているうちに、周りの美味しい匂いにつられ、俺の腹が鳴る。食べ盛りの高校生が、昼どきのいい匂いに耐えられるわけねぇ。俺たちはメニュー表を広げた。肉汁たっぷりのハンバーグが食欲をそそる。チーズハンバーグにしたいが、チーズ1枚あるかどうかで100円違うのは、高校生には悩ましいところ。まあ、どこかで1日飲み物を買うの我慢すりゃいいか。桑名はとんかつ定食を頼むらしい。お互いご飯は大盛りだ。それでも足りるかわかんねーけど。それにドリンクバーをつけて注文完了。俺はコーラ、桑名は野菜ジュースを持ってきて、また会話を再開する。
「つーか、俺は桑名のファッション好きだけどさ」
「ありがと」
「女ウケはしなさそうだよな」
「まだその話?」
 もういいよ、なんて桑名は呆れたように言う。
「俺ら、高校生だぞ? そういう話してぇだろ」
 桑名は険しい顔をしてこちらを見る。そして、興味が0と言ったら嘘になるんだろうけれど、と前置きをすると言葉を続けた。
「僕はどっちでもいいや。自分が好きなもの着て、好きなことして。そんな僕と一緒にいてくれる豊前がいるから」
 なんと平和で素晴らしい考え方。桑名は出家でもしてんのか? いや、このもっさりとした髪型で出家も何もねぇけど。
「そりゃ、俺も桑名がいりゃ楽しーけどさ」
 俺の返事に、桑名がにっこりと微笑む。
「でも、やっぱりヤローだけでつるんで高校生おしまいなんてもったいねぇ」
 そうかなぁ、なんて言って、桑名はまだ納得できないと言わんばかり。どうしたら気持ちが変わるんだ。この見た目をこだわらないイケメンの気持ちが。……見た目?
「よし! 飯食ったら買いもん行くぞ! 俺がお前に似合う服を見立ててやる!」
 桑名はぱちくりさせると(前髪で見えねーけど)困ったように笑う。
「いいよ、別に。現状に満足してるし」
「俺が満足してねえの!」
「なんで本人じゃないのに、不満があるのさ」
 ごもっともな返しに、グッと言葉に詰まる。でも、なんつーか。俺は桑名のポテンシャルが、こんなもんじゃねーって信じてんだ。
「桑名の新たなる魅力を開拓してーんだよ、俺は。そして、お前の学園ライフをキラッキラにしてやる」
 桑名だって女子にキャーキャー言われれば気づくだろ。この青春時代の大きな楽しみのひとつ、レンアイってやつに!
「いいよ、そんなの」
 俺のテンションとは真逆の落ち着いたテンション。ここで根負けしたら、桑名の高校時代が実家の農業と花屋のバイトと俺で終わっちまう。あ、あと桑名は勉強もあるか。俺にはねーけど。
「いいから! そういやバイト代入ったんだろ? ちょうどいいじゃねーか」
「えぇ……。農具を買いたかったのに……
「じゃあコーデが気に入ったら買えばいいよ。とりあえず見立てさせてくれよ」
 桑名はしばらく黙った。ちっと強引すぎたか。顎に手を伸ばして考え込んでいた桑名は、こちらを向くとニコッとする。
「いいよ、やろう」
 そのタイミングで、昼飯が運ばれてくる。鉄板の上でジュウジュウと音を立てるハンバーグは、俺を極限まで空腹にさせる。それは桑名も同じらしく、サクサクに揚がったトンカツに釘付けだ。
 俺たちは秒でカラトリーを手に取ると、目の前の飯を頬張る。食べ盛りの男子高校生に対峙したファミレスの飯は、10分とかからず姿を消した。

 食い終わると、そのまま服屋へ直行する。バイト代があるっつっても高校生に買える服なんてプチプラだ。それでも、桑名に見栄えのする服を選んでやりてえ。「えっ! 桑名くんってこんな一面あったの!?」って女子があっと驚くコーディネートをしてやる。
「何ニヤニヤしてんの」
「俺が新しい桑名を発見してやると思うと、楽しみでさ!」
 普段はダボッとした服装が多いから、きれいめの服装にしてやろうかな。似合うかな。うーん。高身長に小さい顔。うん。似合わねえ服装がないな。よし。
「畑で汚してもいい服にしてね」
「ぜってー無理! だけど、簡単に洗えるやつにはしてやる」
「まあ、いいけど」
 ファストファッションの大型店舗に到着。俺は渋り始めた桑名を手を引くと、メンズコーナーへ一直線だ。
 パーカーとかアウトドアファッションで立ち止まろうとする桑名を、さらに奥へと誘い込む。
「よし。こっから選ぶぞ」
「えぇ……。僕には似合わないよ」
「でーじょーぶだ。俺を信じろ」
「豊前は信じても、自分にこんな大人っぽいのが似合うポテンシャルがあると思えない」
「いや、ぜってー似合う」
 ベージュの薄手のステンカラーコートに白いハイネックのカットソー。それに黒のチノパン。それらを持つと、また渋り始めた桑名を引っ張って試着室に連れていき、半ば無理矢理に放り込んだ。
「着替えたら見せろよなー」
「似合わなかったら買わないからね」
「買うかどうかは、好きにしろよ」
 なんて言いながら、桑名に似合う自信がある。あとは似合うっつって買わせて、その服着た桑名連れて女子と遊べばいい。ギャップ萌えで、女子たちもキャーキャー言うに違いねえ。そしたら流石に桑名も恋とかしたくなるんじゃね? となると、まずは私服で女子と絡む場を提供しねえとな。
 そんなことを考え、俺はニヤニヤしながら桑名が出てくるのを待つ。
 ……おっせえな。試着室からは音がしない。
「桑名ー。まだかー?」
 俺の言葉に、おずおずと桑名が声を出す。
「着たけど……
「じゃあ見せろって」
「ねぇぇ……こんなん着たことないから……
「いーから見せろちゃ!」
 試着室のカーテンを勢いよく開く。そこにいたのは、俺が知ってる桑名じゃなかった。白いハイネックカットソーからガタイのいい身体のラインを見せつつも、ステンカラーコートでうまく桑名のゆるふわ感も演出し、少し太めの黒いチノパンが足の長さを物語っている。え? マジでハマりすぎじゃね? 嘘だろ。ギャップが最高にハマり過ぎてる……。めちゃくちゃかっけぇし……。何? 本当に同級生か? すっげえ頭いい大学行ってる大学生? 知らない桑名を目の前にして、混乱がとまらない。
 つーか、なんか知らねえけど、動悸もすげえんだけど。顔も熱いし。うわ。なんだ、これ。
 ドギマギしていると、桑名と目が合っちまった。俺は思わず逸らす。
「豊前?」
「あ?」
 想定していなかった。桑名がきれいめの服装がこんなに似合うなんて。いや、似合うと思ってコーディネートしたけど。したけどさ。
「やっぱり変だった?」
「いや、あー、いんじゃね?」
 そう答えるのが精一杯。言葉が出てこない。桑名を直視できない。
「それだけ? 似合ってないならハッキリ言ってよ。無理に買わなくて済むし……
 似合ってるよ。たった数文字なのに、それが喉の奥から出てこない。言えない。言えばいいのに。無理。なんかわかんねーけど、マジで無理。
「服買って帰んぞ」
 遠回しに似合ってると伝えたつもりだ。当たり前だけど、こんな言葉じゃ桑名にその真意は伝わらない。
「服を見立ててくれるって言ったのは豊前なのに、なんなんそれ。着替えるから、ちょっと待ってて」
「わーった」
 そう返事はしたけれど、桑名を見ることは出来なかった。
 自分が見立てた服、それを着た桑名。その桑名を誉めるだけ。似合ってるって普通に言やいいだけなのに、それ着てまた今度遊びに行こうって言うだけなのに、全然言えねぇ。
 会計を済ませた桑名と店を出る。なんだかんだと言いながら、俺の見立てた服を着てくれるらしい。その事実に、嬉しさと満足感でどうにかなりそうだった。ニヤけそうになる顔を隠すために仏頂面を心掛ける。
 帰り道、桑名がいろいろと話しかけてきた。だけど、俺はずっと「ああ」とか「おー」とか適当なリアクションしか返せなかった。だって、俺の心臓の音がうるさすぎて、桑名の声が聞こえなかったから。
 家に戻るとそのまま部屋にこもる。ベッドに横になり、ボーッと天井を見つめた。なんかどっと疲れた気がする。桑名の説得したり、桑名のコーデ考えたり、俺なりに頭使ったからかな。
 はぁ……。大きくため息ひとつ。別に悩んだり落ち込んだりしている訳じゃねー。なんか息が苦しいんだよな。心臓もずっとドキドキいってて。病気?
 ……なわけねぇよな。コレには思い当たるモンがある。でも、受け入れる訳にはいかねーっつーか……。まあ、ほら、気のせいかもしんねーし! なんか、ほら、普段見たことがねぇ桑名を見て脳がバグってんだ、きっと。うん。ギャップ萌えさせることが目的っつって選んだ服だし? そのギャップ萌えを自分で食らっちまった衝撃で、動揺してだけだ。うん。でーじょーぶ。何も問題ねーし。
 そんな自問自答を何度も何度も繰り返して、その日は寝た。正確に言うと、2時過ぎまでベッドでゴロゴロしてただけだけど。

 翌朝は、寝坊からの遅刻スレスレの時刻に登校。俺の足なら時間ギリギリに校門をくぐり抜けても、余裕で間に合うのが売りだ。自慢になんねーけど。教室に着いたのはホームルーム開始3分前。後ろのドアから入ればすぐそこには桑名の席。……なんだけど。
「はよー」
 作り笑顔を浮かべた俺は、今日は前のドアから入った。その方が俺の席に近いって気づいたから。いや、ずっと気がついてたんだけど。なんか、桑名にじゃれつきたくて……じゃなくて! なーんか桑名と話してーなーみたいな? うん。そんな感じで、桑名の席を通ってから俺の席に行ってた。でも、今日は話すネタが思いつかなくてさ。昨日遊びに行った筈なのに変なのは分かってんだけど。でも思い浮かばねえんだから仕方ない。時間もねぇしな。そんな言い訳を自分にしながら、席に着いた。
 程なくして担任が入ってきて、退屈なホームルームの始まり。なのに、俺はホッとしてた。桑名と話さなくて済むって。だから面白みもない担任の話も、今日ばかりは長けりゃいいなって思った。そんな俺の気持ちも虚しく、ホームルームはあっという間に終了。このまま桑名のところに行かなけりゃ、絶対他の奴らに突っ込まれるよな。クソ。こうなりゃ作戦はただ一つ。
 俺は机に突っ伏すと、寝たふりを開始した。「俺、マジで眠いんだよなぁオーラ」を全開にする。実際、昨夜寝付けなかったから眠いのは嘘じゃない。でも頭ん中はずっと言い訳を考えてる。昨夜眠れなかった理由。桑名のことを考えてたら、眠れなかった。なんて言えるかよ。あーもう! 昨日から頭ん中が、ずっとうるさい。
「豊前」
 頭の上から降ってくる、柔らかい声。昨日も聞いた声だ。どうすっか。顔をあげる? 寝ぼけた振りをして? それとも寝た振り続行? 答えを出せない俺に、桑名は次の言葉を投げかける。
「具合悪いの?」
 桑名は純粋に心配してくれてんだな。その気持ちが嬉しくて、すぐにでも顔を上げて「ちげーよ」って言いたかった。でもな、俺はどうしたらいいんだよ。心臓がうるさい。胸が苦しい。腹の奥がギュッて締め付けられる。
「ねえ、保健室とか……
「眠ぃだけだ。でーじょーぶ」
 俺は突っ伏したまま答える。どんな顔していいのか、わかんねぇから。
「そっか。じゃあ良かった」
 そう言った桑名が、俺の髪をサラリと撫でる。それだけで、顔の温度が上がる。今、非接触型体温計を向けられたら発熱判定出るレベル。突っ伏したまま返事して良かった。こんな顔、見せられっかよ……
「おやすみ」
「おぉ。おやすみ」
 おやすみ。そんな挨拶ひとつで心がぐらぐらに揺れる。桑名と毎日おやすみって言い合えるようになりたい。メッセージアプリでやりとりするんじゃなくて。今みたいに直接……って何言ってんだ? いや、うん。わかってる。わかってんだけど。
 俺は叫び出したい衝動を、総動員した理性で押さえつける。
 もう無理だ。自分の感情に嘘がつけない。桑名に撫でられた髪が、桑名の声を聞いた鼓膜が、全部こちょばい。

 俺は、桑名のことが好きだ。

 って、そんなもの自覚したところで、どうしたらいいんだよ。女子との恋愛すら興味ねぇ桑名に「男の俺に惚れて下さい」って言やいいのか? なんだ、その無理ゲー案件。それ以前に、こんな気持ちバレたら友達ですらいられねぇ。
 それだけは、いやだ。
 じゃあ、どうすんだよ。
 このままじゃ、まともに話すことすら出来ねー。まずは、桑名とどんなことをどんなふうに話してたかを思い出してだな……
「おい、豊前」
「え?」
 呼び声に驚いて前を見たら、数学教師の長谷部がイラッとした表情でこちらを見てる。
「だから、この問題を解けと言っているだろう」
 黒板にはよくわからない数式が書いてある。え、もう授業始まってる? つーか、問題の解き方いつ説明したよ。
「あ、すんません。全然聞いてなかった」
 クラス中がどっと笑う。長谷部は呆れたと言いたげにため息をつき、桑名を指名した。スラスラと答える桑名がかっこよくてときめいて、そして俺が無様で凹んだ。
 休み時間になり、桑名が俺の席に来た。
「豊前、大丈夫? 教えるよ。わかんなかったとこ」
 桑名が前の席から椅子を拝借した桑名が、カタンと音を立てて座る。ノートを覗き込む桑名の近さに、俺は思わず体を逸らして距離を取っちまう。その瞬間、桑名が驚いたようにこちらを見た。
「ちょっと豊前」
 避けたのバレたかな。あまりに露骨だったもんな。なんて言い訳しよう。とりあえず謝るか。
「あー……悪ぃ……
「別に謝ることじゃないよ。でもね、なんでノート取ってないの?」
「は?」
「これじゃいきなり指されても、答えられるわけないよ」
 そっち? マイペースっつーか、鈍感っつーか。調子狂う。いや、昨日から俺はずっと調子狂ってんだけど。
「眠ぃっつったろ」
「だからってこれはひどいでしょ。放課後に教えてあげるよ。今日バイトは?」
 ない。けど、放課後? ふたりきりで? 想像しただけで、えも言われぬ緊張が体を走る。
「あー……。今日は、ちっと無理……
 俺の心臓がもたない。絶対。断ったあとの桑名の顔がどんな表情を浮かべているのか。考えると怖くて目を逸らした。
「そっか。じゃあ、また今度でいいか。次の授業はちゃんと聞くんだよぉ」
「おう。気が向いたら」
「気が向かなくても聞くの」
 呆れながらも笑ってくれる桑名の表情に、自分の柔らかいところを締め付けられた気分になる。それでまた返事ができなくなって、ただただ頷いた。何か言おうと桑名の口が開いた途端にチャイムが邪魔をする。
「戻るね」
「おお」
 席へと戻る桑名の背を目で追いながら、背中の広さにまたときめいた。

 退屈な午前の授業もやっと終わる。その頃には俺たち男子高校生の腹ん中は、空っぽを通り越してブラックホールみたいになっていた。今なら何でも吸収できる。3時限目のあとに購買で買い込んでおいたパン4つ。それらが入った袋に手を伸ばすと、視界を大きな壁が遮る。
「豊前。お昼一緒に食べよ」
 穏やかな声とお日様みてえな匂いに、それが桑名だと気がつく。断ろうか。そう頭に過ぎったけど、そうしたら周りから変に思われて突っ込まれても嫌だ。そう思った俺は、桑名の提案に応じることにした。
「おお。いーぜ」
「いつも通り中庭行く? 花壇の花が綺麗に咲いてるよ」
 中庭。それはいつも俺たちが飯を食ってる場所。桑名が花につい蘊蓄を語るのを聞きながら甘ったるいカフェオレを回し飲みしたり、俺がバイクの話ししながら桑名のサンドイッチをひと口もらったりしてる。そして、腹が膨れたら俺の膝に桑名が寝転がって……。え。無理。つーか、先週までの俺、何してんだ? なんかすげえことしてたんじゃねーの? 今更、自覚が湧く。と同時に、桑名のことを好きだって気が付かなけりゃ今日もカップルみてーなこと出来てたんだな、って思った。自分の気持ちなんて、気がつかなきゃ幸せだったのかもな。
「豊前?」
「あ、今日は、教室で食おーぜ! なんかそういう気分だから」
「うん。いいけど……
 桑名が怪訝そうに、こちらを見てきたのはわかった。でも俺は何ともない振りをして、焼きそばパンを袋から取り出して食い始める。
「おいしそうだねぇ。焼きそばパン」
「おお、うめーぞ」
 購買の焼きそばパンは人気商品のひとつ。焼きそばの水分をパンが吸わないために塗られた、辛子マヨネーズの塩梅が絶妙なのだ。
「いいなぁ。僕にもひと口ちょうだい?」
「えっ」
 普段の飯なら、俺が桑名にひと口寄越せっつって食わせてもらってた。だから、同じようにすればいい。なんてことないフリして、桑名に焼きそばパンを食わせりゃいいんだ。いつも桑名が俺にサンドイッチ食わせてるみてえにさ。なのに俺の口からは、OKを伝える言葉が出てこない。
「あ、えっと……
「あげたくない?」
「そう言うんじゃねぇけど」
「いいよ。誰にもあげたくないくらいお腹すいてるなら。明日は僕も焼きそばパン買おうっと」
 そう言って桑名は、持ってきた野菜たっぷりの野菜サンドを頬張った。桑名の優しいフォローが胸に刺さる。上手く会話ができない。いつも通りの行動が取れない。どうしたらいいか、さっぱりわかんねぇ。そんな自分が情けない。
「今日の焼きそばパン、辛子が効きすぎだから食べなくて良かったぞ」
 目の中に溢れてくるものを辛子マヨネーズのせいにして、俺は自分の不甲斐なさを悔いた。

 俺と桑名の関係は、ぎこちないまま2週間が過ぎた。俺の気持ちは収まるどころか、好きっつー気持ちが膨らむ一方で。それと同時に、話せることがどんどん減っていった。
 何を言っても気持ちがバレそうで、嫌われたくなくて、怖くて。
 そう思えば思うほど、桑名から遠ざかった。気がついたら桑名が昼飯に誘ってくることも無くなった。桑名は誰と昼飯食ってんだろ。気になるけど、怖くて聞けなくて。なのに、誰ともわからない相手に嫉妬して。もうぐっちゃぐちゃだ。
 今日も別々に飯を食った。そしてそのまま午後の授業が開始する。周りの奴らは気を遣ってくれてるのか、桑名と何があったのかとか聞いてこない。それが有難かった。だって俺が一方的に好きになって、それが原因で疎遠になった……なんて、口が裂けても言えるわけねぇ。このまま時間の流れに身を任せて、自分の気持ちが収まればまた友達に戻れるかな。それとも、友達には戻れなくても、今よりはずっと気が楽な関係になれんのかな。俺、馬鹿だからわかんねーや。
「おい豊前!」
「へ?」
 目の前ではキレ気味の長谷部が立っていた。綺麗な顔に、怒りがしっかりと刻み込まれているのがわかる。美形のキレ顔ってマジで怖ぇのな。
「授業を聞けと、この間も言っただろう」
 声を荒らげない分、逆に怖さが倍増する。桑名を失うよりはマシだけど、でもやっぱり怖ぇ。
「あ。すんません」
 条件反射的に謝るが、こんな謝り方で許されるはずもない。長谷部は大きな溜め息をつくと、「とりあえず放課後。職員室な」とだけ言って授業を進めた。
 授業が終わっても、あの日声を掛けてくれた桑名は来ない。教室にもいない。呆れてものも言えないってやつか。なんて考えたけど、あれだけ避けてぎこちなくなっておいて、まだ構ってもらえると思ってる時点で俺は阿呆だ。
 放課後の長ーいお説教は、古文の宗三が間に入ってくれたおかげで切り上げてもらえた。長谷部に「お説教が下手ですね」とか「僕の兄様に教わりますか?」とか面と向かって言えるの、アイツだけだろうな。儚げ系かと思ってたけど、見る目変わったわ。
 職員室を後にした俺は教室へと戻り、カバンを持って帰る。はずだった。
「おかえり、豊前」
「桑名……
 俺の席には桑名が座ってた。何でだ。ここのところずっと喋ってなかったのに。
「長かったね、お説教」
「ああ、そだな」
 俺は桑名から目を逸らし、机の横に下げておいたカバンを持つと踵を返した。
「ねえ、待って」
 カバンを持った手を、桑名のでかい手が包む。俺は一気に顔に血が上ってきたことを悟る。やべえ。桑名の方、ぜってー向けない。こんな気持ちバレたくない。嫌われたくない。
「僕、豊前に何かしちゃったのかな?」
……いや。何にもしちゃいねーよ」
 そう、桑名は何もしてない。俺が、勝手にお前を好きになって、嫌われたくねえって思ってるだけ。それで上手く立ち回れなくて、どうにもならなくなった。現状を作り出した原因は、俺ひとり。お前は何一つ悪くねぇよ。
 頭の中で喚いた感情を零さぬよう、俺は口を噤む。
「じゃあ何があったの? 僕、全然わかんないんだけど?」
 桑名の語気が荒くなる。でも本当に桑名は何も悪くねぇんだ。でもその理由を伝えることは、どうしても出来ない。
「ねえ、悪いことしたなら教えてよ。ちゃんと話してくれなきゃわかんないでしょ?」
「俺、帰るから」
 問い詰めてくる桑名の声を、聞こえない振りして手を振り解いた。桑名に握られていた手が、空気に触れて冷やされていく。それが、何だか無性に胸を締め付けてきた。
 これでおしまい。そんな気がして。
 おしまいにしたのは、俺自身だけど。泣きそうになるのを必死に堪えながら、教室のドアに手を伸ばした瞬間。
 ドンッという大きな音が、顔の近くで響く。驚きのあまり、動きが止まってしまった。恐る恐る音がした方を見れば、そこには桑名の腕。教室のドアと桑名に挟まれた俺は、身動きが取れなくなった。
「ねえ、豊前」
 後ろから聞こえてくる桑名の声。俺を呼ぶだけの短い言葉。なのに、こんな必死な声聞いたことねえぞ。
「僕のこと嫌いになったのなら、それでいいよ。だから、最後にこれだけ言わせて」
 桑名は、己の額を俺の肩に乗せる。その瞬間、お日様みてえないい匂いが鼻をくすぐる。俺の、好きな匂い。匂いだけじゃねえ。そのふわっとした髪も、でけえ手も、優しい声も、心も体もあったけぇところも全部好きだ。嫌いになんかなれるわけねえだろ。
 好きだよ、桑名。
 そう言えたならどんなにいいだろう。お前を好きだと気づいたあの瞬間から、何十回、何百回と心の中で繰り返した言葉を今日も飲み込む。そうして、腹の中でだけつぶやくんだ。
 好きだよ、くわ……
「好きだよ、豊前」
 俺の心と桑名の声がシンクロする。
「え?」
 信じられなくて、言葉が出てこない。脳が上手く働かない。
「嫌われたくなくて、ずっと隠してた。でも嫌われたなら、隠す必要もないよね」
 ドアについていた手が、そのまま俺を抱きしめる。
「好き。大好き。ごめんね。好きになって」
 震える声のおかげで、桑名が泣いていると気づく。なんだよ、それ。なんで謝んの? なんで泣いてんの?
 すぅ……っと深呼吸する音が聞こえると、その後に桑名の声が続いた。
「ごめんね。豊前。これは、ただ気持ちを伝えておきたかっただけの、僕の我儘。だから忘れて大丈夫だよ」
 身体が開放されると同時に背中の向こうから聞こえてきたのは、さっきまでと打って変わって明るい声。いつもの桑名の声だった。なのに、俺の心にはモヤモヤとした霧がかかる。
 忘れていい? 本当にそう思ってんのかよ。
「忘れられるかよ……
「あ。……そうだよね。嫌なことして、本当にごめん」
 桑名の声が「傷ついた」と訴えかけてくる。きっと表情も似たようなものなのだろう。でもな。俺は桑名を傷つけるつもりなんざない。
 俺は振り返ると、桑名に動く隙も与えないまま桑名の両頬に手を添える。そしてそのまま互いの唇を重ね合わせた。
 時間にしたら1秒もない、すっげえ短い時間。でもすっげえドキドキして、すっげえ幸せで、すっげえ長く感じた。
 唇を離せば桑名が固まってる。桑名がキャパオーバー起こしてるの見るの、初めてかもな。
「好きだ。俺も桑名が好きだ」
 そう伝えただけで、目からはボロボロと涙が零れ落ちた。うわ、カッコつかねぇ。
 でも、俺より泣いてるやつが目の前にいるからな。うつむき加減で涙を零す桑名の髪を撫でる。ふわふわとして気持ちいいのな。
「傷つけて、不安にさせて、ごめんな」
 桑名は首を大きく横に振る。そして目元を袖で拭うと、俺を真っ直ぐ見据えた。
「好きになってくれてありがとう」
 ふわりと笑顔を浮かべたかと思うと、そのまま抱きすくめられる。その腕の中は、陽だまりのように温かくて幸せで。一生一緒にいてぇなって思った。
 

 今日は初デート。つっても、付き合う前とあんまり変わんねーけど。ファミレスで飯を食うデートだ。その後のことは飯食いながら決める。今日も先に店に入った桑名を探す。いねえ。いつもの白パーカーを着たでかい男はどこだ。そのとき、デカい男性の後ろ姿が目に入る。ふんわりとした髪型と背の高さはあれくらい……あ。
「待たせちまったな」
「ううん。全然平気。今日も席の場所伝えてなかったのによく分かったねぇ」
「前も言ったろ。体でけえからすぐわかるって。それにお前の服、俺がこないだ選んだやつだろ?」
 薄手のステンカラーコートに、白いハイネック。テーブルに隠れて見えないけど、黒いチノパンも履いてるんだろ。
「似合ってる?」
「おお。俺が恋を自覚する程度には似合ってんよ」
「ふふ。似合ってるって、やっと聞けた」
 安心したように笑う桑名に、そういえば伝えてなかったと気がつく。っつーことは、これ着てくるの緊張しただろうな。そう思うとたった1回似合ってるなんてて言ったくらいじゃ足りねーな、と思った。
「あと百回くらい言ってやろっか?」
「いや、いいよ。そんなにたくさん言われたら、逆に恥ずかしいやん」
 隣の席には他校の女子グループが座っている。そのひとりが、頬を春色に染めながらチラチラと桑名を見てることに気がついた。カッケーだろ? わかるよ。でも、桑名は俺の彼氏だから。誰にもあげる気はねぇよ。残念でした。
「桑名」
 俺はおいでおいでと手を動かすと、桑名が顔を近づけてくる。何も分かっていないあどけない表情で、隙ありありなのヤバい。
「ん? なぁ…………
 近づいてきた桑名の頬にキスをする。虫除けは大事だからな。
「ぶ……ぶぜ……
「はっはー! お前が浮気しねーように、おまじない兼虫除けだ」
「しっ、しないよっ!」
 桑名は慌ててメニュー表を手に取ると、顔を隠すように食べるものを探し始めた。
「大体、この服だって僕がモテるようにって選んだのに、なんなん虫除けって……
「は? なんだよ。モテたかったのかよ」
 ちょっとだけムッとする。そりゃあ、キッカケはそうだった。でもな、もうぜってー嫌だ。桑名が他の人からモテるとか不安になる。
「俺が百人分愛してやるから、モテるの無しな」
 あからさまな嫉妬心に、何故か桑名が笑い始める。大きな口を、大きく開けて、大きな声で。
「そんなに心配しなくていいよ。あの日も言ったでしょ? 豊前が一緒にいてくれるなら、それでいいって」
 あの日、俺が一緒にいてくれるならモテるのはどっちでもいい、と桑名は言った。それはレンアイに興味がなかったからじゃなかった。恋をしていたからだ。俺に。そう思ったら恥ずかしさが込み上げて、急に顔の温度が上がる。
「モテなくてもいいけど、百人分は愛してよ。そして、僕は千人分、豊前のことを愛するからどこにも行かないでね」
「ったりめーだっつーの。千人分の愛なんか与えられたら、重すぎてどこにも行けやしねーよ」
 俺もメニュー表を手に取ると、注文を選び始めた。今日は何を食おう。どれも美味そうに見えて仕方ないのは、男子高校生の食欲か、それとも好きな人と食う飯だからなのか。ま、どっちでもいいか。俺に難しいことはよくわかんねぇ。

 そんな俺でも、今わかることがある。それは、俺が今日一番好きな人が桑名で、桑名の一番好きな人が俺であること。そして、そんな日々が、明日の明日のずっと先のそのまた明日までも続くように、桑名のことを愛し続けることだ。