おねえ
2020-01-12 10:07:31
2740文字
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きみをあいする流儀


 スマホの時計はもう既に夜9時を回っている。電車の出発時間まであと10分を切っている。約束をした時間を15分過ぎてる。田舎町で電車1本乗り逃すということは一大事だ。この1本を逃したら次に乗れる電車は良くて1時間後。時間帯によっては1泊決定。そして僕達が乗る電車もそれに漏れない。これを逃せば今日も地元に残らねばならない。
 年末年始の帰省ということで同郷の豊前とこの街に帰ってきたのが12月31日。年越しと元旦を過ごし、豊前が2日は地元の仲間と飲むと言うからその日の最終電車で帰ることにしていた。
「悪ぃ! 遅くなった!」
 息を切らせて豊前が走り込んでくる。少し赤い顔とアルコールのにおい。僕のいない空間をめいっぱい楽しんだのかと思うとモヤモヤとした感情が心を覆う。
「もう少し早く帰ろうと思ったんだけどさ……
「とにかく電車乗ろう」
 ああ、冷たくしてしまった。でも僕以外の人と楽しく過ごした話はちょっと聞きたくない。中学の同級生って言ってたから、豊前とは高校で出会った僕にとっては知らない人たち。そしてただの友人だ。その人たちに嫉妬したって仕方ないって分かってる。でも僕は嫌だった。しかも僕との約束の時間に遅刻してまでと思うと尚更だった。

 僕らが乗る特急はこの駅が始発。既にホームに停車して乗客を待っていた。車内に乗り込み、お互い泊まりにしては大きくない荷物を荷台に乗せて隣に座る。いつもは窓側に豊前が座るけど、今日は意地悪して僕が窓側に座った。
「なぁ、遅れて悪かったって」
「別に怒ってない」
「怒ってんじゃん」
……ヤキモチ妬いてるだけだよ」
 そうだよ。ただのヤキモチだ。高校で出会ってからもうすぐ10年。一緒に暮らしてるから少なく見積っても360日は会っている。豊前のいいところは勿論、悪いところだって世界中の誰より知ってる自信がある。弱点を他人に見せたがらない豊前だから、豊前の悪いところなんてきっとみんな知らない。朝が弱いとか、麦茶や牛乳をちょっと残して冷蔵庫に戻すとか、飲み終わった缶ビールを片付けないで寝ちゃうとか。オリンピックで豊前の悪いところを挙げる競技があったら僕がダントツで優勝出来ると思う。でもどれだけ不満があったって豊前を好きな気持ちの方が圧倒的に強い。豊前をどのくらい好きかを測る機械があったら数値は振り切れて壊れると思う。それくらい豊前は僕の全てなのに、僕が知らない豊前が僕のいない所にはいる。そのことがたまらなくもどかしくて悔しくて馬鹿げた嫉妬でぐちゃぐちゃになる。我ながらめんどくさい性格に辟易する。が、止められないから尚更めんどくさい。

 電車のアナウンスと発車メロディが鳴り、機械音と空気音を立てながら電車の扉が閉まる。三が日も終わっていない日の終電だからか、車内は思ったほど混んでいない。車窓から見える田舎町の夜景は静かだ。街灯と住宅から漏れる光が殆ど。けたたましく光るネオンなどはあまり見られない。僕と豊前が出会ったこの街のまばらな夜景が車窓を流れていく。

「なぁ、桑名。話していい?」
「何を?」
「遅れた理由」
「やだ」
「聞けって」
「やだってば」
ふと左手に温かいものを感じる。指を絡めてぎゅうと握られる。僕がこの体温に弱いことを知っててこうする豊前のずるいところ、いつもは好きだけど今は嫌い。
……話していいよ」
 豊前がほっとしたように笑う。その笑顔はどんなときに見てもやっぱり好きだ。
 僕は郊外に入りさらにまばらになった夜景を眺めながら、話を聞くことにした。
「恋人はいるのかとか、いるならどういう奴かって話をしたんだよ」
「ふぅん。豊前はなんて言ったの?」
「いるって言ったよ」
「いないって言うかと思った」
「え? なんで?」
「なんとなく」
 ふぅん、と腑に落ちないと言いたげな表情を浮かべた後、豊前は話を続けた。
「でさ、他のやつが幸せそうに彼女自慢とかしてんの聞いてて、俺、無意識に比べちゃったんだよね。桑名と」
 女の子と比べるのは僕にとってタブーだよ。生物学的に言って女の子に男の僕が適うわけないんだ。植物だってオスとメスでなきゃ結ばれない。豊前を好きな僕は、大昔から続く大自然の営みから少し外れてしまった。そして、それに豊前を巻き込んでしまった罪悪感はずっと心の奥底で燻ってる。その部分を突かれてしまうと僕は居た堪れない。繋がれた手を横目で見る。次にくる言葉が怖い。
「料理が上手いって言ってる奴にはぜってー桑名のが美味い飯作るとかさ、素直って言う奴には桑名のがなんでも素直に話してくれて可愛いぞって思ったりさ。他のやつの彼女自慢聞いてる間、俺はずっと桑名のがすげーって思ってんの」
 僕は夜景から視線を外して豊前を見る。豊前はやっとこっち見たな、と目を細めた。
「んで気づいたんだよ。俺さ、桑名のこと、自分で知ってた以上に好きだわーって」
 そう語る豊前の表情は晴れやかだった。
「んでみんなに桑名の自慢いっぱいしてたら帰る時間を過ぎてた」
 正に拍子抜けと言ったやつで。僕は力が抜けて変な笑いが漏れた。
「なぁんだ」
「なんだとはなんだよ」
「ん、別れ話かと思ったから」
「はぁ!?」
 豊前の大声にハゲ頭のおじさんがこちらをジロリと見た。2人で肩を竦めながら頭を下げる。
「なんで別れ話? 手ぇ繋いでんのに?」
「女の子と僕と比べたって言うし、いよいよ自然の摂理に従うのかなって」
「自然の摂理?」
「女の子と付き合いたいとか思うのかなって」
 豊前はキョトンと目を丸くする。
「おまけに僕めんどくさいし」
「今更気づいたか」
「ずっと気づいてるよ。言わないだけで」
 そう言わなかっただけ。怖かった。自分の性格を把握することも、それを豊前に伝えることも。豊前の全てを欲しがる割に、自分で自分の好きではない部分は見ないように見せないように過ごしてきた。
そんな僕の気持ちとは裏腹に豊前は、はっはーと笑った。
「まあ俺はそういう桑名が好きだから。そのまんまでいいだろ」
 そう言って優しく微笑む豊前のことがやっぱり好きだ。そしてありのままの僕を受け入れてくれることに、先程までのモヤモヤとした不快感は消え去った。
「だからこれからも一緒にいような」
 豊前の左手が僕の後頭部に優しく回され、そっと唇が重なる。短いキス。甘い言葉の後にキスすればなんでも解決だなんて、僕も単純だよね。
「じゃあこの性格治さないよ」
「おう。それでこそ俺が好きになった桑名だ」
 豊前がそれでいいって言うなら僕は僕のまま、僕のやり方で君を愛することにするよ。それが僕のきみをあいする流儀だから。